第4章 11_こんな先生、いたっけ? (挿絵_12)
あの転生者なレオナールの感じだと、ヒロインは恋愛対象になりそうにない気がするんだけど。
だって、【死角の世界】でも、「ビッチだ」っつってたし、ソレ抜きにしても「デモデモダッテ」なドジっ子アピられるだけで「ウゼェ」って嫌悪しそうっていうか。
でも――。
(さっきの感じからすると、シナリオ・レオナールは、リシャールより露骨にセクハラしそうっつーか、いっきにエロ展開やりそうなんだよな。なんか同情反面、洗脳されないでほしいな)
なんて、友達として、普通に心配になった。
プラス、あのレオナールでさえ、悪役令嬢のこと、「黒公女」だとか「性悪」だとか、シナリオ・スイッチで言わされているのが気になった。
明らかにネガティブな印象になっているので、たぶん、レオナール・ルートでも、マリエッタは、エグい断罪されるんだろう。
(ワー……。前世で、攻略対象者全員分のエンディング、ちゃんと姉貴から聞いておけば良かったな……。それか、攻略本でも読み込んでおけば、だいたいの判断ついたのに)
悲しいことに、俺は、「悪役令嬢はリシャール以外のエンドだと『追放』なんて無くて『死』オンリー」ってことしか覚えてない。
処刑、刺殺、斬殺、撲殺、毒殺、事故死、病死、焼死、扼殺、自害、暴行死、拷問死、贄死……。なんか色々あったような気がするけど、一体どれが誰のヤツか……。
(うーん……。マジでレオナール・ルート、どうなるんだ……)
って。そうじゃなくて!
だったら、余計に、このままレオとアンジェル放っておいたらヤバい気がする。
(……でも、リシャールが直で乱入すると、今度は、俺が、シナリオ・スイッチで、また天の声化させられるし。どう助けたらいいかも分からん……っ)
俺は、うんうん唸りながら、保健室前の廊下を行ったり来たり。
状況的には、校医のパストゥール先生が戻ってきてくれると一番いいんだが。
ただ、このイベントが、ヒロインと攻略対象者の好感度を上げるためだけに用意されたんなら、たぶん、いや、絶対帰って来ないな。そういう意味では、他の人間も同じ……。
(あ。だから、リシャール、ニルスに『ついてくるな』って言ったのか。でなきゃ、ヒロインと2人っきりになれない――っつーか、イチャコラ出来ないから……)
そうかと思うと、突然、保健室の中から、
ガタタンッ!
と、大きな音が鳴った。
(うお! ナ、ナニゴトッ!?)
俺は目を剥いた。
(あの2人……、いったい中で何やってんだ……?)
俺は、コソッと扉に耳をくっつけて、ドキドキと聞き耳を立てていた。
よくよく考えたら、保健室って、学校の中でも、とびきりエロと親和性高そうなスポットだよな。
(まさか、あいつら、学校のベッドでヤッちゃったりしないよな……? いや、レオが俺みたいな童貞かとか、ソッチ方面、苦手か得意かとかも、全然、想像つかないけど)
いずれにしても、ソコまでイッちゃったら、なんかマズい気がする。
リシャールも、1周目、その所為か何か分からんけど、脳みそヤられて、ヒロイン信者みたいになって、俺自身、消されそうになったし。
でも、それ以上、何も聞こえない。
ほどなくして、
「――君は、そこで何をしているんだね?」
と、怜悧な女性の声がした。
「えっ」
俺は慌てて声の主を振り返る。
そこに居たのは、白髪、赤縁眼鏡を掛けた、エメラルドの瞳の、長身、白衣の女性だった。
年齢は、おそらく、30代後半。白髪は長いのをロールアップにしていて、白衣の下の着衣は、黒のタートルネック、黒のタイトスカート、黒タイツ、黒のビジネスシューズ――と、とにかく黒ずくめだ。
そして、ファンタジーの世界なのに、なんか、現代人のバリキャリ女医さん、って感じだった。見るからに、スレンダーでスマートな、クール・ビューティーだが、ちょっと恐そうな人だな。
俺は首を傾げた。
(……ってゆーか。誰、コレ? こんな先生、うちの学園にいたっけ??)
1周目でも見た覚えがない。
「あの……」
俺は、おずおずと、なんて声を掛けようか惑う。
白髪女医は、「ん?」と仏頂面で言った。
「……私か? 私は、エディス=サルトル。この春から臨時校医として雇われた者だ。悩める生徒達の心のsoins(=ケア、治療)をして欲しい、と学園長から乞われたので」
要するに、スクール・カウンセラーってトコか。
「初めて、お会いしますね。Docteure Sartre(=サルトル先生)」
俺はにっこりと微笑んだ。
「僕は、この国の王太子、リシャール=ロロ=フェルディナン=ド=シュヴァリエと申します。僕もこの春から入学した1年生なんですが、本日は、授業中に、不運な事故で同級生が酷い負傷をしてしまって。おそらく、打撲だと思うんですけれど、僕が保健室へ運んで、手当てをしたんです。あいにく、パストゥール先生が外出中で、いらっしゃらなかったので」
「そうか」
サルトル先生は、こくりと頷く。
まったく無表情で、愛想笑いもしない。
口調も男っぽいし、この女性は、きっと、そういう人なんだろうな。
「ですから、僕がおこなったのは、あくまでも素人判断の応急処置ですので。申し訳ありませんが、今すぐ、中の患者を訪ねて、正しく診てあげて下さいませんか?」
「そうだな」
サルトル先生は、また頷くと、普通に保健室の扉に手を掛ける。
ガチ。ガチ、ガチ。
レオが内側から施錠してしまっているので、どんなに開けようとしても、その戸が開くはずもない。
(しまった!)
俺は、思わずアワワと蒼くなる。
(これ、ツッコまれたら、なんて答えよう……)
まるで、良い弁明が思いつかなくて、ビクビクする。
しかし――。
「……」
サルトル先生は、少し考えた後、スッと白衣のポケットから保健室の鍵を取り出して、何の疑問もなく、
ガチャリ
と、開けた。
俺は目をぱちくりさせた。
「あ、あの――」
つい、声を上げてしまうと、先生は、フーッと溜息をついた。
「用事がないなら、早く教室に戻りなさい」
「あっ。はい」
反射的に俺は答えたが、この先生、コレがオカシイとは、思わなかったんだろうか。
しかして、サルトル先生は、それ以上、俺に何も言うことなく、チャッと扉を開けて、さっさと中に入ってしまう。
それから、「戻れ」とは言われたものの、俺は、なんとなく、その場から動けずにいた。
懐中時計を出してみても、もうすぐ4時限目も終わりそうだった。
これなら、戻ったとしても、まもなく昼休みになっちゃいそうだ。
どうしようか迷っていると、急に保健室の扉がガチャッと開いて、今度は、レオナールが、ぺいっと放り出されるように、廊下に出てきた。
「あっ」
一瞬だけ、白衣の袖が見えたから、きっと、先生に追い出されたんだろう。
だけど――。
まごつく俺と、床にへたり込んで呆気にとられたレオと、ハッと目が合う。
途端に、レオは、うりゅ~っと涙目になって、
「リッシィ~~~~ッ! 違うんだぁ~~っ。俺はっ……、俺はァ~~っ……!!」
と、俺に抱き着き、おいおい泣いた。
これは、完全に俺の知ってるレオだ。
そんで、大の男が、こんなガキみたいに泣くなよ、と思う。
とはいえ――。
泣きたくなるのも分からんでもない。
「うん、うん。分かるよ! でも、ほら、ちょっと落ち着いて!!」
俺は、ぎゅうぎゅう縋ってくるレオの背を軽くトントン叩きながら、
「ここ、廊下だから! 保健室前だから! まだ授業中だし、こんなトコで騒いじゃダメだよ」
と、なだめると、レオナールは、うっくうっくと涙ぐみながら、少し静かになる。
「わりィ……」
てか、鼻水垂れてる!
俺は「仕方ないなあ」と、自分のブレザーのポケットに折り畳んで入れていたハンカチーフをスッと取って、レオナールの鼻をずびーっとかんでやる。
うわ。これじゃあ、俺が、なんかレオの「おかあさん」みたいだな。
なんか、もろもろ、溜息しか出てこなくて、授業に戻るのも億劫になった。
「あ」
俺はぴんと思い立つ。
「そうだ。生徒会室へ行こう!」
「……へっ? せ、生徒会室??」
レオナールは首を傾げる。
俺はこくりと頷いた。
「もう4時限目も終わりそうだし。どうせ、このまま教室戻んなくて昼休み入ったって、全然オッケーっしょ。で。生徒会室なら、今の時間、誰もいないし。内側から施錠も出来るし。好きなだけ話できるから。正直、あんなの、外でおおっぴらに愚痴れなくない?」
「そ、そか……」
レオナールも涙を拭いながら、ようやく平静を取り戻して、コクコクと首を縦に振る。
「よし、決まりだ!」
俺は再び「うん」と頷き、胸を張る。
呼応するように、レオナールもニッと笑った。
「だな!」
バッと、俺は意気揚々と高く拳を突き上げた。
「じゃ、行くよっ!」
「おうっ!!」
そうして、俺とレオナールは、すたこらさっさと、その場を立ち去った。




