第2章 17_続・赤ツンツン頭と俺 (挿絵_05)
いよいよ、居ても立ってもいられなくなった俺は、サッと2人の間に躍り出て、
――――パシッ!!
と、その振り下ろされるバットを受け止めた。
「――ッ!?」
レオナールは目を剥いた。
ニルスも「あ」とうろたえる。
「王子……」
俺は、ニルスへ向けて、いたわるように口元を綻ばせ、首を横に振る。
「もう充分だよ。それよりゴメンね。こんな王太子のために。Merci mille fois !(=本当にありがとう!)」
ニルスは、戸惑う顔で「は、はい……」と気後れし、王太子の意を酌んで、おとなしく後退する。
俺は無言でつかんだバットをグッと押し返し、じろとレオナールを睨みつけた。
レオナールは、反射的に「お」とたじろぎ、すごすごとバットを下ろす。
俺は、ふう、と溜息をついた。
そして、ニコと、如何にも王太子らしく麗しく微笑んでみせる。
「フイヤード君。君の考えは実に興味深いよ。
でも、こちらにも色々と事情があってね。僕は、王太子だから、特定の者ばかり贔屓には出来ないんだ。だから、すぐには君の期待に応えられないと思う。
だけれど、まあ、とりあえず、僕に出来る範囲のことで前向きに検討してみるから。今日のところは、この辺で容赦してくれないかな?」
ピリリと言うと、向こうもカチンときたみたいだった。
「……ハッ! 『前向きに検討』ねえ……。いかにも、お偉いさんが使う常套句っつーかァ」
「そうだね! 僕もそう思うよ」
鼻で笑うレオナールに、俺も負けじとニッと笑った。
「だけど」
一転、カッと目を見開き、その形相を憤怒に変えた。
「さっきの君の言動は、どうもいただけない。もし、君に、王太子へ友情を求める意思があるなら。君はニルスに対しても同様の礼節をとるべきだった。だって、彼は、僕の乳兄弟であり、大切な友人なんだから。たかだかServiteur(=従僕)だからといって、そんな風に君に軽んじられるほど、彼は劣った人間でないんだ」
俺が断言すると、ギクッと、レオナールは身をすくめ、気圧されてるみたいだった。そのまま、気まずそうに、チラと、俺の後ろでうなだれるニルスに目を遣る。
俺は、おもむろに胸に手を当て、揺るぎないまなざしで厳かに告げた。
「そう。こう見えても彼は――ニルスは、とても優秀でね。確かに魔力は、僕ら同輩より乏しいかもしれないが、この学園に入るに際して、それに足る知識・作法は改めて学んだ。入試とは別枠で、一応、筆記のみの魔術師協会推薦の検定試験等も受けて、その勉強の成果を測ったりもしたんだ。結果は、ほぼほぼ満点に近い成績がとれていたよ」
お世辞でも何でもなく事実だった。
それは、単にニルスが頑張ったってのもあるけど、それ以上に、兄貴のクロードが「どこに出しても恥ずかしくない弟」にしようと、仕事の合間に、躍起になって熱血指導して、そのレベルまで引き上げた感じ。
「実際、彼は、魔力を使った実技はダメでも、座学では、きちんと他生徒に劣らぬ成果を出しているし、苦手な勉学を疎かにすることもない。王太子のために、常に周囲にantenne(=アンテナ)を張り巡らせて、日々、僕が快適に過ごせるよう、気を配ってくれているんだ」
だからこそ、俺は、サファイアの瞳に烈火の怒りを滲ませ、ひとしきり、ジッと圧する視線をレオナールに向けた。
レオナールもゴクリと息を呑む。
そうして、俺は、フッと、憐れむように微笑んだ。
「二度も同じ学習を修めなければならない君には、承服し難い事柄もあるかもしれないけれど。ニルスだけが特別な訳じゃない。
彼もまた、僕等と同じ。れっきとした、この学園の生徒だよ。
なのに、そんな律儀で健気な彼のことを、そう一方的な印象で、悪く言わないでもらいたいな。というよりも、誰よりも他人に蔑まれる苦しみを知る君が、ニルスを同じく罵るのは、何か違うんじゃないかな」
「――っ!?」
ややもすると、レオは「……」とばつが悪い顔になる。
「王子……!」
ニルスは目を輝かせて、けれど、どこか申し訳なさそうに、しんしんと感じ入っていた。
俺は、一旦すうと深呼吸して、ただただ真摯に言葉を紡ぐ。
「レオナール=ジェルマン=フイヤード君。
君は、たいそうまっすぐな少年のようだから、たぶん、何が最も尊くて、真に美しく価値あるものか、正しく違いが分かる人なんだろうね。だって、今回の模試でも、しっかり学年1位を獲ったんだもの。
そして、苦労人である君なら。
そんな風にいきがって、自ら茨の鎧に身を包まなくても。もっと弱者に寄り添い、おおらかに接することが出来るんじゃないかい?
その方が、君は魅力ある素敵な漢だと皆が称賛するだろうし、君なら、きっとそうなれると僕も信じている。だから、僕は、そんな君となら、この先、良き友人になりたいと思うよ」
一挙に畳みかけた後、俺はにっこり微笑んだ。
「……如何かな?」
レオナールは絶句し、ニルスはひたすら感動していた。
(シャッ! どうにか『っぽく』なった!!)
俺は胸三寸で会心のガッツポーズをした。
だって、それが、前世と今世(1周目)で得た経験知識をフル動員して、なんとか捻りだした、俺の王太子らしい美学というか、品格のつもりだったから。
やがて、レオナールは、ほんのり頬を赤らめ、まごまごしながら、「ハ」と照れ笑う。
「――『漢』と書いて『オトコ』と読む、ってかい?」
王太子は「ん?」と、一瞬だけ、目が点になった。
発音的には同じだけど、この言い方は間違いなく漢字のヤツだ。
「少年漫画あるある」な訊き返しに、俺は「これ、どう反応するのが正解?」と、王太子スマイルを維持しつつも、心の中でだけ冷や汗を垂らす。
ニルスに至っては、漢字とかルビとかの概念がないから、ぽかーん、だ。
レオナールはプッと吹き出し、たちどころに、クククッ! と笑い出す。
「うっわ。ヤッベ。こんなテンション上がったの、何年ぶりだよ!
つか、いーじゃん、いーじゃん、王子様!
アンタ、もっとスカした野郎かと思ったけど、割にオモシレーやつじゃん!
気に入ったぜ!!」
(オモシレーやつ!?)
俺はギョッと目を剥く。
(つーか、ソレ、めっちゃ漫画とかで出てくるヤツ!)
俺は内心アワワとなったが、レオナールは気にならない様子だった。
「いや。俺、最初は、野球のためだけに、アンタにゴマすろうかと思ってたんだけどさー、なんか、やっぱ、そんだけじゃもったいねーわ。
てか、俺、ガチでアンタと友達になりてー。もうちょい時間かけて、俺、全力で、アンタのこと神推しするわ」
「カ……、カミオシッ!?」
俺は瞬時にゾッとした。
すると、レオナールは、これに、はにかんだというか、ちょっと拗ねた顔をする。
「ンだよ? 男が男に惚れて、何が悪いんだよ??
あ。言っとくけど、BLじゃねーぜ! 完全硬派なヤツの方。ヤンキー漫画や極道モンで見るヤツな!!
で。俺、アンタが、俺の友達になって、チームメイトになってくれるまで、ちゃんと適切な距離とるからさ! そんなら文句ねえんだろ?」
ニカッと白い歯を剥き、レオナールはキラキラ笑顔になった。
たちまち、俺はゴッとドス黒い突風を受けたみたいになった。
(BLて! つか、ヤンキーとか、極道とか、おまえ、いつ時代の人よ!?)
そんなん、もう絶対、現代日本人な転生者じゃなきゃ、出てこんフレーズだわ!
案の定、ニルスは大量に疑問符浮かべてつぶやいた。
「……び、びーえる? って、何ですか……??」
いや、これちょっと、俺には説明ムリ!
よりによって、ソコんとこに食いつかないでっ!!
「て、適切な距離……? う、ううううううんっ、ま、まあ……そうだね……」
トホホな感じで俺がつぶやくと、レオナールは、
「シャッ! 流石はリッシーッ!! マジで俺、頑張るわ!!」
むん、と拳を固く握るも、
(つーか、早速、渾名呼びになってるじゃんっ!?)
と、俺はまたまたドン引きした。
イヤイヤ。確かに、俺も「良き友人になりたい」って言ったけどさ。
俺のは、リップサービスな訳で。
実際には「……なれるかも?」なレベル止まりだし。元ゲーオタ運動音痴な俺は、お前みたいなスポ根オラオラ系、苦手だっつの!
(こいつ、ヤベェ。BLじゃなくても、いちいちツッコむのも疲れんな……)
俺は引き攣る面持ちでハハハと口元だけ笑っていると、やがて、ゴーン、ゴーンと、本日の下校の鐘が鳴った。
レオナールも「おっ!」と耳を澄まして気を取り直す。
「んじゃー。俺、帰るわ」
「……えっ? ああ……うん……」
俺が無意識に「バイバイ」な感じで手を振ってしまうと、レオナールはパァッと明るい顔をした。そうして、
「おう! これからヨロシクなっ。イケメン王子様っ♪」
と、ピース敬礼でテヘペロ、バチコンッ☆とウインクした。
「ヒッ!」
俺はゾワワッと鳥肌が立った。
男のクセに、なんだかカワイく見せようとしている気がして、完全に「何? こいつ」なカンジ。
(やっぱ、めっちゃ、軽ッ! あんだけオラついたの、プラマイゼロにしたかったからっ? そんで、何!? 俺、ヒーローなのに、なんか攻略対象者オトシましたかの、地味な達成感!!)
俺はピシッと固まったものの、ニルスは、
「わあっ。流石ですっ、王子!」
と、不良(?)を難なくいなした王太子に普通に感激していた。
(ソコ、感激しなくてイイから!)
俺は心中「ひーんっ」と泣きながら、だんだん頭が痛くなってくる。
ほどなく、レオナールは硬式ボールをひょいっと拾うなり、
「じゃあなーっ♪」
と、ブンブン手を振って、バット片手に意気揚々として、中庭の植栽迷路の彼方へ消えていった。




