第2章 12_生徒会に入った俺(2)―まさかの広告
そんな風に撮影から戻るなり、インタビュー記事の校閲を終えた俺は、編集確認で、またパラパラと、他のページの原稿も眺めていた。
「あ。これ、部活動の広告だね?」
そこにずらりとあったのは、各部ごとで決められたサイズの枠に収められた、宣伝広告だった。文字だけで活動内容と部員募集を謳っているものもあれば、簡単なイラスト付きで色々書いているのもある。
「はい! 掲示板は、使える面積が限られるので、1週間ごとで貼り替えられるよう、順番が決められているんですけど。それだと、入部希望者がいるところのaffiche(=ポスター)がちょうど目に留まらないこともあるじゃないですか」
確かに、学内には、あちこち掲示板があったが、テスト情報、学校行事のお知らせ、学園新聞、等々、あらゆるものを貼り出さないといけないので、全部が全部、部活動に使える訳じゃない。
「ですから、みんな、最初はこの会報を目安にするんですよ」
「へえー」
言われてみれば、一覧で見比べられるのは便利だし、どの部に入るかで迷ってる生徒には心強いよな。
(1周目は悪役令嬢も生徒会にいたから、ずっとシナリオ・リシャールが出張ってて、こういうの、ゆっくり見られなかったんだ)
俺は興味深げに一通り広告を見ていると、或るところで、
ブホッ!
と、噴いてしまった。
「殿下っ!?」
「どうしましたっ??」
書記係らがおろおろする。
「い、いや……、ごめん。ちょっと……」
俺は、バツが悪い思いをしながら、小さくコホンと咳払いし、きちんと表情を王太子らしく端正に戻した後で、どう切り出すべきか惑ってしまう。
だって――。
[野球やろうぜっ! 君こそ、明日の三冠王だっ]
なんて、デカデカと書いた広告がある。
(いや、野球って! しかも、三冠王って!?)
そのあまりにも現代日本らしすぎるフレーズに、俺はめちゃくちゃ戸惑った。
(……お、おかしいな? この世界、確か、ラ・シュールとか、クリケットとか、野球の原型的な球技はあったけど、現代的な野球は無かったはずだぞ??)
頭に疑問符を無数に浮かべ、俺が原稿を見ながら固まっていると、
誘われるように、ひょいと、書記係らも横から覗き込んだ。
「あぁー……」
と、彼等は呆れ果てたように大きな溜息をついた。
「それ、ふざけた落第者の世迷言ですから」
「殿下は関わらない方が良いですよ」
「名ばかりの貴族が粋がってるだけですから」
などと、嫌悪感バリバリに言う。
「落第者??」
俺は、ますます、どうツッコんだらよいか迷った。
聞けば、どうやら、野球部を作りたがってる「彼」は、出席日数と進級点が足りずに留年した、1年生(ホントなら2年生)の男子生徒らしい。
しかも、「彼」は、貴族のはずなのに、「平民みたいな粗暴な口をきく」「素行の悪い」といった相当な鼻つまみ者のようだった。
「正直、みんな、腫れ物に触るように避けていますよ」
「どうせ集まらないんだから。こんな広告、やめればいいのに」
「そうそう! 他に載せたい部の人達が困りますよね」
全員が辟易したような顔つきをしている。
「……で、でも、部活動って、新しく立ち上げるのは、別に禁止されてはいないよね??」
苦笑いのまま、俺は問う。
いや。まあ、俺も、別段、擁護する気なんてサラサラないんだけど――。
ただ、この学園では、どの部活動も、一応、申請書に記入して、しかるべき手続きを踏めば、よほどの問題点が無い限りは承認される。
▼5人未満なら同好会で活動費も部室も無し。
▼5人以上10人未満なら活動費は生徒会から出されるが、さして多くはない。部室が持てるかどうかは、その部の活躍次第。
▼10人以上なら、活動費も部室もありで、おおよそ、いっぱしの部活動として認められる。
しかして、これらの顧問やコーチの有無は、その部の規模や活動状況によって、だいぶ異なるので、一概には言えない。先生でなければ外部の人材となるけど、ここは魔導学園というだけあって、中には、魔法がらみのちょっとファンタジーすぎる特殊な部もあるので、きちんと指導できる人がいない場合もあるんだ。
「そうですけど……。みんなが知らない競技ですし」
「その人、身分も弁えず、我が生徒会にも入ろうとしたんですよ?」
書記係らは口を尖らせる。
生徒会に入れるのは、実家か、四親等以内の親族が、伯爵位以上の爵位を持つ家柄でなければならない。加えて、固有領地・資産を持っていると、なお良い。学年成績も、年間3回以上は、ベスト10入りをしてないといけない。
だから、入学したばかりの1年生は、とりあえず、家柄と入試試験の順位が選定基準になるそうだ。
――が、俺は、王太子だから、問答無用に入らされたようなもんだった。
生徒会活動は、国政のシミュレーションになるから、って理由で。
俺は首を傾げた。
「で……でも、貴族なんだよね? この広告、書いた人……」
「貴族といっても、領地を持たない男爵家ですよ?」
「そうそう。ただのしがない下級武官の御家です」
「掃除屋ですもんね。さしたる武勲も富もありません」
「掃除屋……」
俺は苦笑した。
この【掃除屋】というのは、王都周辺の雑魚モンスターを討伐してくれる下級軍人を嘲って言う呼称だ。
考えてみれば、こういう人達のおかげで自分達は、城砦の内側でのうのうと暮らしていられるのに。
名誉を重んじる上級貴族らには、もっと強い、いわゆるA~SSランク級の敵を倒せるほどの軍人でなければ「騎士を名乗るな」ぐらいの考えでいる世間知らずが幾らかいるんだ。
(……つーか、生徒会の連中、1周目もこんな村八分するようなマウント・ノンデリだったか?)
あんま覚えてないけど。
なんとなく、こっちも1周目より改悪されてる気がする……。
(けど、そっか。領地なし――)
貴族の中には、領地持ちと、爵位のみの者がいる。
領地持ちは、その領地+爵位で呼ばれ、領地に本邸、王都に別邸を持っていて、王都で公務がある時にのみ、別邸に滞在する。
マリエッタの父親である、オルデュラン公爵、宰相ブノワ=ラグランジュなんかは、その最たる例だろう。江戸時代でいうなら、まあ、大名みたいなもんだ。
対して、爵位のみの貴族は、王都に本邸を構えていることがほとんどで、よほど裕福でなければ別邸などの余剰資産はない。文官なり武官なり、王宮に仕えたり、その他、公的機関で働いたりすることで、その生計を立てている。
あの刑務所監察官をしていたギヨーム=コロ―子爵なんかは、こちらに属するといえる。
そうして、こちらは、領地持ち以上にピンからキリまでいるので、江戸時代でいうなら、旗本とか、御家人とかのカテゴリに入るだろう。
(領地ないなら、そんな野球とか出来る規模の家じゃないんじゃね? だって、軍人なら絶対馬いるし。屋敷と厩でほぼほぼ家の敷地、埋まっちゃうじゃん)
俺は「うーん……」と、さらに分からなくなった。
そして、見間違いじゃないかと思って広告を見返すと、やっぱり【野球】と書いてある。
果たして、生徒会の面々が言うには、件の「彼」は、出自と前年度の成績の関係で生徒会に入れなかったので、代わりに【紳士会】の方に入り、現在は部員集めに躍起になっているそうだ。
(紳士会、かあ……。でも、あっちは、生徒会より独特っていうか……、なんか、もっと閉鎖的な感じがするんだよな。王太子は1人っ子で、次期王位継承者ってのは揺るぎないから、そう雑に扱われることはないだろう、とは思うんだけれども)
ニルスが入ってるからアレなんだけど、できれば、王太子は足を踏み入れたくないかも。
「ちなみに、何て人?」
念のため、俺が尋ねると、書記係らは顔を見合わせる。
「……えーと、フェレール?」
「違いますって。確か、フィヨン……?」
「そんな可愛らしい感じじゃないって」
「じゃ、ファーヴル??」
耳にした瞬間、俺は、また、
ブホホッ!
と、噴き出してしまう。
(ファーヴルって!)
イヤ、ごめんっ!!
リアル地球の昆虫学者な有名偉人が、メジャーリーガーなユニフォーム着て、「HA,HA,HA! ヤキュウ、サイコーデースッ!!」って、満面の笑顔で、昆虫ジャングル・パラダイス背景にしょって、バットぶんぶん振り回してる姿、
思わず想像しちゃったわ!
「で、殿下……?」
書記係らには変な顔をされてしまう。
(うわ。不味った!)
そこで、俺はごまかすように、ぎこちなく微笑んで、
「あ。ううん。なんでもない、なんでもない……」
と、手を左右にひらひらさせる。
「と……とにかく、そういう男爵令息がいるってことだね。一応、覚えておくよ」
そう王太子が言うや、
「覚えなくていいですって!」
「殿下は分け隔てなくお優しいんですね」
と、全員がひたすら諫言のまなざしをしていた。
(わー……。なんつーあからさまな身分差別だよ。こんなん目の当たりにすると、底辺貴族に転生すんのと、モブ平民に転生すんのと、どっちがマシだか分からんくなるわ)
そうして、シナリオ・スイッチの恐怖はあっても、王族に転生した俺は、それなりに恵まれているのかもしれない(?)と、一挙に複雑になる。
とかって、王太子は、その双肩にかかる責任がとてつもなく重大なので、たまに、プレッシャーに圧し潰されそうになっちゃうんだけど。
(まあまあ分かってたけど。やっぱ、貴族同士でもこんだけ上下関係あって、平民出身者でも貧富の差がくっきりしてるから、どっちも、王太子が下手に近づくと、いらん派閥争いの火種投下になりそうで恐いわ)
などと、鬱々と考えながら、この日は、平穏無事に過ぎたのだった。




