第2章 25_つけるべきオトシマエ
「ご無事で良かったですわっ!」
「お大事ないですかっ」
「ああっ……。なんと、おいたわしや……っ」
皆があまりに心配するので、リシャールは苦笑する。
S・R:
「落ち着きたまえよ、君達。僕は、この通り、もうなんともないんだから」
あれれ? 珍しいな。シナリオ・リシャールが割と普通のことを言っている。
かと思いきや――。
S・R:
「けれど、本当に困ったね。フイヤード君の奇怪な行動には、目に余るものが多すぎるよ」
なんて、めっちゃレオナールのことをディスっている。
S・R:
「あれで更生できると良いんだけれどね。ただ、彼は何というか、すごく粘着質というか……。豪快な印象なのに、或る面では、執着が酷いんだ。僕も、あまり、彼のこと、悪く言いたくないんだけれど。聞き分けのない悪いコには、相応のお仕置きをしなければいけないよねえ……?」
すっかり困り切った切ない表情で、おもむろに、さらりと金髪を掻き上げ、リシャールは訴える。その華やかながら蠱惑的で儚げな様子に、男女問わず、魅了されたようだった。
「まったくです!」
「あの不良めっ。よくも殿下をっ……」
「あんなの、一晩、塔に閉じ込めるだけじゃ駄目ですっ!」
「4月の単位剥奪の上、もう、1ヶ月でも2ヶ月でも謹慎処分にしないとっ」
と、皆は、さっきのニルスに輪をかけるように怒り心頭だった。
そうして、悪役令嬢は、鬼女の形相になって、
「あたくしが、宰相に申し上げて、あの者を懲らしめてやりますわっ!」
と、爆弾発言をした。
(えっ! 宰相に告げ口って。それ、レオナールどころか、レオナールの親父さんとか、兄ちゃんとか、実家まで巻き込んで、まるっと酷い目遭うヤツじゃんっ!!)
いつもなら、天の声な俺も「まーた、ビッグマウスになってるよ、この娘」って、苦笑いで済ますところなのに。今回ばかりは、実現しそうな危機感がビンビンで。
だって、ニルスの言う通り、もし当たりどころが悪かったら、即死か重体で、「次期王位継承者の王太子を害した」ことになってたんだ。
(不名誉な噂だけなら、どっかで挽回できるかもだけど。これが、官位や爵位剥奪とか、財産没収とかになったら、マジでシャレにならん!)
過激すぎる悪役令嬢に、マサトな俺はゲンナリしたが、
リシャールはフッと微笑んで、
S・R:
「頼もしいよ、マリー。流石は、僕の婚約者だ」
と、信じられないくらい甘い声音で、流し目向けながら言ってる。
思いっきり標的る気マンマン。
当然、リシャールにゾッコンの悪役令嬢は、一目見るなり「キュン♡」だ。
リシャールは、悪役令嬢の手を取り、その甲に、チュ♡と軽くキスして、
S・R:
「Je ne suis rien sans toi, mon bijou.(=君なしではいられないんだ、僕の宝石ちゃん)」
と、すがる眼差しで言う。
悪役令嬢は、はわわと赤面する。
「リ、リシュ様ったら♡」
イヤコレ。完全にオチたな。
そして、皆も、その優雅な所作に、なんだかうっとりしていた。
それって、婚約者としては、別段、違和感ない行動のはずなんだけど。
俺はすさまじく嫌な予感がした。
あのシナリオ・リシャールが、ヒロイン以外――それも悪役令嬢にそこまでするのは、チョット理解し難い。
それでも、悪役令嬢を異常に持ち上げるってことは、つまり…………。
S・R:
「では、僕のために徒労してくれる?」
上目遣いで尋ねるリシャールに、ノリノリで悪役令嬢は答える。
「お任せくださいっ! あたくしは、いつでも、リシュ様の味方ですからっ♡」
S・R:
「ああ。Tu es vraiment mignonne.(=君は本当に可愛いらしいね)期待しているよ、マリー」
満足そうに微笑むリシャールに、
(うわ。マジか)
と、天の声な俺はゾッとした。
(もしかして、もしかしなくとも、これって、ウラで糸引いて汚い悪事は全部他人にやらせる、イジメの常套手段じゃんっ!!)
つーか、これがシステムの差し金なら、リシャールにしろ、レオナールにしろ、転生者はとかく邪魔だから、敢えて同じ「転生者同士で潰し合え」ってコトじゃね!?
しかしながら、それで2人も攻略対象者が脱落したら、シナリオ的にはやっぱりマズい。だから、直接リシャールにやらせるんじゃなくて、後々断罪予定の悪役令嬢を唆して、自発的に行動するよう誘導する、って感じで……。
(王太子のクセに、なんてふてえヤローだ)
俺は、ガチで、リシャールにヒいた。
けど、シナリオ・スイッチに妨害されている俺は、何1つ、俺の言葉を発することが出来ないし。悪役令嬢らをはじめ、ニルスも、生徒会の連中も、「王太子の御意向こそすべて」な感じで、誰1人、反論する者がいなかった。
(ああ。もうっ! ヒロイン入学前から何やってんだよっ! やりすぎだろっ……!!)
しかも、今回ばかりは、悪役令嬢がいなくなった後で、マサトなリシャールの言葉で、ニルスに発言撤回したとしても、なんか効き目なさそうなのが、ますます恐かった。
(王太子に実害出てなけりゃ、どうとでもなったのに!)
だって、ニルスのやつ、俺がこの保健室で目を覚ました時点で、これまで以上に、レオナールのこと、めっちゃウザがってたもんな。
だったら、とどのつまり、システム側の狙いって何だろう?
現時点で思いつくのは、
この中世~近世おフランス風ファンタジー異世界にそぐわない、「野球」をやらせないこと。
リシャールもレオナールも攻略対象者として、全力でヒロインのことしか考えなくなる、恋愛脳男子に矯正すること。
シナリオ・スイッチで或る程度のレベルまでは補正できるとはいえ、フラグを叩き折るほどのまったく想定外の行動を転生者がとったら、後々の整合性に支障をきたすからな。
だから、そういうの全部、俺らに断念させるべく、見せしめのような形で、【懲罰塔】へ幽閉した……??
とはいえ――。
(ゲームにおける攻略対象者の設定とか、シナリオ・パターンって、どんなだっけ?)
俺は本気で困ってしまう。
だって、前世では、マサト、リシャール・ルートしかプレイしてないし。
レオナールは身分的にリシャールとほとんど絡まないので、ヒロインが敢えてレオナールを選択してルート開拓しないと、スチルどころかプレイ画面にもそうそう出現しない。
その所為で、俺も、ニルスに、「獅子座守護の」って聞くまで、レオナールの公式イラストすら出てこんかった。
まあ、全くゼロって訳ではないから、どっかしらのプレイ画面では見たハズ。
ただ、あのキャラ・アイコンじゃ、デフォルメされてるから「なんかツンツンした赤いヤツ」ぐらいにしか見えんし、現在でも、ぼんやりとしか覚えてないんだけどさ。
(……だったら、いっそ、レオナールに、『リシャールも転生者だよ』って打ち明けて、手を組んでみるか――?)
今までだって、選択肢の1つとして、ソレ、うっすら考える瞬間もあったけど。
ただ、レオナールに【混沌の盟約】が視えないのがどうしても引っ掛かって、ずっと二の足を踏んでいた。
でも、こういう事態になってしまった以上は――。
攻略対象者はモブじゃないから。
プラス、俺らは「転生者なんだ」という事実が加味されるなら。
お互い協力すれば、これまでには不可能だった、ヤバい結果を回避できるかもしれない。
(……よし!)
とうとう、俺は腹をくくった。
あの日、ずっと日陰にいたマサトを、シュウヤが見つけて、一緒に日向へ連れ出してくれたみたいに。
今現在、「鼻つまみ者」としてハブられてるレオナールには、そういう友達が必要なのかもしれない。
(この際、リシャールが野球部に入るかどうかは、一旦、脇に置いといて)
だったら、今の俺に出来ることは1つだ。
(俺は、どうにかして、あのホラーな懲罰塔に上って、軟禁されている転生者を助けてやらなくちゃ……!!)
システムへの反骨心はもちろんのこと、レオナールとの信頼関係を築くには、明日の朝までなんて待ってられない。むしろ、そんな外界から隔離されたような状況で、身の上を打ち明ける方がベストだ、と思った。
天の声ながら、すうと深呼吸する心持ちで、俺は意を決した。
(勝負は今夜中だな)
とにかく、悪役令嬢が早くこの保健室から退室してくれさえすれば。
俺は、リシャールとして、1歩踏み出すことができる。
そうして、天の声化したまま、俺は1人、悶々と、今宵の作戦を考えたのだった。




