↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

35/67

01 進化した相棒

森を抜ける街道を歩きながら、レインは胸の内に広がる不思議な充足感を噛み締めていた。西へ傾いた陽光が木々の隙間から差し込み、地面へ長く伸びる影を揺らしている。昼間は賑やかだった鳥たちの声も次第に遠のき、夕暮れ特有の穏やかな静けさが辺りを包み始めていた。


疲労がないわけではない。それでも足取りが軽いのは、ここ数日で積み重ねてきた努力がようやく形になったからだった。レインは革袋へ視線を向け、その縁に顎を乗せて揺られている相棒の姿に小さく笑みを浮かべる。


チビの見た目は以前とほとんど変わっていなかった。毛並みが灰色から漆黒へ変わった以外、耳の形も尻尾の長さも昔のままだ。けれど、その小さな身体に秘められた力が別物になっていることを、レインは誰よりも理解していた。


森での戦闘を思い返せば、その変化は疑いようがない。ゴブリンは最後まで背後に回り込まれたことに気付けず、チビの一撃によって為す術もなく倒された。気配を溶け込ませるような動きと、一瞬で間合いを詰める速度は、かつてのチビにはなかった能力だった。


「何か良いことでもありましたか?」


隣を歩いていたリリアが、不思議そうな表情で尋ねてくる。レインは少し考えた後、照れ隠しのように肩を竦めた。


「達成感、ですかね」


「達成感?」


「目標だったので」


その短い説明だけで、リリアは納得したように微笑んだ。二ヶ月という時間は、他人から見れば短く感じるかもしれない。しかし、薬草採取で生活費を稼ぎながら迷宮へ通い、森で討伐依頼をこなし続けた二人にとって、それは決して軽い歳月ではなかった。


怪我を負ったこともある。迷宮からの帰路で足が鉛のように重くなり、このまま倒れるのではないかと思った日もあった。それでも立ち止まらずに進み続けたからこそ、今こうして結果を手にできている。


チビは特殊進化を果たし、融合という秘密の力も手に入れた。レイン自身もレベル5へ到達し、冒険者として確かな成長を実感している。駆け出しだった頃の自分が今の姿を見れば、きっと信じられないだろう。


街道を進むうちに、夕日に照らされた都市の外壁が遠くに見え始めた。赤く染まった石壁は堂々とそびえ立ち、その向こう側には家族の待つ日常が広がっている。冒険の高揚感とは別に、レインの頭には現実的な問題も浮かんでいた。


ここ二ヶ月は経験を積むことを優先し、討伐依頼を中心に受け続けてきた。その結果として収入は最低限を維持できているものの、生活に余裕があるとは言い難い。革袋の中には多少の貯えがあるものの、将来への備えとしては心許ない額だった。


無意識のうちに腰へ手を伸ばすと、使い込まれた短剣の柄が指先へ馴染んだ。何度も研ぎ直された刃には細かな欠けが目立ち、柄革も擦り切れてきている。この武器が限界へ近付いていることは、レイン自身が誰よりも分かっていた。


「そういえば、次はどうするんですか?」


リリアの問い掛けには、融合の先にある目標という意味が含まれていた。レインは少しだけ空を見上げ、群青へ染まり始めた空を眺める。焦る必要はないという確信が、今は胸の内にあった。


融合は成功したばかりで、チビの成長も再び始まったところだ。次の進化を目指すにしても、そこへ辿り着くまでには相応の時間が必要になるだろう。だからこそ、今優先すべきことは別にあった。


「お金ですね」


迷いなく返された答えに、リリアは小さく吹き出した。夢のない返事だと思われるかもしれないが、冒険者にとって装備は命そのものだ。より良い武器や防具を揃えなければ、生き残ることすら難しくなる。


「剣ですか?」


「剣です」


即答したレインの脳裏には、鍛冶屋で見た鉄剣の姿が浮かんでいた。以前は高嶺の花にしか思えなかったが、迷宮へ潜れるようになった今なら手が届くかもしれない。討伐依頼で稼ぎ、チビの力も加われば、決して夢物語ではなかった。


街門へ近付くにつれ、行き交う人々の姿が増えていく。商人の荷車が石畳を軋ませながら通り過ぎ、仕事帰りの職人たちが仲間と談笑しながら家路を急いでいた。何気ない日常の風景を眺めながら、レインは静かに思う。


以前の自分は、前へ進めている実感を持てずにいた。レベルは上がらず、金も貯まらず、変わらない毎日に焦りばかりが募っていた。しかし今は違う。時間は掛かったとしても、努力を積み重ねれば確かに目標へ辿り着けることを知っている。


剣を買う。装備を整える。そして再び迷宮へ潜り、チビをさらに強くする。その先には、まだ見ぬ進化の可能性も待っている。やるべきことは山ほどあるはずなのに、不思議と心は軽かった。


夕暮れの風を受けながら歩く帰り道は、気付けばあっという間に過ぎ去っていた。革袋の中ではチビが心地良さそうに丸くなり、隣ではリリアが穏やかな表情で街門を見上げている。


今日という一日は確かな区切りだった。だが、それは終わりではない。ようやく最初の目標へ辿り着いた三人の前には、まだ長い道のりが続いている。その未来を思い描きながら、レインはいつもより少しだけ軽い足取りで都市の中へ戻っていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。