第2章 06_プロコピオスの鏡
入学式もようやく終わり、新入生らは、自分達の教室へ移動することになった。
この道すがら、案内役も兼ねた先生から、学内施設についても、ざっと説明されるんだが――。
果たして、そこはやっぱりファンタジーな魔法学校。
普通の教室だけでなく、魔術実験室とか、防魔訓練場とか、魔草菜園みたいな、ちょっと特殊なものまである。とはいえ、この移動の間に、それらすべての設備を確認することはできないので、後は、いざ学園生活が始まってから、授業とかでおいおい御目見えってところかな。
このクラス分けは、入学式が始まる前から表の掲示板で発表されていたので、大講堂から出た後は、新入生らはクラスごとで点呼され、合わせて、その担任の先生を紹介される。
魔導学園の1学年のクラス数は6つだ。
そのクラス名には、日本の高校みたいに、A~Fのアルファベットが振られている。
これ、1周目の俺は、「何で、そこ、ファンタジーちゃうん?」って思ったもんだけど。
よくよく考えたら、サンクレール王国って、フランス語使ってるから、「普通にアルファベットあるじゃん」って、なって。
だから、今となっては、「まあまあそうだよな」ってカンジ。
で、リシャールは、1周目と同じくA組だった。
A組は、いわゆるエリートばっか集められるクラスだ。
なので、当然、悪役令嬢も俺のクラスメイトになっていて、「やっぱりなァ」な落胆ポイントなんだけど。
それよりも俺は、ニルスまでが同じクラスなのが「こいつ、大丈夫かな……?」って、ちょっと心配になってしまった。
とはいえ、ニルスは「王太子の従僕」だから、学力抜きでそうなるのは、むしろ当たり前の話な訳で。
俺的には、これが、シナリオ・スイッチ関連で「吉と出るか、凶と出るか」ってトコだから、2周目のこの展開には、いくらか不安があっても、心なしか期待もしていたんだ。
そうして、我がA組の担任は、オフェリー=ルコック先生だった。
ルコック先生は、60代半ばの如何にもな魔女で、いつも鴉(ワタリガラス?)の使い魔を連れている。厳しいけれど、わりかしおちゃめというか、ユーモアのあるチャーミングなオバちゃま先生だ。
これまた、1周目と同じだったから、ループしてる俺にとっては、新鮮というよりは、かえって、ほっこりして、懐かしい感じ。
そうして、教室に着くなり、クラスメイトらは、あらかじめ決められていた座席に着席して、1人ひとり、自己紹介をさせられる。
まあ、それは、入学後のお決まりのコースだから、別にいいんだけど。
「皆さん。せっかくですから、【プロコピオスの鏡】で、本当のご自分を確認してみましょう!」
なんて、突如、ルコック先生が言い出した。
これに、俺は、ちょっと「ん?」となった。
(……いや。確かに、学園入ってからそういう授業はあったけど。こんな初端からだったかな……?)
俺の記憶では、コレ、ヒロインが編入してきた直後の最初の授業とかであったイメージ。もうだいぶ前すぎて、あんま覚えてないけど。
しかして、この【プロコピオスの鏡】というのは、古代の錬金術師プロコピオスが、確立した技術を元に作られた魔道具だ。早い話が、個人能力計測器というか――。要するに、ゲームでいうところの「ステータス・オープン」的なヤツだ。
ここは、ゲームの世界でも、中の住人にとっては現実だから、ゲーム的なウィンドウとかは出せない。その代わりに、こういう魔道具で、その辺、カバーされているといっていい。
といっても、流石に「レベル〇〇」みたいなあからさまな数値表示をされるんじゃなくて、標準レベルに対しての相対的レベル、みたいなのが表示されて、ザッとした個人能力値が認識できる程度である。
この【プロコピオスの鏡】の使用法は、さほど難しくない。
使用者は、まず鏡の前に立ち、一旦、精神統一した後、お決まりの呪文を唱えて、その鏡を覘くと、現在の自分の能力値が、鏡面にグラフや魔導文字で記される、という仕組み。
ただ、明確な数値が出ない代わりに、習得済の魔法やスキルの名前は、しっかり出てくる。
その詳細まで判る、もっと専門的なヤツになると、特殊技能が無いと操れない、水晶玉とかだったりするんだけど。とりあえず、この学園は、未熟な学生が魔導士として一人前になるための施設だから、生徒の手に届く範囲には、むしろ、こういう万人に易しい、ユニバーサル・デザイン的な魔道具がごろごろしているんだ。
ルコック先生は、その使用法を説明した後、生徒らに順に【プロコピオスの鏡】を使わせていく。
どうやら、王太子は大トリというか、最後っぽい。
でも、1周目は確かヒロインが大トリだったと思う。
あの時の順番的には、リシャールが1番手で、アンジェルのすぐ1つ前が悪役令嬢だったんだ。
そうして、その結果がものの見事、「悪役令嬢<王太子<星辰の乙女」になっちゃったもんだから、攻略対象なリシャールが「聖女スゲー!」からの好感度アップみたいな?
最初は恋愛ってよりは尊敬って感じだったな。
(でも、今度はその聖女様がいないからなァ。まあ、最初に王太子がやると、仮に、俺より後のヤツが良い数値出した場合に、すんげー気まずいから、こういう順番になったんだろうな)
あ。もちろん、乙女ゲーム的には、ヒロイン様が最強になっちゃうから、そこはノーカンで。とかって、俺はメインヒーローだから、心配しなくても、今回、たぶん、1番なんだけど。
そうアレコレ思案を巡らせながら、俺は皆が試す後ろ姿をじっと見ていた。
どの生徒もまだ初級レベルだから、その数値は低めだった。
(ま。そーなるわな)
「Très bien !(=良いですね!) 皆さん、伸びしろがありますよ!!」
先生は、どの生徒がどんな数値を出しても、ポジティブな評価を出す。
「では、次は、ニルス=モラン君!」
「はっ、はいっ!!」
呼ばれたニルスは、カチンコチンとめっちゃ緊張しながら、魔鏡の前へ行く。
すうと深呼吸して、呪文を一言。
「も……もんとぅーらぁーるみぃー・まなりすたぁー」
気負う割には、あまりにも自信なさげに言うもんだから、俺は思わず心の中でズッコケそうになった。
(……ちょ! ニルスッ。発音、悪すぎだって!!)
それでも、なんとか、フォン、と魔鏡は反応し、パッと結果が出る。
[測定不能]
「えええっ!?」
ニルスがアホの子まる出しで叫ぶと、クラス全体から、ドッと笑いが起こった。
「まあイヤだ」「まったくだとも」「なんておつむりがお悪いのかしら」
「やあやあ。2等生ッ」「君、よくそれでここにいられるね」
「殿下にご迷惑おかけするなよ!」
とかって、ここぞとばかり、貴族出身の生徒らが嘲笑する。
「ほらほら、皆さん。お静まりなさい!」
ルコック先生が割って入る。
俺もニルスをかばいたかったんだけど――。
S・R:
「仕方がないさ、ニルス。君は魔法を習うのは初めてなんだから。
まあ、君にまったく才がないのはとても残念だけれど。
それでも、君は、王太子のために、共に入学してくれたんだから。
それは決して恥じることではないんだ。
だから、そんなニルスを物笑いのタネにすることは、すなわち、その主人であるこの王太子を愚弄するに等しいのだけれど。
ここにいる君達は、この僕と同じく、数々の難関を突破してきた節度ある人達であるはずだから、その程度の分別くらいつくよね?」
なんて、にこやかにドスの利いた発言をするシナリオ・リシャールに、嗤っていたクラスの全員が「ヒッ!」とビビりまくる。
そう。この教室では、隣の席が悪役令嬢だったから、マサトなリシャールは、既に天の声化しちゃってたんだ。
(つーか。ニルスかばったのはいいけど、『才がない』とか、リシャールも堂々とディスってんじゃねーよっ! ニルスだって、ちゃんと勉強したら、出来るようになるかもだろっ!?)
俺は、地味に陰険ムーブする王太子にドン引きしながら、人知れず悪態をついていた。
一方、ルコック先生は朗らかに言う。
「Bon courage !(=頑張って!) 継続は力なり、ですよ。モラン君」
「はい! ぼく、頑張ります!!」
楽天家なニルスも、ビシッと敬礼して、嗤われたのなんか何のその、ほどなく戻ってくる。
「では、次、マリエッタ=ラグランジュさん!」
「はい!」
先生の名指しにスッと起立し、今度は悪役令嬢の挑戦だ。
「モントゥーラ・ァルミー・マナ・リスター。(=教え給え、我が力)」
魔鏡は、カッ! と光り、すぐに、パッと結果を表示する。
[☆☆☆☆|Bランク]
それを見たクラスメイトらから、「おおーっ!」と歓声が上がった。
だって、悪役令嬢は、今まで挑んだ誰よりも数値が高かったから。
「Bravo !(=素晴らしいですね)流石はラグランジュ嬢」
「いえいえ、当然ですわ」
悪役令嬢は、ホホホと微笑みながら、実に堂々としていた。そして、マリーは期待のまなざしでリシャールをチラッ♡と振り返る。
(……褒めてもらいたいのかな?)
天の声な俺は思ったけど、案の定、シナリオ・リシャールは、「……」と、微かに、ニコ、とビジネス・スマイルで、まもなく、スン。
(……うわぁ。リシャール、絶対マリーのこと『ウゼェ』って思ってる)
俺は、またまたドン引いたが、悪役令嬢はそれでも満足そうだった。
ひょっとして、心情がどうとかより、リシャールの顔しか見てない?
(それも、なんか、ちょっとさァ……)
結局、どっちもどっちすぎて、もうツッコみきれんわ。
そうして、悪役令嬢が席に戻るなり、ルコック先生は言う。
「では、最後は、リシャール殿下!」
S・R:
「Oui, Madame Lecocq.(=はい、ルコック先生)」
優美に応え、颯爽とリシャールは前に出る。
そのキラキラ王太子ぶりに、クラス全員が「ほう……!」と見惚れていたが、
天の声な俺は、
(いや、分かってたけどさ。つか、わざわざフランス語で答えるあたり、
『リシャールさぁ』って。前世日本人の俺には、やっぱ、ちょっとイラッとくるワケよ。――で。先生が生徒の王太子に『殿下』呼びするのも、ちょっと気が引けるんだよなァ……)
なんて、独り言ちるようにモヤってしまった。
そうはいっても、この時、天の声な俺は少し興奮していたんだ。
2周目のリシャールは、一体どんな数値が出るんだろうって――。
だって、ここは乙女ゲームの世界だけど、俺はループしてるから、RPGのご定番【強くてニューゲーム】が発動すると思ってたんだ。
やがて、リシャールは呪文を唱えた。
「モントゥーラ・ァルミー・マナ・リスター!!(=教え給え、我が力!!)」
[☆☆☆☆☆|Aランク]
「C’est excellent ! (=なんて素晴らしい!) やはり、殿下は、ここにいらっしゃる皆さんより、頭1つ分、抜きん出ていらっしゃいますね」
ルコック先生は絶賛する。
これに、シナリオ・リシャールも「フフン」って感じに胸を張っていた。
ただ、あまり褒めすぎるのも良くないと思ったのか、
「けれど、それに胡坐をかいてはなりませんよ。油断すると、すぐに抜かれてしまいますからね」
と、ルコック先生は、穏やかな笑顔ながら、チクリと言った。それは嫌味でもなんでもなく、一応、新入生的には褒められている。
ただ、シナリオ・リシャールはプライド高いから。ちょっとムッとしたみたい。
しかして、天の声な俺は、そんな誉め言葉も忠告も耳に入らないくらい、頭が真白になっていた。
だって――。
(……えっ? 俺の能力値、この程度なのっ!? 1周目のエンディングからだと、ほぼほぼMAXに近かったのにっ! てか、1周目に習得した魔法とか、スキル、ごっそり消えてるしっ。これじゃ、最初の授業課題で向かう【嘆きの洞窟】のエリアボスにも勝てないじゃんっ!!)
そう。結果はAランクなんだけど、それは、「魔導学園高等部1年生・4月期の平均」と相対して。つまりは、新入生の中ではトップクラスだけど、あくまでも、この時点での結果ってこと。
別の判定月や他学年、プロのAランクとは違うよ、ってことで。
しかも、よくよく見ると、なんか、意味不明な呪い(?)付与ついて、全体的に1周目の初期レベル値よりマイナスになってる気がするんだ。
けれども、その呪い(?)表示だけ透けてて、この異常に誰も気づいてない。
それどころか、たぶん、コレ、シナリオ・リシャールも知覚してない。
俺の体感的にそんな気がする。
(……ってコトは、コレ、俺がユノと契約した所為ッ!?)
実際、天の声な俺の視界に、俺の右手薬指で、ブォォォン……、と禍々しく黒く光る【混沌の盟約】が映った。
そして、シナリオ・リシャールに、ソレは視えてない。
(うっわー……。なんコレ!? ヒロイン以外のマーキング付いてる攻略対象者はお呼びでないって??)
これじゃあ、【強くてニューゲーム】ならぬ、【ループでペナルティ】だ。
なのに、シナリオ・スイッチには抗えないって。
コレ、どんな無理ゲーよ?
結局、俺は、終業時間まで、もろもろ不満を覚えざるをえなかったものの、ひとまず、この日のノルマは、無事、終えられたと思う。
――ので、「また、明日から対策を考えないといけない」と、しみじみ感じた。




