第3章 20_ウルトラ・スローモーション
[…………ど。…………いど]
まもなく、不思議な声が、俺の脳内に響いてきた。
俺はハッとして、マーブルキラキラに空いた真黒い穴に目を遣った。
何故だか分からないけれど、その声は、その真黒い穴の向こう側から聞こえてきた気がしたんだ。
[ヨウヤク、届キマシタネ。いせかいど]
俺は我が耳を疑った。
転生者を、そう呼ぶってことは――。
(もしかして? アンタが、ユノのカミ??)
[フフフ。ソノ通リデス、転生者]
笑っているのに、笑ってない。
一切の感情を排した響き。
本当に不思議な声だ。
なんていうか、抑揚や音の繋ぎ目がいびつなのに、きっちり規則的で、幾重にも音階が重なる、男のような女のような声。――そう。近いところで言うならば、異なるタイプのAI音声を複数、レイヤー合成している感じだろうか。
(今まで、一度も聞こえたことなんて無かったのに。どうして、突然?)
[突然デハアリマセン。私ハ、あなたガ発シタ、SOSヲ、【受信】シマシタ]
言われ、俺は頭を悩ませる。
(SOS? そんなもの、俺は――)
心当たりなく、脳内でつぶやいたところ、【カミ】は淡々と告げてくる。
[発シタデハアリマセンカ。すきーま・こかろにあんノ大群ニ、襲ワレタ時ニ]
(ス、スキーマ・コカロニアン?)
ナニソレ!? って、戸惑わずにいられなかったけど。
正直、「大群」と聞いて、俺が思い浮かぶのは、部品コビトだけだった。
そんな俺の当惑を見透かしたのだろうか。
冷然と【カミ】は言う。
[ソノゆびわカラ、発信機ヲ出シテ]
(あっ……!!)
そうか。あの黒い日傘!
確かに、あの時、俺は、【混沌の盟約】をつけた右腕を振り下ろし、あのチビどもの群れに、黒い日傘を突き刺した。
――もしかして、あれが発信機?
(そういや……、アレ、なんか、クルクル回った後、変な角度で止まったし。形状的に、パラボラ・アンテナに似てるし!! いや、アンテナは受信機だけど。戦艦とかに付いてるレーダー? にも、ああいうタイプの無かったっけ??)
そう考えると、知らん間にちゃっかりSFっぽいコトしてた自分に、「うわー」ってなりつつも、地味にテンション上がってしまう。
っていうか、あの部品コビトども、【スキーマ・コカロニアン】っていうんだ?
スゴい名前だな。(俺には、ちょっと意味分からんけど)
[デスガ、【世界】ニ直接干渉デキナイ、私ハ、あなたノ【要請】ニ、スグニ答エラレナカッタ。イエ……、正確ニハ、【返信】シタケレド、届カナカッタ。壁ニ、阻マレテシマッタノデス]
(壁って……。あの、マーブルキラキラのこと?)
俺が訊き返すと、【カミ】は黙りこくった。
今、聞こえてる声がソコの向こう側から来ている気がするから、俺は単純にそう思ったんだけど。……ちょっと違うのかな?
[イズレニセヨ、ココデハ、落チ着イテ、おはなしガ出来マセン]
(え――)
[今ハ、ソノゆびわヲ通シテ、1/1,000,000ノ時間デ、あなたニ、語リ掛ケテイマスガ。マモナク、あなてま・みかのりおんガ、【再起動】シマス]
100万分の1って!! ガチで、ウルトラ・スローモーションじゃん!
でも、言われてみれば、この空間、俺も含めて、誰も動いていない。
というか、正確には、動いていることにすら気づかない遅さで動いてるのかもだけど。
ただ、俺の脳ミソだけが、はっきりくっきりして、【カミ】と会話してるんだ。
とはいえ、【再起動】するってことは、もしかして、ダウン中のメカ・デュラハンのこと言ってる? つーか、あいつも、【アナテマ・ミカノリオン】とか、そんな御大層な呼び名あったのか。
[現在ノあなたがたデハ、あれニ、勝テナイ]
(じゃあ、どうすれば……)
[道ヲ開キマス。モット、ユックリ、おはなしガ出来ル場所ヘ。タダ、それハ、私ダケデハ、出来ナイ。あなたニ、オ手伝イシテ頂キタイノデス。ソノゆびわヲ使ッテ]
(指輪……)
歯車がカチリカチリと動く、異彩を放つ【混沌の盟約】が俺の視界に入る。
(わかった。やってみる)
疑心暗鬼な気持ちはあったけど、現時点で、俺等は「詰み」だと諦めかけていたから。少しでもチャンスがあるなら、それに縋る手はないと思った。
(俺は何をすればいいの?)
[マモナク、1/1,000,000ノ時間ガ、【解除】サレマス。直後、あなてま・みかのりおんハ、あなたがたノ命ヲ狙イ、襲撃開始スルデショウ。ソウシタラ、唱エナサイ。『*****』ト]
しかして、【カミ】が言った呪文(?)は、とても長くて早口で、俺にはよく聞き取れなかった。
(えっ? う、うんっ……。でもでも、待って、俺、そんな長い文言、練習もなしに、一発で覚えらんないっ……)
[大丈夫。私ガヤリマス。タダ、ソノタメニ、一時的ニ、あなたノからだノ【制御権】ヲ、私ニ委託シテ下サイ。ソノ【許可】ヲ、【承認】シテ欲シイ]
(体の制御権……)
もしかして、シナリオ・スイッチみたいなコト?
っていうか、アレ、いつも、俺の許可なく、ヒロインや悪役令嬢と接触するたびに、勝手に発動してるけど?
あっちは、転生した時点で、この【カミ】ではない何か(シナリオかシステムか)に対して、リシャールの体が「そういう仕様」になってるってことなのかな??
そう考えると、めっさ恐いけど。
ほどなく、脳内に、
♪ピピッ
と、甲高い電子音が伝わって、
▽〔――スキアス・モイラが、あなたの脳幹および脊髄へアクセスする【許可】を求めています。大脳皮質における運動野ならびに言語野に付随する神経回路網へ、直接命令、実行する【権限】を臨時に【解放】して下さい。スキアス・モイラによる、一時的なリモート・コントロールを【承認】しますか?〕
って、如何にもなAI音声が流れてきた。
うわ。これじゃ、俺までパソコンかスマホになったみたいだな。
まあ、仕方ないけど。
(しょ、【承認】します……)
おずおずと俺が答えると、
♪ピロリロリン
って、電子音が響いて、
▽〔――【承認】しました。【システム】を一旦終了して【再起動】します〕
なんて、聞こえてきたので、
(システム終了って何!? それ、俺の脳ミソのこと? それとも、【カミ】の何か……??)
と、ガチで焦ってしまった。
けれども、そうこうするうちに、どんどんインストール(?)が進んで、
▽〔――【セットアップ】開始……。このまま霊的接続回路を閉ざさずに、しばらくお待ち下さい。【完了】まで、残り25%……、58%……、83%……、97%……、……100%。【セットアップ】を【完了】しました〕
♪ピンポンパラリーンッ
と、一際、存在感のある電子音が流れ、
▽〔これより、あなたの肉体は、スキアス・モイラによる、【リモート・コントロール・モード】へ移行します〕
と、人間なのに、めちゃくちゃ情報端末扱いされた。
マジでナニコレ。
シュールすぎ!
そうして、俺は、シナリオ・スイッチ入った時みたいに、【天の声】化した。




