第3章 23_カミとイセカイド
瞬間的に粒子分解したみたいになった、リシャールとレオナールが、残像かかりながら、ザンッと、五体満足に復帰した時、そこはもう、あのマーブルキラキラが9割を占める空間ではなくなっていた。
鏡のような大地に、満天の星空。
辺りもしんと静まり返り、ひやりと澄んだ空気に満たされている。地面はどこまでいっても水平で、そこには、天と地しかない。
しかして、どこからか、
ザ……ザザ……
と、砂嵐のような雑音が響いて、いつの間にか、
フッ
と、俺らの目の前に、樹齢云千年という大巨木の影法師が立っていた。
黒1色なので、何の樹種かは分からないが、形状的に、落葉樹っぽい。
俺は、ファンタジーの定番、北欧神話に由来する世界樹を思い出した。
「うお! すっげえなっ。なんだココッ」
レオナールが嬉々として、辺りを見回す。そして、ガッと俺の肩を抱いて、
「ってか、何だよ、アンタ。空間転移なんて、そんな大それた技できるんなら、もっと早くやってくれりゃ良かったのに!」
と、俺の脇腹を拳でぐりぐりしながら笑う。
「僕……いや、俺がやったんじゃないよ」
俺はつんとして言う。
どうやら、転移と同時に、リモート・コントロール・モードが解けたみたいだ。
「は? 何言ってんの。まあ、確かに、トランス的な? ちょっと尋常じゃない感じあったけど。アンタが、あの時計塔出して、光の輪っか出してたじゃん」
レオナールは困惑したように眉を下げる。
俺は、それに答えず、すっとレオナールを振り解き、ふと1つの違和感に気がついた。
(……あれ? これって、どういうコト??)
俺は首を傾げた。
地上に佇む大巨木のシルエットの足元、鏡の大地の中には、その大巨木の実体(?)が映っている。対する、俺等の足元には、俺等が逆さに映るんじゃなく、俺等のシルエットが映っていた。
(あの木の影と俺等、反対の世界に在るって意味?)
俺は不思議に思って、さっとしゃがみ、ちょいと指先で鏡の大地をつついてみると、やっぱり映るのは、俺の動きをまねっこする黒1色の影法師。
なんか童話の『ピーターパン』を思い出した。
(この地面……冷たくて固い……。氷? スケートリンクみたいだな)
とはいえ、そんなちまちました追及よりももっと重要なことがある。
俺は、銀砂に瞬く空に向かって聳える大巨木の影法師を仰いで言った。
「俺だけじゃなく、レオナールまで連れてきたってコトは、つまり、そういうコトなんでしょ?」
すぐに答えは返ってこなかった。
レオナールはますます頭をこんがらがせる。
[……フフフ]
また、あの性別不明な複合AI音声が空から降ってくる。
[ヤハリ……、あなたハ、話ガ早イ。ゆのガ、見出シタダケノコトハ、アリマスネ]
なんとなく引っ掛かりを覚えて、俺は怪訝な顔をした。
「ユノが、って? 俺等をゲーム世界に呼んだの、アンタじゃないの??」
[ソウデス。私ガ、あなたがたヲ、呼ビマシタ。デスガ、私ニハ、ドノ人間ヲ【呼ぶ】カハ、決メラレナカッタ。イツモ、失敗バカリ、シテイタ]
[私ハ【運命神の影】。人間デハナイ]
[ユエニ、イッタイ、ドノ人間ガ、コノ世界ニトッテ、有益ナノカ、判別デキナカッタノデス。デスカラ、【くじ】デ決メマシタ]
[ソシテ、あなたがたハ、私デハナク、ゆのガ選ンダ。あの子ハ、コノ世界ノ【外】ニ在リシモノ――こーどねーむ【Bianca】。ソノ残骸カラ、私ガ復元、再構築シタ【鍵】――]
思いもよらぬ発言に、俺は目を丸くした。
ユノが、このゲーム『エトワル・ラリアンス』のキャラクターでないことは、なんとなく分かっていた。
でも、このカミが作った――しかも、システム外にあった残骸って、どういう意味だろう?
(……コードネーム【ビアンカ】なんて、初めて聞く。なんか気になるな)
カミは相変わらず姿を見せないし、一方的に監視されて命令されるのとか、癪だけど――。
俺はギッと天を睨んだ。
「それで? アンタは、俺等に何させたいの。前に、ユノが、アンタは、『この世界を壊したがってる』的なこと、言ってたけど――」
[ハイ。ソノタメニ、私ハ、あなたがたヲ、コノ世界ニ、転生サセマシタ]
「転生だって!?」
ただ、レオナールだけが、話が見えていなかった。
「なに何っ? どゆコトッ、王子様っ。まさか、アンタまで俺みたいに前世の記憶あったワケッ? なんで、それっ、もっと早く言ってくれねーんだよっ……」
とか言って、地団駄踏んでいた。
俺は「え」と半眼で呆れた。
「ってゆーか。それ、今更? 君こそ、オカシイって思わなかったの?? 僕が……、ううん、俺が、野球知ってたり、君がこの世界に無いものの話しても、さらっと流してたの」
それに、レオナールは、ぽんと片手を打って、「あー」と納得する。
「そーいやそうだったなー。でも、アンタ、王族だったからさ。庶民が知らないコトも知ってるかもな、とかって、俺も適当に流してたわ! だって、フツー、そんな、ポコポコ、あっちゃこっちゃで転生者が出てくるなんて思わねーし」
「そ……そう?」
「おう! だって、オンリーワンなのが主人公ってモンだろっ?」
バチコンッ☆ とウインクして、レオナールは自信満々に親指を立てる。
うわあ。ナチュラルにそう思うってコトは、やっぱ、レオナールの前世って、マサトとは正反対で、クラスの人気者とか、「学校一の〇〇」みたいな、目立つポジションだったんだ。
「俺は、前世じゃ、自分のこと、脇役だって思うことの方が多かったけど? それに、この世界だって、乙女ゲームで、俺等は、所詮、攻略対象者で、主人公はヒロインな訳だし」
「ふーん。じゃ、ココって、王子様よりヒロインのが上位な世界な訳?? 割にエグいな、それ。まあ、俺も、このゲーム? あんま知らんからさ」
そりゃ、普通そーだわ。あのゲーム、ガチで女子向けだもん。
マサトだって、姉貴にカネで釣られなきゃ、絶対やらんかったわ。
「俺だって、そこまで詳しくはないよ。たまたま、前世でちょこっとプレイする機会があったから、覚醒した時に、ここがどこなのか分かっただけで。そもそも、前世のネットじゃ、『日本人、異世界に転生しすぎ』みたいなイジリ見ることもあったから」
「あー。それな!」
ワハハと、レオナールは笑って、両手ピストル・ピースでビシリと俺を指差す。
んな、笑い事じゃねーっつの!
シナリオ・スイッチの強制力は、ガチで半端ねえんだから。
「俺なんか、前世も、学校の勉強以外は、野球ばっかやってたから、そんなん全然思わんかったわー。ゲームも、格ゲーとかのが好きだったし? つか、アンタ、何? 前世じゃ、そっち系だったワケ??」
ペリドットの三白眼が、ちょっとニヤッとして、俺を小馬鹿にしてる気がする。
(えっ? もしかして、俺、乙女男子だってディスられてる!?)
俺は、つい、カッとなった。
「ジョーダンッ! 俺だって、むしろ、フツーに難易度高めのガチゲーのが好きだったわっ!! 『ドラサガ』とか、大好きなRPGシリーズ、ちゃんと発売日当日に予約して買ってたし!」
「つか、この世界に転生したって分かった時、乙女ゲームだけど、ファンタジーな世界だから、『ま、いっか』って。めっちゃ少年漫画的なアレやコレに憧れたけどっ、全然、上手くいかなくて、実際、何度も心折られかけたけどっ!」
「でも、俺、一応、この国の王太子な訳だしっ、王太子を支えてくれる皆に申し訳ないからっ、今もこうして頑張ってる訳で……っ」
若干、恨みがましく捲し立てて、固く拳握って力説する。すると。
「わーった、わーったって! とりあえず落ち着け。そんなムキになんなよ、王子様」
レオナールは両手をひらひらさせて、俺にクールダウンを促す。
(くっそー。馬鹿にしやがって)
かと思いきや、レオナールは、俺を見て、少しグスと涙ぐんでいた。
「……なに?」
俺が首を傾げると、
「あ。悪ィワリィ。いや、なんかさ。アンタみてえな、お仲間がいるって分かったら、すげーホッとしたっつーか。うん。なんか、めっさテンション上がったわ!」
と、レオナールは嬉しそうに笑う。
「実は、俺、去年、覚醒したばっかでさ。いくら、それまでのレオナールの記憶や人格と混ざったっつっても、ずっと別人だった人生なんて、なんか、イマイチ信じられんっつーか、どうにもなじみ具合が悪くてよ」
(俺もループ後は、学園入学前とかデフォルト・リシャールだったから、その気持ちは分かるけど)
つーか、レオナールも覚醒後は、今世より前世の記憶のが強くなったのか。
ってことは、転生前の享年、今世より上だったのかな?
まあ、これは、あくまでも俺の推測なんだけど。
どっちに記憶が引っ張られるかは、やっぱ、その人間として生きてきた年数が大きい方なのかな、って思って。リシャールなんか1周目、5歳だったから余計に。
「まあ、身分的な不自由はあっても、フイヤード家の皆は、いい人ばっかだし? その辺は満足してるんだけど。でも、下手に『前世の記憶ある』なんて、誰にも言えんくてさ」
レオナールは、ちょっと遠慮がちにカリコリ頬を掻く。
「だから、ちょい寂しいっつーかァ、孤独な感じしてたワケ。でも、野球やってたら、そういうの紛れるかもってさ。まあ、俺なりに必死だったワケよ」
(それで、あんな野球々々、言ってたのか。ただの野球バカじゃなかったんだ、コイツ)
そう思うと、俺は、少し、胸がきゅうっと締めつけられた。
「っつー訳で、リシャール――、いや、リッシー! もう、王子とか男爵令息とか関係なく、マジでガチで俺の友達になってくれ!!」
ニッと大きく白い歯を剥いて、八重歯もきらりと笑う。
レオナールは、スッと俺に握手を求めてくる。
(何だよ、コイツ、改めて。さっきまで勝手に友達ヅラしてたの、ノーカンだったのかよ?)
俺は、ちょっとムッとしながらも、レオナールの握手を受け入れて、ぽつりと言った。
「君の中では……、もう、王太子は、そうなんだって、思ってたけど?」
俺は、じっとレオの顔を見る。
身長差の所為で、ちょい上目遣い気味になったから(?)、レオは照れ臭そうにカアッと頬を染めた。
「バァーカッ! んな、バリバリ王子様な、きらきらサファイア、うるうる碧眼で見つめんなってのっ。ヒロインじゃあるめーしっ」
つと、バチンッ! と、俺の額に軽くデコピンをした。
「痛っ」
割に痛いわ! クソッタレ!!
硬い爪で地味にヒットしたので、ホントに結構、痛かった。
とはいえ、ここで文句たれるのも何だかなあ、と思ったので、
「なんだよっ、もうっ……!!」
と、だけ一言。
俺はじんわり赤くなった額を押さえた。
かたや、レオも、お世辞でもなんでもなく、本当にはにかんでいた。
「つか、それコッチの台詞だし。結局、俺だけが一方的にそう思っててもしょーがねーだろォーがよォ、って話! いくら友達っつったって、お前がその気になってくんなきゃよー。俺、明らかにノンデリじゃん!!」
拗ねた風ではあったけど、たぶん、本音だろう。
(それにしては、勧誘ストーカー、めっちゃウザかったけど)
なので、俺も、「ムカツクとこもあるけど、なんだか憎めない奴だなァ」って思って、口角がぴりりと痛くなるくらい、大きくニッと笑って見せた。
王太子スマイルじゃなくて、俺のホントの笑みで――。
「じゃあ、改めて、よろしく。レオ!」
「おう! よろしくな。リッシー!!」
そう俺等は、一件落着みたいに、2人だけでなごんでいた。
果たして。
[……気ガ済ミマシタカ? 転生者]
淡々とした口調で、カミに言われ、俺等は、ハッと恥ずかしくなる。
(しまった。思いっきり、カミを無視してしまった!)
そこで、俺もレオも、きまり悪く離れて、サッと姿勢を正し、「ハ、ハイ……」と委縮した。




