04 査定
査定を終えた後も、レインはしばらく受付の近くから動けずにいた。手の中にある報酬袋は決して軽くなく、薬草採取だけで日銭を稼いでいた頃を思えば十分な成果と言える。それでも胸の内に残るのは達成感よりも悔しさであり、期待していた金額には届かなかった現実が重くのしかかっていた。
フォレストディアとの戦闘自体は上手くいった。チビの援護もあり、危なげなく討伐できたことは確かな成長だった。しかし、討伐した後の剥ぎ取り作業では失敗が続き、傷付けてしまった皮や雑に切り分けてしまった肉のせいで素材の価値は大きく下がってしまった。査定員から受けた指摘を思い返すたび、戦えるようになっただけでは冒険者として十分ではないのだと痛感させられる。
「思ったより難しいですね」
隣に立つリリアも、手にした査定表を見ながら小さく呟いた。戦うだけなら何とかなると思っていたが、素材を持ち帰って利益へ変えるまでが依頼なのだと、二人とも身をもって知ったばかりだった。レインも苦笑を浮かべながら頷き、まだまだ覚えることは多いのだと改めて実感する。
「なんだ、二人とも」
不意に掛けられた声へ振り返ると、そこには見慣れた中年男の姿があった。
「あ、バルトおっさん」
「誰がおっさんだ。まだ四十七だぞ」
くたびれた革鎧に採集用の籠を背負ったその姿は、冒険者というより森で暮らす猟師のようにも見える。薬草の見分け方や森で迷わないための知識を教えてくれた相手でもあり、レインにとっては何かと世話になってきた人物だった。
「遠慮ってもんを覚えろ」
呆れたように言いながらも、男は近くの椅子へ腰を下ろす。その姿を見つけたチビは革袋から顔を出し、嬉しそうに鳴き声を上げた。
「キュッ!」
「おう、ネズミ。相変わらず元気そうだな」
大きな手で頭を撫でられたチビは、気持ちよさそうに目を細める。そんな様子を眺めているうちに、査定結果への落ち込みも少しだけ和らいでいくようだった。
「それにしても、随分しけた顔してるじゃねえか」
男が二人の顔を見比べながら言った。
「そんなに分かりますか?」
「分かるな。薬草採取に失敗してた頃より酷ぇ顔してるぞ」
「それは言い過ぎですよ」
「いや、あの頃もなかなかだった」
豪快な笑い声が響き、レインとリリアもつられて苦笑する。少し迷ったものの、隠すようなことではないと思い直し、レインは今日あった出来事を順番に説明していった。フォレストディアを討伐したこと。初めて本格的な剥ぎ取りへ挑戦したこと。そして思うようにいかず、素材の価値を落としてしまったこと。話が進むにつれ、男の表情には呆れと納得が入り混じったような色が浮かんでいった。
「なるほどな」
話を聞き終えた男は査定表へ視線を落とし、しばらく内容を確認していた。
「むしろ初めてでこれなら悪くねえぞ」
「そうなんですか?」
予想外の言葉に、レインは思わず聞き返す。もっと酷い評価を受けるものだと思っていたからだ。
「新人が初めて剥いだ皮なんて、大体もっと悲惨だ。売り物にならねぇことだって珍しくねえ」
そう言った後、男は一本指を立てた。
「だがな、そのまま自己流で続けても上達は遅ぇぞ」
「どういうことですか?」
「初心者講習を受けろってことだ」
その提案に、レインとリリアは顔を見合わせた。ギルドが新人向けに行っている講習の存在は知っている。採取方法や解体技術、素材の管理方法から迷宮での基礎知識まで、冒険者として必要な技術を教えてくれると聞いたこともあった。
ただ、二人とも今まで受講してこなかった。理由は単純で、講習費として必要な銀貨一枚が当時の二人には決して安くなかったからだ。薬草採取だけで日々を繋いでいた頃は、解体技術など自分たちには縁のない話だと思っていた。
「昔のお前らなら必要なかったかもしれねえな」
男はギルドホールを見渡しながら続けた。
「薬草採取だけなら、知らなくても困らねぇことは多い。だが今のお前らは違うだろ」
視線の先では、討伐依頼を終えた冒険者たちが素材を運び込み、角や牙、毛皮を換金していた。レインたちもまた、迷宮へ潜り、森で魔物を討伐するようになっている。以前よりも扱う仕事の幅は確実に広がっていた。
「剥ぎ取りが上手くなれば、今日の鹿だってもっと高く売れたはずだ」
男の言葉に、レインは自然と査定表へ目を落とす。もし失敗せずに済んでいれば、報酬は今より増えていただろう。そうなれば、目標にしている剣へも早く手が届くかもしれない。
「それに講習ってのは、技術だけを教える場所じゃねえ」
男は少し真面目な表情になった。
「新人が知らずに死ぬような失敗を減らすためのもんでもある」
その言葉には経験者ならではの重みがあった。森や迷宮で長く生き残ってきたからこそ口にできる忠告なのだろう。レインはしばらく黙って考え込み、隣に立つリリアも同じように視線を落としていた。やがてレインは顔を上げる。
「受けてみます」
迷いのない返事だった。
「その方がいい」
男は満足そうに頷いた。
これまでは必要性を感じなかった。金銭的な余裕もなかった。しかし、迷宮へ潜り、討伐依頼をこなすようになった今なら分かる。戦う技術だけでは足りないのだと。
ギルドホールの喧騒を聞きながら、レインは静かに息を吐いた。強くなる方法は剣を振るうことだけではない。知識を身につけ、失敗を減らし、生き残る術を学ぶこともまた冒険者としての成長なのだろう。
剣を買うという目標は変わらない。その先には、もっと深い迷宮や手強い魔物たちが待っているはずだ。だからこそ、今のうちに学べることは学んでおきたい。焦らず一歩ずつ積み重ねていけば、きっと次の景色も見えてくる。そう考えながら、レインは受付へ向かって歩き出した。




