第3章 10_黒い日傘
瞬間、薬指に嵌めていた【混沌の盟約】がキラッと光った。
俺は、いつの間にか、あの黒い日傘を持っていて、
――――ズガンッッッ!!
と、剣で貫くみたいに、部品コビトどもがうぞうぞしている石床を凄まじく突き刺していた。
床は、刺突点から放射状に――それこそ蜘蛛の巣みたいに甚だ罅割れ、直撃喰らった部品コビトどもは何匹かへしゃげていた。
その日傘とは思えぬ破壊力に愕然としていると、俺の身体にへばりついていた連中も、目を回したみたいに全員バラバラ落ちて、被害を受けてない連中は、度肝抜かれて竦み上がっていた。
「摩ガ丙丁φュ具シ危シ!」
「ョ繧螺γオ縺a※ミ医ワ !!」
その耳障りな金切声に、俺はハッとする。
(ボケッとしてる暇はねえっ! 完全に階段室へ出なくっちゃっ……)
そう気づいて、俺は、床に突き刺さった黒い日傘を放置して、すたこらさっさと階段室へ逃げる。
だって、めっちゃしっかりブッ刺さって簡単に抜けそうにないし、折角逃げられるチャンスを得たのに、無駄にしたくない。
しかして、部品コビトらも、ハッと我に返ったように、ぴょんぴょん跳ねて、猪突猛進にこっちに向かってきた。
「マ爬犠彡羅纏ヒ紊爆λヲ!」
けれども、やっぱり、部品コビトどもが境界線に接触するたび、
バチンッ!
と、目に視えない壁にでも弾かれたように、
すぽーんっ!
すぽぽぽーんっ!!
と、一挙に室内へ飛ばされ、押し戻される。
俺は、ぼんやりと黒紫色に光る【混沌の盟約】を見つめ、ゴクリと息を呑んだ。
(ユノが助けてくれたのか……?)
思うや、知らず知らず、
「リシュ」
と、俺の名を呼ぶ、あの麗姿が浮かんで、俺はポッと紅潮する。
(鏡に映ってたのは、ロリッ娘ユノだったけど。ちゃんと、あのオトナ姿で俺のこと待ってくれてる、って信じていいのかな?)
そっと指輪光る手で胸を押さえ、きゅんと、トキメいた。
俺はドキドキしながら、ちら、と床に突き刺さる黒い日傘に目を遣った。
(けど、あんだけエグい強さってコトは……、あの傘、実はスッゴい武器だったりして)
考えてみれば、あの「白の空間」でも、あの日傘は、崩壊してくる「世界の破片」から俺らを守ってくれた。
なんていうか、「目には目を、歯に歯を」じゃないけど。
ユノも部品コビトと同じく【外側】に在るモノだから、アレで干渉し、バグを排除することができるのかもしれない。
興奮が抑えられないまま、俺はじっと黒い日傘を見つめていた。
すると、ほどなく、閉じていた傘が勝手に、
しゅるっ
と、開いた。床に突き刺さったままだから、完全な逆さ、どんぶり状態だ。
これに、ちょうど近くにいた部品コビトら、数匹が、バチンッと撥ね飛ばされる。飛ばされた連中は、思いっきりハンマーで殴られたみたいにへしゃげて動かなくなった。
「未翫彡※失@繧死ッΩ!?」
部品コビトらは怯えて、スススと、黒い日傘から距離をとっていた。
それはまあ、別に良いんだけど。
俺、触ってすらないのに。開くなんて。こんなこと、ってある??
さしもの俺も動揺して反応に困っていると、まもなく、黒い日傘は、
パァァ……!
と、まばゆく、神々しく光った。
「えっ」
俺が間の抜けた声を上げたのとほぼほぼ同時くらいに、逆さ日傘の内側から天に向かって、スーッとオーロラな光の柱が伸びる。
(ま、まさか……っ、アレ――集束して、めっちゃスゴいレーザー砲、撃てるとかっ……!?)
俺は、たちどころに胸躍ってワクワクと、そんな漫画みたいな超SF展開を期待した。しかし、
♪ブンチャカ、ピロリン、ポンパラリン
と、フザケたオルゴールっぽい音色がどこからか鳴って、黒い日傘は、メリーゴーランドみたいに、くるくるくる、とゆっくり回り出した。
俺は、思いっきり、ズコーっとなった。
(い、いやいや! まだ、これから、これから……)
きっと、アレがどんどん加速して、高速スピンとかになって、たちまちレーザーっぽくなってくれるはず……!
体勢を立て直した俺は、ごくりと固唾を呑んで、じじぃっと、くるくる回る逆さ日傘を見守っていた。
しかして、逆さ日傘は、高速に回るどころか、明らかにスローでファンシーなペースのままで、
♪ラッタリッタ、ラッタタ、ラッタリッタ、タリラリラ
と、変なリズムに乗って、相変わらずキラキラしているだけで、奇妙なメロディーもスッと無情に流れ終わってしまった。
そのなんともアッサリした終了と共に、逆さ日傘の回転も終了し、まもなく変な角度で、
ピタッ
と、止まってしまった。
後は、オーロラな光の柱が、変則的な動きで7色に、ただただ、幻想的に輝くだけだった。
「って! メルヘンに光るだけかーいっ!!」
俺は、またまたズコーっとなって、なんか一気に虚しくなった。
「ハハハ……、アハハハ……」
そう泣き笑いながら、俺はがっくり肩を落として、しゅんと項垂れる。
「……だよなー。そうだよなー。だって、マサト、所詮、しがない凡人だったし? リシャール、乙女向け恋愛ファンタジーの攻略対象者だし?? そんな少年漫画な激アツ展開、期待するのが、そもそもの間違いだったんだ」
指先合わせてイジイジイジ。
ぶうたれるように口先尖らせ、
「あー。チックショーッ! 何がヒーローだよっ!? このクソったれがっ!!」
と、天を仰いで両拳を突き上げた。暗闇の塔内に、その語尾がこだまする。
――が、これに反応してくれる人間なんて、いるはずもない。
「つら……」
トホホとまた打ちひしがれて、本気で泣きたくなる。
あの部品コビトですら、もう獲物には興味なくしたみたいに、ただただ黙ってみじろぎせず、あのガチャガチャ音も遠くなった。
試合終了っていうか。完全撤退な感じ。
「…………」
ボッチには慣れてる。
だって、前世でも腹割って話せるの、幼馴染みだけだったし。人気者が隣にいたからこそ、マサトも、ついでに、その友達の輪に混ぜてもらえてたようなモンで。
転生してからは、ずっと俺の傍にいてくれたのは、乳兄弟の侍従と従僕だけだった。
国王陛下も王妃殿下も公務で忙しくて、息子のリシャールをそんなに顧みることもなかったし。
王太后に至っては、「大シャルルの孫として、その名に恥じぬお世継ぎになりなさい」って、めっちゃ厳しくされるばかりで。正直、俺、王太后の素の笑顔なんて見た事ない。むしろ、恐いイメージしかない。
それどころか、リシャールは王太子だから、その富や権力目当てに寄ってくる奴は、ごまんといた。けど、そんなのは本当の友達じゃないし。
いや、全然いないよりはマシなんだけど。
(……そういや、リシャール・ルートの根幹って、そうだったっけ? なんか『王太子ゆえの孤独に気付いたヒロインが、健気に優しく寄り添ううちに、恋に落ちる』的な??)
「健気に優しく……」
ぽつりとつぶやいたところ、ぷわん、と、
如何にもな看護婦コスプレのえちえちヒロインが、「リシュ様♡」とウインクして王太子にヨシヨシする姿を想像してしまって、
「うわぁ」
って、なった。
もれなく女王様コスプレなセクシー悪役令嬢まで乱入してきて、「リシュ様はあたくしのモノですわよっ!」って、2人でリシャールを取り合うムフフな思春期男子ドリームを妄想してしまう。
途端に、
「アホか、俺は!」
って、ワッてなった。
恥ずかしさのあまり、両手で顔面を覆う。
俺、少女漫画な王子様じゃないといけないのに。
明らかに低俗な現代日本風ハーレム描写しか出てこない底辺モブ・メンタルすぎて、もうダメダメだわ。
「世知辛いなァ……」
俺は涙目でぶつぶつ言いながら、とぼとぼ、上階への階段を昇りだす。
すると、獲物が動き出したのにハッとしたらしい部品コビトどもが、ウザいくらいキーキー騒いでた。
って! 動くものにしか反応しねえって。おまえらはどこぞの肉食獣か!!
ま。別にイイけど。去る者は追わず、ってね。
(いや。去ってるの、あいつらじゃなくて、俺の方だったか)
「シナリオで優しくされたって意味ねーんだよっ……!」
毒吐いた後、今度は、まったく無表情な人形ロリッ娘ユノの顔が浮かんだ。
「ってか、ユノは……、俺のこと、やっぱヘタレってがっかりするかなぁ……?」
俺はしゅんとなる。
人間、顔だけ佳くても中身がなきゃ、どうしようもない。
「あ。やっべ。ランプ、向こうに置いてきちゃったわ」
とかって振り返ったけど、
相変わらずキーキー喚きまくってる部品コビトどもが目に入って、
「!」
ゲゲンと鬱になって、
(またアソコ通り抜けるの嫌だわ)
って、アッサリ諦めた。
リアルにも精神的にも、お先真っ暗だけど、もう後戻りは出来ないんだから。
俺は俺で、このまま進むしかないんだ。




