第2章 10_放送禁止用語?
S・R:
「ああ。これで、もう1つ、学園に通う楽しみが増えたよ」
リシャールは、フンフンと上機嫌で鼻歌を歌って、座席にもたれかかり、車窓を見つめていた。
ニルスは呆気にとられて、ぽかんとアホ面さらす。
クロードは気を取り直して、御者に馬車を出すよう指示を出す。
しかして、天の声な俺は、
(うわ。こっちはこっちでバグかよ)
と、苦虫を噛み潰したようにつぶやいてしまう。
だって、箱馬車に入って、ヒロインとは物理的な距離ができたはずなのに。
どういう訳か、「俺」は、なかなか解放されないんだ。
やがて、箱馬車はカラカラと軽快に走り出す。
大正門を出たところで、ふと、
「兄さん。どうして遅れてきたの?」
と、ニルスが眉をハの字に下げて問うた。
「いや……。私は、時間通り、こちらへ向かったんだが」
困惑ぎみにクロードは答えた。
「この山の林道に入ったところで、何故か、なかなか先に進めなくてな。気づけば、同じところばかり、堂々巡りだ。まるで、邪妖精につままれたようで、訳が分からなかった」
そう全く辟易したように、クロードは肩をすくめてみせるものの、それは、とても嘘をついている風ではなかった。
その上、リシャールのシナリオ・スイッチも、まだまだ働いていた。
S・R:
「この学園は、魔法を取り扱う分、国家機密に近いところもあるからね。当然、敷地にも防護魔法や結界のようなものがある。その中には、侵入者を惑わせるle piège(=罠)もあると聞くから、君は、きっと、運悪く、それに引っ掛かってしまったんだよ」
リシャールが言うと、モラン兄弟は、「なるほど」という素振りで頷いた。
俺も一瞬納得しかけたが、
(――だからって、この状況下で、RPGのダンジョン・トラップによくある感じの、無限ループが発動したりする? 王家の紋章入った馬車で、王太子の侍従が送迎に向かっていたのに)
と、心の中で首を傾げた。
俺としては、むしろ、「ヒロインとリシャールを出逢わせるために」シナリオ・スイッチがクロードの行く手を妨害したんじゃないかと思った。
S・R:
「……ああ。でも、アンジェルか――。イイね。あんなに可憐で清らかなご令嬢は、初めてだよ。また次に逢えるのが待ち遠しいな」
なんとも陶酔したようにリシャールは言う。
つーか、シナリオ・リシャール、たぶん、あのファースト・キスと、女の子らしい香りと、柔らかい抱き心地にヤられたんじゃないだろうか。
マサトも童貞だから、箱入り息子なリシャールがそうなるの、分からなくもないけど。
コイツ、ここまでチョロインならぬチョロメンだったとは――。
王太子のくせにマジでヤベえな。
とか、思ってたら。
S・R:
「そうだ。これは、少し別件なんだけれど」
リシャールは切なげに睫毛を揺らしながら問う。
それはそれは、遠慮がちに、けれど、熱心に。
S・R:
「ねえ、クロード、ニルス。君達、雪のように白い肌で、真白な髪と真赤な眼をした、喪服の女の子を知らないかな? la Poupée en biscuit(=陶器人形)のようなBeau bébé(=美しいひよっこちゃん)なんだけれど」
俺は甚だビックリした。
(え? 今、俺、シナリオ・スイッチに喋らされてるよね? なのに、なんで、リシャール、ユノのこと、モラン兄弟に尋ねてんの??)
にわかに俺は怖くなった。
だって、シナリオ・リシャールには、自我が無い。
というか、そう操ってるヤツが別に存在してるんだ。
システムか、神的な何か――。
これは、つまり、その視えざる黒幕が、妨害者であるユノのことを知りたがっている、ってことになる。
そして、ふと、俺の右手薬指を見ると、【混沌の盟約】が鈍い黒紫の光を放っていた。装飾部の歯車も、キリ、キリ、と動いている。
(……あれ? 何で、これ動いてる? ってことは、これ、シナリオ・スイッチの方じゃなくて、ユノか、ユノのカミが、リシャールに干渉してる??)
「――その少女が何か?」
クロードが訊き返すと、リシャールはフッと笑う。
S・R:
「とても大切な忘れ物をしたんだ。だから、僕が見つけてあげなきゃならないんだけど。でも、僕には居場所が分からないから」
「はあ……?」
あまりに曖昧過ぎる表現に、クロードもニルスも、困り果てたように顔を見合わせている。
もし、リシャールの口を通して、ユノかユノのカミが言わせてるんなら、モラン兄弟に訊かずとも、直で、俺の脳ミソに居場所を教えてくれてもいいのに。
(……いや、ひょっとしたら、俺に直接指令出すと露骨すぎてシステム側から妨害くるから、敢えて、モラン兄弟に依頼する体で、次に俺がやるべきことを示してるのか?)
そんな風に考えたものの――。
(……。つーか、『忘れ物』って、何??)
まったくもって心当たりがないけど、契約の手順とか、スルーできない呪術的段階とか、そういうことかな?
で。わざわざ、俺に探させるってことは、1周目では出来んかった、なんか自発的にやらんといかんヤツ??
(とりあえず、会わないことには、何も分からないよな)
そんな「俺」に同調するように、リシャールは、沈んだ顔のまま、そのままシュンとうなだれ、黙り込む。
(あ。てか、俺、さっき、『ひよっこちゃん』とか言ったけど)
はた、と重大なことに気がついた。
(ユノ、最後、オトナになってたじゃん。それじゃ、かえって見つけられんかったりすんじゃね?)
だって、あのロリッ娘・ユノとオトナ・ユノの剥離ぶりは酷すぎる。
途端に、俺は不安になって、ソワソワ心配していると、
矢庭に、フッと、俺の脳裏に、別れの瞬間のオトナ・ユノの麗姿が浮かび上がった。
<――りしゅ。チョットの間、お別レ。でモ、契約したカラ。キト、また会エル>
ニコッと、最後は微かにほほえんだ。さみしそうだったけど、誇らしい。凛と透き通るような美しさで、君は、たちまち、俺を虜にしたんだ。
深層心理の奥底で、俺は、うっとりのぼせてしまう。
(はー……。今、思い出しても、やっぱ、めっちゃカワイかったよなあ。スタイルも良かったし。それでも、言葉、あのまんまだったのが、若干ヤバみあったけど)
そう。ユノは、無表情だし、カタコトだし、何考えてんのか、よく分かんないから、一歩間違えると、アレなヒト扱いされそうなんだけど。
むしろ、ソコがイイっていうか。
ギャップ萌えだろ、ってツッコまれたら、それまでだけど。
俺は、やっぱり、あのユノが俺にデレてくれたら、ますます、ツボって沼りそうで、きっと、たまらなくなってしまうんだ。
そうして、「気が早い」と怒られそうだけど、俺は、なんとなく、あのオトナ・ユノと結婚した未来を想像してしまって、独りで、内心「クフフ」と笑ってしまっていた。
すると、頓に、プワンと、
<リシュ様♡>
と、1周目のリシャールと婚前交渉しかかった、セクシーヒロインまで思い出してしまった。
(アカん。つられて、いらんモンまでフラッシュバックした)
瞬間、俺はゲンナリする。
(ユノのおかげで、せっかくピュアに戻れた気がしてたのに。あんなん、バーチャルなエロゲーっつーか、廃人量産しかねない最終兵器だわ)
でも、世の大多数の男は、ヒロインみたいな、ロールキャベツ系エロカワ美少女、選ぶんだろうな。
――が、俺的には、アレはなんか違うから。
とかって、あれやこれや、瞑想(妄想?)トリップしてると、ほどなく、馬車がモン・ノワールから完全に出た。
ただちに、すうっと、天の声化していた転生者な俺が身体に戻ってくる。
俺はハッとして、自分の両手を見て、きょろきょろと周囲を見回した。
「王子?」
「何か探し物ですか?」
クロードとニルスに言われ、俺は「いや……」と言葉を濁す。
「なんだか浮かない御顔ですね。先程は、学園生活が楽しみだ、と仰っておられたのに」
クロードは眉を顰める。
(あ。そっか)
ゲームでもメイン・ステージは、国立エスカロワイユ魔導学園だ。
つまり、ヒロインから離れても、メイン・ステージの敷地に在る間は、シナリオが強く影響するんだ。でも、モン・ノワールは、いろんな魔法が入り乱れてる空間だから、システム外のユノやユノのカミも、その隙間に入り込むことが出来たのかもしれない。
「何でもないよ」
俺は、ヘラッと苦笑する。
「それより、さっきの」
「はい? 聖女様のことですか??」
ニルスは、さらっと、たった今の質問をすっ飛ばす。
クロードは呆れたように溜息をついた。
「la Poupée en levrautのことですか?」
直訳すれば、「赤ちゃん野ウサギ人形」だ。
俺はきょとんとした。
「うさぎ……?」
「いえ。『真白で赤い眼の幼女』と仰られましたので。そのように思いまして。まだお名前を伺っていないので、便宜上、そうお呼びした方が良いかと」
「あ、そっか。そうだよな。名前……」
俺は慌てて、
「■■っていうんだけど」
と、声に出した。
ん? なんかオカシイぞ。
俺は「ユノ」って言ったのに、その部分だけ、放送禁止用語的な規制音、入んなかったか!?
「はい?」
「何ですって??」
やっぱり、モラン兄弟は聞き取れていなかった。
俺は焦る。
「だからっ……、■■…………っ」
俺的には、確実に言っているのに、2人には届かない。
「王子、申し訳ございません。何やら、酷い耳鳴りが」
「ぼくもです。おかしいなあ。風邪とかひいた覚えないんですけど。なんか、耳元でピヨピヨ幻聴聞こえちゃって」
そう言ったところで、クロードとニルスは、「は!?」と顔を見合わせる。
「キーンと鼓膜を突き刺すような鋭い音だろう?」
「ええっ? ぼくには、ヒヨコの鳴き声っぽく聞こえるよ」
どっちも冗談でなく、本気で困った顔をしている。
ってか、なんだソレ。
いや、規制音もテレビ番組によって色々あるけど、なんでコイツら、同じ場所で同じ人間から聞いた言葉で、そんな差が出てんだよ!
しかも、発信者の俺には、普通に自分の言ってるコト分かる上、なんか「モザイクかかってる」って分かるってね。もう意味分からんわ!!
「ああっ。もうっ。じゃあ、なんか紙っ……!! 文字で書くから……っ」
俺が言うと、クロードが、「では、こちらに」と、自前で使ってるメモ帳とペンをサッと差し出してきた。俺は「よし!」と気合入れてペンを握る。
しかし――。
ペンは、明後日の方向へ、ぐーるぐる。
「くそ!」と、もう1つ、ぐーるぐる。
俺が書こうとすると、どうしても「ミミズがのたくった字」ならぬ「THEミミズ」な黒モジャばかりが書けてしまう。
「な……何ですか? このモジャモジャ」
「……王子、文盲じゃないですよね?」
モラン兄弟が唖然とする通り、俺が張り切って必死にペンを動かしても、あっちらこっちら、自然と手が勝手に変な方向へ動いてしまって、ひたすら線を描きまくってしまうんだ。
(マジか……。意地でも、ユノのこと、知らせないつもりだな!?)
妨害してるのが、シナリオか、ユノのカミか、どっちか分からないけれど。
どうやら、俺は、やっぱり自力でユノのことを探さないといけないらしい。
(なんだよっ、もうっ! 初端からっ。踏んだり蹴ったりじゃないか……っ!!)
俺は頭抱えて絶叫したかったけど、馬車を牽引してくれてる馬達が驚くといけないから我慢した。だって、もし、驚いた馬達が暴走して、王太子が乗る馬車が、一般通行人ガンガン撥ねまくったら目も当てられない。
そうして、俺は、王宮へ帰るまで、ずっとモヤッて悶々としまくりだった。




