13 レベル
資料室を出て人で賑わうホールを歩く。酒の匂い、汗の匂い、革鎧の擦れる音が混ざり、冒険者ギルドは今日も騒がしかった。その中を歩きながら、レインはある場所へ向かう。ギルドの隅、石造りの壁際に設置された大きな魔導具だった。高さは大人ほどで、表面には淡く青い光が流れている。冒険者たちは定期的にここで自分の状態を確認する。レインもその一人だった。
「久しぶりに見るか」
「キュ」
チビが革袋から顔を出す。レインは魔導具へ手を置いた。ひんやりと冷たい感触の直後、青白い文字が浮かび上がる。
――――――――――
レイン
職業:テイマー
レベル:3
スキル:テイム
――――――――――
レインは数秒見つめ、静かに息を吐いた。「上がってないな」と呟く。予想通りだったが、どこかで少し期待していた。薬草採取、小型魔物との戦闘、依頼達成と毎日地道に活動しているのに結果は変わらない。レベル3のままだった。
チビを抱き上げる。
「お前はどうだ」
「キュッ」
再び魔導具へ触れさせると表示が変わる。
――――――――――
チビ
種族:ダンジョンラット
レベル:4
スキル:なし
――――――――――
「やっぱりな」
レインは苦笑した。前に確認した時はレベル3だった。迷宮へ潜るようになってから戦闘の回数も増えている。最近は以前より動きが良くなった気がしていたが、やはり気のせいではなかったらしい。
「キュッ」
チビは得意げに胸を張り、まるで褒められるのを待っているようだった。
「偉そうだな」
レインが額を指で軽く突くと、チビは楽しそうに鳴いた。レベルが上がったのは喜ばしいが、手放しで喜べるわけでもない。テイマーの経験値は本人だけに入るわけではなく、戦闘で得た経験値はテイマーとテイムモンスターに分配される。その結果、モンスターは育ちやすいが、テイマー本人の成長は遅くなる。それがテイマーが不人気職と呼ばれる理由の一つだった。
「まあ、チビが強くなるのは悪くないけどな」
レインは小さな相棒を見下ろした。チビは嬉しそうに尻尾を揺らしている。ただ――。
「攻撃力さえあればなぁ……」
「キュ?」
チビは首を傾げた。ダンジョンラットは弱い魔物だ。小さく素早く、警戒心も強い。探索や索敵には役立つが、戦闘能力は高くない。レベルが上がった今でもそれは変わらなかった。敵の注意を引くことはできる。足元を駆け回って攪乱することもできる。だが、それだけだ。決定打になるような力はない。弱い魔物ほど成長が早いと言われており、おそらくチビもその類なのだろう。それでも種族そのものの限界はある。
レインはため息を吐いた。
「せめてもう少し噛む力が強くなってくれたらな」
「キュッ!」
なぜか褒められたと思ったのか、チビは元気よく返事をした。レインは思わず苦笑する。強さはともかく、この相棒が頼りになることだけは間違いなかった。モンスターは育ちやすいが本人は育ちにくい。それが不人気職の理由の一つだった。努力しても成長が遅い。だから多くの冒険者は「自分を鍛えた方が早い」と言う。レインもそれは理解していた。
その時、近くで冒険者たちの声が聞こえた。
「やっとレベル6だ」
「お、Eランク見えてきたな」
「次は迷宮二階層だ」
「浅層なら余裕だろ」
レインはそちらを見る。二十前後の前衛職らしい男たちだった。レベル6。数字だけなら3しか違わないが、実際の差は大きい。レベルが上がるほど身体能力も魔力も強化されるため、彼らは立派な冒険者に見えた。
レインは視線を戻す。チビが首を傾げ、レインは小さく笑った。その仕草に、張り詰めていた気持ちが少しだけ和らぐ。しかし、口にした数字の重みは消えなかった。レベル10。冒険者になった頃は努力すればいつか届くと思っていた数字だ。ギルドには到達者も珍しくないが、自分が目指す立場になるとその距離は想像以上に遠い。レベル3から4ですら苦労しているのに、その先には5、6、そして10がある。
普通の職業ならもっと早く成長できるのかもしれない。だが今さら職業は変えられないし、チビと出会えたのもテイマーだったからだ。レインは革袋のチビを見る。何も考えていないような顔に少し救われる。一人なら折れていたかもしれない。それでも今は違う。遅くても進んでいる。そう自分に言い聞かせながら魔導具を見る。レベル3。誇れる数字ではないが、ここから進むしかない。Fランクを抜ける境界線でもある。簡単ではない。だが今のままでは短剣すら買えない。
「薬草採取だけじゃ、いつまで経っても迷宮の奥には辿り着けないかもしれないな……」
思わず漏れた呟きに、革袋の中のチビも静かに鳴くのをやめた。本当は迷宮へ潜りたかった。子供の頃、父や村の冒険者から聞かされた迷宮の話に胸を躍らせ、何度も攻略記録や地図を読み返した。未知の魔物や誰も知らない景色、深層でしか手に入らない貴重な素材や宝。いつか自分もそこへ辿り着き、強力な魔物を仲間にして帰ってくる。そんな夢を何度も思い描いていたが現実は違う。授かった職業は、弱いと言われるテイマー。相棒は小さなダンジョンラットのチビ一匹だけ。薬草採取で少しずつ生活費を稼ぐ毎日では、夢のような話だと思い知らされる。
その時、依頼掲示板の前から冒険者たちの声が聞こえてきた。
「迷宮浅層でも結構稼げたな」
「薬草採取よりずっと効率はいい。危険も増えるけどな」
「二階層まで行ければ素材も高く売れるらしいぞ」
迷宮――。その言葉に、レインの視線は自然と掲示板へ向いた。いつまでも怖がっていては、憧れた迷宮の奥へ進める日は来ない。レインは無意識に腰の短剣へ手を伸ばし、使い込まれた柄を強く握り締めた。
「……弱いままじゃ終われない。そろそろ、行くしかないか」
革袋の中からチビがひょこっと顔を出し、真っ直ぐレインを見上げる。
「キュッ!」
その小さな瞳は、「やっと決心したんだね」と応援してくれているようだった。




