第3章 05_深夜の学園
俺は、ひっそりと夜闇に黒ずんだ学園の夜間通用口をまじまじと見て、「うーん」と考える。
(そういや、俺、この門、ほぼほぼ通ったことないかも)
もちろん、生徒会の仕事とかで遅くなることは無きにしも非ずだったんだけど。
やっぱり、俺は王太子だから、王室の風土的にあんまり夜遅くまでフラフラ外出しちゃダメっていうか。
まあ、変に居残って、ヒロインや悪役令嬢と関わる時間が長くなる方が俺には地獄モードだったから、俺自身、自発的に「早く帰ろう」なスタンスが多かった。
1周目も2周目もそんな感じ。
ともあれ、俺は、拡張オーモニエールから【学生証】を取り出して、その表にある【魔術師コード】を夜間通用口の魔術錠にかざして読み込ませる。
すると、利き腕とは反対側の手首につけた【在籍員腕輪】の水晶盤に、解除コードが送られてくる。それを3分以内に魔術錠に入力する。
ちなみに、この在籍員腕輪は、学園講師や在学生に着用義務がある、学園公認の装飾品だ。だから、これ、リアル地球のシステムに例えるなら、学校指定の「スマートウォッチに2段階認証の通知くる」みたいな。
対する、学生証記載の【魔術師コード】も、魔術師専用の「マイナンバーカードのICチップ、もしくは、スマホの会員QRコード」みたいなヤツだ。
その見た目は、めっちゃ複雑な魔法陣っぽいっていうか、パズルチックな紋章っぽいんだけど。
学園に入学すると、生徒は、その時点で、魔術師協会の一員に認められ、魔術師コードが記載された学生証を付与される。
卒業したら、学生証は、【魔術師資格証】に切り替わるんだけど、そこに記される【魔術師コード】は、そのまま同じものが使用される。
なぜなら、それは、完全に個人特定できるように、全員、異なっているからだ。
仮にその人物が亡くなったりしても、セキュリティの関係で、永久欠番みたいな扱いをされ、そのコードが他者に使い回されることはない。
まさに、身分証明書の要な感じ。
(つーか、セキュリティ高いのは良いんだけど、ファンタジーのクセに、相変わらず、何故か、ちょいちょいITくさいんだよなァ、この世界)
科学の概念が乏しかった時代には、それも『魔法』だって言われてたと思うし。
ここ、ゲームの世界だし。
だいたい、ゲームってのは、どれも、対象ユーザーが親しみやすいよう、その時々の世相を反映して、同シリーズ、同ナンバリングでも、初代と最新作じゃ、グラフィックだけでなく、システムもかなり変わってることが多い。
つまりは、「ここは乙女ゲーム『エトワル・ラリアンス』の世界で、それ以上でも、以下でもない」認定してしまうなら、あんまツッコまんでもいい事柄なのかもしれない。
(けど……ゲーム世界の住人かァ。改めて、ソレ考えると『うへえ』ってなるわ。だって、俺、前世は普通に日本の男子高生だったのに。なんか、『人間』から『つくりもの』に降格させられたみたい)
でも、これ、フル・ダイブ型のVR-MMOに慣れ親しんだ人間なら、「やったー。ホンモノになれた!」って感覚なんだろうか?
(攻略対象者はシナリオ・スイッチくるし。オフライン派の俺には、どんだけチートで勝ち組になれても、人間性剥奪されたみたいにしか思えないんだけど?)
などなど、独り心の中で愚痴ってるうちに、データ照合を終えた厳重な魔術錠は、たちまちパアッと一瞬青く光り、
ガションッ!
と、見事に開錠した。
シュンッ
と、自動ドアみたいに夜間通用口が開いて通行可能になる。
俺は思わず「おおっ!」と感嘆の声を上げてしまって、慌ててサッと口を塞ぐ。
とはいえ――。
(よしっ! これで入れるっ)
俺は、にん、と笑って、そそくさと夜間通用口を難なく通り抜けた。
その後で、ついつい、「しゃっ!」と小さくガッツポーズする。
だって、これ、一定時間が経つと、また勝手に閉まって施錠される仕様だから。
その仕組みは、完全に魔法的なアレなんだけど、前世日本人の俺には、電子機械のアレに見えてしまう。
そうして、この通り方をすると、学園の管理システムにも利用履歴が残る。
なので、もしかしたら、俺は、後日、これで減点くらったり、王太子の「不始末」として、王宮に伝えられるかもしれんくて、ちょっとアイタタな感じ。
それも、自分だけそうなるなら、自己責任、って割り切れるんだけど。
俺の場合、「これで王室に批難がいったり、国王陛下らに迷惑かかったらどうしよう……」って。ちょみっとガクブルで。
でも、結界破りする方が危険なので、ここは正攻法で通るべきだと思ったんだ。
しかして、刻々と時間は過ぎてゆくので、あんまりのんびりもしてらんない。
(えっと……、あの塔は、旧校舎が建ってる奥のエリアになるから、ここからだと、北東方面かな? なるべく最短距離でバレない道で行けたらいいなあ……)
俺は速やかに深夜の校内を歩き始めた。
あの外れに建ってるホラーな懲罰塔は、まあまあの高さがあるので、目視でも、現在地とのだいたいの位置関係がわかる。
ただ、歩き慣れた正面玄関側は、セキュリティが厳しいのと目的地から離れてるので避ける。どっちかっていうと、在校生じゃないと知らない裏道みたいな、比較的、監視が弱いルートを選ぶ。
だけど、肝心なところで間違ってタイムロスするのも痛いので、俺は、在籍員腕輪に搭載されている学園案内板(立体投影型)の音声ルートガイド機能だけオンにして、それに連動するピアス(アクセサリー型のイヤホンっぽい魔道具)で聞いて確認しながら、確実に目的地へと向かっていった。
昼間の活気あふれる始業風景なんて嘘のように、人影がすっかり絶えて、静寂に包み込まれた学園内は、少し不気味というか、なんか1人で肝試しでもしている気分だった。
時間帯や季節的なものもあるんだろうけど。
むしろ、そういう精神的な方が強いのかな?
心なしか、ちょっと肌寒い。
(いやいや。ビビってる暇なんてねーんだってば)
けれども、ふと懐中時計を見てみると、想定していた到着予定時刻を大幅に短縮できていた。自動車とかも無いのに。たったこれだけの時間で王宮からココまで来れた俺って、ちょっとスゴくね?
ビバ、【変身】魔法!
知能は人間の方が上でも、やっぱ、個別特化な身体能力は、動物のが上だわ!
もっと言えば、魔法使いがいるのに、某英国ファンタジーみたいな【空飛ぶ箒】系の定番飛行アイテムが無いの、何でなん? って感じだが。
それは、ゲームのエリア移動が、旧来のRPGみたいなフィールド歩くタイプじゃなくて、マップ上にエリア名と選択アイコンが表示されて、クリックしたエリアのスタート地点に一発で飛ぶスタイルだからだろう。
所詮、『エトラリ』は、RPGじゃなくて、AVGのカテゴリだし。(RPGでもマップ移動なヤツもあるけど)そういうところは、むしろ端折って、ヒロインとヒーローの恋愛パート掘り下げる方に、システム全振りしたいんだろう。
(攻略対象14人もいれば、そりゃ、それだけでデータ容量、食いまくるわな)
とかって、いらんことを考えながらも、俺は、とうとう懲罰塔に到着した。
そのそそり立つ姿は、幾つか小窓があるものの、壁面はまったく隙間がないくらいきっちりした石組みで美しい。――が、その色褪せ具合と、かなりの高さまで絡みつく黒々とした西洋木蔦の所為で、本当に古い建築物って感じだった。
ちょうど東京タワーの展望台くらいの高さがある。
なのに、ミステリー・スポットって噂されるだけあって、なんか禍々しいオーラまで放っていた。
(こんな場所に1人で閉じ込められたら、俺、全力で病める自信あるわ……)
なんて、ちょっとヒきながらも、おそるおそる、その扉の鍵を確認する。
懲罰塔の出入口には、学園外構壁にあった夜間通用口とは異なるセキュリティ・ロックがかかっていた。どうにも学生証の【魔術師コード】が効かず、普通の開閉法は無理なようだ。
ひょっとしたら、懲罰塔なので、研修棟じゃなくなってから、独自のカスタマイズがされたのかもしれない。
そう考えた俺は、ダメ元で、生徒会役員バッジもかざしてみる。
それというのも、学内にある魔術錠は、概ね、学生証だけで解錠できるが、場所によっては、生徒会役員バッジも併せて認識させた方が有効な場合があるんだ。
すると、魔術錠がフォンと光って反応し、また【在籍員腕輪】に解除コードが送られてくる。
(うお。すっげ! マジか。俺、冴えてる!)
俺は歓喜した。
(生徒会は、学園自治の一環として、学生らを管理する役割があるから、ココにもその特権が行使できるってコトかな?)
俺は鼻歌交じりに、ピッポッパッと入力を終えてみる。
すると、魔術錠は、
ガションッ!
と、小気味よい音を立てて解錠した。
(開いた!)
ほっと胸を撫で下ろしながら、俺は「生徒会、入ってて良かったァー」としみじみ思った。
果たして、塔の正面出入口にあたる、古びた観音開きの大扉は、いざ対峙してみると、「タダモンじゃねえ」空気をビンビンに醸し出していた。
ここ、ダンジョンじゃないはずなのに。
俺、なんか、めっちゃ冒険者になった気分。
俺はごくりと息を呑んだ。
そうっと両手を伸ばし、解錠された大扉を開く。途端に、
ギギギギギギィィィ……!
と、重厚ながら薄気味悪い、錆びた蝶番の戸鳴きが闇夜に轟いた。
ぱっくりと大口を開けた懲罰塔は、何もかも吸い込んで、すべてを暗闇に沈めてしまうかの不穏さが漂っていた。
(……うっわー。ガチで最恐心霊スポットな危険オーラ、バリバリだわ)
こんなの、正直、入らなくて済むなら、もう引き返してしまいたい。
――が、ここの最上階に、レオナールは1人、寂しく閉じ込められてんだ。
俺は、パンパンッと両手で両頬を叩いて、気合を入れた。
「よし!」
待ってろよ、レオナール=ジェルマン=フイヤードっ!
ペナルティが酷くなる前に、王太子が、おまえを外に出してやるからなっ!!




