12 資料室
リリアと別れた翌日、レインはいつものように薬草採取の依頼を終え、夕方のギルドへ戻っていた。報告を終えると、ふと建物の奥にある小さな部屋へ足を向ける。入口の扉には『資料室』と書かれた木札が掛けられていた。
「少しだけ見ていこうか、チビ。せっかくだし資料を見ていこう」
「キュッ」
チビが肩の上で小さく鳴いた。その姿を後ろから見送っていたバルトは、小さく鼻を鳴らした。
「また資料室か」
近くを通り掛かった受付嬢が苦笑する。
「レインさん、本当に好きですよね」
「普通の新人は武器の振り方だの、魔物の倒し方だのを覚えようとするもんだ」
バルトは呆れたように肩をすくめる。
「なのにあいつは暇さえありゃ資料室へ籠もって、迷宮の古い地図や攻略記録ばっかり読んでやがる」
「文字を読むのは得意じゃないって言っていたのに、ああいう本だけは何度でも読み返していますよ」
受付嬢も思い出したように笑った。
「この前なんて三十年前の攻略記録を抱えて、『この頃は第三階層の地形が少し違ったみたいです』って、すごく嬉しそうに話してくれました」
バルトは思わず苦笑する。
「変わった坊主だよ」
「ずっと迷宮の資料を読み漁っているが、残念ながらあいつはテイマーだからな」
「強い魔物を仲間にして迷宮へ潜るなんて夢ばかり見てる」
「憧れだけで終わらなきゃいいんだがな」
そんな会話を交わしているとも知らず、レインは呑気な足取りで資料室へ入っていく。室内には本棚がいくつも並び、迷宮の地図や攻略記録、魔物図鑑などがぎっしりと収められている。冒険者なら誰でも自由に閲覧できる場所だったが、実際に利用する者は決して多くなかった。本棚へ近付いたレインは、一冊の分厚い攻略記録を大切そうに棚から取り出す。
『迷宮 第一層~第五層 調査記録』
ページを開くと、細かな文字がびっしりと並んでいた。
「うっ……やっぱり、文字ばっかりで目が痛くなるな」
レインは思わず苦笑しながら、肩をすくめた。文字を読むのは昔からあまり得意ではない。それでも、母が仕事の合間を縫って根気よく読み書きを教えてくれたおかげで、簡単な本なら時間をかければ読めるようになっていた。レインは心の中で、母さんには感謝しないとなと呟いた。
指で一文字ずつ追いながら、ゆっくりと読み進めていく。そこには階層ごとの特徴が、簡潔な言葉でまとめられていた。出現する魔物の種類も、細かく記されている。危険地帯の位置や、採取できる薬草の情報まで載っていた。冒険者たちが描いた簡単な地図も添えられている。どれも、レインにとっては知らないことばかりだった。
「へぇ……第二層には、柱がたくさん並ぶ区画があるんだ」
「キュ?」
チビが不思議そうに首を傾げた。
「この辺りは見通しが悪いから、待ち伏せには気を付けろって書いてある」
チビは内容など分からないだろうが、興味深そうに本を覗き込んでいた。ページをめくるたびに、胸の奥が少しずつ高鳴っていく。本の中には深層で発見された美しい鉱石の挿絵や、一人では抱えきれないほど巨大な魔石の記録まで載っていた。『未確認の魔物を目撃した』という報告を読むたびに、自然と口元が緩む。『古代の宝箱を発見した』という記録も、レインの想像を大きく膨らませた。『未知の通路を確認した』という一文に触れるたび、胸の奥が熱くなる。
「いつか僕も、あの奥まで行ってみたいな」
レインは本の地図を、息を詰めるようにじっと見つめた。迷宮の奥へ続く通路は途中で途切れている。そこから先は、誰も正確な地図を持っていなかった。
「強い魔物と仲間になって、一緒にもっと奥まで進んで……」
見たこともない景色が、次々と頭の中に浮かんでくる。誰も知らない魔物の姿も、次々と想像できた。まだ誰も持ち帰ったことのない宝まで、夢の中で輝いて見えた。チビも肩の上で「キュッ」と元気よく鳴いた。
「その時は一緒に行こうな、チビ。絶対に置いていかないからな」
レインは小さな笑みを浮かべながら、そっと本を閉じた。家族を支えるために冒険者になった。それは、レインにとって間違いのない事実だった。けれど胸の奥には、幼い頃から抱き続けてきたもう一つの夢があった。誰も知らない迷宮の奥へ辿り着き、この目で未知の世界を見てみたい。その小さな憧れは、静かな資料室の中でさらに大きく膨らんでいくのだった。




