第5話 真実
二人の犠牲のうえに、ついにアルトは魔王の玉座にたどり着いた。
薄暗い、広い空間に、魔王はいた――。
人の形はしていない。巨大な影、あるいは虚無、あるいはすべてを飲み込む闇。物理的な急所があるようには見えず、言葉を交わせるようにも思えない。
ただそこで揺らめいているだけで、突然現れたアルトに驚いている様子もなかった。
「おまえは、なんだ……?」
アルトが声を発すると、魔王は波打つようにその姿を少し揺らめかせた。
するとその黒い体から、黒いかたまりがすーっと出てきた。それは、魔力の塊だった。
それはゆっくりとアルトに向かって進んでいった。まるでシャボン玉がふわふわと漂うように。
アルトめがけて放たれたそれは、マナがかけてくれた防御魔法によってバンッと弾けた。
だが同時にマナの防御魔法も砕けてしまい、アルトを守るものは何一つ無くなってしまった。
魔王は二発目を放つ。
アルトは逃げようとするも間に合わず、左腕に攻撃があたった。
「!!」
アルトは激痛で声を上げることすらできなかった。
左腕が吹き飛ばされ、肩から血が噴き出す。
よろけて膝を折るアルトに、魔王はゆっくりと近づいていく。
放っておいても、じき死ぬとわかっているからかもしれない。瀕死の老人に、これ以上無駄な手間をかける必要などないと判断したのかもしれない。
魔王はアルトの目の前までいき、まるで馬鹿にしているかのようにふわふわと漂ってみせた。
それは明らかに、魔王の油断であった――。
死ぬほどの痛みがアルトを襲うも、右手に持つ魔導書が熱をおび、紫色に光りだした。
その熱が、仲間の犠牲を無駄にしてはいけない、成し遂げなくてはならないという執念を呼び起こした。
アルトは震える足に力をいれ、魔導書をぐっと握りしめる。なにかに導かれるように、目の前にいる魔王にそれを向けた。
その瞬間、魔導書がひとりでに浮遊し、パラパラと物凄い勢いでページがめくられ始めた。
ピタッとどこかのページで止まると、そこから光の文字が現れた。文字は次第に円を描き、魔法陣となっていった。
そして完成した魔法陣から、魔王に向けて紫の光が放たれた。あまりのまぶしさにアルトは目をあけていられなかった。音はしない。ただこの空間が光に包まれただけだ。それがいったいどんな攻撃だったのか、アルトにはわからなかった。
まぶしさが和らぎ、ゆっくりと目を開けると、先ほどの光が粒となり魔王の体に張り付いていた。その光が魔王の黒い影を徐々に消し去っていた。
紙が炎で灰となり消えてくいように、魔王の体はみるみる散っていく。
そして、光がすべての影を消し去った。
魔王がいた場所には、何もなかった。
魔王は、消滅したのだ――。
アルトはついに成し遂げた。
だがアルトが感じていたのは、魔王を倒した喜びではなく、虚無感だけだった。
何も思い出せないのに、何もかも失ってしまったという喪失感が重くのしかかる。
大切な思い出も、大切な仲間のことも、すべて忘れてしまった。
自分はどうして、こんなとろこにいるのだろう。なんのために、こんなことをしたのだろう。
アルトは静かに倒れ込んだ。自らの血のあたたさかを感じながら、ゆっくりと目を閉じていく。
「ワシは、どうして……」
瞳から光が消えていく。
死の直前、何もかも忘れてしまったアルトが思い出したのは、自分のことだった。
「そうか。俺は、勇者……。成し遂げたんだ。ついに……」
そう呟くと、アルトは安心したように目を閉じ、永遠の眠りについた。
のちに、勇者アルトと二人の仲間カイとマナの遺体が発見され、世界は知った。
最強の勇者は、老いという病に蝕まれながらも、二人の若き献身に支えられ、ついに魔王を討ち果たした、と。
彼らの偉業は語り継がれ、永遠に称えられることとなった。
だが、魔王を倒すための真の代償は、誰にも知られることはなかった。アルト自身も、とうにそれを忘れていた。
その残酷な真実を忘れたからこそ、アルトは安らかに旅立ったのだ。
アルトが息を引き取ったあと、魔導書がアルトの冷たくなった腕の中へと落ち、パタンと静かにページを閉じた。
ずっと彼の旅を見届けてきたその本は、役割を終えたかのように、あるいは次の犠牲者を誘うかのように、暗闇の中で不気味に光っていた。
『魔王の倒し方』。
その最後のページには、こう記されていた。
『魔王は、魔導書の適合者と、魂の絆を結びし二つの親しき命をもって打ち破られる』
救われた世界に残されたのは、何も知らない人々が語り継ぐ、三人の英雄の眩い物語だけである。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!
(本作で出てくる魔導書は、別作品『天変地異の事後処理班』にも少しですがでてきます。もし気になった方は、あわせてお楽しみいただけると嬉しいです)
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読んでいただき、本当にありがとうございました。




