第1章 07_俺の主張
コワモテのコロー子爵は不快そうに睨み返してくる。
流石に、かつて戦場で向かってくる敵をバッタバッタと薙ぎ倒してきた男の迫力は、ヤバい。
――が、俺も、王太子として、ここでビビる訳にはいかないんだ。
その程度ですっこんだら、王室の威厳もへったくれもないし、
「所詮は、嘴の黄色いヒヨッコか」と軽んじられる。
「ゆえに、私、リシャールは、ここにラグランジュ嬢との面会を要求する。速やかに道を開けよ!
ギヨーム=コローッ!!」
俺が毅然として叫ぶと、コロー子爵は、「……」と厳めしくこちらを見下ろしていた。――が、すぐに、その部下の一人、年配の騎馬兵が、何かこそっと上官に耳打ちする。それに子爵は、ふんふんと頷いて、何か心得たようだった。
そして、すぐに、俺に振り返る。
「できませぬ」
正面切って、ぴしゃりと、コロー子爵は王太子である俺に抗った。
「国王陛下より、『罪人へ王太子が接近すること、禁止せよ』とのお達しが出ております。ご聡明なる殿下なればこそ、かようにつまらぬことでごねられることなく、謹んで王宮へとお帰り下さいませ。さもなくば、我等は、武力を以てしても、この場から殿下を排し奉り、陛下へ、殿下のご乱心をご報告申し上げなければなりません」
言い切るその目は、明らかに本気だった。
(ハッ? 国王に告げ口するだって!? フザケンナッ!
こちとら、そんなのは、とっくに覚悟の上で来てんだよっ!!)
俺は、ぐっと両の拳を固く握って睨み返したが、子爵も怯まない。
そうして、
「然るに、この先よりは、殿下の今後のご進退に関わるゆゆしき事態にならんと思われまする。次期王位継承者様といえど、これ以上、お目にも余るお振る舞いをなされるならば、いずれ、お手になさることが出来たであろう、栄えあるご展望まで失われることと相成りましょう。この私、ギヨーム=コローは、その職責において容赦は致しませぬ。さて、これ如何に?」
と、官吏らしい嫌味と威厳たっぷりに、子爵は冷淡な宣告をする。
つまりは、それで、仮に、俺の王位継承権が剥奪されても良いのか、って?
脅しかよ??
(なら、上等だっ! そもそも、マサトは、王様になるような器の男じゃねえからなっ)
ここへ来て、王位継承権が我がシュヴァリエ家の親戚へ渡ろうが、そんなの俺にゃあ知ったこっちゃねえっ。むしろ、このビジュアル、チートな能力者のまま、一般人になれる方が、どんだけ気楽で自由かっての!
前世、日本男児の凡人、ナメんなよっ!!
俺は、心中、臨戦態勢でいたが、表面的には、スッと背筋を伸ばして、静かに瞼を伏せ、すうと深呼吸する。
(だいたい、それで結局困るのは、一人っ子な王太子からの、直系、男系男子の国王の系譜が絶えることに危機感を抱く連中だけだからな)
カッと碧い目を見開いて、俺は子爵を睥睨した。
「さあらば、報告すればよい!」
そう肩を怒らせ、凛として、俺は、ありったけの王太子たる威厳を込める。
「我が保身のために、現在、我が為すべきことから背を向けるは、人間倫理の観点から如何なものか! 私は、リシャールとして、己が恥ずべき選択をしたくない。それでも退けるとあらば。即座に、貴公らを我に仇なすものと見定め、純然たる正当防衛として、我もまた、武力や魔力を用いて、この場から、皆々排除いたすが? 手加減はしない。その覚悟は良いか!?」
断言する俺の言葉に、その場の全員がどよめいた。
当然だろう。かの災厄の魔王を聖女と共に打ち滅ぼした、【太陽】守護の【光】属性の魔力持ち相手に、そうそう勝てる奴はいない。
それに、俺は、一応、王太子として、剣の腕は磨いている。もちろん、武器が奪われた場合、封じられた場合に備えての、体術も――。
自慢じゃないが、これまで様々な魔物を討伐して、単独でも一師団の将官くらいには戦えるんだからな。
「……王子!」
クロードは、俺の隣で叱責しようとするが、頑として抗う姿勢を崩さない俺を諭すのに、良い言い回しが思いつかないようだった。コロー子爵は、じっと俺の顔を見て、少し考える。
「……一つ、お教え願いたい。殿下が、今、為されるべきこととは、如何なることか」
「決まっておろう? 罪を犯したるものを罰するに、『目には目を、歯には歯を』とは、よく言ったものだが、怒りや憎しみに対して、それらを鏡の如くそっくり返すだけでは、むしろ、さらなる憎悪を増長してしまう。つまり、ただ罰するだけでは、真の意味では解消されぬのだ。氷には水を、水には熱を。冷え切ったものは、誰かが温めてやらねば、己が冷えていることにさえ気づかない。そうして、真の懺悔とは、左様な己の過ち全てをまず知りて、被害者が受けし痛み・悲しみを我が事のように負うて、身に沁みた後にこそ、初めて芽吹くもの。私は、そう考えている」
「その御心とは、すなわち?」
「私、リシャール=ロロ=フェルディナン=ド=シュヴァリエは、マリエッタ=ラグランジュを傷つけた。しかして、浅はかなる私は、それに無自覚で無頓着、傷ついたる彼女に寄り添うどころか、かえって、彼女の憎悪に火を点け、追い詰めた。その結果が、彼女に、人間としての道を外させ至らしめたのだ。さればこそ、彼女が取り返しのつかぬことを犯す前に、私は、彼女の良心を取り戻させてやらねばならなかった。だが、出来なかった。そして、過ぎてしまった時は戻らない。さあらば、せめて、この場において、彼女に、人間として在るべき姿を示さねば――。愚かなる私は、彼女に謝罪せねばならない。かつては、誰もが一目置いた彼女を、忌まわしき災厄の魔女でなく、ただ一人の人間に戻した上で、送り出してやりたいのだ」
俺は必死に脳みそフル回転させて、如何にも、王太子らしい口調に変換して、持論を並べ立てる。
正直、これで、きちんと自分の言いたいことが100%言えているかどうか、
我ながら怪しいんだけれども――。
とにかく、「俺はマリエッタに謝りたい。だから、邪魔すんな」
の一言を、どうにかこうにか説得力持たせようと頑張ったんだ。
すると、コロー子爵の瞳が微かに揺らいで、「…………」と何か呟いた。
俺は何を言われたか分からない。
だが、ほどなくして、子爵は、ス……と手を横に動かして、その道を開けるように、俺と馬車の間を遮っている兵士らを横に整列させた。
「……20分ですぞ」
「え」
「ガラシェニア王国側と事前に取り決めた、移送行程があるのです。如何に、殿下のご嘆願といえど、あまり長くは時間を取れませぬ。ゆえに、私も、この場の責任者として、御傍から一部始終、殿下の為されようを逐一ご確認させて頂きますが、それでよろしければ」
厳つい顔はそのままだったが、コロー子爵の目には、人情らしき色が滲んでいた。
なんだよ、このヒト。意外に話が分かるじゃん――。
俺は、ぱあっと顔を輝かせる。
「かたじけない! 貴公の心意気、ありがたく頂戴する!!」
誇らしく微笑んで、俺は、軽くコロー子爵らに敬礼した。
いや、王族が下々のものに簡単に頭を下げてはいけないんだけれども。
とはいえ、これで、彼等が、父上や大臣らに叱責されたらしのびないし、ほんの少しだけでも融通を利かせてくれた彼等に、俺は感謝しきれずにいられなかった。
それを見た民衆らは、ほう、と(親しみやすい?)王太子に感嘆を漏らして、
「なんて素晴らしい」
「さすがは我等の王太子様だ」と見惚れたが、
周囲から見守る兵士ら、格式を重視する連中は、悉くざわついていた。
(ボンクラだって思われたかな? でも、まあ、いいや。本当の俺は、みんなが思い描く理想の王子様なんかじゃねえから)
俺の隣にいたクロードは、少し呆れていたが、フッと苦笑して、その目は「貴方らしいですね」と語っていた。さらには、よく見ると、コロー子爵も王太子に幾らか心を許したように、ほんの少し、穏やかに口元を綻ばせていた。
(っしゃ! ここが正念場だっ。気合入れんぞっ!!)
そうして、俺は、侍従というよりは護衛としてクロードを伴い、コロー子爵の案内に従って、マリエッタが収容されている牢獄馬車へと歩み寄った。




