第4話 犠牲
マナはアルトの手を離し、ペタリと地べたにへたり込む。
「カイ……。うっ……」
一度は引っ込めたはずの涙が、またこぼれた。だが今度はそれをぬぐう気力すらなかった。
アルトはゆっくりとカイの側に腰を下ろし、顔を覗き込む。
「少し、笑っているな」
アルトにそう言われ、マナもカイの顔を見る。
確かに、そう見える。どこか満足気な、安心したような、そんな表情だった。
「ワシのせいだ。すまない」
アルトは持っていた魔導書をおき、血だらけのカイの頬をなぞると、懺悔の言葉を伝えた。アルトの横顔は、何もかも忘れる前の、二人と出会ったばかりのころの横顔に見えた。
「アルトさまのせいではありません。これは、仕方のないことです。すべて、魔王を倒すためですから……」
「魔王を倒すため、か……」
アルトはポツリと呟くと、血のついた手で魔導書を拾った。
「行きましょう。急がなくては」
マナは涙をぬぐう。揺れる瞳の奥には、この先で待ち受ける出来事への、覚悟が宿っているように見えた。
マナはアルトを立たせ、手を引いて先へと進みだした。
「すまない、すまない……」
その言葉はマナに向けられたものなのか、死んでしまったカイへの言葉なのか、マナにはわからなかった。
アルトは、カイの姿が見えなくなるまで、後ろを向き続けた。
アルトとマナは、魔王がいる部屋の前まで来た。だが当然、そこにも魔物がいた。
「やはり、すんなりとは通してもらえませんね」
マナは困ったように笑った。
「アルトさま」
「……うん?」
歩きつかれ、ゼェゼェと息をするアルトに、マナは優しく声を掛ける。
「この魔導書を、手放してはいけませんよ。アルトさまが、なくしてはいけないとおっしゃったのですから」
「はて……、ワシは、なんと言ったかな」
アルトはもう、その記憶を失っていた。
「大丈夫です。さあ、アルトさま。ここは私が引き受けます」
アルトはマナの言っている意味がわからず、キョトンとする。
「アルトさま。必ず魔王を倒してください。カイと私が、命をかけてよかったと思えるように」
マナはアルトの目を覗き込み、静かな笑みを浮かべた。マナに見つめられ、アルトはなぜか目をそらしたくなるような感覚に襲われた。
マナはありったけの魔力を使い、アルトに防御魔法をかける。
「さあ。まっすぐ歩いてください!」
アルトは言われた通り、まっすぐ歩いた。ツンとつつくとすぐにでも倒れてしまいそうな足取りだが、アルトは歩いた。
アルトに襲いかかろうとする魔物を、マナは後方から魔法で吹き飛ばしていく。
何体か打ち漏れた魔物がアルトに攻撃しようとするも、マナが施した鉄壁の防御魔法のおかげで、アルトは無傷のまま歩いていた。
アルトはなんとか扉の前まできた。
重厚感のある扉は閉ざされていて、今のアルトの細腕では、とうてい開けられそうにない。
すると、ドカンと大きな何かが扉にぶつかり、扉が少し開いた。マナの砲撃だ。
アルトはその隙間に体を押し込み、扉をぐいっと押す。
「ふうっ! はあっ、はあっ」
息を切らしながらも、アルトは力を振りしぼり、人一人通れるくらいまで開けることができた。
「よし……、あいた。あいたぞ。ほら、あいたから、一緒に……」
アルトは振り返った。
だがマナは、魔物の残骸とともに倒れていた。
「お、おい」
アルトはたどたどしい足取りで、マナのもとに戻った。
「マナ? マナ?」
返事はない。出血がひどく、砲撃かなにかが腹部を貫通したようだ。
「マナ?」
アルトが膝をつくと、マントがマナの血で染まっていった。マナの手を触る。冷たく、動かなくなった、マナの手を。
「また、ワシのせいだ……。すまない」
二度と目をさまさないマナに向かって、何度も謝罪の言葉を繰り返した。




