第1章 24_秘密のエンゲージ
「そういえば。俺、まだ、君に名前、名乗ってなかったよね?」
契約するのに、名前も知らないなんて、おかしいからな。
「俺は、サンクレール王国、王太子、リシャール=ロロ=フェルディナン=ド=シュヴァリエ」
「知ってル」
淡々とした口調で、ズバッと、喪服ロリッ娘は切り捨てる。
なんかサミシイ……。
あ。でも、このコ、結婚式の誓いの儀式の最中に乱入してきたんだから、知ってて当たり前か――。
「じゃ、俺の前世の名前は知ってる?」
何気なく尋ねると、喪服ロリッ娘はちょいと首を傾げた。
「……ソレは、知らナイ」
「そか」
俺もこくりと頷いて、
「じゃあ、もしかして、君のカミは、俺がイセカイドって以外、何も知らないのかな? なら、一応、名乗っておくね。俺は、マサト。来栖聖人。前世は、日本人だったんだ」
と、にぱっと笑って見せた。
「ニホンジン……?」
喪服ロリッ娘は怪訝に眉根を寄せている。
つーか、ソコでピンとこないなんて。
流石に、この世界が日本の乙女ゲームだって認識はないのかな?
「だ……大丈夫、だいじょうぶ! あんまり小難しく考えないでっ。こことは別の次元にある、地球って星に在る、国の名前だからっ!!」
「ちきゅう……。ベツのジゲん……??」
喪服ロリッ娘はますます困惑している。
ヤバい。それは流石に俺にも説明ムリだから、適当に流そう!
「あ。えと。だから……っ! 俺は、日本っていう島国で生まれて育ったんだけど、15歳の時に、例のトラックに轢かれて死んでさ。で、この世界に来た――っていうか、転生したんだ」
「テンせイ……。いせかいど?」
「そ、そう! とりあえず、今は、それだけ理解しててくれればイイから……」
「ワかタ。マサト」
「――あっ。いや、でも、今は、俺、一応、この国の王太子だから。リシャール、って呼んでくれる方がいいんだけど。呼びにくければ、リシュでも、ロロでも、いいしっ。とにかく、そうしないと、たぶん、みんな、君のコト変な目で見ると思うから……っ」
「ワカた。りしゅ」
わたわたする俺とは裏腹に、泰然自若として、喪服ロリッ娘はコクと頷いた。
「ユノのこトは、ユノ、でイイ」
(あ。やっぱり、このコ、ユノって名前なのか。苗字は無いのかな? だとしたら、まさか孤児とか??)
――って、思ったけど。
いや、大人でも、稀に姓が無い人もいるか……。
この世界、中世~近世ヨーロッパごった煮状態でピンキリが酷いから。地域によっては、賤民・平民レベルで姓を名乗れるようになったの、ごくごく最近、ってトコもあるんだ。
とにかく、なんかデリケートな質問になりそうなので、俺は敢えてスルーした。
「了解!」
そうして、俺は、あの厨二リング(?)を受け取る前に、先に左手薬指に嵌まった【星の結婚指輪】を外そうとする。
が、しかし――。
「ぐぬぬぬぬっ……!? え。あれっ? ぬ、抜けないっ??」
サイズがどうとかの問題じゃない。
【星の結婚指輪】は、俺の左手薬指にピッタリ吸いついたように、取ろうとしても、うんともすんともいわない。それどころか、むりやり引っ張ろうとすると、むしろ、俺の指がもげそうになるくらい、ギッチギチにくっついていた。
(はあっ!? ナニコレ! まるで、『ドラサガ』の呪われた装備みたいじゃんっ!!)
顔を真赤にしながら、俺はうんうん唸って必死に引っ張ってみるものの、やっぱりどうにもできない。
「クソッ! 何だよっ、コレッ……。伝説の指輪のくせにっ。これじゃあ、俺、厨二リング(?)つけれないだろっ……」
すると、ユノがぽつりと言った。
「……チガう。【混沌の盟約】つけルの、ソッチじゃナイ」
「は――?」
俺は当惑して眉を顰め、【星の結婚指輪】を外そうとするのを中断する。
「ミぎ」
ユノは、俺の右手薬指を指差した。
「ユノと契約するナラ、ひダり、ダメ。ユノ、キミの、おヨメさン、じゃナイ」
「あ。そっか」
俺はすとんと腑に落ちたが、同時に、「ん? 嫁……??」と頭を悩ませる。
(そういえば、右手薬指って、婚約指輪つける方じゃあ……)
そう思ったところで、
(え!? ちょっと待って。俺、ユノとエンゲージするって、そういう意味っ……??)
と、さっきとは、また別の理由で、俺はカアアッと紅潮した。
「どしタ? りしゅ」
「え。だって。右の薬指って。確かに、ユノは、俺のお嫁さんじゃないけど、ここにこの指輪つけるってことは、将来、俺ら、結婚するってことにならない?」
「…………。ユノのカミ、そんなコト、言ってナイ」
「そ、そうなの? じゃあ、なんで、この指??」
「ユノのカミが、ソコって、言っタ」
「――はっ?」
俺はますます訳が分からなくなった。婚約じゃないなら、どういう意図があるんだ?
煩悶していると、ユノは、漆黒の日傘を脇に置いて、さっと俺の右手を取って、あっさり、その薬指に【混沌の盟約】を嵌めてしまう。
ええっ? これって、俺が自分でつけるんじゃなかったの!?
よく見ると、指輪を収めていた黒い小箱も消えている。あれは、元々、ユノが魔法的な何かで取り出したものだったから、不要になったってことで、速やかに消したのかもしれない。
そうかと思うと、ユノは、じっと俺の上半身を見つめてくる。
「な……何?」
「そノ、カザり」
ユノは、俺のアスコット・タイに留め付けているタイ・リングを指差す。
それは、サンクレール王国の国章にもなっている家紋【王冠を戴いた鷲獅子】をあしらった黄金細工に、太陽の守護を持つシュヴァリエ家らしく、純度の高い金赤の日長石の装飾が付いていた。
「欲シイ」
「えっ」
唐突な発言に、俺は戸惑った。
いや、あげるのは別にいいんだけど。
このコ、女の子なんだから、こういうタイプのネクタイとか締めないよな?
どうする気なんだろう……??
疑問に感じつつも、「あ。でも、スカーフとかになら使えるか」と考え直し、俺は、かちゃりとタイ・リングを外した。
そして、「はい」とユノの掌に乗せてあげると、何故か、物凄い不服そうな顔をされた。
気詰まりを覚えた俺は、おそるおそる訊く。
「こ……これが欲しかったんだよね?」
「そウ」
「じゃ、何で機嫌悪いの?」
「掌じゃナクて。りしゅモ、ユノのココに、コレ、つけロ」
ユノが指差したのは、ユノの右手薬指だった。
「え。あの……、コレ、指輪じゃないんだけど」
「知ってル」
ユノはコクと頷く。
けどけど、その小さい指だと、嵌めても絶対ブッカブカだよね?
「でモ」
「え」
「目にハ目ヲ、歯ニは歯ヲ。古イ契約ヲ、新しク書き換エルなら、同じコト、シないト」
告げるユノの目には、したたかな意志の光が閃いていた。
「古い契約?」
俺は怪訝な顔つきで、その真意を求めた。
ユノは飄々と言う。
「りしゅト、あノ、ぴんくアタマの」
ビシッと指差したその先には、あのピタリと時を止めた花嫁が彫像のように佇んでいた。
(てか、ピンク頭って! 下手すると、物理的な色彩のピンクって意味じゃなくて、アッチ方面の比喩にも聞こえるじゃんっ)
何だかヒロインが気の毒になって、俺も苦笑せずにはいられなかった。
(一応、ゲーム・ヒロインなんだから、ソコ、ちゃんと『アンジェル』って名前で呼んであげてよ……)
なんてドン引いたところで、俺は、ふと、「あれ?」と胸に引っ掛かりを覚えた。
(古い契約? 指輪?? の交換――ってコトは……???)
とどのつまり、これって、ヒロインとの結婚を破棄して、リシャールとユノが新たに婚約するってことになるんじゃね?
察するや、俺は、サーッと蒼褪めた。
(いやいや! だって、俺、18歳で、このコ、子供だろっ!? 絶対ヤバいじゃんっ……!!)
「……? りしゅ、ヘンなカオ……」
ユノは相変わらずマイペースで取り合わない。
俺は若干ガクブルしながら言った。
「そ、それ……、ホントにやらないとダメ?」
「……??」
ユノはちょっと考える風に首を傾げたが、
まもなく、コクと頷き、
「ユノのカミが、そウ――――」
言い終わる前に、俺の方がブチギレた。
「ああもうっ! 何回、ソレ言うんだよっ。君のカミ、絶対あたまオカシイって!!」
「あタマ、おカシい?」
ユノはどんぐりみたいに大きな紅い目をさらに大きくした。
「だって、そうだろっ! 君、まだ結婚って歳じゃないのにっ。いやっ、例えば、お互いが同じくらいの年齢なら、子供の時に婚約ってのならあるとは思うよ? だって、王太子と悪役令嬢、実際、そうだったし! でもっ、君は、俺よりずっと子供な訳で――――」
「ユノ、コども、ジャなイ」
「え」
まさかの告白。
「ユノ、15歳」
言われ、俺はピシッと固まった。
(えっ? じゅ、15歳なのっ!? 嘘やんっ! どう見ても小学生じゃんっ!!)
俺は愕然として、開いた口が塞がらなかった。
――けど、まあまあ、世の中には、童顔とか、発育不全な人もいる訳で。
(そういや、リアル地球でも、小人症とか、大人なのに、ホントに子供に見えちゃう人もいるよな)
ユノが孤児なら、満足に成長できるほどの栄養状態じゃなかったのかも――、とか考えたら、それ以上、ツッコむことが出来なかった。
――が、
(とかって、このユノの場合、どうみても、『発育不全』通り越して、なんか『そういうイキモノ』に見えちゃうんだけど?)
と、俺はモヤらずにいられなかった。
しかして、ユノは、そんな俺のことなんて、どこ吹く風で、
「それニ、キと、リシュと、おなじナル」
と、むん、と胸を張った。
「――は」
俺はますます固まった。
(リシャールと同じ? いやいや、何、言っちゃってんの? このコ。とうとう頭イカれちゃった??)
なので、俺は慌てふためき、
「てか……、俺、18歳だよ?? 君が15歳だとして、どうやって3年も縮めるんだよっ。それに、君、15歳っつって言っても、どう見ても、2周くらい周回遅れしてるみたいな体型だしっ。それで、君と俺が、見た目的に問題ないくらいになるには、ゼッタイ時間かかるってっ……!」
と、必死に抗議する。
けれども、ユノは「?」とまったくきょとんとしていた。
「……りしゅ、ナンで、怒てル?」
「そりゃ怒りたくもなるって! だいたい、俺っ、流石にロリは――――」
「ろリ? ユノ、そンナ、名前じゃナイ」
そういうのが、もう問題なの!
このコ、絶対、脳ミソまでコドモじゃんっ!!
なんて言いたいのを我慢して、俺が憤怒の形相のまま歯を食いしばっていると、ユノは全然怯えるでもなく、まったく人形のような「無」の顔つきで言った。
「イイかラ、つけロ」
ずずいっと、あのタイ・リングを握り締めた右手を、さらに俺に突き出した。
「もウ、時間ナイ」
ギロリと睥睨する眼光は、虎のよう。
(……ウッ!)
俺は負けじと怒りのにらめっこをするも、ユノは俄然怯まない。
(つーか、ナニコレ。俺はサンクレールの王子で、このコ、どうみても小学生なのに。そして、それが分かってても、ついついビビッてしまう、18歳の俺――。なんかガラ悪いチンピラにカツアゲされてる底辺モブ中学生みたい)
いや、見た目や体格から考えても、フツーは俺の方が強くて然るべきなのに。
何故か、ユノ、圧が強すぎるんだよな。
(人間じゃないみたいな見た目だから?)
「りしゅ」
「…………」
俺はガックリうなだれた。
「……ったく! わかったよ!! いーよ、やるよ! やればいいんだろっ!?」
さしもの俺も観念して、渋々、ユノの右手を取った。
その掌にあったタイ・リングをさっと取り上げ、静かにスッとその小さな薬指に嵌める。
(うわ)
案の定、ブッカブカのユッルユルだ。
けど、こんなコトして、いったい何になるっていうんだ?
(つーか、だいたい、時間無い、って何?)
ふと気になったが、今更ソコつっこむのもウザかったので、俺はやけっぱちになって言う。
「ほら! これで良かったんだろ?」
俺はふてくされながら、
「……ったく、こんなママゴトみたいな契約って、何なんだよ……」
と、頭をガリガリ掻く。
すると、ユノがぽつりと言った。
「キミ……、ほンとニ、ユノの言っタこと、聞イタ?」
なんか、めっちゃ恨めしそうな顔。
「だからっ……、俺がヒロインとやったのと同じコト、やんないといけなんだろ?」
それで、君の言う通り、こうして指輪(の代わり)渡し直したんじゃん!
これの何が不満なワケ!?
「そウ。だカラ、キミ、ヤるコト、まダ、残てル」
むくれたように告げると、ユノは、俺の顔をジッと睨んだ。
俺も不機嫌な顔つきで応えると、ユノは、やおら瞼を伏せて、潤い溢れる桜の花弁みたいな唇を、ツと前に突き出した。
「こレ」
(え。ちょっと。この体勢って……)
――誓いのキス!?
俺はガガンッとショックを受けた。
(つーか、マジかよ? なんで、この俺がこんなロリッ娘とキスせにゃならんのっ!?)
俺は前世、底辺モブ男子高生だったけど。
でもでも、現世は、皆から称賛され敬われるイケメン王太子なんですケドっ!
(いや、ガワだけだけど。でも、だからって、こんなんでロリコン呼ばわりされたくないし?)
ともあれ、俺の方が背が高すぎるので、ユノは、蝦反りかよってくらい上体反らして、プルプル震えている。うわ。なんかめっちゃキツそう……。
「ハヤく、シろ」
「は、早くしろ、って……」
(だから、俺、ロリ相手にそんなこと出来ないってば……!)
はっきり言って、俺はかなり怖気づいた。
こんなんやらんとダメなら、この契約ってのも、結局、どうなん?
とはいえ、俺が言う通りにしない限り、ユノはこのキツい姿勢を維持しそうだったので、それはそれで申し訳ない気がした。
なので、少し気後れしたものの、俺はとうとう恥なんてかなぐり捨てて、ユノがつらくない高さまで、ゆるゆる跪いた。俺はちょっと考える。
(――誓いのキスってことは、これ、先に名乗りとか入れないといけない?)
なんとなくそんな感じがして、俺は意を決して言った。
「俺――、来栖聖人こと、私、サンクレール王国、王太子、リシャール=ロロ=フェルディナン=ド=シュヴァリエは、病める時も、健やかなる時も、富める時も、貧しき時も、ここに在る、ユノを相方とし、これを愛し、これを助け、これを慰め、これを敬い、その命のある限り、その真心を尽くすことを誓います」
……こんな感じで良かったか?
つーか、めっちゃ不安なんスけど。
そうしたら、ユノもたった一言。
「……ユノも。マサトなリシュと、ツガい。誓い、マス」
(って! 省略しすぎィッ!? つーか、もろもろ、文脈、おかしくない??)
ものすっごくツッコみたかったが、俺はハッと我に返って、このコにまともな口上を期待する方がなんか馬鹿みたいな気がした。
とりあえず、大体の意味的には合ってるし、何故か「時間無い」とか急かすし、もうサッサと済ませてしまおう。
俺は、おそるおそる、ユノの華奢な両肩に手を掛け、ギュッと固く目を瞑り、思い切って、チュッと、その小さく可愛らしい唇に自分の唇を押し当てた。
「……ン……っ」
ユノの小さな唇は、マシュマロよりも柔らかくて、何だか、咲き初めの沈丁花の香りがした。
(うわ。こっ恥ずかしい! なんで、俺、こんなロリ相手に2度も。マジで、俺、女難の相、出てるわ!!)
なんて、心で泣きたくなりながら、俺はそうっとユノから離れた。
しかし――。
「えっ……」
目を開けた瞬間、俺は、今度こそ、度肝を抜かれてしまった。




