第4章 08_悪役令嬢すぎる
1周目もヒロインが目の前にいると、問答無用でこうなったから、俺もそれなりに覚悟はしてたつもりだけど。
なかなかどうして、ここは、やっぱり乙女ゲームの世界である。
リシャールがヒロインの肩を抱き寄せようと、スッと腕を回しかけたところ、
不意に、
ドカッ!!!
と、足元の方で鈍い音が響いた。
かと思うと、
「きゃあっ!!」
と、ヒロインが悲鳴を上げた。
見ると、その細い右足首に、石のピースの1つが命中していた。
S・R:
「……ッ!?」
リシャールは目を剥いた。
すぐ隣には、この王太子がいたのに。
普通なら、皆、不敬だと恐れて、こんなことはしない。
だが、ソレは、ものの見事に、ヒロインの足だけを狙い撃ちしていたんだ。
(このクラスで、この精度で当てられるのって……)
「あーら。ごめんあそばせ」
肩にかかる黒銅波髪を振り払いながら、悪役令嬢が冷淡な眼差しで言う。
「手元が狂ってしまいましたわ」
(――やっぱり!)
天の声な俺は、薄々そんな気がしたけど、シナリオ・リシャールは、かなりショックだったみたい。
S・R:
「マリエッタ!」
リシャールは怒りの形相で悪役令嬢を睨んだ。
マリーは、一瞬ビクッとしながらも、フンッと胸を張りながら、そっぽ向く。
「うう……」
ヒロインは、その場でぺたんと女の子座りになり、そろそろと押さえる右足首は、ぷくっと腫れて、脚はビクンビクンッと痙攣していた。
(うわー。あれは、絶対痛い! やりすぎだって、マリーッ!!)
けれども、悪びれない悪役令嬢は、ソッコー作戦変更して、ドッと突進するかの如くリシャールの胸に飛び込み、ワッと縋るように泣きついた。
「そんなにお怒りにならないで下さいませ。あたくしだって、リシュ様に比べれば、まだまだ未熟なのですわ!」
そのまま、俺のブレザーを両手でぎゅうっと握り締める。
マリエッタは、たちまち、上目遣いに、きゅるんと媚びる目つきになって、
「ですから、あたくしにも、どうか、魔法の御指南を! 先程、サヴァティエ嬢になされたのと同じようにお教え下さいませ!! そうしたら、きっと、こんな不幸な事故は無くなりますわ」
と、おいおい泣きながら、リシャールに、よよよと寄り掛かり、愛しげに頬を擦り寄せる。
(ヒロインと同じ、って――。悪役令嬢までリシャールと2人羽織やりたい、ってコト!?)
それはそれで、なかなかの爆弾発言だと思った。
つーか、この娘、不純異性交遊に厳しい、誇り高い令嬢メンタルどこ行った?
(俺はどっちとも出来んわ、ソレ……)
しかし、完全にブチギレたリシャールは、
S・R:
「いい加減にしたまえっ!」
ドンッ!
と、悪役令嬢を突き飛ばした。
「あんっ!」
マリエッタは、ずしゃっと土煙を上げて、盛大にコケて、黒タイツの膝を擦り剥いてしまう。それに天の声な俺もギョッとなる。
(マリーがやったのも酷い事だけど、それでキレたからって暴力振るったら、立派なDVじゃん! 相手、か弱い女の子なのにっ)
どっちもどっちつーか、シナリオ・スイッチの暴走ぶりに、俺は「うへえ」となった。
S・R:
「君が、そんな不埒なお嬢さんだったとは。失望したよ!!」
リシャールは、さっとブレザーを脱いで、ヒロインの負傷患部をキツくグルグル巻きにする。そのまま、アンジェルをひょいと抱きかかえた。
S・R:
「ブーシャルドン先生っ! サヴァティエ嬢を保健室へ連れて行っても!?」
リシャールは、魔法力学の担当講師である、オーバン=ブーシャルドン先生を振り返る。
初老で厳めしい顔つきのブーシャルドン先生は、眼鏡を軽く動かして、
「ああ! 是非、そうしなさいっ」
と、中途退場の許可を出した。
クラスメイト達もたいそうザワザワしている。
悪役令嬢は、屈辱そうにワナワナと下唇を噛んで涙ぐみながら、擦り剥いた患部を手で押さえていた。
ベレニスと、別の班にいた取り巻きズのコレットとジスレーヌも駆けつけて、
「大丈夫ですかっ?」
「お可哀相にっ」
「お酷いですわ。殿下ったら」
と、マリーを取り囲むようにして、やいのやいの言っている。
一方、ニルスもようやく事態の重大さに気がつき、王太子の従僕として慌てた。
「王子っ! ぼ、ぼくも行きます……っ!!」
ニルスは俺を追って駆けだそうとしたが、リシャールは、制止するよう片手を前に突き出して、
S・R:
「いや! 君は残って! 後で授業の進捗を僕等に教えてっ!?」
と、その同行を拒んだ。
「えっ」
ニルスは動揺したが、ブーシャルドン先生が、ぽん、とその肩を叩いて引き留め、ふるふるっと首を横に振った。先生にまで止められてしまっては、お人好しなニルスも無理に1歩を踏み出せない。
(うわ。やっぱ、この先生も王太子×聖女推し、ってコトなんじゃんっ!)
天の声な俺にしてみれば、先生こそ、「こうなる前に注意すべきだったんじゃね?」って思うんだけれども。
「は、はいっ! 了解しましたっ……。お、お、お任せくださいっ!!」
ニルスは戸惑いながらも、ビシッと敬礼した。
(ニルスもそこであっさり引き下がんなよっ!)
そうして、リシャールは、ニルスが付いてこないのをいいことに、
S・R:
「大丈夫だよっ、アンジェ! すぐに、僕が君を助けてあげるからっ……」
と、ガバッと、アンジェルをお姫様抱っこして、とっとと演習場を出て行ってしまう。
天の声な俺はアワワとなった。
(いや、保健室て。普通ならそうかもだけど、リシャール、治癒魔法使えるじゃんっ!!)
何? このとってつけたようなチープな三文芝居シナリオ。
自分で治せるのに。なんで、ここで治さないんだ??
てか、1周目、こんなんあったっけ?
まるで、記憶にないんだが――。
(ああ……もうダメだ)
完全に身体の主導権を奪われ過ぎて、俺の脳ミソまでバグって麻痺してしまう。
果たして、俺は、こんな風に血相変えて全速力で、本校舎の保健室へ向けて、アンジェルを運びながら疾駆するリシャールに、理解不能な怒りと不安を覚えたのだった。




