第2章 01_ループしたっぽい
俺が目を覚ました時、まず視界に入ってきたのは、壮麗な天井画だった。
そこは、豪奢な調度品が並ぶ白亜の寝室で、見るからにラグジュアリーな空間だった。
俺は、「ふわぁ~」と1つ、大きな欠伸をする。
(……なんか、めっちゃよく寝たな)
けれども、まだまだ眠くて眠くてたまらない。俺はとろんとした目をこすりながら、だるい全身をどうにか起こそうとモソモソして、ぼんやり思った。
(つーか……、あれ? なんだ、この既視感??)
すると、不意に、コンコンとドアをノックする音がして、
「失礼いたします」
と、キイと部屋の扉が開いた。
まもなく、バリッと燕尾服を着こなした青年が入ってくる。青年は、ツカツカと俺が休むベッドの脇まで来ると、少し怒った口調で言った。
「王子!! いつまで、お休みになられているんです? 本日は、ご入学式だというのにっ!」
(え。……入学式……??)
俺は思わず、「早坂高校の?」と頭によぎって、つと固まった。しかし、
「王太子殿下がお遅刻など。到底ありえませんから!!」
と、矢庭に、バッと布団を剥ぎ取られた。
「ワッ!」
勢い余って、すってんころりんっ、とベッドから転げ落ちそうになると、俺は慌てて、はっし! とシーツをつかみ、ギリ端のところで踏みとどまった。
それを認めた侍従は呆れたように言う。
「まったく貴方らしくございませんね。よもや、昨夜は夜更かしでも? あれほど、『明日にご支障きたさぬよう、しっかりお休みくださいませ』ときつく申し上げましたのに」
「ご、ごめん……」
反射的に謝る俺の姿に、侍従も「はあ」と溜息をつく。
「ともあれ、お早くお仕度を。既にラグランジュ嬢がお迎えに上がっておいでです」
「……らぐらんじゅ?」
聞き覚えのある名前に、俺は、寝ぼけ眼のまま、「ん?」と頭を悩ませた。
(……あれ? 悪役令嬢、死んだんじゃなかったっけ??)
そんな風に、さらっと俺の脳内にとんでもない言葉が浮かび上がったもんだから、俺はハッとして、酷くうろたえた。
「まさか!?」
俺は、ガバッと跳ね起きて、風のようにベッドを飛び降り、姿見の前へ行った。
慌てて、まじまじと自分の容姿を確かめる。
果たして、そこに映っていたのは、絹のパジャマを着た、金髪碧眼の美少年だった。
(……これは、『エトラリ』のメインヒーロー、王太子リシャール、だよな?)
「うわぁ……マジか」
俺はわしゃわしゃと頭を掻きながら、ガックリうなだれたところで、
(でも、あれ? さっきの令和日本の来栖家は――??)
と、ふと思い出す。そうして、
(ああ――、そうか。アレ、夢か。で、俺の前世だったか)
と、俺はしゅんとなった。
そう。
俺は、つい今しがたまで夢を見ていたんだ。
令和日本の、あの来栖家で、家族みんなで夕飯を囲む夢を――。
しかも、夢の中には、ちゃっかり、前世のオレの幼馴染みで親友、物部修哉まで登場していた。
シュウヤは、マサトとは別の県外の高校に進学したから、あの日、「学生寮に入ったら、しばらく遊びに来れんくなる」って言って、わざわざオレに別れの挨拶をしに来てくれたんだ。それで、マサトん家で、2人で合格の喜びを分かち合いながら、めっちゃゲームして遊びまくっていた。
そしたら、すっかり日が暮れてしまったので、おふくろが「修哉くんもウチでお夕飯食べていきなさいよ」って。そんで、オレらは、みんなで楽しくわちゃわちゃ喋りながら、本当に美味そうに晩メシ食ってたんだ。
(あー……クソ! せっかく、オレ、唐揚げ食ってたのに!!)
前世のマサトは、おふくろが作る唐揚げが一等好きだった。
にんにく醤油に黒胡椒と生姜が効いた、片栗粉で二度揚げした、カリじゅわなヤツ。
しかして、リシャールとして覚醒した途端、あの旨かった唐揚げの味が、あっという間に、今世のセレブなおフレンチ(?)・ディナーに塗り替えられてしまい、余計に悲しくなった。
いやいや、王宮フレンチも美味いんだけどさ。現代日本のB級グルメな【おふくろの味】は、中毒性が強すぎっつーか、やっぱ、心情的にはね、ってヤツ。
(つーか、そうだ。あのマサトは、もう死んだんだから。俺はもう、あの親父やおふくろには会えないんだ)
そう切なくなって、
(それに姉貴とも……)
って、なった瞬間、
俺の脳裏に、フッと、めっちゃ姉貴にディスられパシられる嫌な記憶が蘇った。
(いやコレ。姉貴だけは、ウザい思い出のが多くね?)
なんて、ちょっとどうでもよくなった。
とはいえ、
(夢にムラジまで出てきたのは、地味にダメージでかかったかも……)
と、しょぼん、となる。
ちなみに、「ムラジ」ってのは、シュウヤのあだ名。
向こうは、マサトのこと、「バテレン」って呼んでた。
どっちもお互いの名前をもじった感じのなんだけどさ。
だって、今世の「俺」は、王子だから。
気安く話せる側近はいても、身分的にも対等な友達ってのがいないんだ。
とどのつまり、「家族や友達って、いつでも会える時は、そんな気にならんのに、いざ、本当に会えんくなったら、こんなに寂しいんだな」って。
まったく、身につまされる思いで。
なんなら、さっきまで、自分はリシャールじゃなくて、本当に「来栖聖人として生き返ってた」んじゃないか、ってすら思ってた。
そんぐらい、この時のリシャールは、すっかり「胡蝶の夢」状態だったんだ。
――ってか、今日が入学式って。
死んだはずの悪役令嬢が存在してるってことは、俺、今度は、転生じゃなくて、卒業舞踏会のちょうど3年前にループしたってこと!?
不穏な思いに駆られて、俺は、もう一度、姿見を見直すと、その顔つきは、実際、俺の最後の記憶にあるより、心なしか年若かった。身長も10センチくらい低い。
あまり信じたくはないが、これは、やっぱり、15歳くらいのリシャールじゃないだろうか。
(なんだかなー。前に覚醒した時は、5歳で、前世と比較するには差がありすぎて、諦めもついたのに。夢で見たのが、例のトラックに撥ねられる前の、ちょうど高校入学目前の時期だっただけに、前世と今世が絶妙にリンクして、かえって変な喪失感が大きいわ)
俺は、はあ、と深い嘆息を漏らした。
だって、普通に考えたら、スペックも住環境も、この王太子としての自分の方が上のはずなのに。
(むしろ、今世のが夢だったら良かったのに)
しかして、あのゲームでは、国立エスカロワイユ魔導学園の入学から卒業までの期間が舞台になっていて、そのキャラクター・モデルは、卒業時、つまりは18歳の姿でデザインされている。
言い換えれば、この鏡に映っている「俺」は、あの説明書や攻略本に載っていたリシャールの姿とは、ちょっと異なる訳で。アレが15歳の姿になってるって事は、やっぱり、こっちのが現実、ってコトなんだ。
「……はーあ。ガチ、うぜぇ」
我知らず、ぽつりとつぶやいた。
その間にも、侍従のクロードは、廊下に準備していたらしいワゴンをごろごろ押してきて、
「王子、あまり時間がございません。どうぞ、こちらで御顔を」
と、言う。
ワゴンには、洗顔用に汲んだ清水の手桶とふわふわのタオルを載せていた。
「まずは制服にお着替えなされて、御髪を整えられた後で、ご朝食をどうするか考えましょう。なに、学園には馬車で向かいますから、その間に摂ることも可能です。どちらになっても、すぐ対応できるよう、厨房には、もう指示を出しておりますから」
クロードは、慣れたように、速やかに俺の身支度のサポートに入る。
「入学式以降は、侍従の私は、学園内への出入りが制限されますので、後はニルスが御供致します。あの子は、まだまだ至らぬところがございますが、王子の足手纏いにはならぬよう、この日まで、きつく躾けて参りましたので、どうぞ、ご安心を」
「えっ……」
俺は思わず変な声が出た。
それにクロードは怪訝に眉をひそめる。
「如何されました?」
「いや……。なんで、ニルス?」
「なんでと申されましても。王子のお世話のために、あれも一緒に学園に通うからではございませんか」
「そうだっけ??」
果たして、突然、降って湧いたように、新たな記憶が浮かび上がってくる。
▽[クロードの弟ニルスは、リシャールと同い年の乳兄弟。魔力はあまり無くとも『王太子の従僕』という二等枠として、同じく学園に通うことが決まっていた]
記憶っつーか、俺の頭の中で、リシャールのような俺でないような、ナレーション(?)が聞こえた気がする。しかして、
「そういえば、ニルス、面接だけの特別推薦入試で入ったから、この先、ちゃんと学園の勉強についてけるか、心配してたよなァ……?」
なんて言葉が、何気なく口をついて出て、俺はますます「??」と戸惑った。
(……なんだろう? すんげーモヤる。俺、前は、1人で学園入ったよーな……?)
とかって、まさに、のどに小骨が引っ掛かったみたいな感じで。
酷い違和感のために、俺は、たちまち、気分が落ち込んでしまった。




