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03 稼ぐという技術

それから数日後、レインたちは再び森へ足を運んでいた。迷宮へ潜る日もあったが、最近は森で受けられる依頼を優先している。融合という大きな目標を達成し、チビの進化も無事に終わった今、経験を積むことだけに固執する必要はなくなっていた。


冒険者として生きていく以上、装備を整えるための資金も欠かせない。討伐依頼をこなしながら収入を増やし、少しずつ次の目標へ近付いていく。その余裕が生まれたことを、レイン自身もどこか嬉しく感じていた。


朝の森はひんやりとした空気に満ちていた。木々を揺らす風は心地良く、昨夜の雨が残した湿った土の匂いが鼻をくすぐる。鳥のさえずりや虫の羽音、小動物が茂みを駆け抜ける気配が絶え間なく耳へ届き、迷宮とはまるで違う賑やかさがあった。


その雑多な気配の中から危険な存在を見極めることは、以前のレインにはできなかった。だが今では折れた枝や踏み荒らされた草地、獣特有の臭いに自然と注意が向くようになっている。積み重ねてきた経験は、少しずつ冒険者としての感覚を育てていた。


先頭を歩いていたチビが、不意に足を止めた。漆黒の鼻先をひくつかせながら右手の茂みへ視線を向け、その場でじっと耳を澄ませている。その様子を見たレインも歩みを止め、短剣へ手を伸ばしながら周囲の気配を探った。


しばらくして、茂みの奥で草が揺れる音がした。姿を現したのは人の腰ほどの高さを持つ鹿で、頭部には鋭く伸びた立派な角が生えている。魔物ではないものの、森で遭遇する野生動物の中では十分に危険な部類へ入る存在だった。


「フォレストディアですね」


リリアが声を潜めながら呟き、レインも小さく頷く。冒険者になってから何度か目にしたことはあるが、これまでは関わらないよう避けてきた相手だった。薬草採取を中心にしていた頃の自分では、角による突進を受け止める術などなかったからだ。


「いけそうですか?」


リリアの問いに、レインはフォレストディアの動きを観察した。以前なら迷うことなく距離を取っていただろう。しかし今の胸にあるのは恐怖だけではない。勝てるかもしれないという実感が芽生えていた。


「やってみましょう」


そう答えると、リリアも静かに頷いた。幸いにも風向きはこちらに味方しており、フォレストディアはまだ存在に気付いていない。レインは慎重に短剣を抜き、チビは影のように地面を滑るように移動していった。


先に動いたのはチビだった。茂みから飛び出した黒い影に気付いたフォレストディアが慌てて振り返る。しかし、その頃にはチビはすでに側面へ回り込み、鋭い牙で牽制を仕掛けていた。驚いた鹿が角を振り回し、近くの木の幹を削り取る光景に、まともに受ければ危険だということを改めて思い知らされる。


レインは正面から挑まなかった。呼吸を整えながら一定の距離を保ち、フォレストディアの動きを見極める。勢いに任せて飛び込むことしかできなかった頃とは違い、今は相手の隙を待つ冷静さが身についていた。


チビへ注意を向けた瞬間を逃さず、レインは一気に間合いを詰める。短剣の切っ先が首筋へ食い込み、温かな血飛沫が頬へ飛び散った。苦しげな鳴き声を上げながら暴れるフォレストディアだったが、それだけでは倒れない。


逃げようとする巨体を追い掛けるように、リリアの支援魔法がレインの身体を軽くする。加速した足で距離を詰め、二度、三度と短剣を突き立てるたびに、フォレストディアの動きは確実に鈍っていった。


最後には脚が力を失い、巨体が地面へ崩れ落ちる。荒い息を吐きながら短剣を下ろしたレインは、倒れた獣を見つめて小さく息を吐いた。以前の自分なら挑むことすらできなかった相手へ勝利できたことが、何よりも成長の証だった。


しかし、本当に気の重い作業はここからだった。


「……やりますか」


リリアが複雑そうな表情を浮かべ、レインも苦笑いを返す。討伐した証拠を持ち帰る必要がある上に、肉や皮、角といった素材も換金できる。問題は、二人とも剥ぎ取り作業にまったく慣れていないことだった。


レインは腰のナイフを取り出し、冒険者向けの本で読んだ知識を思い出しながら作業へ取り掛かる。喉元へ切れ込みを入れた途端、鉄臭い血の匂いが辺りへ広がり、リリアはわずかに顔を背けた。レイン自身も決して慣れているわけではないが、金になる以上は避けて通れない。


皮と肉の間へ慎重に刃を滑らせるものの、思うようにはいかなかった。力加減を誤って皮を裂き、不要な部分まで傷付けてしまう。商品価値が下がっていくことは素人目にも明らかで、そのたびに小さなため息が漏れた。


結局、剥ぎ取り作業だけで一時間近くを費やすことになった。肉や角は回収できたものの、皮の状態は決して良いとは言えない。疲れ切った表情を見合わせながら、二人はようやく森を後にした。


夕方になってギルドへ素材を持ち込むと、査定担当の職員は困ったような笑みを浮かべた。


「惜しいですね。もう少し綺麗に剥げていれば、もっと高く買い取れたんですが」


示された査定額は、期待していた金額を大きく下回っていた。レインは思わず肩を落としたものの、革袋へ収められた銀貨の重みは以前より確かに増している。


戦う技術は身についてきた。しかし、冒険者として稼ぐためには剥ぎ取りや素材の扱いといった別の技術も必要なのだろう。失敗はしたものの、何も得られなかったわけではない。


次はもっと上手くできるはずだ。角だけでなく皮も綺麗に残せるかもしれない。肉の価値を落とさず回収できるようになるかもしれない。そんなことを考えている自分に気付き、レインは小さく笑みを浮かべた。


冒険者として必要なのは、ただ強くなることだけではない。生き残り、稼ぎ、次へ繋げていくための知識と技術もまた欠かせないものだった。そのどちらも、まだ成長の途中にある。だからこそ、明日もまた前へ進んでいけるのだと、レインは革袋の重みを確かめながら静かに思うのだった。

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