第3章 06_無限ループ?
俺は、拡張オーモニエールから取り出した長剣を装備し、ランプを片手に、異様な威圧感漂わす不気味な懲罰塔の内部へと入っていった。
俺がすっかり中に足を踏み入れるなり、塔玄関の大扉は、矢庭に、
バッタンッッッ!!!
と、凄まじい轟音を立てて、閉まってしまった。
俺はビクッと振り返り、冷や汗を覚える。
「……な、なにっ? 何で勝手に閉まったっ??」
途端に、俺はおろおろする。
不安になって、おもむろに大扉に触れてみると、それは完全に閉ざされていた。
押しても引いても、外から施錠されたように、うんともすんともいわない。
当然、内側の魔術錠の端末に魔術師コードをかざしても反応がなく、おそらく、今すぐには出られそうもなかった。
(え!? 俺、閉じ込められたっ??)
これは、呪術的なアレなのか……、それとも、やっぱり亡霊とかの……。
どっちにしろ、考えるだけで気が滅入ってくる。
想定外の事態に、俺が脂汗だらだらに困惑していると、今度は、
ヲヲヲヲヲ……
と、呻き声なんだか、耳鳴りなんだか、よく分からない音が塔の床――というか、大地の底から響いてきた。
いや、響いてきたどころか、若干、足元が鳴動してるカンジ。
「ヒッ!」
俺はたまらず、びょんっと飛び上がった。
ヲヲヲヲヲ……
(……じ、地縛霊?)
一方で、塔そのものは静まり返っていた。
ただ、あちこちに蜘蛛の巣が張っていたり、割れた壺の破片とか、ずいぶん黄ばんで虫食いに遭った教科書類の残骸なんかが、結構、フロアの隅っこや個室の陰に落ちてたりするのがヤバい。
研修棟であった名残を感じて、ますます廃墟っぽさが増してくるから、はっきり言って不気味なんだ。
正直、萎える。
俺、一応、前世でも、人並みレベルには、ホラーとか、グロとかの耐性あるつもりだったんだけどな。
しかして、冷静になって考えてみると、映画にしろ、漫画にしろ、まったく自分が安全だっていえる場所にいるから、耐えられるんであって。
プレイヤーとしてゲーム画面越しにホラーやサバイバル味わうのと、ゲーム内に入り込んだ上、その世界の住人として実体験して、死んだらリアルに終わりな状況じゃあ、全然違うよなあ……。
「うわぁー……マジかー」
俺は眉間を押さえて、はあ、と溜息つく。
「めっちゃ辛っ」
だからといって、「こんな所でウジウジ悩んでいても仕方ない」と、俺も肚を決めて、1歩を踏み出した。
1階の部屋数は、たぶん、大小合わせて6部屋くらい? 準備室と教室、みたいな。そして、塔の出入口から一番遠いところに階段室の扉(壊れてるけど)が見えた。
「あそこから上がるのか」
俺はゴクッと息を呑んで、暗闇に沈んだ階段室の出入口へ、そろそろと近づいていく。
上へ上へと続く階段は、見事な螺旋階段になっていた。
照明が俺の持つランプ以外にない所為もあって、先の方なんて全然見えない。というか、ワケワカラン黒靄がかかってるみたいに見える。
しかも、しんしんと静まり返った塔内は、若干、鳥肌が立つくらい寒かった。
心情的なアレじゃなくて、リアルに体感的なアレで。
果たして、上階に進む道すがら、
「……クスクスクス……」
「……キャハハッ、キャハッ……」
みたいな人(っつーか、子供?)の笑い声っぽいのが聞こえたり、
ひたひたひたひた……
とてとてとてとて……
って、足音っぽいものが地味にソコココでうろうろし始めると、
「コワッ!」
って、俺もたちまち血の気が引かずにいられなかった。
単に、うろついているだけならいざ知らず、気がつくと、俺の後を追いかけていたり、急にぎゅんっと追い抜かれたみたいな気配というか、悪寒が走って、謎音がずっとランダムにエコーし続けるから、もうなんだか聞いてるコッチが気が触れそうになる。
「コレ、ガチでやばいヤツじゃん!!」
そんな風に、俺がガクブルしていると、
「……クスクスクス……」
「……キャハハッ、キャハッ……」
「……うふふふふ……」
って、笑い声の後に、
「……もぉーいいーかぁーいっ?」
「……まぁーだだよぉーっ」
みたいな子供(?)の声まで空耳しだして、甚だ戦慄した。
(ぅええっ!? 何コレッ! 俺、知らん間にカクレンボ参加させられてるっ??)
とか、ゾワワッと肌が粟立ったところで、一瞬、
ぺとっ
と、足首をつかまれた気がした。
それも氷みたいな冷たい子供の手っぽいヤツで。
「ぎゃっ!」
俺は、めっちゃビックゥ! って足がすくむ。
無我夢中になって、ランプをぶんぶん振り回すと、まもなく、その手の感触もフッと消えた。けど、同時に、ランプの灯もフッと消えた。
「やばいやばいやばい……! ガッツリ触られた!! 俺、呪われちゃったっ!?」
いよいよ、ガチガチガチと歯の根が合わなくなって、真暗闇の中、次の1歩を踏み出せずにいると、
ひゅっ――
ひゅっっっ
と、燐光みたいなヤツが不気味なキラキラを引っ提げ、俺の行く手や背後をわんさか横切っていった。
ランプが消えてるから、もう謎光(火の玉?)のバーゲンセールだ。
俺はまたまた「ヒッ!」と短い悲鳴を上げ、
「い、今の何っ!? 絶対、ホタルとかじゃないんですケドッ??」
と、わたわたした。
正体不明なだけに、お世辞でも謙遜でもなく、本気で寿命が縮まりそうになる。
てか、謙遜って! 幽霊(?)相手に気ィ遣ってどうすんのよ、俺――。
だって、フィールドやダンジョンで魔物を警戒しながら探索するのと、基本的には同じはずなのに、「ここ、心霊スポットなんだ」って思うと、変に気合入るというか――。
現代日本のお化け屋敷とか、普通に人間がお化け役やって、めっちゃなりきるから、客として「怖がらなきゃ」みたいに(?)、なんか無意識に遠慮しちゃうのかもしれん。
「……なんか、もうヤダ」
ポソッと俺がつぶやくと、今度はどっかから、
「エー。ウソー? まじデ??」
「ヤーンッ、ナンカ、カワイーッ」
「ヤッパ■■■サマ、かみスギルーッ!!」
「ステキー」
「ぎゅっ♡ シターイッ」
とか、女子っぽい黄色い声まで聞こえてきた。
如何にも、アイドルとか推しとかに向けて言うようなファンの声。
だから、これも乙女ゲームの攻略対象者の性か。
「……えっ? そ、そうかなっ??」
なんて、テヘッ☆ と頭掻きながら、ついつい、俺も振り返ってしまった。
「…………」
別に、俺の名前、呼ばれた訳じゃないのに。
「…………」
声がしたっぽい方向は真暗で何もなかった。
「…………」
俺はゲンナリした。
(幻聴じゃん!)
俺は、ガガンッ! と悲しくなった。
(くそう……。何だよ、コレ。誰も見てないのに。こんなの、めっちゃ、こっ恥ずかしすぎるわっ!)
そもそも、こんな廃墟にカワイイ女の子なんているはずがないし。
その喋り方が、まず、この中世~近世おフランス風異世界のご令嬢や一般女子が話す感じじゃなかった。アレは、明らかに、現代日本の女子の声だ。
「……ヤベェ。こんな場所で、こんな風に前世のっぽいきゃわわ声が聞こえるなんて。俺、ガチで脳みそヤラレちゃった? 心臓ヒリヒリしすぎて現実逃避しかかってんのかも」
はてさて、こんな俺の愚痴を聞いてくれる人間なんてどこにもおらず。
(いたら、いたでコワいケド)
気を取り直して、俺は、消えたランプに再び火を灯し、その歩みを取り戻す。
とにかく、俺は怖気が走るのを必死でこらえながら、
カツーン、カツーン……
と、暗闇の螺旋階段を登って、登って、登りまくった。
しかしながら、塔の階段エリアは、窓も何も無いがらんどうな空間が連続する上、時折、通り過ぎる上階部分も、どこを通っても1階のコピーみたいな構造だった。
ので、あまりに変わり映えしない風景が続きすぎて、前世RPGゲーオタ脳な俺は、
「まさか、俺、無限ループにはまった!?」
って、ドツボにはまって、焦ってしまう。
でも、あながち、それも間違いではなさそう、というか。
「外から見た時は、結構、等間隔で窓あるように見えたのに。なんか、1階1階の間、長すぎる気がするんだけど? それとも、俺がビビリすぎてるから、時間とか距離感とか、麻痺してる??」
そうは言っても、登れば登るほど、あのオカルトっぽい謎現象は減っていった。
俺はドキドキしながら、行く先の見えない、暗く冷たい石造りの螺旋階段を登り続ける。
カツーン、カツーン……
哀しい音を響かせて、ようやく、1階の景色とは異なる、在りし日の設備の面影を残す残骸や壊れた備品なんかを発見すると、そこが新たな階の1区切り分で相違ないと感じた。
俺も「無限ループじゃない」とホッとする。
「トラップじゃなかった。良かったぁ……」
俺が辿り着いたのは、たぶんだけど、13階? の研修室だ。
だって、ここには、この階段オンリーなエリアと違い、きちんと扉口と窓がある。
「こっからは、1つの階に、1ホールの部屋って感じかな?」
そうして、次の階を目指そうとすると、部屋を通り抜けた先の反対側――また別の階段室へ行かなければならなかった。
でも、本当の地獄は、その先だったんだ。
今度は、登っても登っても、なかなか違う景色に巡り合えない。
ただ、定期的に、小窓がある中〇〇階みたいな小部屋が、ふうっと階段脇に現れることがあって。
俺は、その小部屋を発見した数をカウントして、自分がどのくらい登り続けたのかを認識しているつもりだったんだ。
「つーか、ここ、何階よ? 感覚的には、もう30階くらい登った気がするんだけど……」
そう呟き、俺は懐中時計を出す。
ランプの明かりで時間を確認してみると、ただちに、思ってもみなかった事態に出くわし、俺は目が点になってしまった。
「え!? 止まってんじゃんっ! 何でっ?? 城出る前に、しっかりネジ巻いてきたのにっ……」
まさかのまさか。
それは、完全に針が止まってしまっていた。
塔の魔法錠を外して、潜入開始した時は、まだ動いていたと思うんだけど?
なのに、いったい、いつ止まったんだ??
これは本気でマズいぞ。
【在籍員腕輪】なんか、スマートウォッチっぽい魔道具のクセに、肝心の時計機能は無いし。
いったい今が何時で、登り始めてから、どれくらいの時間が経ったかも皆目見当つかん。
だって、俺も、ずっと同じペースで登り続けていた訳でもなく、例の中〇〇階を目安に、「あと**階登ったら、ちょい休もう」みたいな感じで、小休憩を何度か挟んでいた。
もはや、体感的にも時間間隔が幾らか狂ってたんだ。
しかして、ただただ不安なままに、延々と続くんじゃないかってくらい、真暗闇な階段の先を見つめた。
「うっわ……。マジかよ。俺、この塔、最上階まで踏破して、夜明けまでに、無事、王宮に帰れんのか?」
俺は凄まじく心配になった。
というより、なんかもう、ちゃんと達成できる自信すらなかった。
(――公務がどうとか以前に、朝起きたら、王太子が行方不明とか。絶対、城内、騒然必至の重大事すぎるしっ。このことが国王や大臣にバレたら非難囂々、王太子には説教三昧の謹慎処分が下って、さらには、クロードやニルス、王太子付きの面々も減俸されるわっ!!)
アワワワと目が回りそうになりながら、俺は、すーはーと深呼吸する。
そうだ。一旦、落ち着こう。
とかって、やっぱり、自分が叱られまくるの考えたら怖いし、皆が巻き添え食うのも想像したら、そっちはそっちで心苦しくなってしまう。
ので、二重にキツいというか、本気で精神擦り減りそうなんだが――。
ヤベェ……。ここまで来といてなんだけど。
「……もう帰ろっかな?」
我知らず、ぽつり、と。
そんな独り言が出て、俺は激しくレオナールに申し訳なく思った。
とはいえ、すぐに俺はハッとして、
「つーか、この塔の出入口、鍵かかってて、俺、元から出られないんじゃんっ!」
とも思い出す。
(危ない、アブナイ。この状況なら、真面目に先に進んだ方が賢明だわ)
なので、この際、帰る帰らないよりも、まずはレオナールと合流することだけ考えた方がいい。
前世日本の戦国武将、かの毛利元就公だって、「3本の矢」で「皆で手を取り合って苦難を乗り切りましょう」(めっちゃザックリだけど)的なコト、言ってたじゃん?
実際、俺とレオナールだけで、なんとか出来る保証もないけど、今、1人でくよくよ悩んで迷うよりも、とりま、脳ミソ2人分使えば、それなりに何か良いアイデアが浮かぶはずだ。
そう信じるしかない。
「っしゃ! ここから、ここからっ!! L’union fait la force!(=団結は力なり!)」
俺は、今一度、気を引き締めて、再び、螺旋階段を登り始めたのだった。




