第2章 04_いよいよ出発!
ともあれ、俺は、ゲーム開始の入学式から逃げたら、なんかもっと非道いことが起こるんじゃないかと疑心暗鬼に駆られて、超特急で身支度を整えた。
大手門前では、既に、制服に着替えたニルスが待っていて、俺は、クロードとニルスと一緒に馬車に乗り込み、王宮を出発した。
あんなことがあったから、悪役令嬢とは別登校だ。
マリエッタは、幸い、不測の事態に備えて、侍女のワトーさんが用意していた予備の制服のおかげで、きちんと着替えて、学園に向かったらしかった。
俺は、ストレスから胃の痛みを感じていたが、何も食わないと頭が回らなそうだったので、馬車の中で、1切れだけバケットサンドを食べた。
ハムとレタスと胡瓜をはさんだソレは、あっさりして旨かったけど、今現在の気分的に、バケットを噛むのはしんどすぎた。
(俺はどっちかっつーと食パンサンド派。でも、サンクレール、フランスっぽいから、このカッタいヤツのがメジャーなんだよなァ……)
なので、喉につまらんよう、陶器のボトルに淹れてきたアイスコーヒーで一気に流し込む。胃痛にコーヒーってどうよ? って、気にはなったものの、それでも、カフェイン摂取で脳みそクリアにしたかったから、そこは敢えて考えないことにした。
「ドキドキしますね! なんか、ぼくまで、こんな風にあの学園に通えるなんて夢みたいです」
「大袈裟だなあ、ニルスは」
頬を紅潮させて浮足立つニルスに、俺はなんだか癒される。
(そういや、ニルス、1周目は、ずっとフットマンなだけで、学園には入らなかったんだよな。2周目は、王太子の御供で同級生になってるけど。むしろ、なんで、1周目はリシャールだけ入学してたんだろう……?)
ゲームのスチルで、クロードとニルスが王太子と一緒に登場するのは、確か王宮とか、学園外のシーンだったと思う。
それで、1周目は、俺、王太子なのに、護衛的な奴連れないまま、学園に通ってたんだが――。けど、それって、リアルで考えると、安全面ガバガバすぎんか?
(まあ、所詮はゲームだしな。だからこそ、学園内で、王太子暗殺未遂事件が起こって、ヒロインに助けられた攻略対象者の好感度が上昇する、ってなイベントが出来る訳で――)
そんなことを思い出したところで、俺は「?」と違和感を覚えた。
(……。王太子、誰に暗殺されかかったんだっけ?)
1周目に、そういうイベントがあったこと自体は記憶にあるんだけど。
その黒幕の名前とかが、どうしても思い出せないんだ。
(流石にラグランジュ家ではなかったと思うけど。でも、嫉妬に狂って逆ギレした悪役令嬢? が、婚約者に対して刃傷沙汰を起こす展開はあったかも?? けど、アレは痴情のもつれっつーか……。厳密には暗殺じゃないし……。だから、えっと……。うわ。やっべェ。全然わからん)
もちろん、この世界は、一度、リセットされてるから、それで攻略対象者の記憶も一部リセットされた可能性はある。
だが、その手のイベント情報とか、前世で見聞きしたものの事は、ところどころ、しっかり覚えているので、ただのリセットではないような気がしたんだ。
例えて言うなら、テストの穴埋め問題で、あっちゃこっちゃ、空欄のまま解答どっか消えちゃった? みたいな?? 部分的にすっぽり抜け落ちてしまっている。
(まさか! 若年性認知症……? いやいや、俺、10代だし! ただの物忘れだよな……??)
ハハハと急に笑い出したので、クロードとニルスに「王子?」と不思議な顔をされた。俺は、「ごめん。なんでもない」とごまかして、改めて、まじまじと2人の顔を見る。
(やっぱ、男兄弟って似てるよな。マサトとアンジュとは大違い)
モラン兄弟は、髪や瞳の色は同じで、顔立ちも似通っているが、性格は、ほぼ正反対だ。だから、きっと、クロードも心配なんだろう。けど、そういうの、コイツ表に出さないんだよな。
そうして、クロードは、冷ややかに実弟を睨んで言った。
「ニルス。お前は、本来なら、あの由緒正しき学園に通える立場ではありません。お前の魔力が乏しいことは、学園側も承知しているとはいえ、くれぐれも、王子にご迷惑をかけてはなりませんよ」
「うんっ。分かってるよ、兄さん。ぼく、頑張る!」
クロードの異常は気になったが、キラキラと目を輝かせるニルスは、わりかし1周目とおんなじだと思った。まあ、案の定、俺の前世の話は、覚えていなかったんだけれども。
(あ。そういや、俺とニルスの制服って、若干、デザイン違うのか)
それは、俺が王太子だからってよりは、ニルスが、学園の規定にある標準スペックを満たしていないからだろう。
つまり、第三者から、二等枠の生徒だと一目で分かるようになっている。
差別でなく、区別。
身分階級や上下関係に厳しい社会だから、「変な軋轢を生むことにならないよう、あらかじめ示しておく」という、一種の争い回避術みたいなものなんだ、
(ってか、あっちのが装飾少なくてシンプルだから、こうして見比べると、俺よりニルスの方が、なんか普通に日本の男子高生っぽいんだよなァ)
思えば、前世の早坂高校も、あんな感じのありふれたブレザーだった。
そう考えると、完全純粋培養なファンタジー世界の住人のニルスの方が「現代人」っぽくて、転生者であるリシャールの方が「ファンタジー」っぽいヤツ(つまりはコスプレ)、って逆転現象が起こってしまうよーな……?
(うわ。マジかー。そんなん、なんか余計に悲しくなってくるわ……)
とか、1人たそがれたところで、どうにもならない。
とりあえず、目下、俺がすべきことは、入学式で新入生代表の挨拶をすることだろう。
俺は、王太子だから、入学試験の首席とか関係なく代表に決まっていたが、これをもって、ゲーム開始となるといっても過言ではない。
――ので、俺にとっては、これは、反撃の狼煙だと思った。
もちろん、挨拶は、1周目の入学式でもやったから、全体の流れは把握済だし。2周目の新入生スピーチに関しては、ループ前のリシャールが、既に式辞用紙に書いていたんだけど。
(こういうのって、やっぱ、そらで読めるくらいじゃないと、王太子として締まりつかんよな)
しかして、1周目の覚醒時も、直後は分からずとも、徐々に、それ以前のリシャールの人格や記憶と同化したので、2周目もきっと大丈夫だろう、って、アホな俺は高を括っていた。
けれども、なかなかどうして、今朝は、融合までの時間が足らなかったらしい。
(やっぱ、直前に濃ゆい前世の夢、見てた所為かな?)
それで、俺は、自己認識や記憶が曖昧なまま、ひたすらバタバタしてしまって、クロードが手荷物準備をしっかりしてくれていなければ、結構ヤバかったかもしれない。
ただ、とにもかくにも、腹はくくったので。
今は「頭の切り替えさえ出来てれば良い」と割り切ることにしようと思った。
そうして、学園につくまでの間、俺は、急ピッチで、必死に挨拶文を暗記することにした。




