第2章 14_偶然か、必然か
(なんつー偶然だ。もはや、嫌な予感しかしねェ)
軽くピリとした頭痛を覚え、俺はこめかみを指で押さえながら、溜息をつく。
そういや、ニルスは王太子の従僕っつっても、ずっと俺と一緒にいる訳じゃねーもんな。同級生でも、あくまでも、使用人の延長みたいなもんだから、一定の身分以上じゃないと出入りできないところは、俺から離れていることもあったんだ。
しかして、紳士会の方は、基本的には、身分制限のない男子生徒オンリーのサロンだ。平民で2等枠のニルスでも普通に入ることが出来る。
ただし、その入会システムは、京都の「一見さんお断り」に似ている。
つまりは、既に、会員になっている人からの紹介がないと入れない訳だが。
だから、俺なんか、むしろ入りたくなかったから、ガン無視してたのに。
したら、なんか向こうから勝手に声掛けてきたんだ。俺が王太子だから。
それで、俺が公務と生徒会で忙しいのを理由に断ったら、「じゃあ、モラン君だけでも」って、あっちに押し切られちゃったっつーか。
だって、ニルスは、仮に王太子にくっついてても、生徒会のメンバーにはなれないから。連中に「殿下が生徒会にいらっしゃる時は、君、手持無沙汰だろ?」って言われて、反論できなかったんだ。
「でも、よくそれだけの聞き込みできたね。そいつ、紳士会でも相当な嫌われ者だったんでしょ? なんか、変な目で見られたり、悪口とか嫌がらせとかされなかった??」
俺が案じるように尋ねると、
「あ。それは無いです!」
と、ニルスは、にぱっと笑った。
「ぼく、お偉方の反応と対処法は、散々心得てますし。王子の乳兄弟で従僕だから、むしろ、引く手数多に声かけられましたよ。たぶん、みんな、王子と太い繋がり持ちたいんでしょうね。その方が、将来的に出世できるかもしれない訳ですから」
「そ、そっか……」
俺は、ほっとしたものの、逆にニルスが、紳士会の連中に変なお願い事されてないか、心配になってしまった。
(けど、攻略対象者なら、1周目の時もいたはずだよな? なのに、2周目は、学年1位とか。なんで、急激に存在感が出てきてんだ??)
俺は、眉を顰め、腕を組み、「うーん……」と考える。
このループで、もし、ストーリーに大幅改変があるなら、その原因は、色々な可能性が考えられる。
それは、まず、メインヒーローなリシャールが、ヒロイン以外と結ばれるかもしれないこと。
俺は、じっと右手薬指に嵌まった黒色銅金斑の指輪を見る。
(この【混沌の盟約】が、どこまで影響するのか、未知数だけれど)
今はまったく光っていないので、たぶん、機能してない。
でも、【プロコピオスの鏡】で明らかになったリシャールの現在ステータスからして、この指輪が【ループでペナルティ】を引き起こしてるのは、まず間違いないだろう。
なんだかんだ1周目はあった「っぽい」転生ボーナスのチート補正が無くなるのは、ちとツラいけど。(シナリオ・リシャールきた時にはよく発動してた)
でもでも、俺は、ぶっちゃけ、かまととぶった肉食ヒロインより、ピュアなユノのがイイっていうか。(あのコ、恋愛わかってなさそーだけど)
とかって、やっぱ前世のマサトは青春謳歌できなかったし、今世の1周目だって散々だったから、2周目こそは、俺、「もっとフツーにアオハルしたい!」っつーか。で、オマケにシナリオから解放されるなら、Win-Winで、ダブルにOKだよな? ってカンジ??
けれど、ここへ来て、1周目には、ほぼほぼ絡んでこなかった、他の攻略対象者が急に出てくるとなると――。
(あの入学式の日、またリシャール・ルートになったと思ったんだけど。もしかしたら、俺の知らんところで、今度は、他の攻略対象者・ルートとかになってるのか……?)
それが、件のレオナールになるかどうかは分からない。
そして、なんか、ちょっとモヤるというか、寂しいものもあるけれど。
とはいえ、ヒロインがリシャール以外と結ばれるなら、俺は、もう、シナリオ・スイッチに怯えなくて良い訳で。
(……いや。逆ハーなら、リシャールとレオナール両方って可能性もあんのか。それはそれでなんか嫌だな。システムの所為だとしても、攻略対象者目線なら、ヒロイン、ただのビッチ以外の何者でもないし)
ただ、リシャール以外のルートだと、100%、悪役令嬢が殺害なり事故死なりで死亡してしまう。
幼馴染みとしては、やっぱ放っておけないし、同じシステム被害者として、見て見ぬフリすんのは、同情心が半端ねェ。だから、そこは婚約者で王太子の俺が逐一気にかけて、回避策を模索してあげないと、流石に不憫すぎるよな……。
しかして、その時――。
ゴンッ!!
「ア痛ッ!?」
ベンチに座る俺の眼前に立っていたニルスの目から、イキナリ星が飛び出した。――もとい、何か小さなものが、ものすんげー勢いで空から降ってきて、ニルスの脳天に直撃した。
「ニルスッ!?」
「お……、おーぅじィーっ……ぼくっ、なんだかっ、目が、チカチカ…………っ」
言いかけて、ニルスは、たちまち、バタンきゅー、と倒れた。
「うわっ!?」
俺は蒼褪めてベンチから立ち上がる。
まもなく、気絶するニルスの頭には、なんか、めっちゃ漫画みたいな赤いタンコブがぷうっと膨らんだ。
(いや、ナニコレ。デカすぎんだろ。ガチ頭だし、ちょっとヤバくない!?)
「だ、大丈夫かっ! すぐに回復を……っ」
俺は、倒れるニルスの傍らに腰を下ろして、フォォと、治癒魔法をかける。
ほどなくして、
「ごっめーんっ! ごめんっ!! こっちにボール飛んで来なかったァーっ?」
と、1人の男子学生が駆けて来た。
「え」
俺は目を剥いた。
走ってきたのは、めっちゃラフに制服を着崩して、木製バットを片手に持った、赤ツンツン頭。
同級生? いやいや、上級生??
どっちか分からんが、その身なりとか、橄欖石な三白眼とか、がっつりイキッてる風だし、まじガラ悪そう。
「……ボール?」
俺は眉をひそめて、きょろきょろと辺りを見回すと、ニルスに直撃した飛来物は、確かに小さなボールだった。しかも、前世日本人な俺には、ずいぶん見慣れたタイプのボール。
(マジか――)
バット持ってたから、そんな気はしたけど。
それは、どこからどう見ても、典型的な硬式野球のボールだった。




