第2章 24_野球バカが罰受けた
目を覚まして、俺が真先に感じたのは、消毒薬っぽい匂い。
背中に当たるマットレスも硬くて、天井は真白、ベッドをぐるりと囲むカーテンも白い。
(……病院? にしては、なんか、こう、すんげーシンプルな感じがするな)
そうして、間仕切りのカーテンで見えないものの、窓のずっと向こうから、スポーツか何かに勤しむ若者っぽい声がたくさん響いていた。
(……部活? じゃあ、ここ、学校……??)
思ったものの、俺は、一瞬、「でも、どこの学校だっけ?」と戸惑った。
直後、シャッと勢いよく白カーテンが開いた。
「ああっ! 王子っ、気がついたんですねっ」
現れたのは、ニルスだった。
国立エスカロワイユ魔導学園の制服をまとった彼は、まもなく、俺が横になるベッドの脇にあるスツールに腰をかける。
(あ。やっぱりココ、魔導学園だったのか。ってコトは、これ、今世の保健室?)
というのも、俺は、久方ぶりに、前世の――それも小学生の頃のことを夢に見てしまったので、ニルスの顔を見なけりゃ、また、「来栖聖人として生き返ったのかな?」と勘違いしていたかもしれない。
「うーん……」
俺はのっそり身を起こす。何故か、すっごく頭がガンガンというか、ズキズキする。こめかみを押さえて、はっきりしない意識を律しながら、ニルスに問う。
「俺? なんで?? 保健室……」
「どうもこうもありませんっ! また、アイツですよっ」
「あいつ……?」
「レオナール=ジェルマン=フイヤード!」
ぷんすか、ニルスは怒る。
「あいつが、芝生広場で練習(?)していて、そのボールが、中庭を歩いていたぼくらのところへ飛んできて。今度は、王子の頭に命中して、脳震盪を起こしちゃったんです!!」
(うわ。マジか)
2度あることは3度ある。
1度目はニルスに命中、2度目は悪役令嬢の弁当に突っ込んで、3度目が、とうとうリシャール。
――が、俺に覚えがない、ってことは、俺はガチで気づかんまま、ボールに当たったらしい。
しかして、問題なのは――というか、ショックだったのは、ボールに被弾したことでなく、2周目のリシャールがまったくソレに気づかなかった、ってことだ。
(つーか、俺、1周目だったら、危機回避スキルもカンストしてて、野球ボールなんか、ガッツリ避けられたと思うのに!)
こんなところでも、リセットっつーか【ループでペナルティ】の影響力をまざまざと感じさせられて、正直、哀しくなる。
レオナールの勧誘ストーカーは、依然しつこかったが、それでも、あいつも攻略対象者として、「シナリオ・スイッチ被害に遭ってるかもしれない」って分かると、いくらか同情心が沸いていたんだ。
なので、ほとほとウザいを通り越して、あの執拗な「野球コール」に俺もなんか洗脳されかかってしまっていたくらい。
(なら、こんな夢見たのも、絶対、レオナールの所為だな)
考えると腹立たしくもあったが、また前世の親友の顔(子供の頃のだけど)が見られて、すごく懐かしかった。
(……あの頃は、マサトも初めてできた親友に浮かれまくって、修哉と一緒に、真面目に野球少年やってたんだよなぁ)
修哉は天才だったから、強打者としてメキメキ成長して、小4の終わりには、4番を打つようになっていた。でも、オレは才能なかったから、全然だった。
だから、オレ、修哉がチームメイトじゃなかったら、絶対、すぐにやめてたわ。
なのに、その修哉も、小6の2学期に自転車で事故って、左腕と左足複雑骨折したから、入院して、真面目にリハビリしなきゃ、完全復帰はムリって感じで。
オレ、そんな修哉が戻ってくるの信じて、ずっと待ってたんだよなァ。
けど、オレ、アイツがいないと、クラブじゃ、基本ボッチだったから、最後の方は、なんかもう、めっちゃダれて、ボール拾いすらグダグダになってた気がする……。
(やっぱ、前世のオレ、ヘタレすぎるわ……)
なんて、もう終わったことをウダウダ悩んでもどうしようもないのに。
けれど、ついつい、俺は、前世の苦い思い出に、はあ、と大きな溜息をつく。
すると、落ち込む俺の様子を「ストーカーに悩んでいる」と誤解したニルスが、
「もう訴えましょう! 今は反省部屋に入れられてるとはいえ、あんな無礼者、王子に百害あって一利なしです!!」
と、グッと拳を握って、ふんすと怒り散らす。
俺は「えっ」と目をぱちくりさせた。
「反省部屋って?」
「王子の怪我を知った先生方が、学園長に申し出て、そういう罰を」
この【反省部屋】とは、国立エスカロワイユ魔導学園・高等部の敷地の外れにある、いっとう古びた研修塔のことだ。
学園内で重大事件を起こした生徒は、その塔の最上階に一晩閉じ込められて、原稿用紙最低10枚上の反省文を書かされるという、なかなか厳しい処罰が存在する。
何故「そこ」なのかというと、おそらく、そこは、現在は本来の用途で使われておらず、普段は立ち入り禁止になっているからだ。
加えて、件の塔は、著しい老朽化から、生徒の間では「幽霊が出る」ともっぱら噂の心霊スポットとしても有名だった。
もちろん、罰とはいえ、生徒に危険があってはいけないので、その最上階にある部屋にのみ、強固な防護結界が張られている。
ただ、その結界が、本当に魔物の侵入を阻むためのものなのか、はたまた、懲罰中の生徒が逃げられないようにするためのものなのかは定かでない。
いずれにせよ、かの塔は、そういう用途で使われているので、そこはもう「古研修塔」でなく、「反省部屋」もしくは「懲罰塔」という呼称が妥当で、皆もそういう風に認識していた。
ともあれ、ここに入れられた生徒は、学園で一晩過ごすことになるので、当然、実家にも処罰に関する通達が伝えられ、瞬く間に世間の噂になってしまう。
つまりは、これは、もはや生徒本人だけでなく、その家族にも、実に不都合で不名誉な、恐ろしいペナルティに相違なかった。
「いや、ボール当たったくらいで、そんな大袈裟な」
「何おっしゃるんです? もし、当たり所が悪ければ、御命が危うくなっていたんですよ?? 王子は、陛下唯一のお世継ぎなんですからっ」
それはそうかもだけど。
(リシャールは、この『エトラリ』のメインヒーローなんだから、そうそう死ぬ訳ねーじゃん)
なんて、俺は思ったけど、そんなことが分かるのは、転生者だけだ。
カンカンに激昂するニルスの姿に、「ああ。俺には、こんなに心配してくれる奴がいるんだ」と癒されながら、クスと笑う。
「ありがとな。ニルス」
くしゃ、とニルスの栗色の髪をわしづかんで、俺は、小さい子にするように、なでこなでこする。ニルスはカアアッと、
「あ。いえ。その……」
と、ごにょごにょ語尾を濁しながら、照れていた。
(可愛ヨ。やっぱ、こいつ、ワンコ味あるわ)
すると、たちまち、バタバタと、廊下の方から騒々しい足音が響いてきて、
「殿下っ!」
と、悪役令嬢と取り巻きズ、生徒会の面子までが、どやどや、保健室に雪崩れ込んできた。
皆、真蒼な顔をして、明らかに取り乱している様子だった。
俺は「あ」と思って、ニルスの頭から手を放す。
果たして、
ピキピキーンッ、
と、案の定、シナリオ・リシャールがやって来て、マサトの意識は、瞬く間に天の声と化してしまった。




