11 スキルオーブ
光が完全に消え去った時、レインはその場から一歩も動けずに立ち尽くしていた。実際には数秒しか経っていないはずなのに、長い夢から目覚めた直後のような奇妙な感覚が全身に残っている。頭の奥では、今まで知るはずのなかった知識が静かに整理されていく。それは誰かから教わった記憶ではなく、最初から自分の中に存在していたかのような自然さを伴っていた。理解できる。意味も分かる。それなのに、つい先ほどまでそんな知識は持っていなかった。その矛盾が、かえって現実味を薄れさせていた。
「レイン君!」
リリアの焦った声によって、レインの意識はようやく現実へ引き戻される。顔を上げると、いつの間にかリリアがすぐ目の前まで駆け寄ってきていた。青い瞳には隠しきれない心配の色が浮かんでいる。
「大丈夫ですか。急に動かなくなったので心配しました」
「ああ、大丈夫です」
そう答えながら、自分の両手へ視線を落とした。身体に異変はない。痛みもなく、魔力が増えたような感覚もなかった。それでも確信できる。自分の中には確かに新しい力が宿っている。
「顔色が少し悪いですよ」
「驚いただけです。たぶん、まだ整理できていなくて」
レインは苦笑を浮かべる。驚きという言葉だけでは説明しきれないほどの出来事だった。知識は理解できる。だが、それが本当に現実のものなのかという実感が追い付いていない。
「何が聞こえたんですか?」
リリアの問い掛けに、レインはすぐ答えることができなかった。頭の中には情報がある。しかし、それを他人へ説明するための言葉を探すのが難しい。しばらく考え込んだ末、慎重に言葉を選びながら口を開いた。
「どうやら、スキルを手に入れたみたいです」
「本当にスキルオーブだったんですね……」
リリアは驚いたように目を見開く。伝承として語られることはあっても、実際に目にした者はほとんどいない存在だった。
「どんなスキルなんですか?」
レインは再び頭の中の知識を辿った。そこにあったのは、テイマーという職業に関わる力だった。
「……魔物を進化させる能力みたいです。テイムした魔物がレベル10になった時、魔石とドロップアイテムを使えば」
「進化、ですか?」
聞き慣れない単語に、リリアは小さく首を傾げる。レインも数秒前までは知らなかった言葉だった。だが今は、その意味を正しく理解していた。
「普通のテイマーには、できないことのはずなんです」
言葉を選びながら、レインはゆっくりと続ける。
「レベルを上げることはできても、種族そのものを変えることはできない。それが常識でした」
弱い魔物は、どれだけ時間をかけても弱いまま。だからこそ、強力な魔物を従えられないテイマーは不遇職と呼ばれている。その常識を、今まさに自分の中の知識が塗り替えようとしていた。
「そんなこと、本当にできるんですか……?」
リリアの声は驚きに満ちていた。レイン自身も、もし誰かに同じ話を聞かされていたなら信じなかっただろう。だが、不思議なほど確信があった。まるで昔から知っていた技術のように、その知識はレインの中へ根付いている。
「今のチビじゃ、まだ無理ですけどね」
レインは小さく笑った。
「レベル10になって、必要な素材も集めないといけないので」
「すぐに使える力ではないんですね」
「だからこそ、少しずつ試していくしかないと思います」
リリアはしばらく考え込むように黙っていた。やがて、その表情を柔らかな笑みに変える。
「それでも、すごいことだと思います」
その言葉には嫉妬も羨望もなかった。ただ純粋に祝福してくれていることが伝わってくる。
「良かったですね、レイン君」
「まだ何も成し遂げていませんよ」
「それでもです」
リリアは優しく微笑んだ。
「きっと、レイン君だから見つけられたんですよ」
「僕じゃなくて、チビのおかげです」
そう言って頭を撫でると、チビは誇らしげに胸を張る。確かに、隠し通路を見つけたのはチビだった。ミノタウルスが壁を壊し、チビがその先へ興味を示さなければ、この場所へ辿り着くことはなかっただろう。偶然が重なった結果だった。しかし、その偶然こそが、レインたちの未来を大きく変える、最初の一歩だったのである。




