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16 ちゃんとした剣が欲しい

森からの帰り道を歩きながら、レインの胸の内には抑えきれない高揚感が広がっていた。見慣れた街道と夕暮れの景色はいつもと変わらないはずなのに、今日だけは世界そのものが少し違って見える。隣を歩くリリアもどこか浮き立った様子で、時折頬を緩めながら足取り軽く歩みを進めていた。革袋の中ではチビが丸くなって眠そうにしており、先ほど森で見せた圧倒的な戦いぶりが嘘のようだった。


「強かったですね」


静かな声で呟いたリリアに、レインも自然と頷きを返した。見た目だけなら毛色が黒くなった程度でしかなく、進化前との違いを説明しろと言われても困るほど変化は少ない。しかし、ゴブリンを一瞬で仕留めたあの動きは、以前のチビとは明らかに別次元のものだった。思い返すだけでも、その異質さに驚きを隠せなかった。


「正直、最初は失敗したのかと思いました」


「俺も同じことを考えてました」


互いの本音を口にした途端、二人は堪えきれずに笑い出した。融合の結果として想像していたのは、巨大な角や鋭い爪を備えた、誰が見ても強そうな姿だったのである。実際に現れたのは黒い毛並みを持つ小さなネズミでしかなく、そのあまりの予想外さが可笑しくて仕方なかった。


笑い声が落ち着いた頃、レインは革袋の中で眠るチビへ視線を向けた。融合によって大きな変化は起きたものの、不思議と終わりではないという確信が胸の奥に残っている。スキルオーブから得た知識を辿ると、特殊進化を果たした存在は新たな段階へ進んだだけであり、成長そのものが止まったわけではないと理解できた。むしろ、ここから先にも続く道が用意されているような感覚だった。


「まだ先がありますね」


「分かるんですか?」


リリアが驚いたように問い返すと、レインは少し困ったように笑った。明確な説明を求められても言葉にしづらいが、テイマーとしての本能に近い感覚がそう告げているのだ。チビのレベルは進化によって1へ戻っていたものの、決して弱体化したわけではなく、新たな種族として再び成長を始めたのだと分かっていた。


「じゃあ、チビはもっと強くなるんですね」


「たぶん、今よりもっと先へ進めると思います」


期待に満ちたリリアの表情を見て、レインも同じように胸を躍らせた。二ヶ月間積み重ねてきた努力は、ようやく最初の成果として形になったのである。だからこそ焦る必要はなく、目の前の一歩を積み重ねていけばいいと自然に思えた。


都市へ戻った二人は、そのまま冒険者ギルドへ足を運んだ。建物の中では多くの冒険者たちが依頼の確認や報酬の受け取りを行っており、いつも通りの活気に満ちている。掲示板には薬草採取や荷運び、素材採集に討伐依頼まで、様々な仕事が隙間なく貼り出されていた。少し前までなら選択肢すら限られていたが、今のレインたちには受けられる依頼が確実に増えている。


「どうしますか?」


リリアの問いかけを受けたレインは、しばらく掲示板を見上げながら考え込んだ。レベルを上げることばかりを優先した結果、この二ヶ月は生活に必要な収入以外をほとんど増やせていない。困窮するほどではないものの、余裕があるとも言えない状況だった。だからこそ、次にやるべきことは自然と決まっていた。


「しばらくは金を稼ぎましょう」


その答えにリリアも納得したように頷く。レインの視線は腰に差した短剣へ向けられていた。何度も研ぎ直しを繰り返した刃は細かな欠けが目立ち、柄の部分にも長年の使用による傷みが残っている。迷宮や森で酷使してきた相棒だったが、そろそろ限界が近付いていた。


「次の目標は何ですか?」


リリアの問いに対し、レインは迷うことなく答えを口にした。


「ちゃんとした剣が欲しいですね」


鍛冶屋の店先で見かけた鉄剣の姿が脳裏に浮かぶ。以前の自分には高嶺の花だった装備も、今なら手が届くかもしれない現実的な目標へ変わっていた。迷宮へ潜り、森で討伐依頼をこなし、チビという頼もしい相棒もいる。少しずつだが、自分たちは確実に前へ進んでいた。


もっとも、素直に喜んでばかりもいられない。もし本当に手に入れたとして、それをどこへ置けばいいのだろうか。家へ堂々と持ち帰ることはできない。両親に見つかれば、冒険者をしていること自体がばれてしまう。結局、今の短剣や革鎧と同じように、外郭区の隠し場所へしまい込むしかないのだろう。安物とは違い、それなりの値打ちがある剣となれば、盗まれる心配だってゼロではない。人目につかない場所を選んでいるとはいえ、誰かに見つからないという保証はどこにもなかった。せっかく手に入れても、油布に包んで土の中へ隠しておくしかないのかと思うと、小さなため息がひとつ漏れる。それでも、今はまだ買えてもいない剣の心配をするよりも、稼ぐことが先だった。レインは軽く頭を振り、その悩みを頭の片隅へ追いやる。


「それなら私も頑張らないといけませんね」


「リリアは欲しいものないんですか?」


問い返されたリリアは少し照れくさそうに笑い、身に着けているローブの裾を軽く摘まんだ。補修を繰り返した跡があちこちに残っており、使い込まれていることは誰の目にも明らかだった。


「新しいローブが欲しいです」


「それは必要ですね」


「絶対に必要です」


互いの目標を口にした途端、二人は再び笑い合った。伝説の武器や莫大な財宝ではなく、剣とローブという手の届きそうな願いだからこそ、明日も頑張ろうと思えるのかもしれない。冒険者として歩み始めたばかりの二人にとって、その小さな目標は十分すぎるほど眩しいものだった。


革袋の中から顔を出したチビが、「キュッ」と頼もしげな鳴き声を上げる。その小さな頭を優しく撫でながら、レインは新たな依頼書へ手を伸ばした。次の目標は剣とローブを手に入れること。そのために必要な日々の積み重ねを思い描きながら、三人はまた新しい一歩を踏み出していくのだった。


第二章はここまでです

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