第2章 16_転生者?
初対面でニックネーム呼びとか失礼だと思うけど、だからって、この階級社会、いきなりファースト・ネーム〔敬称なし〕も失礼だから、「変な勘違いされると困る」と思って、俺は、この距離感バカな赤ツンツン頭とは、やっぱりきちんと線引きしようと思った。
「ごめんね。フイヤード君。僕、立場上、誰にでもprénom(=名前)を許す訳にはいかないんだ。君とは初対面だし。僕等がそうなるには、もう少し、お互いをよく知ってからでないと。だから、本当に申し訳ないけれど。それは丁重にお断りさせて頂くよ。もちろん、君が主宰する部活動のお誘いもね」
眉をハの字に下げて慎み深く、けれど、王太子オーラばりばりに、ふわりと俺は苦笑する。対するレオナールは、きょとんとして、まったく反論してこなかった。
(――決まった!)
俺はそう考え、
「さ。行こうか、ニルス」
と、ニルスに声掛けして、そそくさとレオナールに背を向けた。
そのまま、そこから立ち去ってしまおうと思ったんだ。
すると、レオナールは、クッと小さく自嘲めいた笑いを浮かべた。
「……俺だって、好きで男爵令息とかになった訳じゃねーわ。……ちょっと親ガチャ成功したからって、お高く留まってんじゃねーよ、クソが! これだから、お貴族様ってのはよー……。つーか、ホントなら、俺だって、ゆくゆくは、プロ野球選手だ、メジャー・リーガーだ、っつって、今もあっちで野球、頑張ってるはずだったんだ。それを――。こんなワケワカラン場所で、こんなワケワカラン貴族とか、やりたかねーっつの!!」
フツフツとしたたかに恨みつらみの籠ったつぶやきが聞こえた、――気がした。
(え?)
俺も困惑して、帰りかけた足を止める。
すると――。
スタタッと、即座にレオナールは俺らの前に回り込んできて、バッと俺らの行く手を阻んだ。
(まさか実力行使!? 俺ら殴られるっ??)
俺は無意識に、ぐぐっと、ニルスを後ろへ押し遣った。
いや、立場的には、従僕が主人を守らなきゃなんだけど。
不意に「王太子の余計な王族マウントの所為で、代わりにニルスが殴られるのはちょっと……」って感じちゃったんだ。
しかして、猛獣のような眼光を王太子主従に向けていたレオナールは、ただちに、ニッ! とバカみたいに人懐っこく破顔した。
「ごめんっ!」
「――は?」
「ホント悪かったよ! 俺、ちょい焦りすぎたっつーかァ。なんか、アンタなら分かってくれる、って思っちゃったからさーっ。だから、頼む!」
パンパンッ! と顔の前で両手合わせて、
「うちの部、入ってくれ!!」
とかって、めっちゃ王太子に向かって拝み倒すカンジ。
(……えっと)
俺は言葉を失って固まった。
もちろん、ニルスも戸惑ってるみたいだった。
それどころか、レオナールは、
「てかさー、アンタ、ゼッタイ、野球のコト知ってるよな? なっ??」
と、不躾に俺の両肩をつかみ、ガクガク前後に揺さ振ってくる。
「あ。えっと。ちょっと……」
「よっ、大天才! 流石は王子様! 国一番の色男っ!!」
あんなオラついていたのが嘘のよう。
レオナールは、めっちゃ王太子にヨイショする。
(さっきのって、俺の空耳かな……?)
俺は怪訝に眉をひそめつつも、その必死さがなんだか可哀想になってきた。
なので、ついつい、俺がされるがままになっていると、レオナールは、
「だからさー、頼むから、うちの部入ってよーっ! つーか、王子様が入ってくれりゃ、絶対、他の連中もガンガン入ってくると思うし。きっと、カワイイ女子マネ希望者も殺到するから!!」
ドヤァ! サムズアップする。
イヤッ! なんつー勧誘文句よ!!
てか、そもそも、一国の王太子つかまえて、客寄せパンダにするなっつのっ!
(カワイイ『女子マネージャー』って響きは、前世男子高生的にトゥンク♡しちゃったけど!)
「ごめん。だから、僕――」
笑顔崩さず、俺が断ろうとすると、
とうとう堪りかねたニルスが、ずずいっと主人の前に出て、
「入りませんって!」
と、ギッとレオナールを睨みつけた。
「だいたい、さっきから、何なんですかっ? 君っ! 王子に対して、馴れ馴れしすぎますよっ!! 同級生どころか、上級生だって、王子には、お気を遣われるんですからっ。ましてや、王子を使って部員集めをしようだなんて。不届き千万っ! 不敬罪で訴えますよっ」
ガルルと吠えるかの如くガチギレる。まあ、正論だけど。
それに一気にテンションだだ下がったレオナールは、一瞬、目を白黒させたものの、すぐに虚無面になって、
「……ウゼッ!」
と、冷たく吐き捨てた。
まもなく「ハァー」と溜息をつき、「やれやれ」といった感じに肩をすくめた。
「やだねー。キャンキャン吠えまくる忠犬ワンコは」
「……なっ!」
反論したニルスを、逆ギレしたレオナールはつっけんどんに見下ろした。
「不敬罪で訴える? ハッ! 上等だぜっ。こちとら、何度も戦場で死にかかってねえっつの!!」
その目は怒りで爛々と燃えていた。
「つーか、その制服。オマケ入学? 金魚のフンかよ! いーよなァ。試験受けなくても入れる、王子様の腰巾着は! 俺なんか、親父や兄貴らの御供で身体張って、お国のためにモンスター討伐したのに。その時のケガが元でちょいと単位取りこぼしちまったら、進級剥奪されて、むしろ『結果残せなかったお前が悪い』みたいによォ」
言うや、レオナールは持っていたバットで、トントンと、ニルスの肩を叩いて詰め寄る。
「金魚のフンならフンらしく、王子様の陰に隠れてすっこんでろよ!」
「あ……。う……」
ニルスはうろたえ、閉口しながら、後ずさりする。
いきりたったレオナールは感情のタガが外れたように叫んだ。
「いーかっ!? 俺はな! 後ろ指さされるよーなこたァ、なぁーんもしてねーんだ! てめえらと違って、俺はデキるヤツだからなっ!! それを【掃除屋】だの【落伍者】だのほざきやがって!」
「そういう連中がくっそウゼェから、俺はテストでギャフンといわせてやったんだろォがっ!! なのに、『レオナールに関わると馬鹿が伝染る』とか、大ボラぬかしやがって。果ては、野球のことまで馬鹿にされるとか冗談じゃねーぜっ!」
「お陰で部員は集まらねーしっ。だから、こっちがカネ出してでも、まずは、どんなスポーツか知ってもらえりゃ、案外イケんじゃね? って、頑張ってみたのに。どいつもこいつもやる気がねえ」
出だしはアレだったけど。
レオナールの長々とした独白に、王太子は深く胸がえぐられた。
――こいつ、こんな底抜けに根明そうな陽キャっぽくても苦労してんだな、って。
だったら、レオナールからすれば、2等生でも簡単に入学できたニルスにムカついて仕方なかったのかもしれない。とはいえ――、
(ソレ、本人の前で言う? むしろ、『普通に努力してる皆に悪いな』って、一番気にしてるの、ニルスなのにっ!)
と、俺は腹が立って仕方がなかった。
果たして、すっかり燃料投下されたレオナールは、たまりに溜まった鬱憤が爆発したらしかった。
「――ったくよう。ぬゎーにが貴族だっ、有産市民だっ! お前ら全員、ただのマウントくそ野郎じゃねーかっ!!」
などと、派手にキレ散らかす。
一方、我慢強いニルスは、言われっ放しでも、すぐには噛みつかなかった。
「そ、それでも!」
つと、意を決したように叫ぶ。
「君の王子に対する振る舞いは度を越してます! ぼくは従僕だから何を言われても構いませんけどっ。ぼくは、従僕のお役目として、断固として王子をお守りします!!」
(……ニルス!)
俺は素直にジーンときたが、
天邪鬼なレオナールは、「へっ」と小馬鹿にしたように嗤った。
「王子、王子、うっせーんだよ!」
乱暴に言い放った後、
「だから、てめえは金魚のフンなんだろーがよォッ!!」
と、トントントントンッと、さらに、バットでニルスの肩を叩きまくる。
ニルスは「……ウッ!」と呻いたが、拳をぎゅっと固く握り締め、プルプル震えながらも耐えていた。ただ、その目はちょっと潤んでいた。(カワイソウ……!)
かたや、激昂したレオナールは、そんなのお構いなしに怒鳴り続ける。
「だいたい、てめえの主人も主人だ。野球、知ってるくせに知らん顔しやがって。
つーか、次期国王様なら、困ってる民に優しく手を差し伸べるもんじゃねーの?」
「ってか、俺は、野球で、清々しくフィジカル鍛えて、純粋に試合楽しんだ上で、達成感とか、公正で互いにリスペクト忘れない、健全な精神育みたいワケッ!」
「そんで、こんな欺瞞と虚飾と損得勘定てんこ盛り、ア痛タタでクソッタレな格差社会の垣根なんざ、ブッ壊してやんぜ、って! 俺、ガチで期待してるワケ! 分かるっ!?」
言い切るペリドットの瞳は、もはや、怒りと情熱がない交ぜになって、明々と燃え滾っているようだった。
(いやこれ。口撃対象がニルスから王太子に代わったのは、まあ別にいいとして。なんか、途中から、かなり乱暴な『野球やろーぜ!』になってない?)
そのオラつき具合は、相変わらずイラッときたけど、その言葉には、俺も、ずしんと感心した。
だって、スポーツマンシップって、本来、平等な社会の中にあって、競技に「政治持ち込むな」だし。
「コイツ、言ってるコトとやってるコト、めちゃくちゃだけど、割にマトモじゃん」って。
そんで、めっちゃ、リアル地球の現代日本人っぽいメンタル――。
こんなコト言うと、サブカル的メタ発言なアレかもだけど。
(……転生者かな?)
だから、あんまり関わりたくはなかったけど。
俺がレオナールを完全に拒否るのは、時期尚早かもしれない。




