第1章 23_唯一の救済
(だいたい、こんな何もない世界で、誰の監視があるっていうんだ?)
独り怯える人形ロリッ娘の姿を見た時、俺は、真先にそう思った。
――が、かえって、何もないからこそ、
(ひょっとして、カミの敵は、神、みたいな??)
と、視えざる上位存在の有無を疑った。
だって、よくよく考えると、攻略対象者にいつも降りかかってくる【シナリオ・スイッチ】なんて、まさに、そういうクラウド監視システムみたいなモンじゃないか。
そうすると、これは、この世界の根幹の在り方に関わることで、実は、このコは物凄く壮大なミッションを課せられているんだろうか――、とさえ映ってしまう。
だったら、とりあえず、この「世界を壊す」ことは、単に「破滅」じゃなくて、なんか「革命」的なことだと、善い方に捉えようと思ったんだ。
だって、そうでもしないと、俺の方が絶望に押し潰されそうだったから。
そして、俺は、大人の男として、ひとまず怯えるこのコを落ち着かせようと、
「そうなんだ? それで、わざわざ転生者のところに来てくれたの?? なんかゴメンね。俺、そういうの、全然気がつかなくて」
と、その頭を優しくぽんぽん撫でた。
「!!」
人形ロリッ娘はビクッと身を強張らせた。
そうして、目を丸くしてうろたえた後、
「…………?」
と、スススと逃げるように1歩後ろに下がった。
なんていうか、めっちゃ不信感マシマシな眼差し。
って! うそーん!! もしかして、俺、君的には変質者ッ!?
「……キミ、なにシてル?」
「え」
まもなく、じとっとした視線がグサグサッと矢のように俺に突き刺さった。
「いや、だから、その……」
「……あたま、オカシイ?」
露骨すぎじゃん!
いやいや、仮に、こういうことに慣れてないんだとしても! もっと別の言い方があるっしょ!? てか、そもそも、俺、ロリ相手に下心なんて無いからっ……!!
「……げ、元気出るかと――」
「……ゲンき?」
人形ロリッ娘は無遠慮に首を傾げてくる。
「ナンで、ゲンき?」
「え。だって。なんていうか、その……。き、君、泣きそうな顔してたし!」
とかって、むしろ、俺の方が泣きそうなんだけど。
「……フゥン」
言うや、人形ロリッ娘は、ふいっと俺から視線を外した。
しかして、しゅんとする俺に気がついたのか、人形ロリッ娘は、改めて、おずっと俺に近づく。
ジッと怪訝に見られて、俺も思わず身構えた。
「えっと。な、何……?」
「…………」
すると、人形ロリッ娘は、無言のまま、今度は、彼女の方から、ぽんぽんと、俺の頭を撫でる仕草をしてきた。――が、あいにく、その手には黒い小箱を持っていたので、実質、ゆで卵を頭で割るみたいに、俺は、小箱でコンコンと小突かれた感じになった。
ちょっと痛い。
「……ゲンきデた?」
淡々と人形ロリッ娘に訊かれ、
(んな訳ねーじゃんっ! がっつりカドが刺さったわ!!)
なんて、俺は、顔が引き攣りそうになるのを抑え、
「だ、だね!」
と、ひとまず、ニコッと返す。
「……そウ」
人形ロリッ娘はすぐに興味をなくして、ふっと俺から離れた。
(いやコレ! フツーに君のがおかしいっしょ!!)
とはいえ、ここで、怒るのは大人げない。
「そ、それで? 君のカミは、転生者が必要だって、言ってるの?」
人形ロリッ娘は、無表情のまま、コクと頷く。
「キミ、いせかいどノ、ひィろゥ。だカラ、キた」
指をさされた(っつーか、正確には、傘でさされた)のは、ちょっと「マナー的にどうなん?」って気がしたけど。
俺は「よし」と思い直した。
「じゃあ、もしかして、君の指輪と、この【星の結婚指輪】を交換したら、攻略対象者は、シナリオから解放されたりする?」
人形ロリッ娘は、目をぱちくりさせて、緊張に駆られる俺を凝視していたが、
「それハ、無理――」
と、ズバッと答えた。
その表情は、もちろん、スン。
俺はズコーッとコケたくなった。
(って、ソコはさすがに踏みとどまるよ!? だって、俺、王子だし!)
案の定、彼女は表情を変えるでもなく、まっすぐこちらを見据え、告げてくる。
「でモ、今、【星の結婚指輪】捨てテ、この【混沌の盟約】着ケて、ユノと契約シたら、次ハ、きっト何カが変わル――」
「! か……、かおす・ぱくとぅむ!? 君とエンゲージ――??」
俺はゴクリと息を呑んだ。
(ちょっとコレ! なんか、一気に意味深な単語が出てきたぞ!?)
が、しかし。
「――カも?」
って! ソコ、疑問形なんかーいっ!!
しかも、拍子計かよ! ってくらいにめっちゃ首傾げるし!
いや、そのハテナ顔を見るに、人形ロリッ娘に悪気がないのはわかるんだけど。
俺は今度こそ、ズコーッとなった。(いや、ギリ半コケだけど)
「そ……それも、君のカミが言ったの?」
「そウ」
人形ロリッ娘は、コク、と頷く。
「ユノは、ユノのカミの、言ウ通りニするダケ……」
「は、はあ……?」
無垢すぎるってコワいわネッ!
俺はほとほと困り果ててしまった。
(つーか、マジで、このコのカミって何なんっ?)
その手の大それた指示出すなら詳細まで教えろよっ! こういう報連相って案外大事よ!? って、俺は思うんだけど。
(だいたい、そもそもの話として、革命って、こんな小さな女の子にやらせる事なんっ!?)
転移者(ゲーム開発者?)だか、システム的なアレだか、分かんねーけど。
もうちょっと相手選んで仕事させるべきだと思う。
俺はちょみっと腹が立ってしまった。
「じゃあ、もういーや。とりま、そのカミはどこ? 君は会ったことあるの? 俺でも会える??」
もし、俺でも会えるなら、一言、文句言ってやろーかと思ったんだ。
どっちみち、「転生者が必要」なの、人形ロリッ娘じゃなくて、そっちなんだから。
(つーか、受ける受けないかは別として、もし、システム的なアレの方だったら、シナリオ・スイッチについても『フザケンナ』って言ってやる!)
半分、八つ当たりみたいなもんだけど。
しかして――。
「……会ったコトは、ナイ。いツも、神託、突然、来ル」
人形ロリッ娘の顔が少し暗くなった。いや、無表情なんだけど。
うつむいて……。もしかして、なんか寂しそう?
俺は、無性に、胸がキュンと締め付けられた。
これは……そう、言うなれば、路傍の段ボールに打ち捨てられた子犬が、母恋しさにずっと鳴いていて、冷たい雨しぐれに打たれ続けているのを見つけ、それを無視して帰るに帰れなくなっちゃった感じ?
そうなってくると、なんか、普通に「嫌だ」って断れない雰囲気だな。
俺は、この陶器人形みたいな訳分からん少女を、なんか放っておけなかった。
(……どのみち、このまま大聖堂に戻ったとして、ヒロインとの結婚式を無事終えたところで、リシャールが自由になれる保証は無い訳だし)
それどころか、今までみたいに、転生者が天の声化して身体ばかりが操られるんじゃなくて、転生者までが洗脳されて、その存在を消されてしまうなら、それは、もう、地獄じゃなくて、ただの完全なる死だ。
俺は、そんな無様な形で、今世を終わりたくない――。
ちょっと考えたものの、結局導き出されたのは、たった1つの答えだった。
俺は、ふう、と溜息をつく。
「そっか。じゃあ、俺、君の言う通りにしてみる」
「エ――」
俺の返事に、人形ロリッ娘は、驚いたように顔を上げる。
「だって、転生者も、本当は、いろいろ納得いってなかったし。ここまで来たら、もう別に何でもいいかなって。君の言う通りだよ。俺は、ヒロインと結婚したい訳じゃない。俺は、もっと自由になりたい。それだけなんだ」
「…………」
「で。君にとっては、きっと、そのカミが、君の家族(?)みたいな、とても大切な存在だってことだよね? だって、君、狂信者ってよりは、預言者? なんか、孤立無援な感じ?? でも、神託(?)を受けられるんなら、巫女さん的な、トクベツな女の子ってことだと思うし」
「みコ?」
人形ロリッ娘はきょとんとしてるけど。
「そう。巫女。神様にお仕えしてる女の子。prêtresse(=女性祭司)。そして、転生者が君の言う通りにするなら――。君のカミは、必ず、また、君に接触してくると思う。なら、ひょっとしたら、俺も君も、本当にそのカミに会えるかもしれない」
俺はしっかりと彼女の目を見つめて言った。
「だったら、俺は、君や、君のカミのコト、もっと知りたいな。それが、この先、俺のためになるかどうか、全然分からないけど。でも、なんていうか――そう、俺の開拓精神に火が点いたっていうか。『ドラサガ』オタ的に、グッときたんだ!」
「どらさが?」
あっけらかんと人形ロリッ娘に訊き返されて、俺はギクッとした。
(やっべぇ! 恥ッズ!! なんで、別ゲー世界でオタ宣言してんのよ、俺っ……)
俺は、カアアッと赤くなって、「あっ、いやっ……、その……っ」と動揺する。
そして、とりあえず、わしゃしゃっと自分の頭を掻いて、ガックリうなだれた。
再び「はあ」と溜息1つ、気を落ち着かせる。
果たして、人形ロリッ娘は、笑いもしないが、こんな俺を小馬鹿にするでもなかった。ただただ、ありのままの俺をじっと見ていた。
(……あれ? リアクション無いとツラいかと思ったけど――)
案外、気楽!
だって、こんなアホなトコまるっと全部含めて俺だから。
いまさら、別に恥ずかしがるこっちゃねーワケで。
こんな風にいちいちツッコまれないんなら、むしろ、俺らしくないシナリオ・リシャールみたいな、イケメン・チートなスパダリ王太子様は、このままいっそ卒業してしまおう。
俺は、にんと口角上げて、サッと面を上げた。
「そういう訳だから、えっと――」
まずは自己紹介かな、と迷っていると、
この人形ロリッ娘は、
「キミ……、頭打っタ? あ。サッきノ。ユノが、コレで、コンコンしタせい……??」
と、オロオロと、黒い小箱と俺の頭とを見比べる。
まさかの反応。
このコは本当にピュアな子らしい。
俺は、プッと苦笑した。
「かもね!」
「エ……」
「受け取ればいいんだよね? 混沌の盟約」
シナリオに解放されたがってる奴が、進んでソレとはまた別の何かの言いなりになるなんて、滑稽も甚だしいけれど。
ただ、少なくとも、俺自身に選択権が与えられるなら、それは、強制じゃなくて、俺自身が選び取った結果なんだ。
「その……、厨二リング(?)――じゃない、えっと、【カオス・パクトゥム】?? の代わりに、この【星の結婚指輪】、捨てたらいいんだっけ?」
俺は、スッと、人形ロリッ娘に向けて手を差し出す。
「契約するよ。君と」
サファイアの如き碧眼に強い意志の炎を閃かせ、俺は宣言する。
「だから、行こう! 俺と一緒に。新しいセカイへ」
「あタらシイ、セカイ……??」
ハッと目が覚めたように、人形ロリッ娘のガーネットの瞳にも明るい光が宿る。
「行ク。ユノ、転生者と行っテ、ユノのカミに会テみタイ」
ほくほくと顔を輝かせた。
そのフリージアみたいな微笑みを認め、俺もフフッと目を細めて頷いた。
そうだ。このコは、きっと、普通になりたくともなりきれていない、ただ不器用なだけの女の子。ちょっと風変わりで、傍目には理解し難いからって、いたずらに恐れることなんてない――。
そんな風に考えを改め、彼女を見返してみると、その姿は、もう人形じゃなかった。
「ああ! 会いに行こう。そんで、思いっきり、文句を言ってやろう!」
「うン」
喪服ロリッ娘も、コク、と頷く。
正直、俺には、喪服ロリッ娘と、このコのカミが目指してるものが何なのか、いまいち把握しきれていなかったんだけど。
でも、それが「破壊」じゃなくて本当に「革命」なら、いつか、俺の望みだって、きっと叶うはず――。
俺には、これが、今の俺に差し伸べられた、唯一の救済に思えたんだ。




