第2章 20_幻覚かな?
「如何でしょう? このドレス。あたくしに似合いますかしら?」
ふわりとレースの裾を翻し、俺の目の前で、黒褐色ウェーブ・ヘアな美少女が、得意げにくるりと1回転する。
S・R:
「それを僕に求める必要があるかい?」
にっこり笑顔なのに、
S・R:
「だって、君、結局、他人の意見になんか耳を貸さないじゃないか」
と、ズバッと、リシャールは言う。
「まあ、いけずなことをおっしゃいますこと。令嬢は、愛しい殿方のために着飾りますのに。ましてや、貴男様はあたくしのご婚約者様。あたくしが最終的にどのような装いを選ぶにしても、一声お声掛け下さるのがご作法でございましょう?」
フフンて感じに悪役令嬢は笑う。
その視線には、なまめかしい威圧が含まれていた。
(これ、どっちも正論だから、どっちの味方もできないな)
天の声な俺は、もはや諦観のまなざしで、そのやりとりを見ていた。
現在、王太子と悪役令嬢は、高級仕立て屋でお買い物デート中だ。
悪役令嬢いわく、「ずっと前から約束していた」というけれど。
シナリオ・リシャールが「そんな約束をした覚えはない」とキレていた。
天の声な俺は、覚醒前の記憶は、まだまだ曖昧な部分もちょいちょい残ってるので、「これ、どっちが正解?」状態。
ただ、そこは悪役令嬢――、マリエッタは、あの入学式の日の、ヒロインと王太子の事故チュー一部始終をどっかから目撃していたらしい。
それを盾に脅してきたんだ。
嫉妬が滲んだトゲトゲしい作り笑顔で、
「王太子殿下が婚約者以外の者と密なることをなさるのは、醜聞以外の何物でもありませんわ」って。
要するに、国王陛下や宰相にバラされたくなきゃ付き合え、ってコト。
あの時、俺の身体の制御権を持ってたシナリオ・リシャールは、ほぼほぼヒロインしか見てなかったので、天の声な俺も、自分の視界に入ってないものは認識できなかった。
だから、悪役令嬢、ホント「どこにいたの?」って思ったけど。
今日は休日だから、王太子の御供も当然、侍従のクロードだけで、悪役令嬢には侍女のワトーさんが付いている。
2人とも、王太子と悪役令嬢のこういうやりとりは、腐るほど目にしているので、ただただ沈黙を守り、完全スルーを貫いている。
とりあえず、高級仕立て屋だから、現在、試着しているのは、フリー・サイズのサンプルだ。
普通は、デザイン画ファイルがカタログになっている店が多いんだけど。この店は、「絵だけじゃイメージが沸かない」といった常連客の要望に応えて、実物サンプルを置くようになった。
この試着したヤツで、一旦、全体的に似合うかを見て、それから、個々人ごとでカスタマイズというか、好きなパーツを追加・交換できたりする。
なので、シナリオ・リシャールは、カチンときながらも、待合スペースのテーブルに広げられたカタログやパーツ・サンプルをザッと見て、傍で控えていた店員に告げる。
S・R:
「では、こちらとこちらとこちら。仮縫いして、どのようになるか、見せて頂けるかな?」
適当に見繕ったレースやら何やらを頼んだ。
この時、悪役令嬢が試着していたドレスは、即時カスタマイズが可能な箇所が限定されていたから、こういう注文も対応できた。これにプラス、こだわる顧客は、後日確認が前提の、手間暇かかるカスタマイズも追加でするんだけど。
「Oui. C'est entendu.(=はい。承知しました)」
店員さんは恭しく頭を下げると、
「Par ici s’il vous plaît, mademoiselle.(=こちらへどうぞ、お嬢様)」
と、悪役令嬢を奥の試着室へと連れていった。
これに、侍女のワトーさんもついていく。
悪役令嬢が離れた途端、天の声な俺が身体に復帰した。
そうして、周囲に王太子主従しかいなくなったのを見計らって、
俺は思わず「はあ」と深い溜息をつく。
「如何されました?」
クロードが首を傾げた。俺は複雑な顔をする。
「……いや、女子の買い物って疲れるな、って」
まあ、その対応してるの、俺じゃなくてシナリオ・リシャールだから、俺は何もしなくていいんだけど。でも、悪役令嬢の物色時間が長いから、俺ターンがなかなか来なくて、それはそれで疲れるな、っていうか。
「でしたら、ラグランジュ嬢がお戻りになるまで、王子も店内をご見学させて頂いたら、よろしいのでは? 仮縫いもなかなかお時間とりますし」
「見学かぁ……。まあ、ここでじっと座りっぱよりも気が紛れるかもな」
席を立った俺は、店員さんに一言断って、キョロキョロとあちこち見ながら、サンプルが並んでいるエリアまで来た。すぐ傍に、全身が映る壁掛け鏡があるのが、ふと目に入り、改めてゲンナリする。
そこに映るのは、ループ前と異なり、どこかあどけない面差しも残る少年姿のリシャール。
(……年齢考えれば、コレ、前世のマサトと同じなんだよな?)
考えると、少年は少年でも、前世のオレが如何にアホ坊ちんちくりんで、今世の俺がスマート・キラキラなのかが如実に分かってしまう。
これは転移でなくて転生だから、今世が恵まれてるならそれでいいじゃん、って言われそうだけど。
ただ、どんなに勝ち組セレブでも、俺には、人間として生きることそのものに自由がない訳で。(シナリオ・スイッチきたら、ずっと制御不能なアバターの中に入ってるみたいな?)
「どっちが幸せなんか、わからんわ……」
ぽつりとつぶやき、俺は何気なく、右手を鏡面に当てた。
すると――。
「……ッ!?」
フッと、鏡に映るリシャールが、あの白髪紅眼の人形ロリッ娘・ユノになった。
いや、俺が動いても、鏡の中の人形ロリッ娘ユノはそれについてこないので、俺がユノになったんじゃなく、鏡の向こうにユノがいるって感じだ。
「……背景が違う?」
俺は眉をひそめた。
鏡の中のユノの後ろ側は、セレブなアパレル店ではなく、なんとなく小さな教会っぽい感じ。
ステンドグラスを透過したっぽいカラフルな日射光がユノに降り注いでる。そして、そのずっと後ろの方には、長椅子や観音扉があった。
(これって、立ち位置的には、祭壇前? っつーか、本来ならご神体とか置いてある所をじっと覗き込んでる感じ??)
俺はドックンと胸が鳴った。
「あの……っ、ユノ、俺……っ!」
言いかけても、ユノはただただ黙っていて、身じろぎしない。
(え。うそ。なにコレ。俺の声……届いてない?)
なんていうか、双方向性でない無音のテレビ生中継みたいな。
「……王子?」
クロードに声を掛けられ、俺はギクッと振り返る。
「何をされておいでで? 鏡に何か??」
「何か、って! 鏡の向こうに、白い――、そう、la Poupée en levrautがっ!!」
俺は、とっさに、クロードがユノにつけた渾名を上げた。けれど――。
「はい? 鏡には、王子のお姿しか映っておりませんが――」
クロードは困ったように首を傾げる。
「えっ」
俺は目を剥き、「また!?」と思った。
すると、ほどなく、
カランカランカランッ――
と、お店の出入口のドアベルが鳴って、
「チワーっす! あ。いや。Bonjour !!(=こんにちは!!)」
と、聞き覚えのある快活な声が響いた。
お客が入店の際に、店員さんに挨拶するのは基本のマナーだ。
で。店員さんもそれに気づいたら同じように「Bonjour」って返事をして、案内の声掛けに移るから、それは別段珍しくもないんだけど――。
その来客は、二言三言、来店理由を話した後に、承った店員さんが奥へと引っ込んでいったのを認めてから、こちらにやって来た。
「お? なんだなんだ? リッシーじゃん!」
声でそうだと思ったけど、やっぱり、あの赤ツンツン頭だった。
その後ろには気弱そうな従僕(?)も付き従っている。
これにクロードも呆れたように溜息をつく。
「……なるほど。貴方が、ニルスの言っていた無頼漢のような男爵令息殿ですか」
「はァ? ンだよ、失礼だなァ。好き勝手言いやがって、プースケのヤツっ!」
レオナールはムカついたように半眼になる。
ちなみに、「プースケ」とは、レオナールがニルスに向かって勝手につけた渾名だ。曰く、ニルスのふわふわ髪がプードルみたいで、王太子の忠犬ワンコやってるから、「プースケ」なのだそうだ。
それで、ニルスも「ぼくはプースケじゃありませんっ!」って、いつもキレてるけど。
頓に、レオナールは「んんっ!?」と怪訝な顔をした。
「何それ。そこの壁、絵とか掛けてたっけ?」
「え」
レオナールが俺の後ろにあるウォール・ミラーを指差す。
俺はハッとして鏡から右手を離し、レオナールに改めて対峙した。
「視えるのっ??」
蒼い顔で俺が訊き直したところ、レオナールは「うーん?」と目を拳でゴシゴシこすって、
「いや。悪ィ。見間違い。フツーに鏡だったわ」
と、ニカッと苦笑した。
(えええええっ!?)
度肝抜かれた俺は、開いた口が塞がらなかった。
しかして、ふと自分の右手を見ると、薬指の【混沌の盟約】がフォォと黒紫に光っていて、まもなく、ふうっと消えた。
(もしかして……っ!)
俺は焦って、その右手をまたペタッと鏡につけた。
けれど、今度は、あの人形ロリッ娘ユノは映らず、鏡の中には、この高級仕立て屋を背景に、15歳のリシャールが佇み、同じくレオナールら周囲にいた面々が立ち並ぶ様子しか映っていなかった。
(……何だ)
俺はしょぼんとする。
(やっぱり、俺のも見間違い??)
そんな疑念もあったんだけど。
俺は、「でも、もし、レオナールにも見えていたなら」と諦めきれなかった。
しかして、にわかに、ふっと、
――いせかいどヲ味方ニツケロ。
とのフレーズが、俺の脳裏に蘇る。
それは、紛れもなく、ユノが――、あのコの「カミ」に言われたっていう言葉。
(……そうか! 転生者!!)
俺はサッとレオナールに右手を差し出した。
レオナールはきょとんをして、反射的に後ずさりする。
俺は顔を真赤にして尋ねた。
「コレ! 視える!?」
「は?」
レオナールは変な顔をした。
そして、自分の傍にいた従僕にも尋ねる。
「おまえ、何か見えるか?」
「いえ。私には何も」
「ええっ!?」
俺はガガンッとなった。
レオナールも「カミ」が求める「イセカイド」なら、【混沌の盟約】が見えると思ったのに!
(なんで? どうしてっ?? レオナール、転生者じゃねーのっ?)
俺はアワアワ顔面蒼白で言葉を失ってしまう。すると、
「…………」
と、クロードがちょっと考えた後、レオナールらに言った。
「我が君も日々ご多忙ゆえ、少々お疲れのご様子。つまらぬ世迷言を申されましても、どうぞお気になさらずに」
と、軽く、ペコと会釈する。
そして、すぐさま、主人にも向き直った。
「そろそろ、ラグランジュ嬢がお戻りになられます。さ、我々もあちらへ参りましょう」
なんて、俺を待合スペースの方へ誘導しようとする。
同じ頃、レオナールの来店を受けて、奥に下がっていた店員さんが戻ってきた。
「フイヤード様。ご注文のお品、ご用意できました。どうぞ、こちらでご確認下さいませ」
「おう。Merci.(=ありがとう)」
聞けば、レオナールは、他に用事があって出られない母親に頼まれて、代理で注文していたドレスを受け取りに来たようだ。
この高級仕立て屋は、仕事が美しく丁寧と評判の店ながらも、その値段設定がピンからキリまであって、顧客層の幅も広い。
王侯貴族だけでなく、小中産階級ぐらいでも、常連客がいるんだ。
つまり、セレブには日用品でも、それより下層の階級には、親しい家族への「ご褒美」や、友人・お世話になった人への「贈り物」として、この店の商品が利用されることが多かった。
だから、この店で、王太子と男爵令息が鉢合わせるのは、さほど問題でもなかったんだけど。
今まで、俺は、王宮とかで、こんな不思議な現象に遭遇したことはなかった。
――だったら、なぜ、起きた?
その答えとして、今、この場に、リシャールとレオナール、2人の転生者がいるから反応したのかな? って、考えに至ったのに――。
(いやいや、だけど、レオナールは『絵?』って言っただけで、『人形ロリッ娘を見た』とは言ってないし。本当に何か勘違いした可能性は否めない……)
そもそも、1周目の終わりに、ユノは、人形ロリッ娘じゃなくて、エンディング直前のリシャールと同じ、18歳くらいの美女になっていた訳で。
(俺が『視た』のも、ひょっとして幻覚だったのかな……??)
そうして、俺はモヤりながらも、レオナールらにやんわりと別れの挨拶をして、クロードと一緒にその場を後にした。




