第3章 30_死角の世界からの帰還
俺は、「ハァ……」と深い溜息をつき、ぐすんぐすん、とベソをかく。
レオナールは、俺の頭をぽふぽふ撫でて(叩いて?)、「やれやれ」と呆れた。
「つーかさ、お前、やっぱ、ちょいちょいテンネン入ってね? ツメが甘い、っつーかァ」
「ううう~……。だってだってぇー、俺、1周目ン時、悪役令嬢、王太子の所為で首チョンパになったら嫌だな、とか――、出来れば、味方は多い方がイイかな、って思ったんだけど――」
「は!? 首チョンパっ? 何っ、ソレッ。そんなんガチでグロいやつ……っ」
「でもでも、やっぱ、俺が転生者だって話すの、マズかったんだね……。だけど、俺……っ、流石に、クロード達が敵になるのは嫌だなあ! だって、なんだかんだ言って、あいつら、王太子の唯一無二の乳兄弟で、数少ない、腹割って話せる友達なんだもん……」
唐突な陰キャ・ムーブに、レオはヒクッと顔が引き攣って呆気にとられた風だった。けど、これがホントの俺なんだから仕方ない。
「なんか分かんねえけど。お前……、思ったより苦労人だなァ……」
すると、レオは、「まあ、元気出せよ」って、俺を馬鹿にするでもなく、普通に肩組んで、また、ぽんぽんと、優しく寄り添い、素直に慰めてくれた。
(……何だよ。こいつ。割にイイヤツだなあ)
そうして、一呼吸置いて、カミは淡白に言った。
[貴方ガ転生者デアルト知ル者等ヲ、野放シニハ、シテオケマセン。イズレ、折ヲ見テ、私ガ、何トカ致シマショウ]
(何とかする、って、一体、何する気っ!?)
俺は、カミの凶行を危ぶんだものの、具体的にどうするか想像がつかなかった。
「あ……あの……、まさか、あの2人を殺したり、とか……、し、し、しないよね……?」
[殺シハシマセン]
カミの一言に、俺はほっとしたが、
[デスガ、ソノ者等ガ、彼等ニ利用サレナイヨウ、あなたがたニ、一仕事シテモラウコトニナルデショウ。タダ、ソレモ、マズハ、りしゃーる、貴方ガ、ゆのニ逢ワナイト]
と、キッパリ言われてしまう。
「一仕事だってさ! どーする? オウジサマ。これ、キバらねーと本気でヤベェんじゃねーの?」
などと、肩を組みながらも、レオナールに茶化される。
俺は「うるせーよ」って感じだったが、
「わ、分かった……。うん。それは、俺の落ち度だから……、
し、死ぬ気でガンバル!」
と、グッと両拳を握って、俺は虚勢を張った。
[イエ。貴方ニ死ナレテハ困リマス。
死ンダラ、人間ハ、2度ト蘇生デキナイノデハ?]
「…………」
死ぬ気で、って、そういう意味じゃないんだけどな。
やっぱ、カミ、脳ミソ機械なんかな?
「そ、そのぐらい、一生懸命、頑張るってことで……っ」
俺が発奮すると、レオがぽそっと「カミ、面倒くさいな」と俺に耳打ちした。
[ナルホド。ヨロシイ。ソレデハ、コレダケハ、教エテアゲマス]
[ゆのガ、居ルノハ、名モナキ者達ガ、身ヲ寄セ合ウトコロ。秘密ノ扉、とんねるノ先ニアル。ソノ扉ハ、さんくれーる王国、王都えるせいゆノ、どこかニアリマスガ、それハ、イツモ、そこニ、アル訳デナイ]
俺もレオナールも「え」と固まった。
俺等は、ひそひそと話し合う。
「……ど、どういう意味?」
「さ、さあ……? 住んでる場所そのものは同じだけど、その出入口の場所は常に変わってる、ってコトじゃね?」
そんなアホなこと――いや、不思議なこと、あるんだろうか。
未来から来た某ネコ型ロボット(青タヌキ?)の秘密道具じゃあるまいし。
(あ。でも、あの鏡に映ったユノの後ろは、教会の礼拝堂っぽかったから、教会併設の孤児院とか、そんな感じ……?)
不意に、俺も思い出す。
[デスガ、クレグレモ、気ヲ引キ締メテ。ねお・あもりおんノ人間ハ、イエ、コノ世界ニ在ル、スベテ。基本的ニハ、彼等ノ支配下ニアリ、ヒトタビ油断スルヤ、粛清ノ尖兵トシテ、あなたがたニ牙ヲ剥キマス。ソノコト、ユメユメ、覚悟シテオキナサイ]
「しゅ、粛清の――」
「尖兵っ!?」
俺とレオは目ン玉飛び出るくらい動揺する。
ナニソレ。その1億総スパイな不穏な感じ。
(いや、この世界の人口、たぶん1億より多いと思うけどっ)
ココって、そんな監視社会なんっ!?
とはいえ、1周目の終わり、リシャールが大罪を犯した悪役令嬢を赦した直後、いきなり復讐犯とか出てきて、【悪役令嬢】が刺殺されたから、「そういうこと」なのかもしれない……。
(けど、ソレって、フツーに恐すぎるな。俺等、マジで気をつけんと)
俺は、内心ゾワゾワしつつも、ふう、と深呼吸して心を落ち着かせる。
[ソレデハ、健闘ヲ祈リマス。りしゃーる、れおなーる]
途端に、この無限の星空と鏡の大地が、
ビカッ!!!
と、まばゆい光に包まれた。
[あなたがたハ、あなたがたノ在ルベキ場所ヘ、帰ラナケレバナラナイ]
[サア、オ戻リナサイ]
[私モ、折ヲ見テ、何ラカノ手段デ【神託】ヲ下シマスカラ]
そう告げるなり、カミの声は、もう俺等に聞こえなくなった。
まもなく、
ザザアッ……!!
と、砂山が崩れるように、死角の世界も崩れ去ってしまう。
「……!」
「……?」
ハッと気がついた時には、俺とレオナールは、元の、古びた懲罰塔の最上階の部屋に居た。
「戻ったぞ!」
「ホントだ!?」
俺等は顔を見合わせ、あたふた狼狽する。
「……つーか、俺等、とんでもないことに巻き込まれちまったな」
「う、うん……」
唖然とした顔でレオに言われ、俺も、それ以上、何も言えなかった。
しかして、この特徴的な8角形の最上階は、あれだけ、ガチむちサイコロ巨人だの、メカ・デュラハンだのが暴れまくったのに、どこも壊れていなかった。
俺が初めて入室した時のまんま。
窓の向こうを見ると、紺碧だった空が、もう菫混じりの瑠璃色に、窓の外が、ほんの少し、白み始めていた。
「――ッ!」
「早く帰んなきゃ!」
慌てておろおろ、俺が声を上げたところ、
「んじゃー、俺はもう1眠りするわ」
と、レオは「よっこらせ」と何事もなかったかようにベッドに戻ろうとした。
ので、
「に……逃げないの?」
と、俺もおずっと尋ねてしまう。
これに、レオナールは「ハァ!?」と変な顔をした。
「たかが学校の懲罰ごときで、なんで逃げんだよ? 別に命とられるワケじゃあるめーし」
半睨みされ、俺も、ギクッ! と言葉が詰まる。
(ヤッベ! ついさっきの、『俺等、友達だかんな』のくだりからの『俺達の戦いはこれからだ』みたいなシメだったのに! まさかの、シナリオ・リシャールが悪役令嬢けしかけて、レオを消そうとしてた、なんて言えない……!!)
俺がアワアワしていると、レオナールはベッドに仰向けでごろんと足組んで、エラソーにふんぞり返りながらつぶやいた。
「つーか、むしろ、俺より王太子のがフツーにヤバくね? だって、勝手に城抜け出してきたんだろ?」
「!」
図星すぎて、もう絶句。
とりあえず、俺の必死の頑張りだけでも主張しようと、
「ウ、ウッセーよっ! 俺だって、モフモフ変身3連チャンやって、めっちゃ大変だったんだからっ……!! そんで、これから戻んのも、どーしよーかと……ッ」
と、ついつい、声を荒げてしまう。
が、こんなの、当然、伝わる訳もなく――。
「は。もふもふ……? いや、何ソレ??」
レオナールが眉をハの字に下げて尋ねてきたので、俺も「うっ」と気後れしながら、かくかくしかじかと、この塔に来るまでの道のりのことを話す。
「ど、どうしよう。どうしよう……。こんなん、なんて言い訳すれば……」
俺が1人でまごまごヒヤヒヤしていると、
「……。なら、コウモリになればいいんじゃね? だって、あいつら、唯一、空飛べる哺乳類じゃん。体も小っちぇし」
と、レオナールが飄々と言った。
「な、なるほど!」
俺は目から鱗が落ちる思いを覚えた一方、
(そのコウモリすら思い浮かばんと、めっちゃ回りくどいコトしてた俺って、いったい……)
と、ずぅーんと暗くなった。
なんつーか、ものすごいヘタレ感を突きつけられて、すっごい屈辱感を味わわされたカンジ。
ともあれ、俺は速やかに呪文を唱え、
ポムッ!
と、コウモリに変身した。
それに、レオナールも「おー」と素直にパチパチ拍手してくれて、
「気をつけてナー」
と、窓から飛び去る俺を見送ってくれた。
(とかって、なんか最後の方、すんげーバカにされてた気がするけど)
コウモリな俺は、いざ、王宮を目指して、バササッと直線距離で飛んでいくと、ソッコー10数分で難なく帰れてしまった。
つーか、コウモリ、すげえ。
パッと見、(顔は愛嬌あるけど)キモチワルイし、吸血鬼イメージでなんか「悪」だったり、寓話とかでも「獣でもない、鳥でもない」ことから「どっちつかず」「八方美人」な揶揄に使われがちだったりするけど、生態的には、むしろ有能な気がする。
(うっわー。セフセーフッ! たった1晩の冒険がめっちゃ何日間も出てた感じ。ガチで妙ちきりんな場所に迷い込んだし。リアルにウラシマすぎるわ)
こうして、俺は、どうにか、誰にもバレることなく、見慣れたバルコニーから王太子の寝室に入る。ササッとパジャマに着替えてベッドに潜り込み、とりあえず事なきを得た。
この時、俺は、改めて、切羽詰まった時こそ、対等にある第三者から、助言を得られる事のありがたさを痛感した。
(あ。でも、そうか。2周目は、王太子、味方いなくなっちゃった、って絶望してたけど。ここまでフラットに話せる友達できたの、転生後、初めてだわ)
いや、実際、リシャールとレオナールでは、身分差、まあまあ、あるんだけど。
でも、お互い、前世日本人の記憶あるから、この身分だって、「そういう役をやらされてる」感が強くて、なんとなく割り切れるし、そんなに気にならない。
だったら、俺は、俺のためだけじゃなく、俺とおんなじ悩みを抱えてるに違いない友達のためにも頑張らなきゃ。
(カミも『ユノが待ってる』って、言ってくれたし)
ふと、右手薬指を見つめると、【混沌の盟約】が、ぼんやり黒紫に、けれど、また、したたかに輝いていた。
確かに、もう後戻りは出来ない。
俺は「やる」しかないんだ。




