05 ユウ、ミア、ノア
翌朝、レインとリリアは夜明け前の薄暗い時間帯に、静まり返った冒険者ギルドへと足を運んだ。ホールの中はまだ閑散としており、依頼掲示板の前にも数人の冒険者が集まっているだけだった。夜明け前の冷たい空気は建物の中にも残っており、普段より静かな雰囲気が辺りを包んでいる。
二人は掲示板の前へ並ぶと、貼り出された依頼書を一枚ずつ丁寧に確認し始めた。薬草採取や街道の見回り、荷運びの護衛など、新人向けの依頼が数多く並んでいる。その隣には迷宮探索に関する依頼も貼られており、内容は昨日より少し増えているようだった。その中で一枚の紙が、レインの目を引いた。
『迷宮内にて通常より強力な個体の目撃情報あり。浅層であっても油断せず、可能であれば経験者と同行すること』
レインは文章を読み終えると、小さく息を吐きながら口を開いた。
「強い魔物が一階層にも現れる可能性があるみたいですね」
隣で読んでいたリリアも真剣な表情を浮かべながら、小さく頷いて答える。
「だからこその注意書きなんでしょうね。初めて潜る私たちは特に気を付けないといけません」
二人は顔を見合わせながら無理はしないことを確認し、まずは迷宮の様子を見ながら慎重に探索する方針を決めた。その時だった。
「レイン兄、やっぱりここにいたんだ!」
元気いっぱいの声がギルドの中へ響き渡り、何人かの冒険者が思わず振り返る。レインも声のした方へ目を向けると、三人の少年少女がこちらへ駆け寄ってくるところだった。先頭を走る少年の腰には、本物の片手剣がしっかりと下げられている。
「やっぱりレイン兄で間違いなかった!」
「おはようございます、レインさん」
「……お久しぶりです」
弓を背負った少女と、小柄な杖使いの少年も続いて頭を下げた。レインは懐かしい三人の顔を見渡しながら、それぞれの名前を順番に呼ぶ。
「ユウ、ミア、それにノアまで」
三人とも嬉しそうに笑顔を浮かべていた。
「三人そろってどうしたんだ、お前たち」
ユウは胸を張りながら、自慢げに木札を掲げてみせる。
「俺たちも冒険者になったんだ!」
首元には新人冒険者の証である木札が揺れていた。ミアは少し呆れたように苦笑しながら、ユウの横で説明を続ける。
「少し前に登録したばかりなので、今は街のお手伝い依頼を中心に頑張っています」
ノアも静かに口を開いた。
「薬草採取の依頼も少しずつ受けています」
「昨日は三人で薬草を見分ける試験も受けたんですよ」
ミアがそう言うと、すぐ隣でユウが頭を掻きながら苦笑した。
「ノアはすぐ覚えたのに、俺だけ何回も間違えちゃってさ」
「毒草と薬草を間違えるのは駄目です」
ミアが真面目な表情で注意すると、ユウは「分かってるって」と肩を落とした。そのやり取りを見たレインは、思わず小さく笑みを浮かべる。ついこの前まで木の枝を剣代わりに振り回し、自分の後ろを元気よく走り回っていた子供たちだった。そんな三人が今では装備を身につけ、同じ冒険者としてギルドへ立っている。時間の流れは思っていた以上に早いものだと、レインは少しだけ感慨深くなった。
「レイン兄も迷宮へ行くの?」
ユウの問い掛けに、レインは軽く肩をすくめて答える。
「まあ、今日は様子を見に行くだけだけどな」
ユウは勢いよく拳を握り締めた。
「俺たちも頑張るから、いつか一緒に迷宮へ潜ろうぜ!」
「ユウ、少し気が早すぎます」
ミアはため息をつきながらも、小さく笑みを浮かべていた。
「でも、その時はよろしくお願いします」
そう言って丁寧に頭を下げるミアの横で、ノアも静かに頷く。
「レインさんなら、きっと生き残れると思います」
「それは褒めてるのか?」
レインが苦笑しながら尋ねると、ノアは真顔のまま小さく頷いた。
「ちゃんと褒めているつもりです」
その真剣な返事に、その場の全員が思わず笑ってしまう。笑いが落ち着いたところで、レインは三人へ優しく声を掛けた。
「焦らず、自分たちのペースで頑張れよ」
三人は顔を見合わせると、力強く頷いた。
「まずは街のお手伝いと薬草採取でしっかりお金を貯めます!」
「装備も少しずつ揃えていかないと駄目ですから」
「今は無茶をしないように頑張ります」
三人とも、自分たちなりの目標をしっかり持って前へ進もうとしていた。その姿を見たレインは、不思議と胸の奥が少しだけ温かくなるのを感じる。
「それじゃあ、俺たちは依頼へ行ってきます!」
「またお会いしましょう」
「失礼します」
三人は軽く手を振ると、別の掲示板へ向かって元気よく走っていった。その背中を見送りながら、リリアが穏やかな笑顔で口を開く。
「皆さん、とても慕っているんですね」
レインは少し照れ臭そうに頭を掻きながら、小さく笑った。
「昔からよく懐かれていただけですよ」
「それでも、レインさんがお兄さんみたいな存在だったことは伝わってきました」
レインは照れ隠しをするように苦笑したものの、その言葉は決して悪い気がしなかった。自分と同じように夢へ向かって歩き始めた人たちがいると思うだけで、不思議と勇気が湧いてくる。レインは静かに依頼掲示板へ視線を戻し、小さく息を吸い込んだ。迷宮は危険な場所であり、何が起こるか分からない未知の世界でもある。それでも前へ進もうとしているのは、自分たちだけではない。
「それじゃあ、そろそろ向かいましょうか」
レインがそう声を掛けると、リリアも穏やかな笑顔で力強く頷いた。




