↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

30/67

12 そして帰宅

隠し部屋を後にしたレインたちは、そのまま迷宮の探索を再開したものの、先ほどまでとは明らかに慎重さの質が変わっていた。もともと今日の目的は、冒険者として初めて迷宮へ足を踏み入れ、その雰囲気に慣れることだったはずである。それだけでも十分な成果と言えたのに、ミノタウルスとの遭遇による命懸けの逃走劇を経験し、その果てには隠し通路の発見とスキルオーブの入手という予想外の出来事まで重なっていた。これ以上を望むのは、さすがに欲張りすぎるだろう。レインもリリアも、その認識を共有していたからこそ、帰路へ向かう探索は安全を最優先として進めることにした。


一階層の見慣れた通路を歩きながら、遭遇した小型の魔物を着実に討伐していく。草むらから飛び出してきたホーンラビットを短剣で仕留め、物陰から現れたダンジョンラットをチビが素早く翻弄する。その後も甲殻亀を相手に連携を確認するような戦いを繰り返し、焦ることなく一歩ずつ迷宮での経験を積み重ねていった。


しかし、どれほど目の前の戦闘へ集中しようとしても、レインの意識は何度も別の方向へ引き寄せられてしまう。魔物が灰となって消えていく様子を見ても、石床へ残された魔石を拾い上げても、革袋へドロップアイテムを仕舞い込むたびにも、頭の片隅では新たに得た能力のことを考えていた。融合――その言葉が、まるで頭の中へ刻み込まれた呪文のように何度も繰り返される。普通のテイマーでは成し得ない進化という可能性。レベル10へ到達したテイムモンスターへ、魔石とドロップアイテムを用いることで訪れる新たな成長。そして、素材の組み合わせ次第では本来存在しない特殊な進化すら起こり得るという知識。理解できているはずなのに、どこか現実感が薄かった。それでも、確かに自分の中に存在する力なのだ。


結局、その後の探索では大きな危険へ遭遇することもなく、予定より少し早い時間帯に迷宮を後にすることになった。まだ昼過ぎだったが、これ以上無理をする理由はない。夜までには帰宅しなければ家族に怪しまれるため、時間に余裕を持って街へ戻る必要もあった。


迷宮の出口を抜けた瞬間、外から差し込む陽光が思わず目を細めるほど眩しく感じられた。地下の薄暗い空間に長時間いたせいか、吹き抜ける風の心地よさや草原の鮮やかな色合いまでもが新鮮に映る。


「なんだか不思議な感じですね」


隣を歩くリリアも、眩しそうに空を見上げながら小さく呟いた。


「さっきまで命懸けだったのに、外はいつも通りなんですね」


「本当ですね」


レインは苦笑しながら頷いた。つい先ほどまで、自分たちは巨大な怪物に追われ、死の恐怖と隣り合わせの状況にいた。それなのに迷宮を出れば、風が草原を揺らし、鳥の鳴き声が聞こえ、荷馬車が街道を行き交っている。何事もなかったかのような平穏な景色が広がっていた。


二人は都市へ続く街道を歩き始める。行きと同じ道のりでありながら、その足取りは朝よりもずっと軽かった。最初のうちは迷宮で起きた出来事を振り返るように話していた。突然現れたミノタウルスの恐ろしさ、隠し通路を見つけた時の驚き、そして、スキルオーブから得た新しい力のこと。やがて話題は自然と一つへ収束していく。


「どんな魔物になるんでしょうね」


リリアが興味深そうな表情で問い掛ける。


「俺にも分かりません」


レインは肩を竦めながら答えた。進化の条件や方法についての知識はある。だが、実際にどのような姿へ変化するのかまでは分からなかった。


「例えば、ホーンラビットの素材を使ったらどうなるんでしょうか」


「角が生えたネズミになるとかですかね」


「それは少し可愛い気がします」


「でも、強そうには見えませんね」


「意外と突進が速かったりするかもしれませんよ」


そんな想像を口にした途端、レインの肩に乗っていたチビが不満そうな声を上げた。


「キュッ」


どうやら角が生えるという案はお気に召さなかったらしい。


「嫌なんですか?」


リリアが笑いながら尋ねると、チビは間髪入れずに首を横へ振る。


「キュッ!」


その即答ぶりに、レインも思わず吹き出してしまった。しばらく笑い合った後、リリアは再び真剣な表情へ戻る。


「甲殻亀の素材だったら、やっぱり甲羅が生えるんでしょうか」


「防御力は上がりそうですよね」


「硬くなったチビも頼もしいと思います」


「キュ?」


今度は自分の話題だと気付いたのか、チビは嬉しそうに胸を張って鳴き声を上げた。本人は何を言われているのか理解していないだろう。それでも名前を呼ばれ、注目されていることは伝わったらしい。


街道を歩きながら、二人は次々と想像を膨らませていく。鎌蟲の素材を使えば鋭い鎌を持つのか、翼を持つ魔物と融合すれば空を飛べるのか、進化を繰り返した先には一体どのような姿が待っているのか。誰も答えを知らない。レイン自身も知らない。だからこそ、その未知の可能性を考える時間は不思議と胸を躍らせた。


ふと会話が途切れた時、リリアの表情が少しだけ翳った。


「私、今日は本当に何もできませんでした」


唐突な呟きに、レインは驚いて隣を見た。


「そんなことないですよ。支援魔法だって使ってくれましたし」


「でも、ミノタウルスに追われている間、足を引っ張らないようにするだけで精一杯でした。もし私が転んでいたら、レイン君まで巻き込んでいたと思います」


その声には、いつもの穏やかさとは違う不安が滲んでいた。回復と支援はできる。だが、いざという時に自分の身を守る術も、誰かを庇う力も持っていない。今日のような圧倒的な相手と対峙した時、自分は結局、守られる側でしかないのではないか。そんな考えが、頭の片隅から離れないのだろう。


「私も、何か……守れる力が欲しいです」


ぽつりと零された言葉に、レインは何と返せばいいのか分からなかった。それでも、その気持ちは痛いほど理解できた。自分もまた、圧倒的な力の前では逃げることしかできなかったのだから。


「一緒に強くなりましょう」


短い言葉だったが、レインなりの精一杯の返事だった。リリアは少し驚いたように目を瞬かせ、それからやっと小さく笑う。


「はい」


気付けば、長いはずの道のりはあっという間に過ぎ去っていた。遠くの地平線に見慣れた都市の城壁が姿を現した時、リリアは驚いたように目を丸くする。


「もう着いたんですね」


「話していたら、あっという間でした」


行き道では長く感じた街道だったはずなのに、帰り道は驚くほど短く感じられた。それほどまでに、二人は新たな可能性について語り合うことへ夢中になっていたのだろう。見慣れた城壁が近付いてくる。門の前には荷馬車の列ができ、人々がそれぞれの日常を過ごしている。いつもと変わらない街の風景だった。しかし、レインの胸の内には朝とは異なる感情が芽生えていた。レベルが上がったわけではない。大金を手にしたわけでもない。装備が新しくなったわけでもなかった。それでも、自分の未来へ繋がる何かを確かに掴んだような実感があった。


「早くチビがレベル10になってほしいですね」


隣でリリアが期待に満ちた声を漏らす。


「それはチビ次第ですね」


レインが肩の上へ視線を向けると、チビは得意げに胸を張った。


「キュッ!」


なぜか自信満々な返事に、レインとリリアは思わず顔を見合わせる。そして次の瞬間には、どちらからともなく笑い声を上げていた。夕暮れの柔らかな陽射しが城壁を赤く染める中、三人は穏やかな笑顔を浮かべながら、見慣れた街の中へと帰っていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。