第2章 07_帰ろうとしてたのに!
学園から王宮に戻る段になって、クロードに「ロータリーに馬車を回しておきます」と言われたので、俺とニルスは、その方角へ向かっていた。
「うあー。めっさ肩凝ったァー。今朝もバタバタしたし、俺、この手の式典、やっぱ苦手だわー」
周りに誰もいないのをいいことに、俺は、両手を挙げて反り気味に、思い切り背筋を伸ばす。
しかして、ニルスはほくほくと言った。
「でも、あの新入生discours(=スピーチ)、すっごく良かったですよ! ぼく、感動して、ちょっとウルッときちゃいました」
「え? マジで!?」
俺は目を丸くして、困惑する。
あんな回りくどいペラッペラな決意表明に感動できるなんて。
ニルス、単純だな。
そうかと思っていると、
「っていうか、王子も、やっぱり、ぼくらと同じなんだなあって」
なんて、満面の笑顔で言うニルスに、
「同じ、――って?」
と、俺はちょっと首を傾げた。
ニルスは、フフと微笑む。
「そのお言葉遣いとか――、ふとした時にお見せになる、そういったご表情です。兄さんは侍従だから、『品位に欠ける』って苦言を呈しますけど、ぼくは、そういう王子、好きですよ。すっごく気さくな感じがして」
心底そう言ってくれてるみたいで、俺もほっとした。
「そっか」
「はい! だから、信じますよ。ぼく」
「え」
「王子の前世(?)のお話」
「マジでっ!?」
俺は目ン玉ひん剥いて驚いた。
ニルスは無邪気に笑う。
「だって、なんだかカッコイイじゃないですか! 前世の記憶がある、だなんて」
(それは確かに。サブカル的にはオイシイけど……)
「しかも、異世界の人間なんですよね? それって、すっごい夢が広がるっていうか――」
(広がるかな? 夢……。だって、ココ、リアル地球の人間が作ったゲームよ? ツクリモノの世界、なんて。逆にショックだし、ディストピアなんじゃね??)
「世の中には、ぼくらの知らないこと、たっくさんあって、ぼくらは色々な可能性を秘めてる――。死んでも終わりじゃないんだ、って考えると、本当にワクワクしますっ。そのうえ、それをさらに繰り返すだなんて」
(まァ、ちゃんとキレイに終われるループならイイんだけどさァ……)
とかって、俺は、純粋にはしゃぐニルスがまぶしすぎて、内心、その持論についつい皮肉っぽい相槌打っちゃってたんだけど。
「人生って、やり直しが利かないものなのに、王子は、もう1度、その機会を得て、運命を切り拓こうとなされてるんですよね? 本当に尊敬しちゃいます!!」
言われた瞬間、俺は目をぱちくりさせて、ちょっとドキッとした。
(え。ウソ。『オレ』ってば、そんなカッコいい感じ??)
うっかり拡大解釈して、今世じゃなく前世の俺が評価された気がして、
「う、運命を切り拓く、って――。ちょい大袈裟っつーかァ。……な、なんか照れるなァー! オレ、そんな立派な奴じゃないからっ!!」
なんて、俺もヘラッと締まりのない顔をしてしまった。
いや。やっぱ、俺も単純だったわ。
(そして、たぶん、ニルスも褒めてない。だって、2周目のコイツ、俺の前世なんて知らねーんだし)
ただ、それが、たとえ、オベッカだったとしても、普通に嬉しいな。
だって、侍従の方は「システム側にとられた」って絶望してたから。
「け、けど……、ソコまで言われたんじゃ、俺も、もうちょっと頑張ってみちゃおっかなっ?」
俺は照れたのをごまかすように、「アハハ」とはにかみ笑いしながら、ポリポリ頭を掻く。
「はい! ぼくに出来ることあったら言って下さいねっ!!」
むん! と両拳を握り締めて、力強くニルスは言う。
「ぼく、全力で、王子のこと応援しますからっ」
「う、うん……」
あまりの溌剌ぶりに、若干、俺は気圧される。
(……いや。大丈夫かな? このコ……)
ちょっぴりヒイた。
だって、ニルス、基本的にイイ子なんだけど、どっちかっつーと脳筋っぽいトコあるから。
そんな俺の心配なんて、露知らず、
「それに、きっと、兄さんだって――」
ニルスは自信に満ちた表情で言った。
「いつか、きっと、分かってくれます!」
「――えっ」
俺は目を見開いた。
ニルスは笑う。
「だって、ぼくの兄さんですからっ!!」
ちょっとアホっぽい理由だったが。
だけど、俺は妙にすとんと納得して、すこぶる感心した。
(そうだった。モラン兄弟、性格反対だけど、根っこのトコはおんなじっつーか、分かり合えてるトコあんじゃん。システムにやられすぎて、むしろ、俺のが、目ェ、曇ってたわ)
なので、俺もにっこり笑う。
「うん。そだな。クロードは、ちょっと頭固いだけで、そこまで冷たい奴じゃないもんな。腹割って話せば、絶対分かってくれるよな?」
「はい! 兄さんは、ぼくの自慢ですからっ♪」
意気揚々とニルスは宣言する。
「ぼくからも、兄さんがもっと理解を示してくれるよう、頑張って説得します!」
「おう! 頼りにしてる。アリガトな、ニルスッ」
俺もニッと歯を剥いてサムズアップした。
そうして、「おりゃっ」と、わしゃわしゃ、ニルスの栗茶の頭を撫で回す。
すると、ニルスは、
「もう。やめてくださいよーぅっ」
なんて、ものすごい仔犬味で照れていた。
そうそう。これコレッ!!
こういう人懐っこいトコロが、ニルスの最大の長所なんだ。
まあ、端から見たら、「何してんだ? こいつら」って言われそうだけど。
(やっぱ、俺、ニルスと乳兄弟で良かったな)
それから、俺とニルスは、あれこれ雑談しながらも、ちょっとバス停っぽい庇が建っているロータリーへ向けて、大階段を下りていた。
実のところ、国立エスカロワイユ魔導学園もまた、小高い山の上に建っていた。
その山の名は「Mont Noir 」。
要するに、フランス語で「黒い山」。とどのつまりは、黒っぽい緑(トウヒやモミなどの針葉樹)が生い茂る山だから、そんな呼称になってるんだけど。
でも、これって、絶対、元ネタ、リアル地球における伝承、【シュヴァルツ・ヴァルト】にちなんでのネーミングだと思う。
まあ、こっちは、ドイツ語で、直訳すると「黒い森」だから、「山」と「森」で、ちょっとニュアンスが違うかもけど。
リアル地球のファンタジーによく登場する「魔女が饗宴を開く場所」として有名なソレと、今世の「魔導士の卵が集まる叡智の殿堂」であるコレが、俺の中でちょみっとリンクした。
ちなみに、コレ、ゲームの『エトワル・ラリアンス』の方にある設定かどうか、今世の俺には判別できないんだけど。
このモン・ノワールには、実は、魔導学園の高等部だけでなく、中等部とか、研究院とか、その他もろもろの施設が存在している。でも、全部が同じ標高にある訳じゃなくて。それぞれが、山のあちこちに点在しているんだ。
だから、学園の配置的には、山の中腹あたりに築かれた壮麗な大正門の先に、正面入口のロータリー台地があって、大階段を上った終点に、高等部の小正門と校舎があるって感じだ。
大正門ってか、ロータリーは、高等部と中等部で共有してる感じ。
研究院は、全然違う位置にあるから、たぶん、あっちはあっちで固有の門、あったと思う。
(俺、そっちは出入りしたことないから、知らんけど)
そして、山全体が学園っつーか、その親団体の敷地なので、団体が所有する薬草園があったり、幻獣舎があったりして、一部の特別野外実習も、この指定区域内にある森とかで行われたりする。
しかして、大階段を降り切った俺らは、途方に暮れていた。
「あれー? おかしいなあ……。兄さん、まだ、来てないみたいですねぇ……」
ニルスがきょろきょろと見回しながら言う。
ロータリーは閑散としていて、他の生徒や学園関係者はもう帰ったのか、誰も見当たらなかった。
「クロードが自分で言った時間に遅れる訳ないもんな。事故? は、流石に無いか。そんなら、王太子んトコに、先に何らかの連絡来そうだし。どっかで渋滞とかに巻き込まれてんのかなあ?」
とりとめもなく、俺もつぶやきながら、無人のロータリーを見回していた。
その時――。
「きゃっ……!?」
突如、女の子の悲鳴っぽいのが聞こえてきた。大階段の上の方。
俺とニルスは、ハッとして、大階段の先を見上げる。
そこには、小さな人影があった。
だが、折しも、俺は、ちょうど目を向ける角度を誤ってしまって、思わず日光を直視してしまった。
「わっ」
あまりの眩しさに、俺は怯んだものの、
「くそっ……!!」
と、はっきりしないながら、必死で目を凝らしてみる。
その人影の顔は、逆光でよく見えなかったが、そのシルエットとふらつく動きから、大階段の段差で、1人の女の子が足を滑らせた、ってコトだけは分かった。
「ああっ! 大変だっ。落ちるっ」
そう叫ぶニルスの声があって、まもなく、
「きゃあああああああっ!」
と、さらに大きな絶叫が降ってきたので、「迷っている暇はない」と思って、俺は、悲鳴のする方へ、その女の子を助けに行かんと、ダッシュした。
「王子っ!」
ニルスも駆け出したが、俺が走る方が早い。
――――――――ドサッ!!
俺は、どうにか間に合い、転落した女の子を受け止める。
――が、あの大階段のほぼほぼテッペンから落ちてきたので、その衝撃のあまり、俺は背中から石畳に倒れ込み、
ゴインッ!
と、後頭部をしたたか地面に打ちつけ、図らずしも目から星が出た。
割に痛い。
とはいえ、これくらいで気絶するほど、俺はヤワじゃないので、助けた子が無事なら、それで構わないと思った。
「大丈夫? 君っ! 怪我は無い??」
頭ぶつけたショックと体勢的に、この時の俺には、その姿がよく見えていなかった。けれども、落下してきた彼女は、とても華奢で柔らかかった。良い香りもする。香水というよりは、シャンプーの匂いかも。
「は、はい……」
おどおどと答える声は、たいそう可愛らしかった。
でも、あれあれ? この声、どこかで――。
俺がむくりと上半身を起こすと、ちょうど助けた女の子もこっちを振り向いたので、俺の唇とその子の唇が、
ぷちゅ♡
と、奇跡的な角度の符合で、ガッツリ重なった。
(……えっ!?)
ギモーヴっぽいモッチリした弾力は、なかなか破壊力がある。
しかも、その唇に負けず劣らずの、ふにゅん♡とした豊かな胸の感触に、俺は瞬時にボッと湯気噴くくらい、緊張した。
果たして、それ以上に、
(てか、待って待って! ちょっと、コレ!!)
とかく、俺には、その起こった悲劇のショックがデカすぎた。
(これって、2周目のリシャールのファースト・キスじゃんっ! 俺、契約したし、今度はユノのために、ハジメテとっときたかったのにっ……!!!)
ユノがリシャールのこと、微塵も気に留めてないかも、という不安はあったけど。それぐらいの義理は通したかったんだ。
それなのにっ、こんな序盤で、こんなワケワカラン女の子と――……ッ!
泣きたい気持ちで、俺は、ぐいと圧し掛かる女の子を押し遣ると、俺は、思いもよらぬ展開に、ズガンッと二重に衝撃を受けた。
そこに居たのは、うっとり王太子に見惚れる桃髪翠眼の可愛い女の子――。
(まさかのヒロインッ!?)




