第2章 18_なんかモヤる
あの日以来、王太子は、レオナールに、毎日のようにスカウトという名のストーカー行為をされまくっている。
その度に、ニルスが苦情を言いに行ってくれて、一応は退散してくれるのだが、しばらくすると、また、ほとぼりが冷めたように勧誘しにくるので、ニルスもほとほと対応に疲れているみたいだった。
つーか、あいつ、転生者だとして、口調とかマサトと同年代っぽいのに、ちょいちょい時代遅れなフレーズ入るの何なんだろう?
(あいつ、もしかして、前世、アラサーとか、マサトの親父世代のオッサンだったりして)
考えると、ちょっと「ウヘェ」ってなった。
いやまあ、別にいーんだけどさ。もし、仮に友達になるってなったら、やっぱ世代間ギャップとかあると色々キツいかな? って思っちゃってさ。
それに、昼休み、Cantine(=学生食堂)で昼飯食ってると、たまに、レオナールが「一緒に食おーぜっ!」って乱入してくることもあって。
めちゃウザかったりする訳で。
けど、そういや、今日は見てないな。
ひとまず、昼食を終えた俺とニルスは、まだ残る昼休み時間を潰そうと、「じゃあ、食後の散歩で中庭でも歩いてから教室に戻ろうか」という話になった。
「Plat du jour(=日替わりランチ)絶品でしたね! ぼく、まさか、こんな学校で、veau poêlé(=仔牛肉のポワレ)とか出てくるとは思いませんでした」
俺の隣でほくほくとニルスが笑う。
それに俺もクスと目を細めた。
「貴族出身の生徒が多いからね。学園の学食は5つ星Hôtel(=ホテル)のシェフを専属に招いているというし。学園側のこういう気配りは、本当にありがたい事だよね」
ちなみに、「ポワレ」って、料理カテゴリ的には「焼物」になる。
現代日本でもフレンチ・レストランとか、カフェで見る名前のヤツだから、前世では、「フランス語では、そういう呼び方なんだ~?」程度だったんだけど。
いや、転生してから、本場っぽいのを口にして、俺はちょっとビックリした。
(たぶん、前世日本でも高級フレンチへ行けば、あったんだろうけど。マサトは、そういう店、入ったことなかったから)
ぱっと見、ステーキなんだけど、微妙に違くて、食材から出た油分を掛けながら「表面を香ばしく焼き上げ、中はしっとりふんわり、ジューシーな仕上がりにする」のだそう。
だから、食った後の満足感というか余韻がふくよかで、ほっぺた落ちそうなほど、めっちゃ美味い。
で、コレ、日本語で表現するなら、たぶん「揚げ焼き」に近いけど、使う油量がそこまで多くないから、「カリじゅわ焼き」かもって。そう考えたら、なんか一気にB級グルメ感がマシマシになっちゃって。
(ポワレは、かなり熟練の技術が要るので、実際は、間違いなく高級料理だけど)
如何にフランス語の響きがお上品かに、俺は二度ビックリしてしまった。
果たして、中庭まで移動する道すがら、
「きゃっ、ご覧になって! 王太子殿下よ」
「まあステキ!」
「本日もお麗しいこと!」
なんて、そこかしこで女子生徒の黄色い声が上がったかと思うと、
「Bonjour !(=ごきげんよう)」
「殿下! 今度、ぼくらの勉強会にもいらして下さい」
「あっ、でしたら、是非、ぼくらの部活動にもっ」
とかって、男子生徒らからもサロンのお誘いやらなんやらの声が掛かる。
「Merci.(=ありがとう)機会があればね」
そんな風に、俺も、他人の目がある時は、極力、王太子モードの言動を心掛けながら、適当にいなしているんだけど。
(レオナールに付きまとわれるのもウザいけど、こういうのもちょっと面倒なんだよなあ……)
内心、沈んだ気分になってしまう。
俺、ループしてるし。5月病かな……?
やがて、噴水近くまで来たところで、頓に、ザザァッと風が吹いた。まもなく、
――トンッ! トントンッ……
と、近くの樹上から、何か小さい白いものが落ちてくる。
「うわ」
俺はドン引きした。
マットな白革に、均一に縫われた赤糸が映える、手のひらサイズの球体――。
それは紛れもなく、硬式野球のボールだった。
「これ、フイヤードさんの!」
ニルスが目を丸くして言うと、
俺もやや引き攣った顔で苦笑いする。
「たぶん、打ったか投げたかで、木に引っ掛かったまま、分かんなくなっちゃったんだと思う」
思わずゲンナリしたが、この世界では貴重な、職人さんが1コ1コ手間暇かけて作った品だ。
「仕方がないな。届けてあげよっか? あいつ、C組だっけ??」
俺が問うと、ニルスも「はい」と、こくりと頷く。
「そういえば、珍しく、今日は見てないですねえ。まあ、その方が静かで良いですけど」
的を射た感想に、悪しからず俺も同意しながら、ひょいとボールを拾う。
俺らは、ただちに、1年C組の教室へと向かった。
教室には、まだ戻ってきてない生徒も結構いるのか、人もまばらだった。
あの目立つ赤ツンツン頭は、どこにも見当たらない。
そこで、俺は、ちょうど目に留まった近くの男子生徒に尋ねる。
金茶色の短茸髪前上げに琥珀色の瞳をした彼は、戦隊ヒーローのレッドやってそうな若手俳優風のイケメンだった。
「あ! ねえ、君。フイヤード男爵令息って、どこにいるか分かるかな?」
「……レオナール=ジェルマン=フイヤード?」
戦隊レッド風イケメンはちょっとムッとしたように眉をひそめた。
「今日は早退しましたよ」
「えっ」
「お兄様かどなたかの使いがいらしたんです。ご家業の関係で、『手が足りないから戻ってきてくれ』と。あの家系は、武を生業としているし、火属性の魔法にも秀でている。だから、きっと、普通の討伐方法じゃ厄介な魔物だったんでしょう。先生も『早く行ってあげなさい』と、快く送り出していましたよ」
「そうなんだ……? それは大変だな」
俺もしゅんとなる。
王都近郊の魔物掃討は、まあ、王国軍の役目ではあるけど、日本の武士みたいに、それ専属の家系は、一族郎党で進んで協力するというか。
特に、レオナールは攻略対象者な訳だから、学園では留年してても、その辺のモブ兵士よりは強いはずだ。つまりは、授業中でも、そういうので不意に駆り出されるのは仕方ないのかな、と俺は思った。
しかして、戦隊レッド風イケメンは、
「彼に何か?」
と、訝しがるや、
「――というよりも、王太子殿下があんな粗暴者と親しくされてるなんて。意外でしたね」
と、どこか腑に落ちない様子だった。
「あ。いや。僕は別に彼と親しいという訳では……」
「……へーえ?」
ちょっとピリッと意地が悪い目つきをする。
(何だ? こいつ。レオナールってよりも、むしろ、王太子のこと馬鹿にしてるみたい)
朱に交われば赤くなる、じゃないけど、落伍者に付き合う奴は、王族だろーが無能、って偏見?
なんか、めっちゃモヤるけど。
ただ、生徒会の連中も「関わるな」っつってたから、そういう目もあるのかもしれない。
(距離感バカなレオナールも大概だけど、俺、この手のヤツもちょい苦手かも)
とかって、即座に気分を害した素振りをすると、余裕ないヤツに見えるから、それも「王太子として、どうよ?」なカンジ。
それで、俺も気づかなかったフリをして、にこりと微笑んだ。
「だったら、これ、君から彼に渡しておいてくれないかな? たぶん、彼の忘れ物なんだけど」
俺は硬式野球のボールを戦隊レッド風イケメンに手渡す。
「忘れ物……」
戦隊レッド風イケメンは、じいっと未知のボールを見下ろして、また、ちろっと、うろんな目で俺を見る。
「わかりました。では、これは、私から渡しておきます」
明らかに事務的な返事で、戦隊レッド風イケメンはニコと笑う。けど、その双眸は笑ってなかった。
とはいえ、そこツッコむのもアレだから、俺も王太子スマイルで返した。
「Merci beaucoup.(=どうも、ありがとう)」
御礼を言ったものの、俺は、ふと「そういや、名前も知らん人に言づけるのもな」って思った。
声掛けた時に、向こうから「王太子殿下」って呼んできたから、俺も、ついついナチュラルに名乗るのスルーしちゃったんだ。
「あ、そうだ。君。Je suis désolé.(=ごめんなさい)僕、君に名乗り忘れていたよね? 改めてだけど、僕は――」
「リシャール=ロロ=フェルディナン=ド=シュヴァリエ様。リシャール王太子殿下ですよね? 存じてますよ。だって、あなた、入学式で壇上でご挨拶なさったじゃないですか」
言われて、「そういや、そうだった」と自分自身のうっかり具合にしょぼんとなった。
俺が知らなくても、大半の連中は、王太子のことを知ってる。考えてみれば、それで、レオナールにも初見で「オウジサマ」呼ばわりされたんだ。
とはいえ、この階級社会では、身分が上位→下位の順で名乗らなきゃいけないのに。
明らかに上位の俺がきちんと名乗る瞬間に遮って、いきなり王太子に名前を確認してくるあたり、コイツもどうなんだ? っつーか、それって、完全にマナー違反だよな??




