第2章 09_ボー・シュヴー・ローズ
前世、底辺モブ陰キャだったマサトにとっては、
「髪の毛にキス」とか、ドラマか漫画とかでしか見たことないんだけど!?
てか、初対面でいきなりコレって、完全にヤバい奴っしょ??
――って、トコだったのに。
この乙女ゲームのヒロイン様にとっては、やっぱり、どうも違うようで。
ヒロインは、こんなノンデリ王太子でも、あっさりトキメいちゃうらしい。
(チョロインかよ!?)
一方、キラキラ王子様を公式でやってるシナリオ・リシャールにとっては、なんかもう、ソレが当たり前すぎて。
もはや、「息をするように女を口説く」みたいなカンジ。
(つーか、結局、おまえもチャラ男なんじゃん!)
早速、1周目のおピンク・デジャヴがよぎった俺は、天の声なままウンザリしながら、それより今は「どうしたら、とっととコレから抜け出せる!?」って、ひたすら、打開ポイントを探るのに躍起だった。
そのうち、見覚えのある使用人らが連れ立ってやって来て、
「お嬢様!」
「アンジェル様っ!!」
「お1人で出歩いては危のうございますっ」
と、酷くおろおろしていた。
現れたのは、燕尾服の初老男性と、上級メイド服の若い女性と、小奇麗な召使服の少年。あれは紛れもなく、サヴァティエ家の執事と侍女と小姓だ。
あんなにゾロゾロ御供がいて、こんなところに1人でフラフラしてたってことは、まだ貴族の習慣に慣れていないヒロインが、平民感覚で、試験後はさっさと自分だけで校舎を出てきたってことかな?
けど、使用人らの方は、自分達が迎えに行くまで、アンジェルが教室ないしは廊下でおとなしく待ってるって思ってたんだろう。それが勝手にいなくなってたから、きっと、血相変えて捜してたに違いない。
しかして、ハッと、執事がこちらに気がついた。
「ああっ、お嬢様っ!!」
声を張り上げ、執事を先頭に、皆で慌てて駆けつけてくる。
S・R:
「Bonjour, monsieur. (=ごきげんよう。執事どの)」
リシャールはにっこり微笑んだ。
執事は、リシャールの顔を見るなり、たちまち、青い顔になって畏縮する。
「こ、こここここここれはっ……、お、お、王太子殿下っ…………!?」
2周目の俺にしてみれば、全員、熟知してる面々ばかりだったが。
たぶん、「俺」以外は、ほぼほぼ初見って感じ。
ただ、同期された記憶によると、2周目の王太子も、過去、何度かラヴィションへ視察に行ったことがあるようだから、シナリオ・リシャールらも、その歓待役を担ったサヴァティエ伯爵家の使用人とは面識があるらしかった。
現在、ここにいる面子では、少なくとも執事さんだけは。
だから、シナリオ・リシャールも、サヴァティエ家側の細かい挨拶なんてスッ飛ばす感じで、早々に、
S・R:
「アンジェル、か。とても良い名だね。ラヴィション伯も佳きお嬢さんをご養子に迎えられたものだ」
と、執事に向かって、ヒロインのことを笑顔で褒め称えた。
王太子直々の賛美に、ヒロインとサヴァティエ家の使用人らは、どぎまぎと緊張の面持ちで畏まっていた。
「も、もったいなき御言葉……、きょ、恐悦至極でございます……!!」
執事が頭を下げるのに倣って、ヒロインと連れ2人も全身紅潮した感じで頭を下げている。
そうかと思うと、カラカラと、ロータリーに1台の箱馬車が進入してくる。
その側面には、我がシュヴァリエ王家の紋章【王冠を戴いた鷲獅子】が記されていた。
(あっ。クロードッ! やっと来た!!)
天の声な俺は、ほっとした反面、
(――いや。クロード、もうシステム側なんじゃん! 当てにできねェ)
と、思い直し、「これ以上ややこしい事にならんでくれ」と切に願った。
ほどなく箱馬車が停留所に止まり、サッと片眼鏡燕尾服姿の青年が降りてくる。
「まことに申し訳ございませんっ、王子……っ! 大変お待たせいたしましたっ」
なんともバツの悪い顔でクロードが俺らに頭を下げた。
リシャールはにこやかに赦す。
S・R:
「いや。構わないよ。君のおかげで、本日はとても素敵な出逢いができた」
「は――?」
困惑するクロードをよそに、
S・R:
「J'ai enfin trouvé mon âme sœur.(=やっと見つけた、僕の運命の女性)」
リシャールは、クスと嬉しそうに頬を染めてヒロインを見る。
ヒロインもドキッとして、身をすくめたらしかった。
(……これは、ヤバい。マジでヤバい! 完全にお互い意識してるヤツやんっ!!)
天の声な俺は、聖女&王太子とは別の意味で戦慄した。
S・R:
「また君と学園で逢える日が来るのを楽しみにしてるよ」
「は、はい……♡ わたしもです、殿下……っ!」
(直球だな!?)
瞬く間にフォーリン・ラブする様に、天の声な俺は呆れてしまった。
そうして、リシャールとヒロインは、周囲の視線なんてお構いなしに、うっとりとお互い見つめ合う。
(いやいや。初対面の王族相手なら、そこ、フツーに『滅相もございませんっ』って、一旦、控えめに抑えとくトコじゃないの?)
なのに、誰もツッコまないし。
(いや、クロードは不敬とみなしてちょっとムッとしたっぽいし、サヴァティエ家の執事も微妙にうろたえてるけどっ)
2人の間でだけ、めっちゃ、きゅんきゅんハート(!?)が飛び交って、ボルテージ上がったっぽいリシャールは、新鮮味感じて、ますます惹かれたみたいになっている。
(ヒロインだから? 元平民だから? ここでもうブーストかかるワケ??)
王太子が、古臭いしきたりに雁字搦めで、政治偏重の薄っぺらな人間関係に辟易してるのを、純真無垢なヒロインが癒して、やさしく慰める、ってのが、まあ、お決まりのコースなのは分かる。
――からの、虚飾に満ちて束縛傾向にある悪役令嬢を嫌悪忌避する流れで、諸々ターニングポイントになって、心変わりするのも、分かってるんだけど――。
(早よ、終われ! てか、ここでも【混沌の盟約】機能せんの? 転生者ターン、いつよ!?)
心中、冷や汗だらだらで、マサトは、この茶番の早期終了を切望した。
(いや、当人達は、たぶん、本気っぽいけど……)
まもなく、ニルスがクロードに歩み寄り、ぼそぼそと一部始終を耳打ちする。それにクロードは一瞬ヘンな顔をして、王太子とヒロインをまじまじと見る。
(まさか、事故チューのことまで話しちゃった!?)
わざとでないとはいえ、婚約者いる王太子が、他の女の子とキスしたなんて、とんでもないよな。
なのに、リシャールは、フフンと得意げな顔をしている。
これは、たぶん、クロードに、「僕はこの娘を気に入ったんだから、四の五の言わずに黙ってろ」的な圧をかけるヤツだ。
S・R:
「では、僕等も帰ろうか」
リシャールは気品溢れる様子でモラン兄弟に告げると、
即座にヒロインへと振り返り、
S・R:
「じゃあね。Beaux cheveux roses(=綺麗な桃髪ちゃん)」
と、優雅ながらも名残惜しそうに甘く囁いた。
リシャールは、そのまま、スッと王家の箱馬車の傍へ行き、颯爽と乗り込む。
ニルスは、フットマンらしく、慌てて王太子の介助をする。
クロードもまた、侍従らしく、ヒロインらに慇懃に別れの挨拶をした後、同じく乗車した。
(……てか、『桃髪ちゃん』って!)
脊髄反射で、「おまえもかよ!?」って、天の声な俺は思ったけど。
同時に、ふと、「いや。今朝見た、前世の夢の中でも出てきたよーな……?」って、なんか変な気分にもなった。
そう。実のところ、俺も連鎖したように思い出したんだ。
そもそも、前世のマサトが姉貴にゴリ押しされるがまま『エトラリ』をプレイしたのは、結局、代わりに「姉貴が『ドラサガ』新作のソフト代金、半額出してくれる」って、単純にカネに釣られた結果なんだけど。
そんな嫌々ながらも、生真面目にちまちまゲーム進めていた中で、俺は、確かに見た気がするんだ。
序盤のスチルで「ピンクあたま」って――。
(でも、アレって、本当に、王太子の台詞だったっけ??)
思い返してみても、自信がない。
とりま、1周目で、このイベントをリシャールがやってないことだけは確かだ。
(それどころか、ゲームでは、たぶん、ガッツリ日本語だったし。どっちかっつーと、むしろ、ヒロインのこと小馬鹿にして揶揄う感じで言ってたよーな……?)
そういや、あのユノもヒロインのこと、そう呼んでたんだよな。
だから、俺もソレ、なんか地味に伝染っちゃったんだけど。
(あの時点では、まだ、リシャール・ルートって確定してなかった気がする……)
考えた瞬間、俺の中に、さらにわんさか疑問符が沸いた。
(じゃあ、ソレ、リシャールじゃないなら。いったい、どの攻略対象者のなんだ??)
だって、コレが、ホントにイベントなら、現時点で、この場所にリシャール以外の攻略対象者がいなきゃ、話にならない。
なのに、ココには、あいにく、リシャール以外の攻略対象者なんて、人っ子ひとり、見当たらないんだ。
(なんだろう……? めっさ気味悪ィ)
…………バグかな??
――と。
妙な違和感でモヤりながらも、
俺は、どうしても、そのスチルのシルエットを思い出せなかった。




