第2章 03_やっぱ、くるんじゃん!
(……あー。マジか。ってことは、今回、ガチでふんばらねーと、俺にろくな未来なんてねえ、ってことになるんじゃね?)
人間、いっぺんは、不老不死に憧れるもんだけど。
ただ同じところを廻り続けるだけなら、こんなん不老不死とは明らかに違うわ。
つーか、1周目と2周目で、ビミョーに改変点あるけど、この2周目まで失敗したら、リシャール、今度こそ、どうなっちゃうんだろ?
そうならないためにも、俺はユノと契約したんだけど。
ユノは、最後、「今度はリシュがユノ見つけろ」っつったんだよな。
(……ヤベェ。『見つけろ』っつったって、あのコ、今、どこにいんの? 全然、見当つかねーわ)
俺は、激しくうなだれ、「はあぁ……」と大きな溜息をついた。
「……気が重い。てか、胃、痛ェ。俺、朝飯食うの、無理かも……」
「やはり、ご体調が優れないので? 困りましたね……。王室から、どうにか学園にご一報入れて頂くよう、取り計らいましょうか」
おろおろとして、クロードは言う。
だが、ゲーム開始にあたる入学式を拒否るなんて、そんなコト、出来るんだろうか――。
そうかと思っていると、矢庭に、
――コンコンコンコンッ!!
と、けたたましく寝室のドアがノックされ、王太子が返事するより早く、バンッと荒々しく戸が開け放たれた。
「おはようございますっ♡ リシャール様っ! お寝坊さんはよくありませんことよっ!!」
頓に、女子高生っぽい学園ブレザー姿の悪役令嬢が乱入してくる。
いやいや、「女子高生っぽい」っつっても、そこはファンタジー世界。
制服のデザインも、どこか装飾過多で、貴族エッセンス入りまくりなんだが。
1周目の世界のラストで見た、あの悲惨な囚人姿が嘘のように、ルンルン顔のマリエッタを見るや、
(マリエッタ! 生きてる!!)
と、俺は、ほっと安堵して、思わず目頭が熱くなりかけた。
直後、ピキピキーンッ! と、またあの厭な感覚がリシャールの全身を駆け巡った。
(うっわ。マジかー)
確かに、あの時、ユノは、「解放は無理」って。
でも、「契約したら次は何かが変わる」って、言ってたのに。
(結局、悪役令嬢に接したら、リシャール、シナリオ・スイッチくるんじゃん!)
「きゃっ……。いやんっ。まだ、お召し替えなされていらっしゃらなかったんですね」
パジャマ姿のリシャールに赤面したマリエッタは、両手で顔面を隠しつつも、開いた指の股から婚約者のことをめっちゃチラ見して、ドキドキしていた。
「はしたないですわっ。左様なお姿……っ」
その恥じらう姿は、マサト的には、すっごくピュアで「可愛ヨ♡」な感じに見えたんだが――。
シナリオ・リシャール的には、かえってアバズレに見えて、気に食わなかったらしい。怒気をあらわにして、リシャールはツカツカと悪役令嬢に詰め寄った。
S・R:
「イケナイ娘だね。マリー」
にっこりと微笑むものの、そこには、明らかに嘲笑が混じっていた。
S・R:
「公爵令嬢ともあろう者が。王太子である僕を侮辱するのかい?」
告げるや、リシャールは、たちまち、冷酷無比な形相で、
トンッ!
と、悪役令嬢の肩を突き飛ばす。
突然の出来事にバランスを崩した悪役令嬢は、近くにあったサイドテーブルにぶつかり、そのまま、
「きゃんっ!」
と、尻餅をつく。
しかも、サイドテーブルには、薔薇の花を生けた花瓶を置いていたから、ひっくり返った花瓶の中身が、もろに悪役令嬢の頭からかかった。
真新しい制服は、びしょ濡れ、薔薇の茎に残っていた棘が、彼女の頬をかすり、小さく、ジワ、と赤い血が滲んでいた。
(ちょ……。何やってんの、リシャール! パジャマくらいでっ。別にいーじゃんっ。スッポンポンな姿、見られた訳じゃなしっ。そんなんで、かよわい女の子、突き飛ばすなんて……)
俺は、心の中で、リシャールの所業を批難したが、シナリオ・スイッチは容赦なく、悪役令嬢をぞんざいに扱う。
リシャールは、荒々しくガッとマリエッタの顎をつかんだ。
S・R:
「不快だね。このハレの日に。そもそも、はしたないのは、どちらだい? 君は、確かに王太子妃候補ではあるけれど、王太子妃じゃない。それは、単なる国家と王室の意向であって、僕と君に、それ以上の感情はおろか、何の関わりも無いはずだろう? 夫婦として正式に契る前から、あまり図に乗らないでくれるかな」
ギリギリと、悪役令嬢の両頬が寄って蛸の口になるみたいに、リシャールは彼女に拷問紛いの顎クイをする。だから、当然、美少女なのが台無しだし、憎悪と侮蔑の睥睨で見下ろす王太子に、悪役令嬢は「あ」とガチで怯えていた。
「も……申し訳、ありませ…………っ」
S・R:
「……仔飼兎のように可愛らしく謝れば許されるとでも? なんて卑しく浅ましい。まったく、腹立たしい女だな」
いや、ソレ、言い過ぎだろっ! マリーだって悪気があった訳じゃないのにっ。
なのに、リシャールは、ポイッと投げ捨てるように悪役令嬢を放す。
マリエッタは青い顔でガクガク震え、ぺたんと女の子座りのまま、すっかり腰を抜かしていた。
すると、クロードがやって来て、主君に風采隠し用のガウンを羽織らせた後、スッと、マリエッタに手を差し伸べ、立ち上がらせる。
(そうだ! クロードッ。マリーのこと、ちゃんとフォローしてやって! で、冷たい主人に、態度改めるよう苦情言ってやって!!)
俺は、俺のデキる侍従に期待していた。
だが――。
「我が君の仰られる通りです。ラグランジュ嬢。私は申し上げたはずですよ?
私が遣いを出すまで、あちらの客間でご待機下さい、と。貴女は、こともあろうに、それをお破りになり、殿下のあられもない御姿をご覧になった。
未婚の男女が、夜着のような簡素な衣装でまみえることは、ご不貞を犯したも同然と見做されます。貴女は、ご婚約者様ですのに。それぐらいのご分別がおつきにならないのですか……?」
完全に懲罰する体でクロードは睨む。この2対1の針の筵に、マリエッタは物凄くきまり悪いように、
「ご、ごめんなさい……」
と、とうとう涙が溢れてしまっていた。
ほどなく、マリエッタの侍女メリザンド=ワトーが血相を変えて駆けつけてきた。
「お嬢様っ!」
「ダメよ、メリッサ。勝手に入って来ちゃ! あたくしは大丈夫ですからっ……」
マリエッタは気まずそうに侍女のワトーさんに言う。
上級にしろ、下級にしろ、使用人は、基本、目上の人間の許可なく、その職務以外で貴人のプライベート空間に入ってはいけない。
この場合、ワトーさんは、公爵令嬢の侍女ではあるけれども、我が王宮にとっては完全に部外者なので、その職分は、あくまでも、自分のご主人様を訪問先の戸口の前まで送り迎えする程度に抑えて、それ以上のことはすべきでなかったんだ。
けれども、ワトーさんは、主人の忠告に従うよりも、その主人を守ることを優先した。
「申し訳ございませんっ! 申し訳ございませんっ!! この愚かなるワトーめが、ちょっと目を離した隙にっ……。我がお嬢様は、ただ無邪気なだけで、なにも殿下のお気を害そうとなされた訳では……っ。後で私がきつくお諫め致しますので、どうか、この場はお見逃しを…………っ」
気立ての良いワトーさんは、必死にマリエッタをかばって、リシャールらに訴える。
「まったくですよ。ワトーさん。あまりに目に余るようでは、『ラグランジュ嬢は、王太子妃候補として相応しくない』と、御上に申し上げることになるかもしれません。ゆめゆめ、お誤りなさらぬように」
ギロと、クロードは、悪役令嬢主従に告げた。
リシャールもじっと睨んだままである。
けれども、前世日本人の転生者な俺は、そんな自分達の態度の方が度が過ぎていると思った。
だって、普通なら、この時間、リシャールはすぐにでも出立できるよう、制服に袖を通しておくべきだったのに。というより、きっと、マリーも、そのつもりで王宮へ来訪していたはずだから。
(なんかゴメンッ! 2人ともっ)
つまるところは、寝坊した俺が悪い訳で――。
俺は2人を気の毒に思いながらも、ふと、
(あれれ? でもでも、ちょっと待って。これ、リシャールがヒロインに攻略される前に、悪役令嬢が婚約破棄とかになったら、どーなんの??)
と、考えてしまった。
だって、リシャール、1周目の時は、ヒロインの登場後に悪役令嬢にきつく当たるようになったと思うのに。
この2周目は、なんかもう、最初っから、悪役令嬢のこと、めっちゃ嫌ってるみたいになってるんだから。
(……ユノが言ってた『何かが変わる』がコレだったら、ガチで嫌だなあ……)
そんな俺の感想はさておき。
それはそれで、魔王復活のカウント・ダウンが早まるかもしれない、とも思い直した。
なぜなら、悪役令嬢の闇落ちは、リシャールがヒロインに惚れたからってよりは、ソレでリシャールが悪役令嬢を捨てるから起こってしまう訳で。
言い換えれば、ヒロインがどうとかよりも、むしろ、リシャールと悪役令嬢との仲が破綻するか否かが直接の原因なので、今はヒロインが出てきてないからって、悠長には構えられないんだ。
(やっぱ、人間関係のイザコザは、積み重ねが発端だもんなあ……)
しみじみ思ったところで、
(……アレ? じゃあ、ちょっと待って。これ、いずれ、俺とユノがくっつくとかなったら、それでもヤバくなんのかな??)
と、ちょみっと恐ろしくなった。
ただ、ユノは『エトラリ』のヒロインじゃないし、悪役令嬢だって、きっと、シナリオ・スイッチの所為で婚約者ラブ♡を無理矢理やらされてるはず……?
なので、今は、「シナリオ・スイッチの破壊」を念頭に、「その辺のトコ、あんま深くツッコまんどこう」と俺は思った。
だって、真剣に考えるとコワすぎるから。
そうして、悪役令嬢主従は、そそくさと、慇懃に謝りながら、王太子の寝室から退散した。
パタン、と扉が閉じられると、クロードが呆れたように言う。
「ラグランジュ嬢もですが、ワトーさんも公爵令嬢の侍女として軽率ですね。あれで、私より1歳上だというのが信じられません!」
その顔は、どう見ても侮蔑が滲んでおり、辛辣な言い様だった。
(……えっ? クロードって、こんな薄情なヤツだったっけ??)
俺はゾッとする。だって、1周目のクロードだったら、たぶん、女の子突き飛ばした王太子の方を、「紳士らしくございませんよ」って、説教するはずなんだ。
(記憶消されただけじゃなくって、性格まで、冷淡な王太子に追従するイエスマンに改竄されたってこと?)
一番頼りにしていた味方が、シナリオに堕ちるだなんて。
まさかの展開に、俺は、ただただ不安でしかなかった。




