第4章 10_もしかして、今、赤ツンツン頭ルート??
唇重ねる寸前だったリシャールとヒロインは、ギシッと固まった。
まもなく、
シャッ!
と、勢いよく、診療ベッドを覆い隠していた間仕切りカーテンが開かれる。
リシャールとヒロインは、キスを取り止め、バッと声がした方を振り返った。
そこには、苛立ったようなペリドットの三白眼で、リシャールらにガン飛ばしながら、診療ベッドで偉そうに胡坐かく、赤ツンツン頭が居た。
(レオナールッ!?)
俺は甚だ驚いた。
なんで、ここにレオが居るんだ?
まだ4時限目終わってないのに!
すると、レオは、わざとらしく、「ふわぁ~」と1つ、欠伸をかいた後、ぴょいと診療ベッドから飛び降りた。
(……っていうか。レオ、これ、素?)
天の声な俺は、すごくドキドキして見守っていた。
シナリオ・リシャールは、本気でムカついたみたいに、すっくと立ち上がり、降りてきたレオナールとメンチ切る。
S・R:
「何なんだい? 君……」
「そりゃ、こっちのセリフだぜ? 俺様の方が先客で、ずっとそこで休んでいたのに。後から来たかと思えば、急にイチャイチャしやがって!」
激しく舌打ちしながらリシャールを指差す。
レオナールの睥睨は、殺気を孕んでいた。
(てか。え……。あれ? オレサマ? レオって、そんなキャラだっけ??)
俺は激しく戸惑った。
(オラオラ系だけど、レオナール、どっちかっていうと、うぇーいな奴だよな?)
考えた瞬間、天の声な俺は「あ」と、前に、レオが悪役令嬢との中庭ランチに乱入してきた時のことを思い出した。
そうだ。確か、あン時も、「オレサマ」っつってて――。
<リシャールとあの悪役令嬢がつるんでんの見ると、急に、こう……ムカっぱらが立ってきて……。俺じゃねえ俺が出ちまう、っつーかァ……>
あン時は、相手、マリエッタだったけど、そこ、まるっとアンジェルに取っ換えても、この状況は成立する。
(そっか。じゃ、やっぱ、コレ、レオのシナリオ・スイッチなんじゃん!)
天の声な俺は、改めて、「はぁー」って呆気にとられる。
そこで、俺は、シナリオ・リシャールの目を通して、じいっと穴が開くくらい、レオナールの様子を窺った。
(うわ。よく見慣れた顔なのに。なんか……こう、目が死んでる気がすんな)
つーか、今まで、俺は、シナリオ・スイッチ・モードな人間、まじまじと見たことがなかったんだけど。第三者から見ると、こういう感じになるんだ?
いや、正確には、悪役令嬢も、暴走してる時は、表情とか目の色とかオカシイかな、って思ったこと何度かあるんだけど。
ヒロインのは、シームレスすぎて、どっからがホントで、どこまでがシナリオか分かんないっつーか。
十把一絡げなモブ連中は、俺、そこまで親しくねえから、判別つかん。
クロードとニルスは、流石にちょっと分かるんだけど。それも、「なんかオカシくね?」な体感レベルな感じかな。
だって、あの2人は、ネームド・モブでも、モブであることに変わりないから。攻略対象者なレオほど、ダイレクトにシナリオに関わる感じじゃないんだ。
(それに、俺等、今は、部活で一緒に野球やってんだから、バリバリ面識あるのに。こんな初対面な会話になるの変だよな? ってことは、シナリオ・リシャールの中じゃ、野球部、存在してない前提??)
まあ、ゲームには、「野球」自体、明らかに「存在してない」からな。
目が死んだレオは、ガッとリシャールの胸倉をつかんで怒鳴る。
「俺様はよォ、お前らみてえな、万年お花畑な連中がでぇっ嫌いなんだよっ!」
S・R:
「失敬だな!」
リシャールは、パシンッとイキるレオの両手を打ち払った。
半眼でぴしゃりと言う。
S・R:
「僕は、授業で負傷したCamarade de classe(=クラスメイト)の手当てをしていただけだよ」
「ハッ! 手当ェッ? 婚約者いるくせにっ。そのおピンクあたまの素足触って、鼻の下伸ばしてデレデレしてたの、どこのどいつだよっ……!!」
軽蔑の眼差しでレオは吐き捨てる。
うん。俺もそう思う。
って。あれ? お、おピンクあたま……っ??
(なんか、ものすっごく既視感あるフレーズ……。何だったっけ……??)
強いて言えば、ユノもヒロインのこと「ぴんくアタマ」って呼んでたけど。
この時、俺の頭によぎったのは、明らかに、別の「何か」だったんだ。
「だいたいよォッ! テメーがそんなふしだらなコトやってっから、そいつが、あの高慢ちきな黒公女どもにイビられんだろォがァッ!!」
S・R:
「……えっ!?」
シナリオ・リシャールは、目を剥き、一気に顔を曇らせ、ごくんと喉を鳴らす。
これに、たまらず、ヒロインが飛び出した。
「や……やめてっ! やめて下さいっ。フイヤード様!! それは、リシャール様には、秘密にして下さいって…………」
アンジェルは、リシャールを背に庇うようにして、レオナールに食って掛かる。
すかさず、レオナールは、チッと舌打ちした。
(高慢ちきな黒公女って、悪役令嬢のこと?)
天の声な俺も息を呑む。
じゃあ、やっぱり、あの学校案内の時、マリーと親衛隊の連中、アンジェルになんか嫌がらせしたんだ。それを、偶然、レオが見つけて……。
(あれ? でも、それ、ホントに偶然か??)
だって、そうだ……。メインヒーローのリシャールだって、こんなにシナリオ・スイッチに翻弄されてるんだ。おんなじ攻略対象者であるレオナールも、或る一定の範囲内に入ったら強制イベントやらされるに違いない。
(あー……やっぱ、俺、レオナールのルート、どんなイベント起こんのか、全然見当つかねーや。で、転生者は、前世で『エトラリ』やってねーみたいだし。こいつ、正気に戻った時のメンタル、ガチで大丈夫かな?)
なんて、ものっすごく同情心が沸いてしまったけれど。
とりあえず……、レオは、リシャールみたいな最初から激甘おスイーツ展開じゃなくて、「ツンから始まるドS溺愛」みたいな? だって、1人称「俺様」だし。レオナール、ゲームだと不良キャラじゃなかったっけ??
すると、レオナールは、イラッとして、ヒロインの細い手首をつかみ、
「おい、テメエッ! いい加減、レオって呼べ、っつったろ!? ナメてんのか、コラァッ!!」
と、ガン飛ばしながら怒鳴る。
アンジェルはビクッと目を瞑って身を竦めた。
(え? 『レオって呼べ』?? 不良なら、普通、逆じゃね? 『呼び捨てにすんな!』的な)
俺はそう思ったが、これは乙女ゲームだから、むしろ、逆なのかもしれない。
一目惚れしたヒロインを「俺だけの女」にしたい願望あるとか、そっち系?
ただ、リシャールは、ヒロインに馴れ馴れしくするレオが、ひたすら不快なようだった。
S・R:
「君! か弱い女性に何をするんだっ」
「ウッセーッ! この二股男っ」
ドンッ!
と、レオは力任せに王太子を突き飛ばす。
S・R:
「……痛ッ!」
リシャールは床に激しく尻餅をついた。
そのまま、負けじと、ギッと忌々しげにレオを睨みつける。
S・R:
「何をするんだ! 野蛮だな!! まったく、こんなinélégant(=優雅でない)な者が、我が校の生徒だなんて……ッ!!」
うわー。マジで遠慮ないな。
つか、リシャールだって、さっき悪役令嬢に同じ事やってたじゃん!
あっちはガチでか弱い女子なのに、言ってるコトとやってるコト、めっちゃ矛盾してね?
とはいえ、コレ、王太子と男爵令息の身分差的に、かなりアウトなやつだと思うんだけど。それを物ともしないなんて。これが攻略対象者バトルってヤツか?
「リシャール様っ……!!」
ヒロインは、血の気が引いた顔で、床に突き倒された王太子を気遣う。
リシャールはニコと苦笑した。
S・R:
「僕は大丈夫だよ」
「そんな……っ。だって、王子様ですのに……っ」
泣きそうになるヒロインを見下ろして、レオナールは、また、チッと舌打ちした。王太子を攻撃しすぎるととばっちりが酷いし、ヒロインに嫌われそうだから、躊躇した?
「とっとと失せろよ、このクソ野郎! ここは、病人と怪我人だけが居ていい空間なんだよっ」
リシャールは、すっくと立ち上がり、パンパンと制服の埃を払う。そして、佇まいを正して、ギロリとレオナールを睥睨した。
S・R:
「お言葉だね。確かに、この保健室は、そういう場所で、アンジェは安静が必要な状態だけれど。君は、どうして、こんなところに居るのかな? さして、体調を崩している風でもないし。まさか、授業をサボりたいから、仮病を使って、ここに来たんじゃないよね??」
「……クッ!」
レオナールの顔が蒼く歪む。なんか図星っぽい。
でも――。
(仮病だとしたら、いったいどこから? 俺の知ってるレオは、ああ見えて真面目で、授業はちゃんと受ける奴だし。シナリオ・スイッチで保健室に誘導されたんだとしたら、ヒロインと接触しなくても影響受けた――いや、リシャールがヒロインを保健室に運ぶの、4時限目の授業始まる前から決まってたってコト??)
俺はゾッとした。
そう考えると、どちゃクソ恐いんだが。
この修羅場もどうなるか、どきどきハラハラ、まるで予測できない。
しかして、レオナールは、ぐいとリシャールの腕をつかんで、ズリズリと出入口に引き摺り、ぺいっとぞんざいにリシャールを保健室の外に追い出した。
「いーかっ? とにかくっ、オメーは、お呼びじゃねーんだよっ! 皆が羨む王太子様は、あの性悪なご婚約者様とヨロシクやってろよっ。二度とアンジェルに色目使うんじゃねーよっ!!」
苛烈に吐き捨てるなり、レオナールは、
ピシャンッ!
と、保健室の扉を閉めた。
S・R:
「……ちょっ……!?」
リシャールは、慌てて扉を開け直そうとするものの、戸は内側からガチャンッと鍵を掛けられて、うんともすんともいわない。完全に締め出されてしまった。
しかし――。
突如、ひゅっと、天の声化していた俺が、自分の身体に戻ってくる。
「え」
俺は驚いた。
扉1枚隔てているとはいえ、今まで、この至近距離にヒロインが居て、シナリオ・スイッチから解放されることなんて無かったのに。
(……もしかして。今現在は、レオナール・ルート?)
俺はドギマギとする。
だって、俺と同じ転生者なレオナールだって、攻略対象者だ。
同じ場所に複数の攻略対象者がいても、ゲームでは、マルチ・ウィンドウ化したりはしないから、その時、1番、優位な攻略対象者ルートのイベント画面になるはず。
つまり、今、リシャールが解放されてるってことは、レオのが優先的にイベント消化されてるってことで……。
(こ、これは、喜んでいいのか……?)
俺は腕を組み、うーん、と悩む。
そうして、出歯亀って訳でもないけど、中で、いったい2人がどんなやりとりをしているのか、めちゃくちゃ気になった。




