第4章 06_少女漫画すぎる
このニルスという盛大な前振りがあっただけに、リシャールがヒロインの元へ行ってしまっても、「別にヒロインだけ贔屓してる訳じゃないぞ」という証明になって、誰も何も文句が言えなくなった。
とりわけ、悪役令嬢は、さっきの舌打ちが婚約者にバレたのを察したみたいで、悔しげに歯噛みしながらも、フンッとリシャールらから背を向けた。
むしろ、「婚約者」って自負があるなら、それを盾に何か文句言ってきても良いものだけど。
まあ、仮にソレやっても、シナリオ・リシャールが冷たい態度とるのは目に見えてたから、これ以上、心証を悪くしたくないって考えたんだろうな。
ベレニスは、眉をハの字に下げて「マリー様……」と案じるような顔つきをしていた。ニルスとピエールは、呆気にとられたように、ぽかんとしていた。
そんな外野の視線など、どこ吹く風か、リシャールはヒロインの隣に立って柔和に尋ねる。
S・R:
「さあ。まずは、どこから教えようか?」
「あ。え、えと……。あの、じゃあ……、い、い、石のピースへの……、ま、ま、魔力の込め方? でしょうか――」
S・R:
「ふんふん。そうだね。じゃあ、とりあえず、最初は、君の感覚でやってみてくれる? それで、どこが良くないのか、見極めるから」
「は、はい……!!」
ヒロインが言って、すっと両掌を石のピースに翳す。けれども、まったく不慣れな様子で、ヒロインは石のピースを浮かせるのさえ四苦八苦していた。
リシャールは、顎に拳を添えて、考えを取り纏めながら言う。
S・R:
「あー……。なるほど。君、少し、気負いすぎかな?」
「気負う?」
まったく困ったように小首を傾げるヒロインに、リシャールはクスと小さく笑って、やおら、その両手を取って、魔法の説明をし始めた。
(つーか、説明すんのに、いちいち手ェ取り合ったりすんなよ!)
S・R:
「そう。さっきのニルスもそうだったけれど。君達は、目で見たアレが『とても重いものだ』と、この手で触れて、実体験で認識しているから、『アレを動かすには、きっと、岩を持ち上げるくらいの力が要るだろう』って、思ってしまう。でも、魔法は、人の体で――筋肉で動かすのとは、訳が違うからね。想像力が形となって現れるんだ」
「想像力……」
アンジェルは、ぽつりと復唱しながら、キリッとした眼差し(流し目?)のリシャールに見蕩れているから、天の声な俺は、ただただ「これ以上、何も起きませんように」と願ってしまう。
S・R:
「たとえば、精巧なpapier mâcher(=張り子細工)の中には、一瞬、金属か陶器かのような錯覚を覚えるものがあるよね。それらは、当然、紙で出来てるから軽いんだけれど。あれを金属だと思ってしまうと、『きっと重いだろう』って考えて、いざ持った時に軽すぎて拍子抜けしてしまう」
「あ! は、はいっ」
アンジェルは、ハッとして、至極、納得したように頷いた。
「わたしっ……、この前、入学のお祝いに、お養母様にパピエ・マシェのお道具箱いただいたんですけれど……っ、すっごく軽くて、びっくりしちゃって……」
S・R:
「へえ? それは良かったね! じゃあ、その時のことをよく思い出して。あの石のピースも同じ風に考えてごらん。あれは、本当はとても軽い」
リシャールに促されて、アンジェルは、
「あの石は、軽い……」
と、ピースを見ながらも、しっかり「石」と言ってしまっている。
だからだろうか。やっぱり、最初に持ち上げた時の印象が勝って、「軽い」と思い込もうとしても上手くいかないらしかった。
そこで、リシャールは、自分の制服のシャツの袖のボタンをプチリと取った。アンジェルは「えっ」と、目を白黒させて戸惑っていると、リシャールは、アンジェルの手に千切ったボタンを握らせる。
S・R:
「ほら、あのピースは、このbouton(=ボタン)と同じだよ。きっと、驚くくらい軽いから。全身楽にして、じっと瞼を伏せて、静かに想像してみて。掌から放出する魔力を自分の手の延長だと考えて、これと同じように持ち上げてみるんだ」
「リ、リシャール様……」
ヒロインは、ドキドキとしながら、おずおずと、リシャールに言われた通りにする。おもむろに念じ始めると、その両手がフォォと銀色に光る。そうして、
一挙に10ピースぐらい、
ぶわっ!!!
と、同時に浮き上がった。
S・R:
「スゴい! あんなにたくさん……っ」
リシャールは素直に感嘆して、グループの皆はもちろん、クラスメイト全員が度肝抜かれたように「ワアッ!!」と大きな歓声を上げた。
アンジェルは、「え」とつられて目を開けるや、
「えええっ!?」
と、自分で驚いて、ついつい力加減を間違えた。
直後、パズル盤に収めるどころか、
ズドドドドドッ!
と、手前の地面に散弾銃のように命中させて、浮いていた石のピースすべてが、逆さに地面に突き刺さってしまった。
「キャッ……!?」
濛々と土煙が立つ。
一気に魔力を炸裂させてしまったので、アンジェルは、腰が抜けてしまったらしかった。そのまま尻餅をつきそうになり、リシャールが、
S・R:
「おっと」
と、後ろから抱き留める。
リシャールは心配そうにアンジェルの顔を覗き込んだ。
S・R:
「大丈夫?」
「す、すみません。わたし……」
おろおろしつつも、ヒロインはすぐに体勢を立て直す。
「ありがとうございます……っ」
そう王太子に御礼を言いながら、ぺこぺこ頭を下げる。
「まさか……、こんなことになるなんてっ……」
ヒロインは、申し訳なさそうにうつむき、きゅっと、空いたほうの手でプリーツスカートの裾を無意識に握り締める。
「わ、わ、わたし、ずっと何の力もなくて……っ、幼少期は、貧しかったりもしたので……、じ、実は、【賢者の聖別】も受けてないんです! で、ですから、その……、どうやったら、そんな風に上手く扱えるのか…………」
S・R:
「そうなんだ?」
リシャールは、首を傾げながらも、アンジェルが地面に突き刺してしまったピース群を、魔力で、しゅぽぽぽんっと難なく連続で引き抜いて、
シュンシュンシュンッ
と、元あったように地面に並べた。
「わっ。スゴいっ」
アンジェルは目をキラキラさせて感激する。
そして、バチッ、とリシャールと目が合うなり、
「あ……」
と、おどおどして、サッと目を逸らした。
リシャールが渡したボタンをじっと眺め、ちらともう1度、リシャールの顔を見た後、うつむいて、モジモジと照れている。
その自然体なヒロインの可愛らしさに、リシャールも、どうやら、
ドキンッ!
と、ときめいたようだった。
すると、天の声な俺にまで、めっちゃダイレクト「カワイイ♡」ってキた。
(何事っ!?)
つーか、最初のデレデレ→トゥンク♡よりも伝達が強すぎたので、天の声な俺もパニクってしまう。
(お……俺は違うからっ! 絶対、シナリオなんかに流されねーかんなっ……)
なんて、俺は、気を確かに持とうとするけれど。
これがなかなか難しい。
ヒロインは、やっぱ、普通に美少女だし、グラドルっぽいスタイルしてるし、前世日本人の俺的には、ドレスより女子高生な恰好のが、断然、テンション上がる。
そんな見た目で、こんなアオハルまっしぐらな展開なんて――。
(ヤバい。つーか、俺、2周目なんだから、ヒロインのJK風コスなんて、もう腐るほど見てんじゃん! なんで、俺まで、こんな初々しい感じになってんの??)
おろおろしたものの、ハッと右手薬指につけた【混沌の盟約】が矢庭に視界に入った。
(もしかして、リセットされた所為!?)
とかって、ついつい焦る。
(この状況で光りもしないなんて。やっぱ、正規ヒロインの影響力には勝てないのか……)
何なら、もしかしたら、コレで、かえって天の声な俺にもマイナス出てるかも?
なんつーか、「ぜんざいを塩昆布はさみながら食べると、もっと甘くなる」の原理みたいな。都合よく、部分々々で記憶削除とか改竄とかが起こってるし。
けど、シナリオ・リシャールのやつは、流石は王太子というか――。
そんな心の動揺をおくびにも出さず、至極真面目に、ヒロインを見守っていた。
S・R:
「誰だって、最初は上手くいかないものさ。失敗するからこそ、次の成長があるんだから」
「そ、そうですよね……」
一方、アンジェルも、リシャールのボタンをぎゅっと握り直し、それを胸に、すうと深呼吸して、気持ちを整えていた。
まもなく、落ち着いたところで、アンジェルは、ボタンをサッと自分のブレザーのポケットに入れ、キッと意を決した眼になる。
「わ、わたし……、もう1回、やってみます」
スッと、リシャールが戻した石のピースに手を翳す。
けれど、その手は震えている。
完全に気後れしてたんだ。
さっきのは、ただ地面に突き刺さっただけで済んだけど、「もし、制御に失敗して、今度は誰かに当たったらどうしよう」みたいな? そんな不安が、アンジェルから滲み出ていた。
(それは、ヘタレな俺にも分かるわー。つか、こういうのが、チートで最初からなんでもできる王太子なリシャールのどストライクになってんのかも)
だって、婚約者な悪役令嬢は、逆に「他人に弱いところ見せるの、公爵令嬢として情けない」なメンタルの方だから。で、マリーは悪役令嬢でチートだから、ホントに独力でソレが出来ちゃうし。
そういうのひっくるめて、たぶん、シナリオ・リシャール的には、鼻につくんだろうな。
とか、天の声な俺が平静を取り戻した頃、つと、
S・R:
「じゃあ、こうしよう?」
と、リシャールが、
ツン☆
と、人差し指でアンジェルの鼻の頭をつついた。
(うわわっ! 何っ? この、めっちゃ少女漫画なヤツ!!)
流石にコレは「俺には出来んわ」ってなって。
なのに、それをナチュラルにやってる自分にゾッとした。
S・R:
「僕が君の魔力補助をするから、君は、僕がするのをなぞるように制御するんだ」
「え」
目を丸くするヒロインをよそに、リシャールは、アンジェルの後ろに回り直して、2人羽織みたいに両手を重ねた。
S・R:
「大丈夫。僕がついてるから。さ、もう1度、僕と一緒に頑張ってみよう?」
「キャッ」
アンジェルも緊張しつつ、顔を茹蛸のように火照らせていた。
つーか、もっともなことを言う割に、必要以上に、ぴったりとお互いの身体が密着している気がする。
(ちょ! 近寄りすぎたっつーのっ!!)
天の声な俺はギョッとして、もはや、嫌な予感しかしなかった。




