第2章 15_赤ツンツン頭と俺
(いやいや。ちょっと待て。なんで、この世界にこんなボールがあんの!?)
すっかり度肝抜かれた俺は、アワワと地味にガクブルした。
だって、そこに転がってるボールときたら。
その色、そのツヤ、その形状。
はたまた質感まで、ガチで現代の硬式野球のヤツとまんま一緒。
つーか、何? この再現度。
違いがあるとすれば、メーカーのロゴとか印刷されてないぐらいか。
俺らの目の前までやってきた赤ツンツン頭は、朗らかに笑った。
「いっやー、部員勧誘の実演のために、1000本ノックしようと思ったら、めっちゃ飛びすぎちゃってさー」
「1000本ノック!?」
俺は思わず「ヒッ!」と小さい悲鳴が出た。
しかして、赤ツンツン頭は気にしない。
「おう! さっすが、俺! なんつって!!」
サムズアップでここぞとドヤる。八重歯目立つ白い歯をニカッと剥いて、キラーンッとハミガキ粉のCMみたいに光るのが、ちょみっと腹立つ。
(いっや、軽ッ!?)
とはいえ、野球やってるってコトは、こいつが、件のレオナールだよな?
言うほど不良な感じはしないが、明らかにゴーイング・マイ・ウェイな、この赤ツンツン頭に、俺はソッコーげんなりした。
(つーか、デモでいきなり1000本ノックって! それ、どこの鬼コーチよっ!? 野球も知らん『エトラリ』住人に、初端からかますトレーニングじゃねぇぇぇっ!!)
そんな言葉が俺の喉から出かかったが、「こいつヤベェ」な空気がビンビンすぎて、俺は必死にこらえた。俺は、気絶するニルスへの治癒魔法を維持したまま、
「へ、へえ……? ノックってことは、部員、3人くらいは集まったの??」
と、蒼い顔で、ニコ、と空々しい笑みで尋ねた。
――だって、「ノック」するには、
投げる人、打つ人、捕る人、1人ずつ。
最低、それだけの人数は要るよな?
果たして、赤ツンツン頭は、
「いっやー。全っ然っ! ダメダメだなーっ」
と、カンラカンラと笑って、バット持ってない方の手をひらひらさせる。
(ウワー。なんかムカツクー)
そう俺がピクと目尻を引き攣らせると、
赤ツンツン頭はなんとも不満げに口を尖らせ、
「今回は、俺が自腹切って、臨時のバイト(?)みたいな感じで、平民出身の新入生、付き合わせてんだけどさー。どいつもこいつもグラブ使っての捕球がいまいちで。送球も当然すっぽ抜けるし、バッティングなんて空振りばっかよ」
と、さらっと協力者らをディスっていた。
(バイトッ!?)
俺は、ガガンッと白目を剥きそうになった。
(いや、バイトて! そんなん、もはや、部活じゃねーじゃんかっ!!)
なんかもう開いた口が塞がらない。
なのに、この傍若無人な赤ツンツン頭は、それを気にするどころか、
「せっかく、ウチがご贔屓にしてる職人にめっちゃ頼み込んで、他の仕事の合間に、野球道具一式、わざわざ18人分作ってもらったのによォ。これじゃ、ピッカピカのバットもグラブも泣いてるっつーの! せっかくのボール1ダースも台無しじゃんっ!!」
とかって、若干、被害者ぶって、ひとりでプウとむくれていた。
俺は「え」と目が点になる。
(18人分っ!!? 1ダースっ!??)
はっきりいって、ゾッとした。
だって、イヤコレ。君、さして資産もない軍人の家系なんでしょ?
なのに、そんなモン(っつーとアレだけど)に散財するとか、フツーにありえんし。
(つーか、その頼まれた職人さんが不憫すぎる……)
そもそも、手作業で、いきなりバットとグラブ18人分とか狂ってる。
プラス、さらに手間暇かかる、ボール1ダースとかもあるし。
たぶん、その職人さんは、野球とか知らねーだろうに。
唐突に、「作ってくれ」っつったって、まずはソレを理解してもらうのが大変だし。向こうからすりゃ、間違いなく「余計な仕事増やすんじゃねーよっ」ってなるヤツ。そんなん、仮に頼み込むにしても、せめて自分1人分のだけで我慢しろっての!!
(……。うわ、やっべぇ。俺、レオナール、嫌いかも)
冷然と思ったが、すぐに
「そ……そうなんだ? それは残念だったね……」
と、ハハハと笑ってみせた。ガッツリ愛想笑い。
赤ツンツン頭は、目をぱちくりさせて、「ん?」と眉をひそめた。
「……てか、あれ?? 何? アンタ、ノックが何か知ってんだ……」
言われ、俺もようやく自分の失言に気がついた。
(ヤッベッ!)
ハッとした俺は、無意識に口元を手で隠しながら
「あ……、いや……、それは、あの……」
と、わたわたとうろたえた。
かたや、赤ツンツン頭は、「……むぅーん?」とメンチ切るくらい、俺の顔に顔面接近させて、怪訝な様子で首を傾げる。
「……アンタ。なんか、どっかで見たコトある顔だな?」
俺は、ギックゥ! と身を竦めた。
反射的に慌てて、サッと横を向く。
(そりゃそーでしょうともっ! だって、俺、入学式でスピーチしたもんっ。在校生席か、新入生席か、どっちか分かんねえけど、あの場に居たら、絶対、王太子の顔、見たことあるわっ)
一方、赤ツンツン頭は、なおも疑り深いまなざしで、
「なんつーか……そう、めっちゃ人いるトコで最近見たよーな……」
とか、ブツブツ言ってる。
俺はビクビクしながら、「気づくなよ……気づくなよ……」と、必死に知らん顔をしていた。
すると、不意に、「ふへっ??」と、涎垂らしたアホ面で気絶してたニルスが、ぱちりと目を醒ました。
「す、すすすすすみませんっ……、王子っ……!!」
身を起こすや、ニルスは俺に向かってペコペコ平謝りする。
(うそーんっ! こっちのが言っちゃったァ――――ッ!!)
俺はめっさ泣きたくなった。
いや、ニルスは悪くないんだけどさっ。
たちまち、赤ツンツン頭もはたとして、
「オウジ?」
と、ぐぐっと王太子の顔を覗き込み、
「あっ!」
と、ようやくピーンッとキたみたいに、すんげー目をキラキラさせた。
「そっかー! そっかそっかっ! あの入学式の!!」
ほくほくと笑う。
はい、完全にバレましたー。(逃げたい!)
その笑顔はたいそう人懐っこさが滲み出ていたが、俺には、最強の金ヅル見つけてテンション爆上がったヤンキーに見えた。
(……あーあ。こいつ絶対ヤベェから、どっか適当なトコでごまかして、とっととトンズラしようと思ってたのに!)
俺は、心の中で青い顔しながら、外面だけはひたすら、ハハハと、めっちゃビジネスな王太子スマイルをする。
(身分的には王太子のが上なんだけど。こいつ、そういうの気にしなさそうだし。変なインネンつけられたらどうしよう……)
しかして、赤ツンツン頭は、まったく上機嫌で、
「アンタ、女子どもに大人気の、あのイケメン王子様かっ!」
と、ワハハと豪快なバカ笑いをして、俺の背をバンバン叩く。
「ヒッ!」
俺は小さく短い悲鳴を上げた。
(ヤバい。カツアゲされるっ……!?)
なのに、この赤ツンツン頭ときたら。
「んだよーっ、それならそうと、早く言ってくれりゃ良かったのにィーっ!!」
ますます、バンバン俺の背中を叩いたかと思うと、にわかに、
「――ってなワケで。ウチの部入ってくれ。オウジサマ!」
と、ビシッと親指を立てる。
ニッと笑う白い歯がまたキラーンッと光る。
(うわ。ソッチかよッッッ!?)
俺はアワアワ狼狽した。
「ちょっと! 君っ!!」
ニルスがキッと目を吊り上げる。
サッと王太子と赤ツンツン頭の間にずずいっと割って入ってきて、ニルスは必死に主人をその背に庇った。
「仮にも、王太子殿下に対してっ……ご不敬すぎますよっ! 弁えてください!!」
「……はァ?」
赤ツンツン頭は、分かりやすいほどチッと舌打ちする。
「つーか、ここ、学校じゃん。で、俺ら、同級生だし? なんなら、留年してるから、俺のが王子様より1コ年上なんだけど??」
半眼で言う赤ツンツン頭は、ばちくそオラつき、ニルスにガン飛ばして居直っている。その迫力は明らかに狂犬っぽい感じ。これは下手するとニルスが酷い目遭うかも。
そこで、俺は、はあ、と溜息をついた後、
「いいよ、ニルス」
と、ニルスを下がらせる。
「あ」
ニルスもしゅんとして、すごすごと主人の指示に従う。
それに赤ツンツン頭も「お?」という顔をした。
俺は、意を決して胸を張り、ずいっと、このチャラくてうぇ~いな赤ツンツン頭に対峙した。
「…………」
(クソッ。俺のが身長低いじゃんっ! コイツ、18歳のリシャールとおんなじくらいか、それよりちょい高い? ムカツクわー)
「……へーえ?」
赤ツンツン頭は、興味津々といった感じに、じいっと王太子を見下ろしていた。
だからといって、俺は王太子だし、こんな奴なんかに舐められたくない。
俺はすうと息を整えた。
そうして、一旦、ギロと威嚇するような睥睨を見せておいてから、
「ごめんね。僕も少し驚いてしまって」
フッと柔和に、非の打ちどころのない王太子スマイルを披露する。
「誰しも挨拶は基本なのに。自己紹介がすっかり遅れてしまったよね?」
ただちに、スッと、握手求めるように手を差し出した。
「お? おう……」
赤ツンツン頭は、ちょっと気後れしながらも、「ども」と、俺の手を握り返してくる。
(あれれ? こいつ、意外に素直だな)
俺もついつい驚いた。
――が、これしきで油断はしないけど。
ともあれ、完全王太子モードに入った俺は、臆することなく、堂々としていた。
「僕は、サンクレール王国王太子、リシャール=ロロ=フェルディナン=ド=シュヴァリエ」
「君は――?」
にこやかに告げる。
「!」
赤ツンツン頭もパアッと顔を輝かせた。
途端に、悦に入ったような笑みをして、
「おう! 俺は、サンクレール王国陸軍、第5大隊少佐ガエル=フイヤードの三男、レオナール=ジェルマン=フイヤードだ!! あ、ジェルマンってのは、ひい爺さんからもらったミドルネームな」
と、豪快に笑った。めっちゃ自信に満ちたドヤ顔。
(いや。ひい爺さん由来とか。今、そんな情報いらんわ)
俺は胸中スンとしたけど。
とりあえず、お面はっつけたみたいに、お手本のような笑顔だけは保つ。
しかして、調子こいたレオナールは、こっちの手が痛くなるくらいに握手をブンブン振って、ものすんげー嬉しそうに言った。
「てな訳で、俺のことは『レオ』って呼んでくれていーぜっ! よろしくなっ、『リッシー』!!」
(リ、リッシー??)
俺はギョッとした。
てか、俺、次期王位継承者な王族なんですケド?
それなのに、名前すっとばして、ニックネーム(?)呼びとか。
マジでこいつ何なんっ?
最初くらい、もっと謙虚にするのが普通じゃねーの??




