第2章 22_俺だけじゃなかった
ひゅるるる―――――
そんな風切り音が上空に響き渡ったかと思うと、
ズガシャッッッ!!
と、あれよあれよという間に、リシャールと悪役令嬢のちょうど真ん中に、何か弾丸のようなものが降ってきた。
「うわっ!」
「きゃっ!
「ヒッ!」
「あああっ!!」
その場にいた全員が凄まじく恐れおののき、刮目して、降ってきたものを見返した。すると、それは、まさかの野球ボールだった。
(うわ! また、レオナールじゃんっ!!)
天の声な俺はやっぱりドン引いたが、それ以上に辺りは大惨事になっていた。
なぜなら、ボールは、リシャールが持っていたフォークを吹っ飛ばし、その下の皿までクラッシュしたため、リシャールと悪役令嬢の制服に思いっきり、ビチャビチャッと料理の残骸が被弾していた。
また、こんな突然、空からボールが降ってくるなんて思わないから、全員が反射的に逃げようとして、その手足で近くに広げてあったものを跳ね飛ばし、結果、ほぼほぼ全ての料理が、しっちゃかめっちゃかになったっていう。
なんともカオスすぎる状態。
「な、何ですのっ? これ――ッ!!」
悪役令嬢は憤怒の形相でプルプル震えていたけど、
シナリオ・リシャールは、不快感を表しながらも、「あーん♡」しなくて済んだことにホッとしているみたいだった。
まもなく、
「ごっめーんっ! ごめんっ!! ちょい飛びすぎたわァーッ」
って、チャラい謝罪をしながら、あの赤ツンツン頭が現れた。
悪役令嬢はその姿を認めるなり、すっくと立ち上がって、
「また貴方ですのっ!?」
と、猛然とブチギレる。
だって、なんだかんだいって、悪役令嬢、レオナールのリシャールに対する勧誘ストーカー、何度も目撃してるから。
「ちょっと貴方っ! いい加減にして下さいなっ。よくも、あたくしとリシュ様のまったりしたお時間を……っ!」
ズカズカと、悪役令嬢がレオナールに食ってかかったところ、一瞬、レオナールの全身がギクッと強張った。
でも、それは「バツが悪い」って感じでもなくて――。
「……ハッ!」
レオナールはたちまち腹立たしげにバット片手にふんぞり返り、
「おいおい。校内で女はべらせて、愉しくお食事会かい? 王子様ってのは、まったくいいご身分なもんだよなァッ!」
と、最初に抗議した悪役令嬢をまるっとスルーして、めっちゃ王太子に突っかかってきた。
すると、シナリオ・リシャールもカチンときたみたいに、パンパンと制服に着いた料理の残骸を払い落とし、ツカツカとレオナールに歩み寄る。
S・R:
「僕が何しようが君には関係ないじゃないか! それより、僕らはこの通り、君のおかげで酷い目にあったのだけど? 君は、それについて、きちんと謝罪と弁償をしてくれるのかな??」
「……アァ? こんな所でのんきに昼飯食ってるアンタらの方が非常識なんじゃねーかァ!? 校内には、れっきとした学生食堂があるってのによーっ!」
その言い分もわかるけど。
ソレ、フツーに逆ギレだからっ!
天の声な俺は思ったものの、ほんの少し違和感を覚えた。
(つーか、こいつ、こういう場面では、もうちょっと、ちゃんと謝れる奴じゃなかった?)
そうして、じっと、シナリオ・リシャールの目を通しながら、天の声な俺は対峙するレオナールの顔を見る。すると、どうにも、心なしか瞳が曇っているというか、茫洋としているように映った。
「ンだと? コラッ! ウッセーんだよッ!! 黙れっ、このスケコマシがッ!!」
怒鳴るや、レオナールは、ドンッ! と王太子を突き飛ばす。
「クッ!」
ズシャシャッ!!
リシャールはガッツリ尻餅をついた。同じ頃、周囲から、
「きゃあああっ」
と、悲鳴が上がった。
「大丈夫ですかっ? リシュ様っ」
悪役令嬢が蒼い顔して、リシャールの身体にかきついた。
――が、ムッとしたシナリオ・リシャールは、
バシッ!
と、悪役令嬢を振り払う。
「きゃんっ!?」
今度は、悪役令嬢が地面でしたたかお尻をぶつけてしまった。
(わっ! ごめんっ、マリーッ)
天の声な俺は血の気が引いたが、
「フン!」
と、リシャールは、むしろ、「自業自得だ」ぐらいな顔でいた。
取り巻きズは「ヒッ!」とすっかり怯えていて、すぐには悪役令嬢を助けにはいかなかった。
悪役令嬢もただじっと1人で痛みに耐えていたが――。
本音では、婚約者に突き飛ばされたのが悲しかったんだろう。
悪役令嬢は、若干、涙ぐんでいた。
(うわー……俺が言うこっちゃねーけど、カワイソウ……)
一方、レオナールはそれを見下ろし、鼻で笑う。
「アホくせェ。女にかばわれるのが、そんなに恥ずかしいのかよ。まったく、ちんけなヤローだぜ!」
S・R:
「黙れっ! 君こそ、何だっ!? マリエッタはあまりに軽率すぎるから、この僕が躾けてあげたんだ! それのどこが悪い? 僕は王太子なのだぞっ!!」
とかって、シナリオ・リシャール、めっちゃキレまくってる。
これには、当然、俺も反感覚えずにいられなくて。
(いや。躾ける、て。リシャール、どこのDV彼氏よ!? さっきのマリー、別にそういうアレじゃなかったじゃん! 極めつけが身分を盾にマウントするとか。頭悪すぎるわ!!)
天の声な俺は、尋常でないレオナールよりも、自己愛満載なリシャールにゾッとした。
だが、事態は刻々と変化するもので――。
「ちょっと、フイヤードさんっ! 貴方、やりすぎですよっ!!」
とうとうニルスがキレてレオナールの胸倉をつかみかかる。
しかし、
「フンッ!」
ベチンッ!
と、レオナールはニルスまで張り手で跳ね飛ばした。
「あっ」
ずべしゃっ!
と、ニルスも芝生の上に倒れ込む。
それを見下すように、レオナールは冷ややかにガン飛ばした。
「気安く俺様の名前を呼ぶんじゃねーよっ! このクソど平民の無能腰巾着が!!」
ゲシッ!
と、ニルスの脇腹あたりを足蹴にする。
「ぐうっ!」
ニルスも苦痛に顔を歪める感じで、激しく蹴られた箇所を押さえて悶える。
(ヒドすぎ!!)
天の声な俺は、ガガーンッ! となった、
――が、
(……あれ? でも、『オレサマ』?? つーか、レオナールって、ニルスのことバカにする時、いっつも『プースケ』って呼んでなかった?)
と、困惑のあまり、ぐるぐる目が回りそうになった。
けれど、矢庭に、
バシャンッ!
と、ベレニスが陶器ボトルに入れていた紅茶をレオナールにぶちまけた。
「うぉっ!? 冷てっ……!!」
怯むレオナールに対し、ベレニスが、
「申し訳ありません。手が滑りました」
と、ツンとすまし顔で言う。
(……今、絶対、わざと掛けたよな?)
天の声な俺は思ったけど。
まあまあ、この場は仕方ないというか。
これにレオナールは、激しくいきりたった様子を見せつつも、流石に、伯爵令嬢な女の子には手を上げられないのか、
「クソッ! 覚えてろよっ!!」
と、悪態つきながらも、のっしのっしとガニ股で去っていった。
(典型的なチンピラの逃げ方じゃん!)
天の声な俺は「うへえ」となったが、ひとまず収束したかと安堵する。
しかして、シナリオ・リシャールは、婚約者の悪役令嬢をガッツリ放置して、
S・R:
「Merci, mademoiselle Clarac.(=ありがとう、クララック嬢)」
と、ベレニスにだけ、にっこり微笑んだ。
「Ne vous en faites pas, Votre Altesse.(=お気になさらないで下さい、殿下)」
ベレニスも冷然と答えた後、サッと悪役令嬢が身を起こすのに手を貸す。
ほどなく、ニルスも起き上がり、王太子が立ち上がるのを介助する。
ただ、シナリオ・リシャールは、最後までクソ野郎だった。
S・R:
「まったく君の所為で酷い目にあったよ。君のような傲慢で浅ましい女性が公爵令嬢で、王太子の婚約者だなんて。ほとほと天を呪いたくなるよ!」
「…………!」
悪役令嬢も絶句しながら、一瞬、切ない瞳になる。
(……マジでヤダ。これが、リシャールだなんて)
天の声な俺は、心底、嘆息を漏らしたくなった。
かと思いきや。
悪役令嬢は、今度は婚約者を激しく憎悪するように、クッと歯噛みする。
「でしたら、お先に失礼して差し上げますわ!」
ブチギレた悪役令嬢は、さっさとそこからいなくなってしまった。
「ああっ! お待ち下さいっ、マリー様っ」
「あ~んっ、置いてかないでェ~っ」
ベレニスとコレットが慌ててその背を追いかける。しかして、
「……ちょっ……! やだやだ、待って! どうなさるんですっ? このお食事……ッ!!」
と、荷物番のジスレーヌだけが取り残される。
けれども、悪役令嬢がいなくなったおかげで、俺は身体に復帰できた。
俺は、スッと、うろたえるジスレーヌの元へ歩み寄る。
「大丈夫。これらは僕らがなんとかするよ。だから、君は、早くマリーと君のお友達を追いかけてあげて」
「あ……。えっと……??」
180度、態度が変わったリシャールにジスレーヌは動揺していた。
とはいえ、ソレを説明する訳にもいかず――。
俺は力なく苦笑した。
「どうやら、僕もついついカッと血が上ってしまったみたいでね。本当はあんな事するつもりはなかったんだけど。ラグランジュ嬢にも、とても酷い事をしてしまったから。どうか、君の方から彼女に、『王太子が申し訳なかったと言っていた』と伝えてくれないかな?」
そんな風にごまかした。
ちょっと無理あったかもだけど。
そうしたら、ジスレーヌも当惑のまなざしのまま、
「しょ、承知しました! 感謝いたします、王太子殿下!」
と、ペコと軽く会釈して、バタバタと悪役令嬢らを追いかけていった。
++++++++
果たして、放課後、俺とニルスだけがいる状態で、レオナールが沈鬱な顔で訪ねて来た。たちまち、ふかぶかと頭を下げて
「すまんっ! 悪かった!! 俺、絶対、アンタにも、あのお嬢様にもちゃんと弁償すっから……!」
と、何度も何度も謝罪してきた。
「えっ? ああ……」
憑き物が取れたように平謝りするレオナールに、俺も拍子抜けする。
「まったくですよ! フイヤードさんっ。貴方、あんなに王子に、『ヤキュウ部? に入ってくれ』って、おっしゃってたクセに!! 王子がなかなか『うん』とおっしゃってくださらないから、その腹いせですかっ!?」
ニルスがキレ散らかすと、レオナールも「う……」と口ごもり、どよーん、とうなだれた。
「いや。だからさ。その、なんつーかァ……。お、俺にも、なんか、よくわっかんねェんだよっ! アンタら、っつーか、リシャールとあの悪役令嬢がつるんでんの見ると、急に、こう……ムカっぱらが立ってきて……。俺じゃねえ俺が出ちまう、っつーかァ……!」
もにょもにょ歯切れ悪く話すレオナールに、
(めっちゃシナリオ・スイッチじゃん!)
と、俺も呆気にとられた。
「だもんで、俺、あんま、アンタらが一緒のトコ、近づきたくなかったワケよ。なのに、今日さァ……」
レオナールの告白に、俺も「そういえば」と納得した。
考えてみれば、レオナールが俺に勧誘ストーカーやってる時も、悪役令嬢が文句言いにいくと、一目散に逃げていた。
俺はプッと噴き出した。
レオナールは目を剥き、狼狽する。
「って。オオオオイッ! 何、笑ってんだよっ……」
「え? いやいや、ごめんゴメン。つい……っ」
こいつ獅子だし、野生の勘(?)で「これヤベェ」を察して、未然に防いでたのかな?
って想像して、地味にツボった俺は、そのまま、アッハッハッハと大笑いした。
「うっわ! なんソレっ。ガチで気味悪ィ」
おろおろするレオナールを見て、俺もピタと止まり、
一転、ニッと口端を吊り上げる。
「いいよ。制服ぐらい。だって、わざとじゃないし、あれは完全に事故みたいなもんだから」
「お、おう……?」
レオナールは戸惑った顔でオドオドする。
俺もそれ以上語らず、フフフと笑った。
「あ! でもでも、ホント気をつけてよね!! さっきの君、完全にイカレたごろつきだったし。僕、こんなんで大惨事とか御免だからっ」
一応、王太子モードは維持したまま、釘を刺す。
でも、レオナールにはそれもどうでもよいらしかった。
「わーってるよ! つか、アンタも、あのお嬢様とこっち寄ってくんなよ? でなきゃ、マジで俺、何すっか分かんねえからさっ」
レオナールは、ずびしっ! と俺を指差してくる。
「ハイハイ……」
俺も生暖かい目で頷いた。
つーか、俺だけじゃなかったんだ。
現状、レオナールが転生者かそうでないか、ビミョーなとこだけど。
だけど、同じ悩みを抱える「同志」にはなれそうだから。
俺ももう少し頑張ってみよう。




