05 初心者講習
初心者講習が開かれる日、レインはいつもより早い時間にギルドを訪れていた。依頼を受けるためではなく、冒険者として必要な知識を学ぶために足を運ぶのは初めての経験だった。期待と緊張が入り混じった感覚を覚えながら、ホールの奥にある講習室へ視線を向ける。
講習室の前には既に多くの若者たちが集まっていた。新しい革鎧を身につけた者や、まだ傷の少ない武器を抱えた者たちの姿が目立つ。落ち着かない様子で周囲を見回す姿を眺めているうちに、少し前までの自分も同じような顔をしていたのかもしれないとレインは思った。
「思ったより人が多いですね」
隣でリリアが小さく呟いた。
「もっと少ないと思ってました」
「僕もです」
二十人近い参加者を見回しながら、レインは素直に頷いた。薬草採取しかしていなかった頃は意識したこともなかったが、冒険者になろうとする者は想像以上に多いらしい。
開始時間になると、一人の男が講習室へ入ってきた。日に焼けた肌と目立つ古傷が、長く現場に身を置いてきたことを物語っている。威圧感を振りまくわけではないのに、自然と室内の視線がその男へ集まっていた。
「今日は初心者講習だ」
よく通る声が室内へ響く。
「冒険者として長く生き残りたいなら、まずは死なない方法を覚えろ」
その言葉に、室内の空気がわずかに引き締まった。講習の内容は意外なものだった。武器の扱い方や戦闘技術の説明から始まると思っていたが、最初に語られたのは新人冒険者の死亡理由だった。
「新人が死ぬ原因の大半は、強い魔物との戦いじゃねえ」
講師の言葉に、参加者たちの間へざわめきが広がる。
「一番多いのは知識不足だ」
その一言で室内は静まり返った。その沈黙を破ったのは、一人の若い冒険者だった。
「でも、それって結局は弱いからじゃないですか?」
室内の視線がそちらへ向く。革鎧を着た少年は、どこか納得できない様子で腕を組んでいた。
「強ければ迷宮でも切り抜けられるし、魔物だって倒せるでしょう。結局、実力があれば何とかなるんじゃないですか?」
挑発というほどではない。ただ、自信があるのだろう。新人らしい真っ直ぐさだった。講師は少しも気分を害した様子を見せなかった。
「じゃあ聞くが」
腕を組んだまま、少年を見据える。
「迷宮で松明が消えた。道も分からねえ。食料も残りわずかだ。どうする?」
「……戻ります」
「どっちへだ?」
少年が言葉に詰まる。講師は淡々と続けた。
「毒を持つ魔物に噛まれた。傷は浅い。放っておけばどうなる?」
「……治るんじゃないですか?」
「死ぬ場合もある」
室内の空気がさらに重くなる。
「群れで行動する魔物の縄張りへ、一匹だけ見つけたからって飛び込んだらどうなる?」
「……」
「解体の知識がなくて毒袋を傷付けたら? 帰り道の目印を見落としたら? 薬草を取り違えたら?」
講師はゆっくりと参加者たちを見回した。
「強い奴は生き残りやすい。そりゃ事実だ」
そこで一度言葉を切る。
「だがな。知識がねえ奴は、強くなる前に死ぬ」
室内は完全に静まり返っていた。先ほど質問した少年も反論はしなかった。納得したのか、あるいは実感が湧かなかったのか、その表情からは読み取れない。ただ、先ほどまでの勢いは消えている。
レインは小さく息を吐いた。確かにその通りだと思う。森で薬草を採っていた頃、自分も何度あの男に注意されたか分からない。知らないというだけで危険なことは、案外身近に転がっている。
「だから、この講習は受ける価値がある」
講師は参加者たちを見渡しながら言った。
「生き残りたいなら覚えろ。知らなくて死んだところで、誰も責任なんざ取ってくれねえからな」
その言葉には妙な重みがあった。レインは自然と背筋を伸ばす。周囲を見渡せば、他の新人たちも真剣な顔になっていた。先ほど質問した少年も腕を組んだまま黙り込んでいる。まだ名前も知らない。けれど、ああいう風に真っ先に口を挟めるのは少し凄いとも思った。レインには、あの場で講師へ質問を投げ掛ける勇気はなかったからだ。
薬草の取り違えによる中毒。迷宮内での遭難。傷口の放置による感染。魔物の習性を知らなかったために起きた事故。実際の事例を交えながら語られる話はどれも生々しく、レインは自然と背筋を伸ばしていた。今まで運が良かっただけかもしれない。そう思わせる内容がいくつもあった。
午前の講習では、迷宮と森の違いについても詳しく説明された。迷宮内で倒した魔物は灰となって消え、魔石や一部の特殊素材しか残らない。そのため解体技術を必要とする場面は少ないが、森や平原では事情が大きく異なる。
「地上の獲物は全部が金になる」
講師はそう言いながら数種類の素材を机へ並べた。
「だが、扱いを間違えれば価値は簡単に落ちる」
状態の良い皮と傷だらけの皮を見比べた瞬間、その意味は誰の目にも明らかだった。レインは思わず息を呑む。数日前、自分たちが持ち込んだフォレストディアの皮も、おそらく後者に近かっただろう。
午後からは実技講習が始まった。参加者たちは講習室の裏手にある作業場へ移動し、そこで用意されていた獣の解体を実際に体験することになる。血の匂いが漂う作業場へ足を踏み入れた途端、リリアの表情がわずかに硬くなった。
「大丈夫ですか?」
「……頑張ります」
そう答える声には少し緊張が混じっていた。レイン自身も平静ではなかったが、フォレストディアの解体を経験していた分だけ、前回より冷静に向き合えている自覚があった。
講師は実演を交えながら手順を説明していく。
「力任せに切るな」
「皮は引っ張って剥がす」
「刃先は必要な場所だけ使え」
動きそのものは決して派手ではない。それでも無駄のない所作を見ていると、解体が技術なのだと自然に理解できた。レインも実際にナイフを握った。最初は刃が深く入りすぎてしまい、余計な場所まで切りそうになる。講師の助言を受けながら手の動きを修正し、少しずつ感覚を掴んでいった。
「そこは刃じゃなく手で剥がせ」
「力を抜け。焦る必要はねえ」
短い言葉だったが、その一つ一つが役に立つ。何度か繰り返しているうちに、以前より綺麗に処理できていることへ気付いた。
講習が終わる頃には、窓から夕暮れの光が差し込んでいた。朝から続いた内容で身体には疲労が残っている。それでも不思議と頭の中はすっきりしていた。
「受けて良かったですね」
ギルドホールへ戻る途中、リリアが満足そうに笑う。
「そうですね」
レインも素直に頷いた。これまでは強くなることばかり考えていた。レベルを上げることが最優先であり、それ以外は後回しにしていた部分もある。しかし今日学んだことは違っていた。知識は生存率を高める。技術は収入へ繋がる。そして、その積み重ねが冒険者としての実力になる。
剣を買うという目標はまだ遠い。それでも以前のような焦りはなかった。目指すべき場所は変わらなくても、そこへ辿り着くための道筋が少しずつ見え始めている。
夕暮れの街を歩きながら、レインは静かに息を吐いた。戦うことだけが成長ではない。新しい知識を身につけることもまた、冒険者として前へ進むための大切な一歩なのだと実感していた。
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