第3章 29_真名の呪縛
[ソレカラ、1ツ、言イ忘レテイマシタガ]
機械な感じのカミでも忘れることあるんだ?
なんて、俺は驚いたけれど。
[コノ世界ノ人間ニ、前世ノ話――、転生者デアルコトナドハ、極力、秘密ニ]
と、不意に言われ、
「ええっ!」
と、俺は素頓狂な声を上げてしまった。
「俺、もう、クロードとニルスに話しちゃったけど!?」
ちょーん、と幕切れ。
アウトな空気が流れる。
ほんの一瞬、沈黙の間があって、
[ソウデスネ。ケレド、名前ハ、マダ、明カシテイナイデショウ?]
と、カミは淡々と言った。
名前って、前世の?
つか、ホント、カミ、ブレないな!?
俺は気まずくオドオドする。
「そ、それは、まあ……」
本当は、ガチで言いかけたこともあったんだけど。
ただ、1周目の時とか、異世界転生なんて受け入れ難かった所あったし。
いくら、前世の記憶があるからって、そっちの名前でアピールし過ぎると、
リシャール、唯一の世継ぎなのに、「王太子が乗っ取られた」みたいになって、
別人認定されて、悪魔祓いとか、果ては偽物、本物の王太子を殺した大罪人、
って、感じに大騒ぎされるかも、
って、悪い方にばかり想像巡らせて、俺自身、怖かったんだ。
「まあ、フツーは言わんよな。だって、俺が周囲の連中なら、こいつ頭オカシイ、って絶対ヒくし。全然知らん場所でハブられんの、『詰み』っつーか、下手すりゃ、『死』だろ」
レオナールは飄々と言う。
なんという正論。
(悪かったね! どーせ、俺は、ビビリのアホだよ!)
俺はイラッとしつつも、無理に苦笑いして耐えた。
[ソレデ良イノデス。名ヲ明カセバ、彼等ニ【真名ノ呪縛】ノ、好機ヲ与エルコトニナリ、モレナク、消サレテシマウ]
(マジか!? あれって、そんな大事だったの??)
そういや、古来から、日本でも「物怪に名を知られてはならぬ」とかあったし。
平安時代の先人は、諱と通り名、2つの名前を持っていて、使い分けていたとか、そんな話を聞いたことがある。
本当の名前が知られれば、呪詛とか、酷い目に遭うリスクが高くなるから。
現代でも、プライバシーの侵害とか、犯罪に利用されるからって、個人情報、ネットで晒すのは憚られて、実名じゃなくて、ハンドルネーム使うのが推奨されてるもんな。
[ヨッテ、あなたがたハ、無闇矢鱈ニ、前世ノ名ヲ、明カスベキデハナイノデス]
「そ、そうなんだ……」
ドキドキして、俺が頷いていると、レオナールが、
「じゃあ、それって、俺等――転生者同士でも名乗らない方がいい訳?」
と、カミに訊き返す。
そういや、俺、レオの前世、知らねーや。
俺も、まだ、話してねーし。
[ソウデスネ]
カミは冷静に告げる。
[ドコデ、誰ガ聞イテイルカ、分カリマセンカラ。前世ノ他愛ナイ、世間話クライナラバ、話シテモ良イデスガ――、本当ノ名前ハ、出サナイ方ガ良イ]
「な、なるほど……」
俺等はコクコクと首を縦に振ったけど、つと、俺は「あっ」と叫んだ。
「でも、俺……、ユノと契約する時、ユノに、俺の名前、言っちゃった」
「マジで!? ソレ、ヤバいやつじゃんっ!」
レオナールが目ン玉落ちるくらい驚いて、俺もビクッと畏縮してしまう。
しかし。
[ソレハ、【純白の無間】ノ中デ、デスカ――?]
突如、カミに言われ、俺は、契約時の状況を思い出す。
「え。それって、あの真白な空間のことだっけ?」
[エエ。アレハ、私ガ、ゆのニ与エタ、黄泉力ニヨッテ、作ラレタ、亜空間。アレハ、ゆのト、ゆのガ指定シタ対象者ノミ、保持スル、高密度せきゅりてぃガ働ク、特別ナ空間、デスカラ――]
「お……俺とユノだけ? 保持??」
そうだっけ?
いや、確かに、あの瞬間、神父様や結婚式の参列者はいなくなったけど――。
「え。でも、アレ? あの時、ヒロインも残ってたけど?? 凍りついたみたいに動きを止めて。反応は無かったけど、俺、アンジェルに触ることは出来て――」
うろたえる俺の言葉を遮るように、カミは冷たく言い放つ。
[ソレハ、ソウデショウ。あんじぇるハ、正規ノひろいんデス。アノ空間ハ、【G-TSL・もーど】。通常ナラ、ゆのト対象者ハ、【壁】デ区切ラレ、ソレ以外ハ、締メ出サレテシマイマス]
[ソシテ、ソレガ【解除】サレルマデ、保護サレタ者ハ、ソノ存在ガ【不可視化】トナッテ、通常空間カラハ視エナクナル。ソノ逆モマタ然リ、デス]
[デスガ、あんじぇるハ、ひろいんダッタノデ、動キヲ止メルコトデ、存在ヲ維持シマシタ。モット正シク機能シタナラ、あんじぇるハ、壁外デ、【石化】シナケレバ、ナラナカッタノニ]
「石化!?」
俺は、思わず声が裏返った。
レオナールは、訳が分からず、困惑している。
――が、今の俺にソレを説明する余裕は無かった。
あれ……? でも、そうだ。あの怪物目玉が、強引に白天井を破壊してきた時、アンジェルは、何故か、石膏像みたいになって、そのまま崩れ去ったような……??
[ソウ。あんじぇるノ方ガ、ゆのヨリ、強イノデス。ケレド、りしゃーる。攻略対象者ノ貴方ガ、ゆのヲ、【承認】シタ後ハ、チャント【消滅】、シタデショウ? ソレハ、ソノ時、ゆのガ、一時的ニ、正規ノひろいんヨリ勝ッタ――ソノ【権利】ヲ得タ、トイウコトデス]
まさか、あの変化にそんな意味があったなんて。
[ソウシテ、契約ヲ結ブニハ、【真名】ガ必要デス。デスカラ、アノ場ニオイテ、貴方ノ行動ハ、正シカッタ。ゆのモ、喜ンデイマシタヨ。ヨウヤク、認メテクレル者ガ、現レタ、ト――]
俺は、その一言に、ものすっごくドキンとした。
[ゆのハ、待ッテイマス。りしゃーる。貴方ガ、迎エニ来テクレルコトヲ。ソシテ、私ハ、貴方ナラ、キット、あの子ヲ、ひろいんニ出来ルト、確信シテイマス]
なんか、半分お世辞というか、めっちゃヨイショされてる気分だけど。
俺は、ポポポッと赤くなってしまった。
レオナールも、俺の顔を見て、ニッと笑う。
「なんだ、なんだ? やるじゃん、王子様。親が決めた婚約者がいながら、真実の愛は他にあるってか? まあ、状況によっては、クソな浮気男になっちまうけど」
「そ、そんなん、言われなくても分かってるよ!」
俺は気恥ずかしくなりながら、必死に喚いた。
「俺、悪役令嬢のことは、大事な幼馴染みだけど、結婚したいほど、女の子として好きか、って言われると、やっぱり違うし。さっきも言った通り、折を見て、婚約解消するつもり。ヒロインには、もう、1周目でウンザリさせられたから、なるべく近づかないようにするし」
だから、俺は、お互いの幸せのためにも、やっぱり、シナリオから解放された暁には、ちゃんと自分の気持ちを打ち明けて、どっちとも適切な距離をとろう。
諍いのない、普通に良好な友人関係を築けたら御の字だって思ってる。
「とりあえず、俺、頑張ってみる」
俺はグッと固く拳を握った。
「うん。ヒーローとして、ユノをヒロインに――、俺の相方にしてみせるよ!」
そう胸を張った。
ただ、直球に「パートナー」とは、恥ずかしくて言えなかったから。
「けど、あの腰巾着――じゃねェ、王太子の従者ども、どーするよ? 前世のこと、話しちまったんだろ??」
レオにツッコまれ、一瞬にして顔面蒼白に、酷い現実に引き戻され、
「うわァーッ。そうだったァーッ!」
と、俺はのけ反るように頭を抱えた。




