第2章 05_入学式(2周目)
俺ら王太子主従が乗った馬車は、ようよう、国立エスカロワイユ魔導学園に到着した。
入学式は、学園敷地内にある大講堂でおこなわれる。
この年の新入生は、ざっと200名ばかり。
ただ、今現在、この場所に、ヒロインはいない。
ヒロインは、そもそも、満15歳の誕生日に【星辰の乙女】として神託を受け、魔力の程度を測る儀式【賢者の聖別】でも素晴らしい結果を叩き出したが為に、国や学園から「是非、入学を」と望まれた。
1人だけ、特別にロケット・スタートできた感じなんだけど。
実は、その誕生日が、3月30日だから、4月8日の入学式には、諸々の手続きが間に合わなくて、この1ヶ月後から編入してくるんだ。
ゲームにおいては、その出身地の領主であるサヴァティエ伯爵の養女になった上で、学園に入ってくる設定だったから、たぶん、その諸々の手続きの中に、こういった戸籍関係のことも含まれてんじゃないかな。
わざわざ令嬢になるのは、セレブな攻略対象者達と恋愛するため? って、俺はうがって考えちゃうけど。
だって、乙女ゲーム的には、そういうシンデレラ・ストーリーの方が夢があるだろうし、そうしないとメインヒーローである王太子との身分が釣り合わなくなっちゃうからな。
なので、俺も、いないのが分かっていながら、大講堂へ移動する間、「まさか、いたりしないよな……?」って、新入生が集まる中に、ついつい、あのピンク頭を探してしまった。
――で。なんとかいないみたいだったので、ちょっとホッとした。
(つまり……、入学式に限っては、シナリオ・スイッチが働くのは、悪役令嬢に接触した時だけ。その時間さえ乗り切れば、きっと大丈夫)
確証はなかったけど。
(悪役令嬢とは、今朝、揉めたばかりだから、向こうもそうそうリシャールには近づかないはず……)
俺は粛々と着座して、凛と式に臨む。
この時、新入生の座席は、男女で左右にくっきり分かれていた。
王太子であるリシャールは、男子らの座席側、最前列の最右端の席だ。
悪役令嬢は、女子らの座席側、最前列の最左端――つまりは、中央通路を挟んで、婚約者であるリシャールの隣だった。
要するに、新入生全体で見た場合に、最前列中央が最も位の高い者が座る位置になる、って寸法だが。
ちなみに、ニルスは、王太子の従僕でも、一般枠より少し格下に扱われる二等枠だったから、入学式の座席も、かなり後ろの方だった。
それはさておき、ここは、日本の乙女ゲームな世界だから、入学式の流れは、まったくファンタジーっぽくなくて、だいたい日本の高校のヤツと似通っている。
新入生入場の後は、国歌斉唱。ただ、王国なので、国歌の後に、まず国王陛下の祝辞がある。そうして、学園長の式辞へと続き、来賓祝辞、学級担任紹介、在校生の歓迎スピーチがあって、その後に、新入生代表挨拶がおこなわれる。
とどのつまりは、王太子の出番な訳だが。
(……つーか、こういう時こそ、シナリオ・リシャール出張ってくれたら、めっちゃ助かるのに)
そう。この入学式では、アイツ、何故か出張らないんだ。
悪役令嬢がすぐ隣にいるのに。
好意的に解釈したら、ヒロインがまだ入学してないから、になるんだけど。
俺的には、「これって、やっぱ、システム側からの転生者への嫌がらせなのかよ!?」ってさ。
(だとしたら、前世、モブ陰キャだった俺は『なんちゅー鬼畜仕様だよ!』って、愚痴りたいかもしれない)
とかって、結局は俺自身がやらないと先に進まないし、これは1周目もそうだったから、いまさら驚きはしない。
なので、俺も覚悟して、馬車ん中で、急いでスピーチ覚えた、っていう。
(国王陛下もガッツリ見てるし。2回目とはいえ、正直、変なところでミスらないか、マジでガクブルだわ)
そう感じていても、王太子たるもの、それを表に出してはいけない。
俺は、意を決して、すうと深呼吸する。
「それでは! 王太子殿下、リシャール=ロロ=フェルディナン=ド=シュヴァリエ様より、新入生代表として、ご挨拶を賜りとうございます」
ここ、日本の高校なら、普通に「新入生代表! 来栖聖人くん」とかになるんだけどな。
まあ、国王陛下もいるのに、司会進行役が王太子をおざなりな呼び方するのは、不敬に当たるから、仕方ないか。
しかも、俺、「はい!」って元気良く叫んじゃいけないんだ。王太子だから。
さっきも反射的にうっかり返事したくなったけど、それじゃ厳かじゃなくなるから、そういう所作1つとっても骨折れる。
だからこそ、俺は、盛大な拍手を受けてから、スッとスマートに起立する。
俺は、すまし顔で颯爽と舞台の袖口に上がると、そこで一旦止まり、中央に掲揚されている国旗に一礼する。
そうして、講壇に上がると、じっと会場全体を一瞥する。
(うわー。壮観だけど、逆にヤベェ。新入生の後ろが在校生で、サイドに先生がいるのは、日本のと似た同じだけど。その反対側の特別来賓席に貴族や中産階級がいたり、2階のバルコニー席に国王陛下や国賓がいたりすんの、めっちゃ緊張するわ)
ビビって険しくなりかけた真顔を一転、俺は、太陽のような王太子スマイルで皆に微笑みかけた。それに一瞬ささやかな快哉みたいなものが起こる。
「皆々様の代表として、僭越ながら、私、王太子、リシャール=ロロ=フェルディナン=ド=シュヴァリエが、ご挨拶申し上げます」
そうキリッと新入生代表として名乗りをした後、
「ミモザ薫るこの佳き日に、我等が誉れ、国立エスカロワイユ魔導学園に入学致しますこと、まこと慶ばしく存じます。本日、我等、新入生一同、新しき門出のために、かような盛大なる御式を催して下さいました、国王陛下、学園長殿、ご関係者様方、並びに、ご家族様方に、心より御礼申し上げます」
と始まって、以降もつらつらと、俺は、なんだかとっても小難しい感じの美辞麗句モリモリに盛った、学園への賛辞、学生としての本分、将来の夢、憧憬、関係者への敬愛、など言い進めていった。
そうして、最後は、
「我等、伝統ある国立エスカロワイユ魔導学園の一員として、ただただ一途に、誠実に、質実剛健に学びて、その精神を清らに誇り高く保ちますこと、ここにお誓い申し上げます。
学園長殿、先生方、先輩方、どうぞ、未熟なる我等に、厳しくも温かき御指導、御鞭撻のほど、よろしくお願い申し上げます。
以上をもちまして、我等、新入生一同、入学のご挨拶とし、決意表明とさせて頂きます」
と、締めくくる。
どうにか式辞用紙見ることなく言い終えたけれど、俺は、内心、
(……うっわ。くどすぎて、途中、間違えるかと思ったわ)
と、心臓バクバクだった。
果たして、皆は、ワーッと歓声を上げて、拍手する。
なので、とりあえず、俺も、再度、ニッコリと王太子スマイルを披露する。
(つーか、シナリオ・リシャール、よくもまあこんだけの分量書きやがって! けど、それを、俺が、あの短時間で覚えられたってことは、覚醒前の記憶でも、再生補助っぽいチート出てたんかな……??)
そう考えると、嬉しいんだか、悲しいんだか。
とはいえ、きちんと席に戻るまでは油断禁物だ。
俺は、フッと麗しく目を細めて、速やかに講壇から降りると、また舞台の袖まで下がったところで、国旗に最敬礼し、洗練された足取りで、自分の座席に戻った。
瞬間、悪役令嬢と目が合って、そのうっとりした瞳には、「流石ですわ」と褒めてもらえたような気がした。それ、マサトは素直に嬉しかったんだけど。
この一瞬だけ、何故か、シナリオ・リシャールが出てきて、にこ、と(内心、浅はかな婚約者を小馬鹿にしたような)ビジネス・スマイルで応えてしまった。
マリエッタは、そんなリシャールに、全然気づいてない風で、すっかり見惚れていたけれど。
(わー。まただよ……ガチでなんかモヤるな)
俺の記憶では、ヒロインが現れて、嫉妬した悪役令嬢が、ヒロインいじめをしだしてから、それを見てしまったリシャールが、幻滅して、急激に冷たくなる流れだった気がするんだけど?
とか思ってたら、ようやく、覚醒前の記憶がちょっとだけ補完されて、俺の脳内の空白が少しだけ埋まった。
(そうだ。この2周目は、子供の頃から、ずっとデフォルト・リシャールの方だったから。ラグランジュ家の影響力が増すにつれ、その懐柔策として、王太子と公爵令嬢を婚約させよう、ってなって。だけど、デフォルト・リシャールとしては、自分が政治の道具にされたみたいで、ちょっと気にくわなかった、みたいな?)
分からなくもないけど。
でも、王族って、そういうモンだし。
(1周目の俺は、前世で知ってたから、もう諦めてた)
そうして、婚約が決まってからの悪役令嬢は、ちょっと調子こいてたというか。
マリエッタ、元々、結構、自己中な性格ってのもあって、傍若無人な行動が目立ったから、リシャール的には、「なに? この女」みたいな??
で、どんどん冷めていっちゃったんだっけ?
けど、悪役令嬢って、負けず嫌いだからさァ。
リシャールが冷たくすればするほど、さらになんかナナメ上な方向へ頑張っちゃっていったよーな……?
で、リシャール的には、なんかもう最終的には「こいつ、ウゼェ」になってった気がする……。
(……うわー。ヤダー。これじゃ、完全にマイナス・スタートじゃ~んっ)
これもやっぱり、1周目の最後で、転生者が悪役令嬢を赦したから、今度はそういう気持ちが起こらないよう、デフォルト・リシャールごと誘導する算段で、改竄が起きているんだろうか。




