第1章 01_やっと終わった!
あの断罪の卒業舞踏会の夜から、はや1週間――。
「……やりきった」
人間1人、死にも等しい断罪を下した身からすれば、後味悪い事この上ない。とはいえ、
「遂にやりきったぞォ――っ!!」
と、うんと両拳を真上に突き上げて仁王立ちし、この壮麗なる私室で、その一言を叫ばずにいられなかったのは、俺も、このトチ狂った世界に、すっかり毒されてしまっていたからだろう。
「3年っ! 3年だぞっ! 薔薇色どころか灰色真っ黒どっちらけな学園生活、こちとら、思ってもみない罵声とか、胸焼けしそうになるくらい甘ったるい台詞ばっか、毎日吐かされ続けて、どんだけ心折れそうになったか!! いやいや、シナリオ開始前から、ちょいちょい翻弄されることもあったから、実質、苦節13年か!? これで、やっと俺も解放される…………!!」
じーん、と今までの苦労が報われた思いが心身に沁み渡って、俺は、とにかく、独りで感無量にわんわん泣いた。まさに肩の荷が下りたというか、それこそ、よく「陽の光のようだ」と形容される金の髪を振り乱して、俺はテンションMAXに騒いでいたから、傍目には、さぞや滑稽に見えて、「何をやっているんだろう、コイツは」とか、呆れられたかもしれない。
その折も折、足音も無く、そっとティーセットを載せた盆を携えて、「彼」は現れた。
片眼鏡を付けた栗髪茶眼の侍従が、澄まし顔でピリリと言う。
「王子、お行儀が悪いですよ」
俺は、ハッとして振り返る。
「クロードッ――」
若き怜悧な侍従は、一旦、盆をテーブルに置くや、主君である俺の前にやって来て、せかせかと乱れた髪やら服装やらを直す。
おいおい。別に、もうそんな小さな子供じゃねえんだから。言ってくれれば、自分で直すのに。
そうして、彼は、彼が考える理想の王太子像に、このどうしようもない主君を近づけられて気が済んだのか、すぐに俺から離れた。さっき運んできた盆に載せていた、ティーカップやら菓子やら、てきぱきとテーブルに並べて、俺がすぐにでも着座できるように、綺麗に座席を整える。
しかして、恭しく己の胸に手を当てて、「どうぞ」と、ぺこり、斜め45度の角度でお辞儀をして、俺が着席するのをじっと待つ。
むむ。ビター風のフォンダン・ショコラ・モカと、レモンティーか。俺はそこまで甘党じゃないから、或る意味、絶妙なチョイスだ。
俺が席に着くなり、クロードは、すぐに給仕を始める。
クロード=モランは、俺の乳兄弟、ニルスの兄貴で、俺より3歳年上、クールで頼りになる、いわゆるデキる侍従だ。クロードは、じろりと俺を睨む。
「いくら、聖女様のご嘆願があったとはいえ、あんな大罪を犯した魔女を、まことに処刑なさらなくて良かったのですかね? なんだか、去り際には、貴方がたに対して、たいそう御不敬極まりない罵倒まで致しておりましたのに――」
「だから、魔女は言い過ぎだって!」
つい、ダンッ! と、俺はテーブルの端を拳で打ってしまって、途端に、ひっくり返ったカップの下から、白いテーブルクロスがゆるゆると朱に染まる。
クロードは、さっと布巾で零れた紅茶を拭いた。そして、ジロと俺を睨む。
「ですが、ラグランジュ公爵令嬢は、人を遣って、王立図書館の禁書収蔵庫から、『死星の書』を盗み出し、かの魔王を復活させたのですよね? 王子と『星辰の乙女』様の永遠の愛なる奇蹟の御聖力で、どうにか魔王ら全て討ち果たし、事無きを得ましたけれど」
「……永遠の愛、かなァ? アレ。いや、俺的には、めっちゃそういう満点演出やらされただけで、心情的にはノーカンっていうか。マリエッタのやったことだって、確かに、クッソやべえコトだけど、あれは…………」
「その品性に欠ける物言い、まったく相変わらずというか、いい加減なんとかなりませんかね。私は慣れましたけれど、他の誰かに見られでもしたら、どうするんです? かような御方が、次期サンクレール国王になられるのかと思うと、皆さん、頭抱えて、卒倒してしまいますよ」
呆れたようにクロードが半眼になると、俺も「うっ」と気まずい顔をする。クロードは、そのまま目を逸らし、ふうと溜息をつく。
「ええと……それで何でしたっけ? 悪役令嬢の破滅エンドは、9割が断罪による死亡で、王子とアンジェル様が結ばれる場合のみ、1割の確率で、かの永久監獄に追放になる、とか――。王子のおっしゃる通り、世の中死んだら終わりですけれど、私などからすれば、ミセリア・フィンテラに送られる方が、よほど死より惨い苦しみが続くのではないですかね」
ミセリア・フィンテラというのは、「世界の果て」の異名通り、まともな生物が生息できない不毛の大地で、そこには、ポツンと冷たい石の牢獄があるだけだという。
牢獄というか、正確には、謎の古代遺跡だ。
一体、いつ、誰がどんな目的で、どういう風に建てたのかすら、まったく分からない。
建物自体に強力な魔法――いや、呪い(?)がかかっていて、その門前には、人ならざる「番人」がいる。その「番人」は、そこが「世界の果て」であること以外、何も語ってくれない。
そして、建物の半径数100m以内は、一切魔物が出ない代わりに、それを逸脱した先からは、ひたすら、合成獣みてえな毒持ちの奇怪な化け物がうようよ湧いてくる。いわゆる「魔境」になっているのだ。
基本的に、ここへ送られて生きて帰って来られたものは、いない。
なぜなら、そこへ足を踏み入れた者は、概ね「魔境」の魔物に喰われるか、禁足地を侵したとして「番人」に囚われてしまう。場合によっては、建物が保有している太古の呪いに、取り殺されてしまうこともあるそうだ。
しかして、ここへ訪れ、唯一、母国に帰還できた人間は、かの地の最初の発見者、およそ2000年も昔に生きていた、偉大なる冒険家エレウテリオスしかいない。
だからこそ、俺は、ガリガリと頭を掻きながら、ぶっきらぼうに言った。
「いやいや。俺だって、あの場所に島流しするのは、流石に酷だと思うよ! 出来れば、普通の国外追放とかで終わらせて、さらっと、どっかの国に去らせるエンドとかにしたかったんだけど――。なのに、マリエッタときたら、ガチでアンジェル暗殺しようとして、間違って別の人間、服毒死させちゃうし。あっさり悪魔に唆されて、『このコ生贄になったらマジ終わる』と思って、俺らが必死で防いだにも関わらず、結局、『崩星の魔女』に変貌して、魔王復活させちゃうし。あんな流れじゃあ、俺には――ってか、王太子リシャールには、もう、ギロチン処刑か、あの牢獄送りしか、選択肢が無かったのっ!!」
ぷっくうと頬を膨らませて、俺がむくれると、クロードは、「もう耳にタコができました」といわんばかりのじとっとした目で、
「はいはい……、例の『前世』とやらの記憶? いえ、予知ですよね」
と、こちらを見る。うわ。虚無面かよ。まじ冗談じゃねえ。
「予知っていうか……、シナリオ・スイッチ、な。気づいたら、そう口走ってんだよ。センサー反応したら、電源オン/オフ切り替わる的な?」
フン、と、俺が鼻息で、高い鼻梁にふんわりかかる金の前髪を吹き飛ばすと、クロードも、
「センサー? デンゲン?? 仰っている意味がよく分かりませんけど……」
と、ふるふる首を横に振って、冷めた口調で肩をすくめてみせる。
「要するに、神か何か、視えざるモノの御意志の御力――強制力って意味ですよね」
「平たく言えばそういうコトだけど――」
「ですが、王子ご自身がそうお感じでも、周囲からすれば、あれは、どこからどう見ても、リシャール王太子殿下の一挙手一投足にしか見えませんから。後になって、ごちゃごちゃ仰られるくらいなら、そもそも、軽率な行動など、お慎みなされた方がよろしいのでは?」
ここへきて、そう来るか。
俺は思わずヒクッと口端が引き攣った。
「だからさっ! あのコらと話してる時の俺、ホントの俺じゃねえから……っ」
「はいはい……、それで、必ず、開口一番、操り人形のようになってしまって、世間的には不都合なことも、平然とおこなわれるんですよね? それも、アンジェル様とマリエッタ様限定で。いやはや、なんともご都合主義な。さりとて、仮にも、ご婚約者様がおありの殿方が、それ以外のご令嬢と逢瀬を重ねた上での、ご婚約破棄からの断罪ですか――。不貞行為も、所詮、他人の所為なら、確かに、幾らか負い目は薄れますからね」
「いや、あのさ。いちいち回りくどい言い方に変換しないでくれる? てか、なんか、めちゃ棘あるし! それ、まじウゼェから。俺は、やっぱり、俺が悪いって自覚があるし、出来ることならやり直したい。けど、ここで生きる俺らは現実で、死んだ人間は生き返らせられないし、過ぎた時間だって巻き戻せやしない。そんなゲームじゃねえ現実なのに、結局、ゲームの流れになっちまうから腹立つ訳で――」
「私には、王子のその不調法なお言葉遣いの方が『まじウゼェ』ですよ」
氷の眼差しでクロードは言う。なんとも歯に衣着せぬ切り替えしだ。
くそう。中世~近世おフランス風のファンタジーな乙女ゲーム世界の住人のクセに。すっかり俺ら現代日本の若者言葉、覚えやがって。そんなんで逐一報復すんじゃねえよ。
なんて、ついつい俺は思ってしまうんだけれども、こんな風にまともに俺の話を聞いて、きちんと返してくれるのは、このクロードと、コイツの弟で、俺の従僕をしてくれているニルスしかいない。
――ので、ちょいちょい小言を言われても、今は、ひたすら我慢、ガマンだ。
俺は、フツフツと腸が煮えくり返るのを抑えるように、「だよなー。アハハハ」と、にっこり笑って誤魔化すと、クロードは、また、あの虚無面で一瞬固まった後、明後日の方向を向いて、「ハァ……」とムカツク溜息をついた。
「だいたい、貴方は、きちんと気合いを入れさえすれば、絵に描いたように品行方正な王太子殿下を演じることが出来るんですから。いえ、『演じる』というのは不適切ですね。やはり『そのもの』になって頂かないと」
「あのさ、俺、別に、二重人格とかじゃないから。本音と建て前のブレ幅が大きいだけで」
「知ってますよ、それぐらい。この私が、何年、貴方にお仕えしていると思ってらっしゃるんです? まさか、5歳で麻疹で死にかけて、奇跡の生還を果たしたら、まったく異世界人の『前世』の記憶が蘇って、奇想天外なことばかり仰られるようになってしまわれた、だなんて。いったい、誰が想像できると思います? この世界には、魔法の力が存在するとはいえ、そういう事例は、過去に聞いたことがありませんでしたから」
チクリと刺すように、忠誠を誓う主人に、こんなことを飄々と言って退けるクロードは、なかなか凄い奴かもしれない。
そう。今更だが、俺は転生者だ。




