第1章 22_厨二リング?
(マジで……、イマの、ナニ……??)
粉砕、じゃなくて、まさかの接吻。
シナリオ・リシャールとしては、ヒロインとキスしまくってるけど、あれは、自分の意志で動いてないから、ノーカンだとして。悪役令嬢が死んだ時のヤツだって、俺的には、ギリ別れの挨拶な感じだった。
なので、今のって、女子と付き合ったことない年齢=童貞な「俺」としては、前世と通算28年(15歳+18歳‐5歳?)の、ファースト・キスでは!?
(ハ、ハジメテがロリ……? え? ウソ。なんかの間違いじゃなくて??)
俺は、すっくと立ち上がって、まじまじと、喪服の少女を見下ろす。
美少女なんだけど、どこか人工物な雰囲気だし、どう見ても小学生くらいにしか見えない。オンナと言うには時期尚早すぎる、つるぺた。
いや、別にオッパイ女子が正義って訳じゃないけど。
この子、身長もリシャールよりずいぶんちっちゃいし、あんまり幼いと、それだけで犯罪臭がしてしまって、俺自身が本気でヤバい奴みたいになってしまう。
(ナイわー……。ガチでナイわー……。ってか、そこは、せめて、同い年か、敢えての、キレイなオネーサマで、おねシャスッ!)
一方、喪服の少女は、まるで頑固な汚れを落とすみたいにゴシゴシと、日傘を持ってない方の袖口で自分の唇を拭い、「これでヨシ」的なドヤ顔で胸を張る。
(え! 俺の唇、そんな汚物みたいな感じ!?)
俺はガガンッとショックを受けた。
(いや、そりゃ、まあ、さっき、ヒロインと誓いのキスしたばっかだし? 俺の唇にも、花嫁の口紅、ベッタリついちゃってたかもだけどさっ!!)
相手はロリなのに、俺は、ダメンズの烙印押されたみたいで、激しく傷ついた。
でも、このコに悪気はなさそうだし、(シナリオ・スイッチの所為だとしても)ヒロインと不純異性交遊しかかったカラダだから、それだけでアウトだったら、変に責められないし。
(ってか、よくよく考えたら、通算28年って! 覚醒前の生後5年間を引かなかったら、33年になっちゃうじゃん! 俺、前世も今世もバリバリの10代なのにっ!! まさか、その所為で、俺、このコに汚物認定されたとか……??)
数字の上だけでオッサン化した自分に、思わず「そんなんイヤだーっ」と、山に向かって(?)叫びたくなったものの、それを曝け出すのも男らしくなかったので、俺はグッとこらえた。
すると、喪服の少女は、「へくちっ!」と大きなクシャミをした。けれど、それを恥ずかしがるでもなく、もはや、俺のことすらガン無視していた。
気まずさを押し殺して、俺はおそるおそる訊いた。
「……な、何でキスしたの?」
「きす? チガう。打ち消シたダケ」
「は? 打ち消す?? いやいや。意味ワカンナイんすケド!」
冷や汗だらだらに俺が言うと、喪服の少女は、眉をしかめて首を傾げる。
「だっテ……、キミ、さっき、シてはイケないコトをしタ。だカラ、取り消さナイと。大事なコト全部、忘れテしまう。むしろ、忘れタいナラ、別に、イイけド」
「――? してはいけない事って、ヒロインとの誓いのキス??」
喪服の少女は答えなかった。
そのうち、日傘を持ってない方の掌を上に向け、何か小声で呪文らしきものを唱えた。魔法でも使う気なんだろうか――?
すると、喪服の少女の掌中に、すべての色彩が入り混じったマーブル模様みたいな光球が収束し始め、黒いのに明滅する小さな星屑みたいなものが舞い始める。
やがて、光は、シュンッと消えて、いつしか、彼女の掌の上には、ベルベット地の真黒い小箱が乗っていた。
喪服の少女は、パカ、と小箱の蓋を開ける。
「えっ? 何っ、ゆ、指輪……っ??」
俺は困惑した。
その小箱の中には、星葉石を思わすかの、黒色銅金斑の指輪が入っていた。
しかも、その装飾部分は、宝石じゃない。
腕時計の文字盤はずした内部に似ている。極めて透明度の高いクリスタル・ガラスの蓋で保護された、極小の歯車と螺子が複雑に入り組んだ精巧な構造部は、どこか芸術品っぽく見えた。
(ナニコレ!? マジでカッケーっ!)
そのなんとも厨二病心くすぐる造形に、俺は、目をキラキラ輝かせて、「小学生かよ!」ってツッコまれるくらい、テンション爆上がった。
すると、喪服の少女は、ジロ、とまた、俺の左手を見る。
「ソレ。捨てル」
「え。そ、ソレって……【星の結婚指輪】?」
喪服の少女は、コクと頷く。
そして、ずずいっと、あの厨二リング(?)をさらに前に差し出す。
俺の臍辺りにグーパンで突っ込むくらいに。
「コレ。つけロ」
「ええっ! ちょ……っ、厨二リングを代わりに、って!? 無理ムリむり……っ。俺のこれ、ただのアクセサリーじゃないからっ。大事な結婚指輪なんだってば」
怖気づいたように俺が断ると、喪服の少女は、またムッと、どこか膨れ面になった。
「ソレ、大事? キミ、ヒロインと、ホントに結婚しタイ……??」
「え」
そのコ――とは、明らかに、誓いのキス待ち姿で石像のように動きを止めた、ヒロインだ。
「キミが、そのコ、選ぶナラ……、ユノは、帰ル」
喪服の少女は、おもむろに、突き出していた厨二リング(?)を引っ込める。
(えっ……。帰んのっ? そしたら、俺、今度こそ、ボッチになるじゃん!)
そう不安になったところ、喪服の少女は、スンとした顔で言う。
「ダイジョブ。キミ、ひィろゥ。……ひとり、ナイ」
(ココロ読まれた!)
俺はまたまたガガンッとなった。
「ユノが、帰れバ……。このセカイ、ゼンブ戻ル」
(え。ちょっとちょっと待って! そりゃ、俺、もしかして、『まだエンディング終わってねーの?』とは思ったけど。俺、そんな分かりやすい顔してたっ!?)
俺は激しく動揺したが、向こうはまったくといって焦っていなかった。
というか、間違いなく、男の俺よりこのコの方が肝が据わっている。
(うわ、マジか)
だが、相手は、見るからに小さな女の子だ。
それどころか、今しがたまで「結婚」なんて「人生の重大イベント」しようとしてた大の男が、これしきのコトで尻込みしたら、マジで情けないっつーか。
こんなのガチで男が廃るわ!
俺は、思い切って、余裕綽々ぶって、
「へ、へえー……っ? そ、そーなんだぁーっ……??」
ふっふぅーんっ、と格好つけてみた。ものの――、
(って! 俺の声、めっちゃ裏返ってんじゃん!! 顔も引き攣ってたし!)
なんて、むしろ、激しくみじめになった。
「…………?」
喪服の少女はまったく無味乾燥な顔で首を傾げる。
俺は、たちまち、ボッと顔から火が出た。
「あ。ごめん。えっと、だから……」
などと、まごついてしまい、なかなか次の言葉が出ない。
なのに、喪服の少女は、相も変わらず、俺なんかに興味なさそうで。
「…………」
彼女はじっと表情を変えずに黙りこくっていた。
何を言われるでもないけど、ものすんごい冷ややかな眼差し。
俺は「うっ」と途方に暮れた。
(つーか、子供なんだから、そこは、せめて、笑ってよ! でなきゃ、俺だけが、だだスベりしたっぽいじゃんっ)
そう感じたからこそ、俺もたまらず訊いてしまった。
「あ。えっと。その……。ぜ、全部戻るって……? それって、たぶん……さっきの結婚式会場に戻る、――ってコトだよね??」
喪服の少女は目をぱちくりさせた後、
「……さア?」
と、またしても無関心に首を傾げた。
(えっ! 違うの!? 首、傾げたいの、むしろ、俺の方なんですケドッ……)
俺はわたわたしたが、喪服の少女は、完全にどうでもよい様子だった。
「……ユノは、ユノのカミに言わレたコト、守るダケ」
そう、じとっとした顔で告げてきた。
その姿は、まさに、なんていうか、「お人形」な感じで。
俺も「えっ」と戸惑ってしまう。
(このコのカミって何!? てか、このコも、リシャールにシナリオ・スイッチが来るみたいに、自分とは別のモノに、自分の人生を奪われてるんだろうか……)
なんて考えてしまうと、俺はなんだかこのコのことが無性に心配になった。
果たして、この人形ロリッ娘は、そんな俺のやきもきなんて露知らず――。
「ユノのカミ、言った」
その小さな手でしっかり厨二リング(?)を胸に抱いて、俺に言う。
「りーぃーんかーねいてっど、を味方ニ、つけロ」
「リィーン……?」
俺は怪訝な顔で記憶の海をたどる。
聞き覚えあるような、無いような――。
(つーか、うん? あれ?? もしかして、『reincarnated』?)
つまりは、英語のreincarnation(=輪廻転生)の過去分詞形ってことだが。この後ろにpersonが付けば「転生者」を指す言葉だって明確になる。
(あー、そっかー……。サンクレール王国、基本、フランス語だから。こんな英語、普段、使い慣れてねーし、発音が微妙に狂ってて、よく分からんかったわ)
ちなみに、この世界には、当然、英語を公用語とする「イギリスっぽい国」もある。アーセライズ王国連邦、っていう島国なんだけど。
この国は、サンクレール王国とはさして仲が良いって感じでもないけど、リアル地球のイギリスみたいにワールド・ワイドで領地(属国?)を持ってるので、いろんな珍しい物品を調達できる貿易相手国として、それなりに存在感がある。――ので、王族のリシャールにとっては、英語も必須教養みたいに、子供の頃から教えられていた。
かたや、人形ロリッ娘は、ちょっと眉を顰めた。
「あ。チガった」
「え」
(違う、って何!?)
「いせかいど(?)――だッタ」
真顔すぎる様相と裏腹に、そのあまりにオモシロすぎる響きに、俺はブホッと吹いた。
Isekaied??
いやいや、直球やんっ!
って、言いたくなるけれど。
それ、ガチで、めっちゃ最近、英語化した日本語!!
(つーか、まさか、ここへきて、その単語、聞くとは思わんかったわー)
この世界でリシャールとして学んだというよりは、完全に前世日本のネットで見たコトある単語だったので、さすがに俺も拍子抜けせずにいられんくて。
(――ってコトは何? このコ、このゲームの住人じゃないってコト??)
感じた瞬間、また、俺の中で新たな疑念が生まれた。
じゃあ、このコはいったい何なんだ?
「Who(=誰)」じゃなく、「What(=何)」。
つまりは、人間なのか? っていう――。
「あ、あの……、ちなみに、君は、そのイセカイドが何だか知ってるの?」
「……?? とらっく(?)デ、ハネられテ、死ンで、別のセカイ(?)に生まレ変わッタ、イホウジン」
(合ってる!)
俺は驚いたが、人形ロリッ娘は続けて淡々と言う。
「――って、ユノのカミ、言ってタ。ユノ、見たコトないケド、とらっく(?)は、馬がイラナい鉄ノ馬車だッテ。ユノ、死ヌってヨク分からないケド、ニンゲンが死んデも終わリじゃナイのは、チョットだけ分かル。ソレ以上の意味ハ、よク知らナイ……」
無表情で答えるから、その真意は読めないけど。
(トラックを『鉄の馬車』って教えられてるってことは、リアル地球のことは門外漢で、この世界の技術水準しか知らないってこと? つーか、『死んでも終わりじゃない』とか意味深っつーか、考えようによっては、不穏だし、地味にコワいんスけど)
まあまあ、それはそうとして。
このコも、一応、この世界の枠組みにいるんだとしたら。
(普通なら、【量産型モブ】か【重要モブ】、もしくは【イベント・モブ】のどれかになるはず――。でも、服装も、現代日本でいうところのゴスロリっぽさあるし。なんかこのコ……あのゲームのキャラとは違う何かに見えるんだよな)
いずれにしても、この人形ロリッ娘は、たぶん、本気で「異世界転生」を分かってないと思う。
なぜなら、単にreincanationを名詞化すれば、それは、この『エトラリ』世界と同一世界線で、生まれて死んで、輪廻転生する、この世界の人間まで含まれてしまう。
けれども、英語のIsekaiedは、まさに、日本の漫画やラノベで見られるような「転生」を指していて、その意味に「トラック事故死」「異世界」までがセットで含まれるんだ。
そうして、このコの「カミ」は、わざわざ、サブカル定番の異世界転生者だと示唆しているから、明らかにその違いが判る存在ってコトになる。
(シナリオじゃないなら、転生者とか? でもでも、このコは普通じゃなさそうだし。俺の実体験として、ただの転生者に『神』って呼ばれるほどの特殊な力もなさそうだから、リアル地球のゲーム開発者とか??)
と、思ったけど――。
俺みたいな現代人が「転生」できてる時点で、「この世」と「あの世」の区分が分からないし。そういう場合のリアル地球人って、「この世界的にどういう立場なん?」とも思ってしまう。
ただ、「この世界」が、リアル地球の並列世界なら。
(俺は『転生』した訳だけど。ひょっとして、『転移』のケースもあるってコト?)
ともあれ、
「あ……、えと、その……、『Isekaiedを味方に』ってことは、君や、君のカミは、何かと戦ってるワケ?」
なんて、俺は苦笑して、さりげなく尋ねてみた。けれど――。
「…………」
人形ロリッ娘は黙りこくってしまう。
(あれ? 違った?? でも、『味方』ってフレーズ自体、それに反対する勢力――『敵』がいて初めて成立する言葉だと思うんだけど)
俺もほとほと困って、じっと観察していると、人形ロリッ娘は、なんだか、酷く戸惑っているみたいだった。
(つーか、コレ、ただ単に『言うべきか困っている』っていうか、何らかのペナルティが課されて『情報開示に制限』かかってる?)
まあ、プライバシーの侵害とか、守秘義務なんてのは、リアル地球の俺らの社会でもある話だから、ソコ、あんまりツッコむのも気が引けるけど。
そうはいっても、ここは、超常現象起こるファンタジー世界だ。
なら、むしろ、ハリウッド映画化もした英国発の某児童文学の「名前を言ってはいけないあの人」的な?
考えると、ますます脳ミソこんがらがったが、アホな俺は、「なんかスゲー!」と、ちょっとだけワクワクしてしまった。
果たして、人形ロリッ娘は「…………ぃ……」と、気まずい顔で、何か小さくボソボソ言っていた。
「――うん?」
俺は、そっと耳をすますように人形ロリッ娘に近づいた。
「……このセカイ」
「え」
「……ユノのカミは……、このセカイ、壊しタがテル」
「――世界を壊す? 征服じゃなくて?」
俺は固まりかけたが、呟いた直後、人形ロリッ娘は、ビクッとして、きょろきょろと周りを見回して、慌てて、はぷっと、小箱を持ったままの手で自分の口を塞いだ。
(いやいやいやいや……。てか、なんで、こんな怯えてる??)
俺的には、その「壊す」の意味の方、もっと聞きたいんだけど。
とはいえ、あまりにも、人形ロリッ娘が周囲の視線を気にするので、俺には、そっちの仕草のほうが気になってしまった。




