第1章 06_役人達
一瞬、盲目になったみたいに眼前が真っ暗になったが、次に視界がはっきりした時には、俺とクロードは、もう【小獄門】の前、王都の北外れに立っていた。
「えええっ!?」
「おしっ! ドンピシャだなっ!!」
驚くクロードをよそに、俺は、得意げにピュウと口笛を吹く。
門の目の前だったからか、幸い、人もいなかった。
――と、いうのも、この門から出される奴は、ほぼ100%死ぬ事が多いから、
「ここには怨霊がいる」だとか、
「近づくと祟られる」だとか、
自然と変な噂が立って、市民は近づくことすら恐れるのだ。
曳き回しの見物人も、大抵、この門より遥か手前の小市街エリアまでしか見に来ない。
誰しも、自分が呪われてまで罪人を辱める勇気はないんだろう。
果たして、これには、さしものクールなクロードも度肝抜かれたらしかった。彼は、柄にもなく、俺の袖口を堅く握り締めながら、なんとも情けない声で「ヒエエ……!!」と震えていた。
「なっ……何なんですかっ、王子っ! いったい……どうして、私まで、かような場所に……っ」
「あー。まあ、そう気にすんナって! こういうのも結局は慣れよ、慣れ!!」
俺は、悪びれるもなく、アハハと笑う。
すると、忽然と前触れもなく現れた不審者を確かめようと、
「何事だっ!」
「おのれっ、曲者っ!!」
と、城塞に詰めていた守衛らが槍を片手に突進してきた。
かと思うと、
「おいっ、何か騒々しいぞっ!」
「この区域は人払いをしているはずだろうっ」
と、都内巡回中の憲兵らまで駆けつけて来た。
(うわあ。マジかよ。なんで、皆して、こっち来んのよ!)
などと、俺が苦虫を噛み潰した顔をすると、守衛も憲兵も、一斉に急ブレーキかけて、
「えっ」
「……でっ、殿下っ!?」
「リシャール様っ!」
「どうして、王太子殿下が、かような場所に……っ」
と、おろおろしだした。
俺は、自分で一から説明すんのが「たりィ」と思って、連中を放置していると、クロードが侍従らしく、「ええと、その……、これはですね……」と、しどろもどろに言葉を選んでいた。
すると、どうだろう!
こんな忌み地みたいな閑散とした街の外れに、まさかの王太子行幸か、――と、
変な勘違いした野次馬たちまで、わらわら集まり始めた。
(え! いや……ちょっと、なにコレ? 流石に一気に集まりすぎだろっ!?)
って、俺は、ヒいてしまったんだが。
よくよく考えたら、この道は、罪人の移送ルート――。
たぶん、元から、この門の一区画向こう側の付近には、一定多数の市民らがうろうろしていたんだ。
憲兵の「人払い」の言葉からしても、今回ばかりは、忌避心よりも、
「王太子妃候補だった公爵令嬢とは、一体どれほどの悪女なのか」と、
市民の好奇心の方が勝っていたのかもしれない。
俺は「まじウゼェ」と吐き捨てたいのをこらえて、口をヘの字に曲げた。
そうこうしているうちにも、野次馬の数は、どんどん膨れ上がっていく。
このままでは混乱必至と、状況を重く見たクロードが、バッと、王太子を背に庇うように仁王立ちして、
「ええい! 何をしているのですっ!! そなたらっ。早く、皆を動員なさいっ。厳戒な通行規制を敷いて、警備の強化を図るのです! 殿下に危険が及んではなりませんっ」
と、てきぱきと、守衛と憲兵らに指示を出した。
「はっ……はいっ!」
「了解しましたっ」
「すぐに増援を!!」
本来、別部署ながら、王太子を護るためには背に腹は代えられないと、守衛と憲兵らは、各々の所属の壁を越えて協力し、超特急で付近の詰所から人員を掻き集めて、着々と王太子の周囲に厳重警固体制を作り上げた。
(……くそう。これじゃあ、馬車に簡単に近づけねーじゃん)
そうイラッとしたが、かの牢獄馬車が来た時には、「まあ、王太子が直接命じて兵に道開けさせりゃいいか」と思い直す。いざとなったら、魔法で全員追っ払うこともできるしな。
ほどなくして、カラカラカラ……、と寂しい音を立てて、罪人を乗せた牢獄馬車がやって来る。
俺は、ツイと、城塞の見張り塔の壁に埋め込まれている時計を見遣ると、針は、午後3時ジャストを指していた。
馬車の前後左右は、歩兵がずらりと固めていて、そのさらに前後に先導・警護する騎馬兵がいる。騎馬兵は、馬上から、目に入るすべてに睨みを利かせている。
一方、歩兵は、野次馬の飛礫の被害をバッチリ受けてしまう位置にいるので、いくら馬車の牢獄部分より一段下にいるとはいえ、少し気の毒な感じもした。
――が、彼等もまた、それが自分達の仕事だと割り切っていて、不測の事態に備えて、出征する時並みのガッツリ甲冑装備をしていた。
一体どこからどう見ても物々しい様子に、案の定、野次馬らは、息を呑みつつも、ザワザワ騒いでいる。
まあ、普通に考えて、こんなの、戦中とかじゃなきゃ、ありえない光景だもんな。
しかして、一番目立つ場所にいる先導者は、いわば、この移送チームの責任者に違いなかった。
俺は、この30代半ば、厳つい顔をしたガタイの良い彼の姿に、見覚えがあった。
(ギヨーム=コロー子爵だ)
彼は、多少のことでは決して物怖じなどしない、退役軍人の堅物。
血で血を洗う戦場から、「罪人を見張り、その行動を制限し、正しく指導する」監察官へ鞍替えしても、日和ることがない。ひたすら職務に忠実で、規律を遵守し、悪意ある贈収賄にも屈しない。格上の相手にも、間違っていると思えば、はっきり意見する。
(厄介な男が、この場を仕切ってるってことか)
一国の王太子が大衆の前で舌打ちは出来ないので、俺は、ギリッと一団を睨めつけながら、心の中で悪態をついた。
すると、あちらも俺等に目を止める。
「これはしたり! よもや、卑しき魔女のまやかしか。そは、こちらにおいでになられぬはずの、やんごとなき御方の御姿がお在りになるが――」
コロー子爵は、明らかに苦言を呈する顔つきで、王太子の顔を見る。
俺はムッとしたが、それを態度に出せば、かえって、物知らぬ若造と侮られる。
クロードは、俺の隣で、どんな事態に発展しても対処できるよう、じっと警戒に当たっていた。
俺は真顔でスッと、馬上のコロー子爵を仰いだ。
「まやかしではない。この私、サンクレール王国、次期王位継承者、リシャール=ロロ=フェルディナン=ド=シュヴァリエは、己が意志でこちらへ赴いた!」
俺は、拳でトンッと自分の胸を軽く叩いて言う。いつもならこそばゆいこの王太子モードも、自分で意を決してオンにすれば、ピリリと心身も引き締まる。
コロー子爵は、細い眉をピクと動かして、「ほう?」と不敵に笑った。
「仮にも、一国の王太子殿下とあろうものが。このように、国家ばかりか、世界をも転覆せしめんとした罪人の移送を阻むとは。ご感心致しませんな」
「人間は、この世に生まれ出でた時から罪人なのではない。赤子の頃は、皆、無垢で、等しく己が幸福を追求する権利を有する穢れなき存在だ。なれど、年を経るにつれ、稀に、余りある己の欲望を制御しきれず、道を踏み外し、過ちを犯してしまう者もある」
「それが、何か? 如何に、生まれが清かろうとも、罪とは、それを犯した時点で『罪』――。その罪状が、この世を震撼させる重大事ならば、悪戯に捨て置いてはいけない。ましてや、情状酌量など。被害者にとっては、二度、心を殺されるようなものです。すべて一葉に語ることは出来ぬとも、時に、それに対する情けも捨てねばなりませぬ」
「承知している。ゆえに、私も、決して、この判決を覆すつもりはない。ただ、此度、罪人が道を踏み外せし事柄に、我が方にまったく非がないとは、まずまず言い切れぬのだ。よって、ここで一切の耳目を塞いで、我ばかり白き道へ進むは、如何なものかと考える。さあらば、私は、竹馬の友として、今生の別れに等しき流罪に処されし、公爵令嬢、マリエッタ=ラグランジュに、今一度、一言、物申したいのだ」
俺の鋭い碧き眼光にも怯まず、コロー子爵は、「ハッ」と鼻で笑うかの素振りを見せる。
「さても、さても。珍妙な御方だ。ご自身でかの罪人をお裁きになられておきながら」
「左様! 我が裁いたからこそ!! 私は、最後まで見届けねばならぬのだ」
まっすぐ子爵の目を見て、俺は言い切った。




