第2章 02_何かオカシイ (挿絵_04)
考えてみれば、タイムリープものの最初のループって、だいたい、どの話でも皆、「記憶混濁→周囲からの『おまえ変だよ』認定→巻き戻りを実感」で始まること多いよな。
あれって傍から見てると、笑えたり、ミステリーな感じで面白かったりするんだけど。巻き戻った本人には、ガチでたまったモンじゃねえっつーか。
いや、悲惨な未来からのソレが起こる前は、或る意味、「救済」に近いんだけど。それでも、地味に「前の自分」そのものが否定されたみたいで、「それはそれでどうなん?」って思っちゃうよな。
「……ハハ。これまた、サブカル定番その2ってヤツ? マジでヒくわー……」
ついつい、俺がつぶやくと、
「さぶかる? 何ですか、それは??」
と、クロードが眉根を寄せて訊き返してくる。
俺は「え」と困惑した。
「何って……前にも言ったじゃん。俺、前世は、日本人だった、って。で、その世界にあったラノベや漫画――ってか、まあ、書籍? とかを総称して『サブ・カルチャー』って呼んでてー、その略称が『サブカル』なワケで。その中でも、『異世界転生』や『ループ』は、特に人気のジャンルだったんだけど――――」
「前世? は?? いったい何のことをおっしゃっているんです? それに、左様な品性に欠けるお言葉遣い。どこか頭でも打たれたのですか? 貴方は、仮にも、このサンクレール王国の次期王位継承者なのですから、もう少し、ご自重下さらないと。もし、陛下や大臣らの御耳に入るようなことがございましたら、皆さん、大変お嘆きになることでしょう!」
なんて、クロードは目を三角にして俺を叱りとばす。
(え。何で? おまえ、前は呆れながらも、ちゃんと、俺の話、聞いてくれたじゃん)
俺は動揺せずにはいられなかった。
「だからさっ、ほら……っ、忘れたのかよっ。俺、5歳の時、かかった麻疹で死にかけて、前世を思い出したって……」
「麻疹? いったい、何をおっしゃっているんです?? 貴方は、麻疹になどご罹患なされておられぬではございませんか。いえ、確かに、貴方が5歳の頃、市井では流行しておりましたが。貴方は、その前に、モーリアック博士がご開発なされた予防接種なる新しい医療技術をお受けになられて、ご罹患を免れたはず――」
「……モーリアック博士?」
何だ何だ? 初めて聞く名前が出てきたぞ。
てか、このファンタジーな世界で、麻疹の予防接種って。
1周目には、そんなの無かったのに。
とか思ったのも、一瞬のこと――。
▽[エンゾ=モーリアックは、侍医ティボー=オリオールの弟子。これまで未確認とされていた超古代文明の遺物【テクタイト碑文】を発見し、麻疹の予防接種の技術を確立した。天才医学博士]
またまた、リシャールっぽい声音の謎ナレーションが、俺の脳内で閃いて、不意に、俺の意識まで、ぼやんとする。
(そうだ……、オリオール先生の。あの時、国内で、麻疹の流行による子供の死亡が増えたのを聞いた国王陛下が、領内視察に出かけた。その惨憺たる有様にショックを受けて、1人息子であるリシャールの身を案じたんだ。そこで、父上は、新しい技術に一縷の望みを掛けて、俺は予防接種を……。ガキんちょだったリシャールは、初めて見る注射器にどちゃクソ怯えて……)
一気に過ぎ去った日のことを思い出す。しかし――。
(……いや。コレ。ホントに思い出した、のか? だって、前世日本の男子高生の記憶があったら、俺、中身、5歳児じゃないし。注射器なんて見慣れてるはずなのに……)
けれども、「俺」の中には、確かに「おチュウシャ、コワい」ってギャン泣きした記憶があるんだ。
(何だろう。なんか気持ち悪い……。そんなのは……、俺が知ってる、過去の出来事……じゃないような…………??)
途端に、ずくんずくんと、割れるように頭が痛くなる。その激痛に、俺はウップと吐きそうになった。酷く不快な脈を打つのを感じ、頭を押さえながら、「ぐえ」と小さく呻かずにいられなかった。
「王子? どこか、お加減でもお悪いので……?」
心配そうにクロードが尋ねてくるも、
「…………う……」
と、俺は、まともに返事することも出来ない。
わななく身体に、苦々しく震える右手を見下ろしたところ、俺は、ギク、とした。
フォォォォ……
何もなかった右手の薬指に、突如、不思議な黒紫煙が現れ、したたかに渦巻く。
にわかに、黒紫煙は、
ギュンッ!
と、小さく凝り固まって、まもなく黒色銅金斑の奇妙な指輪の形状をとった。
(これ……!!)
俺は、慌てて、現れた指輪を見ると、その装飾部にある、クリスタル・ガラスの蓋で覆われた腕時計の内部構造っぽい箇所が、淡く光っていた。
その小さな歯車は、あれよあれよと思ううちに、もの凄い勢いで廻り出す。
カラララララララララ…………
(巻き戻ってる!? いや、文字盤が無いから、どっちがどっちだか分かんねーけど……)
瞬く間に、クリスタル・ガラスの蓋が、
パカッ
と、懐中時計のソレみたいに開くと、その装飾部から、
ぼぼんっ!!
と、フィルムカメラのネガというか、動画編集ソフトで見るフレームレートの帯みたいなものが、螺旋状に飛び出してきた。
その画像1つ1つに、俺が懸命に駆け抜けた1周目の世界の、その時々の情景が写っている。
やがて、その小さなフレームの中に、あの不思議な白髪紅眼の喪服ロリッ娘・ユノが現れ、真摯な瞳で、再び、俺に語りかけてきた。
<――取り消さナイと。大事なコト全部、忘れテしまう>
(そうだ。あの時、君は、確かにそう俺に言ったんだ。だから、俺は、取り消した。君と――ユノと、新しく契約して。ヒロインに攻略されたリシャールを、まるごと全部――)
思い出すや、俺は、無意識に、その契約指輪にキスをした。
スタートに戻ったんだから、現時点のリシャールはヒロインに縛られていないはず。――けれど。
この時の俺は、そうしないといけないと思った。
でなきゃ、取り返しのつかないことになると思ったんだ。
(俺は、ユノに――また、君に逢いたい!)
その【混沌の盟約】だけが、現在のリシャールとユノを繋ぐ、たった1つのかけがえのない証に違いなかったから。
ほどなく、すうっと不快な頭痛や動悸も収まり、俺の思考もクリアになる。
(……良かった!)
俺は、ほっと胸を撫で下ろした。
契約を遵守したことで、リシャールの記憶の改竄が止まったんだ。
「……王子?」
クロードは当惑のあまり顔をしかめた。
「その御手……、どうかされたのですか?」
「え」
「じっと凝視されたかと思うと、唇を宛がわれて。出血などもされておりませんよね? 私がご洗顔用にご用意致しましたのも水ですから、火傷などされるはずがございませんし……」
そんな風に主君を案じる面持ちで、クロードは言ったが、今度は俺の方が訳が分からなかった。
「おまえ、さっき、ここから飛び出したの、見てなかったの?」
「は? 飛び出す、とは――」
「だからっ……! この指輪から――」
「指輪? 左様なもの、どこにもございませんが……??」
遠慮がちに言われて、俺は絶句した。
(え。なんで? コレ、こんなガッツリ俺の薬指に嵌まってるじゃんっ!)
もしかして、身に着けている状態では、他人からは視えないんだろうか、と思って、俺は、おもむろに【混沌の盟約】を引き抜こうとした。
――が、これまた、うんともすんといわない。
まさかの【星の結婚指輪】の二の舞かと、俺は青くなったが、クロードが、
「失礼いたします」
と、俺の右手を取って、まじまじと見たり触ったりする。
だが、それでも、彼には現物が確認できないらしく、俺は戸惑いが隠せなかった。
「やはり、私には、何も――。王子。かようなことは、あまり申し上げたくございませんが、何か幻覚などに惑わされておいでなら、いっそ、入学式にお出になるのをおやめになって、侍医殿にお体の具合を診て頂いては如何でしょう? 王太子殿下が、入学早々、学園にお顔を出されぬというのは、あまりよろしくないとはいえ、御身の方が大切ですから――」
本気で心配するクロードの顔を見て、「これは嘘ではない」と、俺も焦った。
(ってコトは、なに? この【混沌の盟約】……俺とユノにしか、見たり触ったり出来ないのか? だとしたら、ユノが、コレ取り出したのも、実は転移的なアレじゃなくて、実際は、あのコの魔力を結晶化したとか、そういう霊的な類のヤツだったってこと??)
呪いのアイテムじゃなくて、呪いそのもの、みたいな?
呪術的マーキング、ってヤツ??
(うえ。マジか)
加えて、あのユノの見た目があまりに人形っ娘すぎたので、俺は、ついつい、いわゆる「呪いの市松人形」を連想してしまって、「なんか、ちょっと嫌だなあ」と思ってしまった。
しかして、俺は、すぐに美女化したオトナ・ユノのことも思い出し、
<りしゅ。チョットの間、お別レ。でモ、契約したカラ。キット、また会エル>
と、鈴降る声で言ってくれた、あの天女のような微笑みに、ポッと頬を赤らめてしまった。
(契約したから……?)
そうだ。俺は、また、ユノに会わなくちゃ。
そんで、相棒として、俺、もっと、ユノのこと、知りたい。
――つーか、なんなら、伴侶として、支え合いたい。
だからこそ、できれば、2人の絆は、こういう半強制的な感じのじゃなくて、普通に、「オトモダチから、唯一無二の運命の相手へ」みたいな?
ちゃんと心通わせる感じになりたいんだけどなァ……。
でもでも、ユノの方は、リシャールなんかに個人的な興味はなさそうだし。
(いやいや。だったら、もう、いっそのコト、『呪い』でも何でもいーじゃん。だって、あのコのおかげで、記憶の改竄、止まったのは事実なんだし。むしろ、その『呪い』を『想い』に変えるくらいの動機にしなきゃ)
そうして、俺は、今現在、自分が置かれた状況についても思い巡らせる。
「スタートに戻った」ってことは、リシャールは、また、あのロールキャベツ系ヒロインを避けて、幼馴染みな悪役令嬢の断罪回避もしてあげないといけない。(なんて言うと、めっちゃエラソーで申し訳ないけど。だって、マリエッタにとっては、婚約者のが悪役になるんだし)
考えると、ちょっと「面倒クセ」って、なっちゃうけど。
そのまま「はあ」と1つ、溜息をついたものの、
(まあ、これから、俺、もう1回、学生やらんといかんっぽいし? 婚約者な悪役令嬢がいる状態で、他の女の子との婚約指輪的なのつけてるのオカシイから、見えないなら視えないで、別にいっか!)
と、ひとまず、ポジティブに捉えてみる。
しかしながら、ふと、俺の脳裏に、あの【白の世界】の終焉で聞いた電子音声が蘇る。
[…………【サーバー】カラノ、【バックアップ】ヲ停止シマス! 【オールリセット】ヲ実行――、コレヨリ全テ【シャットダウン】シ、【再起動】ヘ移行マス…………]
俺は、ギクッと恐くなり、目が醒める思いがした。
(そうだ。忘れてた。これは、ただのループじゃない。すべてがリセットされて再起動された世界なんだ。つまり、この所為で、クロードの記憶も消去された?)
この状況を鑑みるに、その可能性が高い。
そして、クロードは、俺の右手――いや、【混沌の盟約】に触れたのに、何も思い出さないことから、この契約の効果は、契約者の俺にしか有効にならないんだ。
(……リシャールの麻疹が無くなった理由は不明だが、あのヒロインとの結婚式で、シナリオ・スイッチのやつ、転生者まで洗脳して消そうとしたから、『覚醒』のきっかけになった出来事ごとをまるっと削除して、今度は、スタート前から、ガチで転生者を消しに来た?)
そう考えると、ゲーム・シナリオ(っつーか、システム?)が、ただのプログラムでなく、生成AI化していて、ますます化物じみてくる。
――ってか、この世界、マジで異世界でなくて、電脳空間なん?
(ただ、そうなると、ゲーム舞台外のエピソード? まで、あるのがちょっとなあ……。容姿も年齢に合わせて、公式と微妙に違ったりしてるし)
俺は、ちらっと、また鏡の方を見遣る。
(……なんで、こんなのが現実になるかな? リシャール、イージー・モードの攻略対象なのに。マサト的には、めっちゃハード・モードじゃん!!)
とはいえ、ゲームの中に転生して、ひたすらソレをなぞっていくだけなら、リシャールは、ずっとあの公式イラスト通りの姿で、学園在学中の15歳から18歳の間を、永遠に行ったり来たり、ループしまくらないと、辻褄が合わなくなる訳で。
果たして、普通に考えて、これが「終わりの始まり」になったら恐すぎると思った。




