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第1章 04_悪役令嬢はどこ?

「……どうしました? 王子」


 矢庭に、クロードに声を掛けられ、ハッとする。


「替えのお紅茶、冷めますよ」

「え? あ? ああ……、うん。ちょっと考え事してて……」


 俺は、ハハハと苦笑して、慌ててカップを持ち上げ、音を立てないように紅茶を啜る。


「あー……なんかさぁ、俺もこれまでの事を振り返ると色々あったから。あのマリエッタとは、もう顔を合わせることもないんだぁー……、って思うと、ちょっと複雑でさ」

「……フクザツ? それは、また、どうして」


 クロードは怪訝に眉根を寄せる。


 たぶん、彼からすれば、普段のリシャール(おれ)(=マサト)の豹変ぶりを目の当たりにしていても、それは、あくまでも転生者(おれ)限定で起こる現象――シナリオ渦中に在る人物は対象外で、


 例えば、flower(フラワー)[英]が、fleur(フルール)[仏]で、fiore(フィオーレ)[伊]で、皆みんな、hana(ハナ)[日]つまりは「花」であるように、見えているもの全て、そのままに違いない、と思っているんだ。


 だから、クロード的には、マリエッタは、完全に「悪女」という認識なんだろう。


「や。だってさ、永久追放だよ!? フツーに考えても、コレ、まじ、ヤバくね?

信じてた男に裏切られて――からの転落人生、ってだけでも気の毒なのに。弱り目に祟り目っつーか。

俺も、もっと、ちゃんと、お別れ言いたかったなーって」


「は!? 何をおっしゃってるんです?? かのご令嬢を断罪したのは、貴方なんですよっ!?」


 素頓狂な声を上げて、クロードは叫んだ。


 なんと、顎が外れんばかりに面食らっちゃって。

 オイオイ。せっかくの塩顔イケメンが台無しだぜ? 我が友よ。

 ――って、王太子(オレ)の所為か。


「分かってるよ! そんなこと」


 俺はムッとして、忠義な侍従に言う。


「だからこそ、俺、ちゃんとあのコに会って、謝って、最後の別れを言っておきたいんだよ」


「ですが、彼女は、王太子殿下(あなた)と『星辰の乙女(アストロ・メイデン)』様を、『未来永劫呪う』と誓言したのですよ? それだけでも恐れ多いのにっ。あのような不届き者にお情けは不要です! もし、直に会って、刃を向けられたらどうするんですっ!?」


 どうやら、クロードは、マリエッタが俺に復讐するかも、と案じているらしい。


 流刑という名の永久追放になるんだから、周囲には移送兵とかいるはずだし、そんな武器とか所持できないようにされてると思うんだけど。

 何なら、鎖とか、拘束魔法とか、マリエッタの動きを封じる対策もしてるだろうし。


 リシャール(おれ)は、王族でオールラウンダーで、守護が「太陽」だから、攻撃だけでなく、防御や治癒の魔法も、まあまあ高度なレベルのヤツ使えるし。


 現在(いま)は、エンディングの手前のトコのはずだから、アンジェル(ヒロイン)との結婚ルートが確定した、メインヒーローの王太子(おれ)は、こんなことでは死なないはずだ。


「そんならそれで、受けて立つよ! ってか、俺、むしろ、マリエッタに、俺の横っ(つら)、一発殴らせてやりたい。いや、ボコボコにされるくらいじゃねえと!! でなきゃ、俺、マジであのコに申し訳ねえしっ。今の俺に出来るの、それだけだから――」


 真摯な瞳で俺は訴えると、クロードは、唖然として、まもなく眉間を押さえ、「ハァ……」と深い溜息をついた。


「――無礼を承知で申し上げますけど」

「うん?」


「貴方、馬鹿なんですか? 先程、ご自身で仰られていたではございませんか。マリエッタ様とは、顔を合わせるだけで、【しなりお・すいっち】なる、未知なる霊威の御業で、まるきり、ご自身でなくなってしまう、――と。つまり、この期に及んで、マリエッタ様にご謝罪なされようとされても、また、何か視えざる力によって妨害を――――」


 確かに、その可能性がゼロだという保証はない。だけど――。


「馬鹿はそっちだろ! いいか? シナリオってのはな、正しいエンディングを迎えるためにあるんだよ!! つまりは、とっくにエンディングが確定してるんだから、これ以上は変わりようがねえってコトだろ?? だったらさ、もう、これが最後のチャンスなんだよっ! 俺が、マリエッタ(あのコ)の本心を聞いて、俺の気持ちも知ってもらうための!!」


 力強く拳を握って、俺は、ガタンッと席から立ち上がる。

 その気迫に、クロードも、ごくりと息を呑んで気圧されたようだった。

 俺に道を譲るように、一歩、後ずさりする。


「しかし、王子……、お言葉ですが、それは少し難しいか、――と」

「は? 何でっ」


 まさか、意地でも止めるっていうのか?


 俺は思わずクロードを睨むと、クロードは、遠慮がちに言った。


「――本日です」

「え」


「ですから。マリエッタ様の移送のお日取りが、です。我が国は内陸国ですので、ミセリア・フィンテラへ向かう船は、南の隣国、ガラシェニア王国にある港町、ポルト・リベルターレの桟橋を利用させて頂かなければなりませんが。ゆえに、本日の午後3時には、この王都エルセイユを出発せねば間に合わないか、と」


「うっそ。マジで!? なんで、ソレ、早く言ってくれないんだよっ!」


 我が王都エルセイユは、なかなか大きく、普通に東京都23区を合わせた面積に近い。


 何故に東京? って感じだが。


 まあ、この『エトラリ』は、そもそも、日本の乙女ゲームであって、物価高で日々家計も切り詰める庶民には、欧州旅行なんて、とても一部の家庭でしか行けない(いや、国内が好きだとか、アジアが好きだとかで、敢えて行かない奴も多いが)、そんなご時世に、遠く離れたおフランスの「パリ」に倣うよりも、ずっと、プレイヤーにとって身近な「東京」を基準にした方が、規模を想像しやすいってコトで、そういう風に設定したんだろう。


 そうして、俺の私室の置時計を見てみると、もう当該時間の15分前を切ったところだった。


(王宮からじゃ、馬でも間に合わないじゃんっ!)


 我がサンクレール王国の王宮は、Mont(モン)-Lapin(ラパン)という小山の頂きに建っている。


 ちょうど丸まったウサギに形が似ているから、そのまま「うさぎ山」で「モン・ラパン」なのだが、そんな可愛らしい響きにも関わらず、標高が高尾山(たかおさん)(599m)くらいあるから、城下に降りるだけでも、まあまあ時間がかかってしまう。


 この世界、ロープウェーもなければ、ケーブルカーもないし、飛竜(ワイバーン)やペガサスみたいな、空を飛べるモンスターや幻獣を飼い慣らす技術もない。


 ああ、これが、俺の大好きな『ドラサガ』だったら、普通に「魔物使い(モンスター・テイマー)」みたいな職業だってあるのに。

 

 だけど、この手の幻想生物は、『エトラリ(このセカイ)』じゃ、そもそも、個体数や生息域が限られていて、諸々コスパ悪すぎるから、俺が前世の知識つかって普及させようとしても、到底、無理だろう。


 そして、浮遊魔法は、だいたい「風」の属性持ちとかじゃないと使えないんだ。


(うっわー。なんという凡ミス。やっとこさ、シナリオ終わったと思って、それ以外のこと、全然、頭に無かったわ)


 まったく迂闊だった。


 マリエッタの断罪宣言したのは、王太子(おれ)でも、その後の彼女の処遇を引き受けるのは、法務省。王太子は星辰の乙女(きゅうせいしゅ)と結婚間近、ということで、王太子(おれ)罪人(マリエッタ)が顔を合わせることがないよう、周囲が神経尖らせているのは、火を見るより明らかだった。


 その上、追放エンドが確定した途端、国王陛下(ちちうえ)どころか、此度の責任を取って宰相の職を辞したブノワ=ラグランジュ(=マリエッタの父ちゃん)まで、マリエッタを、ゴミクズかゲテモノでも見るような感じで冷酷に切り捨てたことに、俺は、驚きすぎて、思わず顔面崩壊おこしそうになった。


 だって、実の娘だぞ? 親なら、もっと我が子に対して何かあってもいいと思うのに。


 事件前から疎遠だったならまだしも、大臣は、目に入れても痛くないほど、我が子(マリエッタ)を溺愛していた。まさに、可愛さ余って憎さ百倍の状態だった。


 そうして、ただ、マリエッタだけが最大最凶の「悪」として叩かれ、ありとあらゆる所からバッシングの嵐になったことには、俺も流石に血の気が引いてしまった。


(諦めるか? いやいや、諦めたら、本当にそこで終わりだろっ!?)


 なんて、某少年漫画の名言のような言葉が脳裏にちらつきながら、俺は、一か八か、――なんなら、お忍びでガラシェニア王国領へ入って、ポルト・リベルターレの港へ先回りするくらいの気概で、いっそ出た方がいいんじゃないか? と考えた。


 しかしながら、アンジェル(ゲームヒロイン)との結婚式の日数も迫っている。

 そう、今から南の隣国を往復するとなると、エンディングまでのリミットが、なかなかキツキツなのだ。


「ああ! もうっ、そんなん知るかよっ。クソったれがっ!!」


 俺は、青筋を立てながら、急いで私室を出ようとする。

 すると、クロードが血相を変えて、


「お待ち下さいっ、王子っ!」


 と、俺の前に躍り出て、果敢に進路を阻んできやがった。


「まさか、そのまま、お出になるので? 仮にも、ご結婚を控えた次期王位継承者様が、罪人の――それも()()()()()()に会いに市井へ下りられるなどっ。これは流石に、風紀上よろしくございませんし、下手な流言を生むやもしれませんっ。せめて、民に気づかれぬよう、何か、ご変装を…………ッ」


「そんな時間、ねえんだってば! ってか、俺は、他の誰でもない、()()()()()()()()、マリエッタに謝りたいんだよっ!!」


 そう言って、俺は、ドンッと、クロードを激しく突き飛ばした。


 クロードは「わっ」と尻餅をつく。


 その隙に、俺は、出掛けに、戸口にあった背高燭台(フロア・キャンドル)やら観葉植物の鉢やらを引き倒す。正直、妨害魔法とか唱えている暇なんてなかったから、なんとも原始的だが、咄嗟に物理的な障害物を作ってやったんだ。


 そんな風にして、俺は、クロードを振り切ると、


(――そうだ! ()()()()()()ッ)


 と、ふと、空間転移の魔法を封じ込めた腕輪があったことを思い出した。


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