第3章 13_俺、本当に馬鹿だ
この時、俺は、ノックをしなかった。
それでも、ギギィと油の切れた蝶番の軋みが響いたから、「あっ。やばい」って、就寝中のレオナールに申し訳ないと思ったんだ。
けれど――。
「あっれー? オウジサマじゃん。何?」
「……レオッ!?」
俺もぎょっとして振り返る。
レオナールは、如何にも埃被ってそうな古びたベッドの上で、制服のシャツとズボンをラフに気崩したまま、エラソーに横たわっていた。上着とネクタイは、寝るのに邪魔だったのか、ベッドのヘッドボードの端に掛けている。
「まさか、夜這い?? 俺、アンタに『惚れた』とは言ったけどさァ、そういう意味じゃねーんだけどなー。いやー。色男ってツライわネ!」
キシシっと笑われ、いきなり、チャラく尋ねられた。
ので、俺も、つい、反射的に、
「は? ヨバイッ!? んな訳ねーじゃんっ! 俺っ、ノンケだしっ、美人な婚約者いるしっ……。フツーに女の子のが好きだからっ!!」
って、ムキーって怒鳴ったら、バチリと呆気にとられた顔のレオナールと目が合った。
そうして、俺も、ようやくこのおかしな状況に気づく。
(イヤイヤ。ちょっと待って。なんで、コイツ、こんなガッツリ起きてるの)
今度は俺の方が唖然とする。
世の中には、「枕が変わると眠れない」って人もいるから、別段、驚くことでもないかもなんだけど。
それにしては、俺が入室してからの反応の早さというか、居直りぶりが半端じゃない。
これは、まさしく、俺が来るのを待ち構えていたヤツだ。
しかして、レオナールは、プッと吹き出し、
「えっ? なに何っ。アンタ、ソレ。そっちが素なの??」
と、ニヤニヤ、茶化すように笑う。
(はっ! しまった。なんか色々ありすぎて、猫被るの忘れてたっ)
思わず、アワワと俺はうろたえた。
だって、俺は王太子なのに。
こんなの威厳もへったくれもない。
その様子をさも面白おかしげに、レオナールもまたニッと口端を吊り上げる。
「てかさー。アンタ、マジで何しに来たの? それに、その言葉遣い――。全然、品行方正な王子様じゃなくて、めっちゃ庶民じゃん。まあ、俺はそっちのが好きだけど」
俺は、ヒクッと引き攣った顔を、瞬時にキランッ☆ とクリーンにして、ニコッと笑った。
「な、何のことかな? 僕は君に合わせてあげただけだよ。その方が、この罰に意気消沈している君の慰めになると思って。僕は、君と違って、常々、周囲への配慮が大切だと考えているから」
無理くりだけど、そう、ごまかしてみる。
心なしか、ナメられたくなかったから。
一方、レオナールはすっくとベッドから立ち上がり、「フゥーン?」と、俺を小馬鹿にしたように、おもむろに、ジリジリ俺に迫ってくる。
「慰め、ねェ……。アンタ、俺のこと、めっちゃウザがってるクセに?」
「あ。いや、だから、その……。王太子の所為で、君がこんな理不尽な罰を受ける羽目になったって聞いて、驚いてさ。懲罰塔は、学園内でも、不吉な噂が流布している所だしっ……」
その圧に負けて、俺も、「待て」示すように両手の平を前に出し、そろそろと後退する。
が、大胆不敵な、この赤ツンツン頭は、無遠慮にグイグイ来る。
「で? わざわざ、こんな夜中に、俺の様子見に来たワケ? しかも、1国の王太子殿下が、御供も付けず、たったお1人で」
「そ、それは……、その……、いくら王宮に仕えているといったって、こんな私的なことで深夜まで酷使させるのは、申し訳ないというか……。そ、それにっ……、が、が、学園側の体面も考えないといけないし……っ」
「……へーえ? お優しいねえ? 流石はオウジサマ」
「そんな……。それほどのことでは……」
俺がキョドってるのに感づいたのか、レオナールは、「へっ」とイヤミに笑った。
「つか、さっきから、この塔、なんかめっちゃ揺れんだよねぇ?」
「!」
ヤバい! やっぱ、アレ、全部、影響出てた!?
だから、目を覚ましていたのか。
レオナールはすっかりオラついて俺を見下ろす。
「アンタ来る直前とか、震度7くらい?? 俺さー、震度5までは経験あるし、建物の下敷きになるのはゴメンだって思うクチだから、なら、上のがマシか、とも思ったんだけど――。やっぱ、こんなクソ高え場所で、避難通路もなくて、墜落死の懼れあんのに、震度7だなんて、まじカンベンってカンジなわけ。で? アンタは大丈夫だった??」
「ダ、ダイジョウブ……とは?」
俺が目を泳がせながらガクブルしていると、レオナールは、俺の顎をぐいと持ち上げた。
「登ってきたんだろ? あの揺れの中」
「ま、まあ……」
うわ! 男による男への厭な顎クイ。
(ヤンキーとか、チンピラがガン飛ばす時によくやるヤツ!!)
つと、レオナールは、虎狼の睥睨で俺に尋ねてくる。
「あれ。ホントは地震じゃねえよな?」
(バレた! てか、どうしようっ)
ソワソワと、俺は、ガチで殴られるのを覚悟した。
ギュッと目をつむる。
しかし。
「もしかして――あれ、アンタがやったの?」
思いのほか、弱々しく、レオナールはぽつりとつぶやいた。
「俺をビビらせ、ギャフンと言わせるために??」
「……ッ?」
俺は、おそるおそる、目蓋を開けた。
そうしたら、ペリドットの三白眼は、憎悪というよりは明らかに落胆の色が滲んでいて、酷く傷ついた顔をしていた。
「あ……」
「だって、この世界、魔法使えば、或る程度のことまでは出来るからな」
レオナールの言葉は一理あった。
俺――というか、リシャールは、【太陽】守護【光】属性だから、魔法で「地震」とか専門外なんだけど。これ、【地】属性の攻略対象者なら、充分可能な芸当だ。また、そういう魔法を込めた呪物を使えば、専門外の人間でも起こせないことはない。
(本気でそう信じてたなら、きっと、怖かっただろうな)
とはいえ、この俺が、まさか、そんな風に疑われるなんて。
どうにも居たたまれず、俺が目を白黒させてレオナールを見返すと、
「そりゃ……、そりゃ、俺、ウザいくらい、学園では、アンタに付き纏ってたよ! けど、俺は、ただ、純粋にっ……、アンタと野球が出来たら――いや、友達になれたらって!! そう思ってたんだ! けど、アンタは王太子殿下だし、俺は、しがない男爵家の三男なワケでっ。だから、ちょっとやそっと冷たくされたぐらいで、諦めるもんかって……、俺は、そう…………!!」
と、うっ…うっ…と、男泣きしていた。
でも、それを王太子に見られたくないのか、レオナールは、まもなく、俺の顎をつかんでいた手を放し、そのままそれで自分の両眼を押さえ、サッと横を向いた。
「…………」
俺は、そっと、その頬に触れようかと思ったけれど、なんとなく出来なくて、すぐに手を引っ込めた。きまり悪く直視できないまま、俺はレオナールとは反対方向を向いた。
「……ごめん」
遠慮がちに言う。念のため、口調だけでも王太子モードは継続する。
「君の言う通りだよ。あの揺れは、確かに僕の所為だ。でも、それは、別に、君に嫌がらせをしようとか、そういうアレではなくて……、不運な事故というか…………」
「……フウンなジコ??」
レオナールはピクと耳を動かし、首を傾げ、くるりと俺を振り返った。
その涙は既に止まっていて、なんとも困惑した顔をしていた。
「そ、そう……」
俺はこくりと頷いた。けれど、はっきりと明言することは避ける。
だって、仕方ない。
あんな魔物か何なのか分からん連中の話、どうやって説明したらいいんだ。
これは俺の私見だけど、部品コビトも、ガチむちサイコロ巨人も――というか、この塔自体が、なんだか奇妙な異界と接続しちゃってるというか。
この世界の真理から逸脱している気がするんだ。
(あの怪物目玉も意味分からんけど、あんな場所に、あのマーブルキラキラあったし。たぶん、あいつら同類だと思うんだけど……)
ほとほと当惑しながら、はあぁ、と大きな溜息が出てしまう。
すると。
「そっか」
レオナールは、存外、軽い感じに頷いた。
「え」
俺も拍子抜けする。
「んじゃまあ、もう別にいーわ。さっきの、半分、俺もウソ泣きだったし」
なんて、レオナールは開き直って、けろっと打ち明けてくる。
俺は甚だ目を丸くし、素頓狂な声を上げた。
「はぁっ!?」
わたわたと俺は尋ねた。
「それって、どういう……」
「あ? どうもこうも。そのまんまの意味よ」
やや半眼でレオナールは悪びれる様子もない。
「はい?」
イヤ、ゼンゼン、イミワカラナイ。
俺は眉をひそめた。
その反応も織り込み済みだったのだろうか。
「いや、だからさ、アンタ、割にお人好しっぽいから。そうすりゃ、お涙頂戴で、うちの部入ってくれるかも、ってちょっと期待しただけで」
レオナールはニシシと笑う。
完全にしてやったりなカンジ。
「……!」
俺はピシッと固まった。そして、激しくイラッときた。
けれども、レオナールはそんなのお構いなしで、
「後は……そーだな。なんつーか、八つ当たり? みたいな。で、アンタはアンタでこまかいこと話したくねーなら、とりま、放置でいっかー、って」
と、快活そうにキラーンッて白い歯を剥く。まったく腹の立つ笑み。
いやいや。確かに、深く聞かれないのは、俺的には、助かるんだけど。
(つーか、八つ当たりって何だよっ! なら、むしろ、ガンガン訊いてこいよ、っての!!)
俺は怒鳴りたくなったが、それだと、なんか余裕ないヤツみたいなので、ぐっとこらえた。
そうして、こんなふてぶてしいヤツを助けようと、わざわざ危険冒してまで懲罰塔に来たのが虚しくなった。
俺、本当に馬鹿だ。
若干、痛みを感じるこめかみを指で押さえ、
「えっと、あの……」
と、言いかけた。
その折も折――。
ドンッ!!
にわかに激しく、最上階の部屋の扉が揺れた。
「えっ」
「な」
俺もレオもビクッとして扉に目を遣った。
すると。
ドンッ!
ドンッッ!
ドンッッッ!!
何度も何度も、何か凄く重量あるものが戸にぶつかってきているようだった。
だが、ここは塔だ。
城門破りみたいな、城攻めに使うカラクリ器械っぽいものは持ち込めるはずない。
ドンッ!
ドンッッ!
ドンッッッ!!
あの振動具合からすると、普通の丸太よりは、倍以上の面積あるものが当たってきている気がする。
俺には、その攻撃者に心当たりがあった。
(アイツ――、もう復帰して上がってきやがったのかっ)
ガチむちサイコロ巨人に違いない。
て、いうか、アイツ、ここに入ってきたら、この塔、完全に壊れるっつーか、終了じゃね?
「な、何だよっ! 何が襲ってきてるワケッ!? ここ、学園の敷地だしっ。ただの懲罰塔だろっ??」
さしものレオナールもたいそう狼狽していた。
それもそのはず。
この部屋の形状は、真四角でなく8角形になってるけど、さほど広い訳でもない。
窓は全面にあるけど、ここは地上300m以上のタワー。ベランダもない。
浮遊魔法もロープも縄梯子もない状況で、あんなところから出たりしたら、絶対、転落死する。
だからといって、この最上階の部屋にあるのは、古びたベッドと、小さいサイドテーブルと丸椅子、簡単な木製の衝立だけ。隠れる場所なんて、そうそうない。
俺は、グッと帯刀する剣の柄を握り、ふう、と深呼吸する。
逃げられないなら、もう戦うしかない。
俺はキッと凛々しい顔でレオナールに尋ねた。
「フイヤード君。君、得意な武器は?」
「は? え?? あー。ハ、斧槍、だけど? うちの家系的には、一応。けど、今は……」
面食らったように、レオナールは答えるものの、もにょもにょと語尾を濁す。
いや、「家系的には」って! そんな中途半端な答え方すなっ!!
(こいつ自身はそれほどでも、ってカンジ?)
いやいや、それよりも!
(それ、技巧派な白兵戦の花形武器だけどっ! ちょっとマニアックっていうか、この状況下で一番手に入れにくい武器っ!!)
せめて、ここが、学園の本校舎だったら、通路とかに飾られている装飾用の甲冑が持っていたかもだけど。こんな古びた廃墟っぽい場所に――つーか、そもそも、このがらんどうな最上階に、そんなのあるはずがない。
(リシャール用の予備の剣ならあるんだけど。レオナール、攻略対象者だからなァ。ゲーム・バランス的に、キャラ被りすると不味いっていうか、たぶん、それぞれに装備品の種類も限定されて、キャラごとに得意な武器が固定化されてるよな……?)
そうなってくると、レオナールは、丸腰必至になってしまう。
俺が「どうしよう……」と頭を抱えていると、一際大きく、
ドッカァアァァアァァンッッッ!!
と、扉が揺れた。
その箇所が、空間ごと、パラパラとタイルみたいに剥がれ落ちて、刹那、マーブルキラキラな光が見えた気がした。
「来たっ!!」
俺は叫んだ。
濛々と塵と埃を巻き上げて、しゅうしゅうと不穏な煙の中から、あの、つるつるでカッチコチな白マッチョボディが現れた。そのムキムキな巨体には、「〇〇△」の顔した箱頭がちょこんと乗っている。
ガチむちサイコロ巨人だ。
「うええっ! キモッ!! 何っ? こいつっ……」
レオナールが、真青になって、ガクガク震えた。
俺は、クッと下唇を噛んで、いつでも抜刀できる体制を整え、身構えた。
「――敵だ!」




